5. 1on1
先輩二人に案内され、体育館横の出入口から中に入った。
横扉は二重の引戸で、内側は格子戸になっている。換気をしながらもボールが外に出ていかない仕様になっている。
館内はバスケットボールのオールコートが二面取れる広さがある。中央には防球ネットが張られており、片面をバレー部が使用していた。
バスケ部には舞台側のコートに使用権があった。
3ポイントラインの外側に立つ遥とつかさ。
その後ろ、センターライン付近では環奈、杏、もなかが勝負の行方を見守る。
「じゃあ私が先にディフェンスで」
遥が言うと、つかさはボールを抱えたままリングと正対する。
つかさから遥にボールが投げられる。遥はそれを受けてつかさに返す。
1on1が始まる。
遥はつかさから腕一本分離れた位置でディフェンスの構えを取った。
つかさを見る。
腰元でボールを保持し、お尻を突き出すように上体を倒した。軽く曲げられた膝は、曲げたというより力が入っていないから自然と曲がっているというほうが正しい。
その佇まいに遥は気を引き締める。
つかさが、体勢はそのままに足を半歩前に出した。遥もその動きに合わせる。
出方を窺っただけでまだ攻めてこない。
こなれた感といい落ちつきといい、手を抜いてどうにかなる相手ではない気がした。
遥にはブランクもある。今のこの腕一本分離れた間合では抜かれる未来が脳裏に浮かんだ。咄嗟につかさとの距離をもう少しだけ離していた。
それを見て、つかさがゆったりとドリブルを開始した。なめらかかつ軽快。ぎこちなさや窮屈さがまるでない。
予感が確信に変わる。
瞬間、目が合った。
一本目は小手調べとばかりに、つかさは何気ないふうに股を通し後ろを通ししてボールの持ち手を変える。
直後
「……」
右側すれすれをつかさがかすめた。
遥は目を見張る。体はつかさの動きに反応することさえできなかった。
予備動作なし。ともすればいつ動き出したのかもわからない身のこなしと、一歩目からトップスピードに乗るような爆発的な踏み出し。鋭いけれど柔らかく、豪快なのに音がしない。それはまるで、真空を切り裂いていくようなドライブだった。
背後からネットの揺れる音が聞こえた。
ついさっきまでつかさがいた場所の向こうでは、杏が口をあんぐり開けたまま突っ立っている。その隣ではもなかが目を白黒させていて、そのまた隣では環奈がぽかんとした顔のまま硬直していた。
遥は振り向く。つかさが床にバウンドしたボールを拾って戻ってきた。
シュートが成功したので攻守交替はない。
立ち尽くしたままボールを受け取り、遥は我に返る。一刻も早くこの場から離れたいと思った。
「ごめんなさい。帰ります」
つかさにボールを返し、勝負を見守っていた三人に「失礼します」と頭を下げた。
「ま、また来てくださいね!」
「ま、またおいでね」
体育館を立ち去ろうとすると背後から環奈ともなかの声が聞こえた。
遥は振り返り、もう一度頭を下げた。
今度こそ体育館を後にするため横扉へと歩き出すと、格子の隙間から誰かが慌てて去っていく姿がちらりと見えた。遥は特に気にすることなくその場を後にした。
〇
遥が立ち去った体育館では勝負を見守っていた三人がつかさのもとに集まっていた。
「すごいよつかさちゃん! 一瞬つかさちゃん以外の時間が止まったのかと思ったよ」
「なんだよ、なんだよあれ。やっぱり只者じゃなかったんだな」
「すごいですつかささん。もはや芸術的でした。感動しました。でも結城さんもすごいんですよ」
どれだけ褒めちぎられようがつかさは誇った様子を見せない。
「そういえば環奈ちゃん」
「なんですか、もなか先輩」
「結城さんのことは知ってたのに、つかさちゃんのことは知らなかったの」
「はい、恥ずかしながら。でもつかささんほどの実力の持ち主を見たことも噂で聞いたこともないというのは不思議な話です。つかささん、もしかして中学は県外ですか」
「そうよ」
「お、つかさは県外出身か。あたしは、そうだな。神奈川とみた!」
「うーん、東京!」
続いてもなかが解答し、
「じゃ、じゃあわたしは、えーと、フランス!」
環奈は投げやり気味に答えた。
「いや、ないない」
その答えを杏ともなかが手の動きを交えて茶化す。
「わかんないじゃないですか。まあ当てずっぽうだからいいですけど」
「で、つかさ。正解は」
「アメリカ」
ぽかんとする三人。
環奈、杏、もなかの順に、
「U」・「S」・「A?」
「そうよ」
「アメリカ村じゃなくてですか」
「合衆国よ」
「つかさ。県外には違いないけど、そういうのは海外って言うんだよ」
「勉強になるわ」
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