3. 部員勧誘

「そこの君、バスケ部に入ろう! 一緒にバスケットをやろう!」

「す、すみません。入る部活もう決めてるんで」


 放課後。昼休憩中に部員勧誘できなかった杏ともなかは、校舎から出てくる新入生を狙った部員勧誘をするもことごとく断られていた。

 杏は額に手を当てる。


「ああーダメだ。部員の二人や三人どうにかなると思ってたのになー」

「そうだねー」


 ふと、もなかが前方に視線を向けた。


「ねえ、杏」

「んー。どした」

「あの子見て、あの子。可愛い。ハーフかな」


 杏は言われるがまま、もなかの視線の先をたどる。そこには、色白でどことなく儚げな女子生徒の姿があった。一見すると細身だが、しかし引き締まっていてしなやかな体つき。何かを探しているのか辺りを見渡していた。


「ほんとだ。てかなんだろ、あの子から漂うすげぇ危なっかしい感じは」

「なんかそれわかる」

「新入生だよね」


 少女に気を取られていた、そんなときだった。


「危なーい!」


 右方から男子生徒の叫び声が上がった。

 杏ともなかは反射的に声のしたほうに視線を向けた。弾丸のように飛んでくるサーカーボールが目に入った。


 件の少女は大声を意に介していない。もなかは咄嗟に「危ない!」と叫んだ。事もあろうに、ボールは少女の顔面一直線に向かっていた。

 一瞬だった。もなかが叫んだ直後、ボールは無情にも少女の顔面に直撃するかに思えた。


 少女は何一つ慌てることなく、左足を軸にひらりと体を後ろに引いて前方から飛んでくるボールの軌道上を空けた。同時に顔先に右手を出す。

 顔先を通過したボールは少女がそれの飛ぶ方向に合わせて引いていた右手に追いつき、手のひらに触れた。そこから下方に滑らかな半円を描いて球威を手懐ける。太ももの辺りで手首を返して頭上に放つと、顔の横で手のひらを上に向けた。先までの猛烈な勢いが嘘のように、ふわりと舞い上がったボールは下降を始め、少女の手中に収まった。


 流れるような動作を目の当たりにした杏ともなかは呆気に取られていた。


「……もなか。今の見た?」

「う、うん。ボールが手に吸い込まれたっていうか、吸いついたっていうか」

「手に吸盤でも付いてるみたいだったな。もしかしてあの子さ……」


 少女が先ほど見せた、ボールが手に吸い付くようなキャッチング。杏はそれを見た瞬間、あの子はバスケ経験者、それも只者ではない。といろいろ飛び越して確信した。


「うん」もなかは同調するように頷く。「サッカー部の人かな」


 がくんと杏が何もないところで躓く。


「いや、その可能性がないとは言い切れないけどさ」

「じゃあキーパーの人かな」

「いっしょ! もなか、わざと言ってる?」

「もちろん」

「おい。……そんなことより今は」


 杏は勃然と込み上げた怒りをぎゅっと拳に固める。


「すみませーん!」


 ボールが飛んできた方向から再び声が上がった。サッカー部の男子が顔面蒼白でボールを受け止めた少女のもとへ駆け寄る。


「だ、大丈夫ですか」


 少女はこくりと頷き、顔の横に掲げていたボールを手首のスナップで投げて返し、サッカー部は抱えるように胸前でキャッチした。


「あ、ありがとうございます」

「それじゃ」

「あ、待って。もしかして一年生ですか」


 少女がこくりと頷く。


「やっぱりそうだよね! えと、俺サッカー部なんだけど、もしよかったらサッカー部のマ」

「くぉらあー! そこのサッカー部ー!」

「げ、杏……」


 杏が鬼の形相で少女とサッカー部の男子のもとへすっ飛んでいく。


「危ないだろ! もしこの子が怪我してたらどう責任取るつもりだったんだ、おいサッカー部!」

「そうだそうだー」言いながら、遅れてもなかが駆けつけた。

「悪かったよ。次からは気をつける」

「新入生にかっこつけようとこんなとこでサッカーしてるからこうなるんだよ」


 いつもはこんなとこでサッカーなんかしてないのになー。ともなかに同意を求める。


「ねー」

「う、うるせえよ。そんなんじゃねえし」


サッカー部は杏から少女に視線を移す。


「それでどうかな。サッカー部のマネージャーやらない?」

「やらない」


 少女は小さいながらもよく通る声で即答した。


「そっか……。じゃあもし気が向いたら見学にでも来てよ。こっちはいつでも大歓迎だから」

「いかない」


 少女は食い気味にもう一度きっぱりと断った。


「そ、そっか。なんかごめん」


 サッカー部は悲し気に肩を落とした。

 少女の冷淡とも取れる断り方に、続いて勧誘するつもりだった杏は尻込みしそうになった。


「ぷぷぷ、嫌われてやんの。まあ女の子の顔面にボール蹴り込んだんだから当然だけどね」


 サッカー部に追い討ちをかけ、押しのけ、少女に歩み寄る。


「ねえ君。もしかしてバスケ経験者? そうじゃなくてもバスケ部入ってみない。あたしらと一緒にバスケやらない?」

「やる」


 少女は即答した。サッカー部の勧誘を断ったとき同様、どこか冷たく透明感のある声で。

 少女は鞄をごそごそと探り始めた。


「えと……え? ねえ、もなか。あの子いま『やる』って言った?」

「そう聞こえたような」


「やる」と答えた少女の語調や声量、表情はサッカー部の勧誘を断ったときのそれとほぼ同じだった。そのため承諾の返事を承諾としてすんなり認識できなかった。


 やがて少女は鞄から一枚のプリントを抜き出し、杏に手渡した。

 杏はプリントに目を落とす。もなかも杏に肩を寄せ覗き込んだ。

 二人は息を呑んだ。


「杏、これって」

「う、うん」


 二人はプリントに記入された諸々を確認すると、同時に顔を上げて少女を見て、もう一度プリントに目を落とした。そしてもう一度顔を上げる。

 少女はそんな二人を見て、心なしか怪訝そうな顔をして言った。


「体育館どこ?」

「や、やった! やったぞもなか。新入部員だ」

「やったね杏! 後輩ちゃんだよ。私たちの後輩ちゃんだよ」


 二人は少女に抱きつき小躍りした。

 プリントの正体は入部届だった。

 そこには次のように記入されていた。


   1 年 C 組 氏名 西宮つかさ

   部活動名 バスケットボール 部

   入部動機 すきなんだもの


 部員勧誘を再開する。

 抱擁から解放されたつかさはといえば、勧誘が終わるのをおとなしく待っている。


「この流れならもう一人や二人すぐ集まるな」

「流れ来てるの?」

「手繰り寄せるんだよ。そうでもしないと部員なんて集まらないんだから」


 御崎高校では例年、バスケ部の入部希望者が極端に少なかった。一人入ってくれただけでもありがたいくらいだが、それでは部が存続しない。


「あの、バスケ部の方ですか」


 雰囲気からして新入生であろう少女のほうから声をかけてきた。

 えっ。杏ともなかは二人揃って驚きをこぼした。


「そうだよ」もなかが答え、杏が聞く。「もしかして入部希望?」

「はい。日場ひば環奈かんなです。よろしくお願いします。ちなみに」

「やったー! ありがと。これで廃部回避だ。試合にも出られる。あ、あたしは寺田杏。よろしくー」


 あっさり二人目の入部希望者が現れた。


「あのわたっ」

「環奈ちゃんだね。私は近衛もなか。よろしくね。で、あそこにいるのが環奈ちゃんと同じ一年生の西宮つかさちゃん。おーいつかさちゃーん、一年生がきたよー」


 つかさは二人目の新入部員にゆっくりと近づいた。


「よろしく、かんな」

「あ、はい。よろしくお願いします、つかささん」

「おし、廃部は免れたけどもう一人」

「あの、廃部とかもう一人ってなんですか」


 環奈の問いにもなかが答える。


「えっとね、環奈ちゃんが入ってくれたことで部員が五人になって廃部は免れたんだけど、三年生が引退したら四人になっちゃうんだよ。だからもう一人必要なの」

「だったら」


 言いかけて、環奈は遠くに見つけた人物に意識を持っていかれた。


「あの、先輩」

「せ、先輩って、もしかしてあたしたちのこと?」

「先輩なんて。て、照れるね、杏」


 杏ともなかは中学時代から同じ学校で共にバスケ部に所属していた。そこでも後輩はできたが、ちゃんづけで呼ばれていたため、先輩呼びをされたのは生まれて初めてだった。

 照れる二人をよそに環奈は真剣な口ぶりで言った。


「はい。それより、もう一人いたかもしれません。入部希望者」

「え、どこどこ」

「なに! もしかしてバスケ経験者?」

「経験者です。それも県上位の。でもなんでこんなところに」


 その言葉につかさがわずかに反応し、それとは違う言葉に杏ともなかは胸を少し痛めた。


「先輩、私ちょっと行ってきます」


 杏ともなかは遠ざかる環奈の背をぼんやり眺めながらつぶやく。


「きっとあの子に悪気はなかったんだよ。それに私も環奈ちゃんと同じこと思った」

「うん。あたしも。何せ、いまは弱小校ですらないからね」


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