第34話 二人で考えて
GPSを入れたって、別にやましいことをしてるわけじゃないから困らないと言えばそう。でもこれは気持ちの問題だ。彼の提案を全て受け入れていたら、きっとお互い駄目になってしまう。あっちは私だけの世界になるし、私は窮屈で悲鳴を上げるだろう。
「やましいことはしなくても、普通の人間は誰かに全てを把握されるのを嫌がることが多いの」
「……やっぱりそうなんだ」
「だから要望には応えられない。でも、碧人が心配で仕方ないっていう気持ちをそのままにしておくのもどうなのかと思うから、慣れるまでもう少し出来ることを考えてみない? 多分、時間が経てばその不安感も落ち着いてくると思う」
「本当に?」
「た、たぶん」
ずっとこのままだったらどうしよう。まあいい、その時はその時考えよう。普通の人間は付き合いが長くなると熱は冷めていって落ち着くものなのだよね。
「じゃあ、私はラインする頻度を増やすようにしてみるよ。出かけてるよとか、そうやって連絡すると碧人も多少は把握できるだろうし……とりあえずそれで様子を見てみない?」
彼に『慣れろ』ということは簡単だ。でも我慢させてばかりもよくないと思う。お互い歩み寄って妥協できる部分を見つけなくてはならない。相手はかなり変わり者だし、根気よく付き合うのが大事かな。
碧人は少し考えた後、小さく頷いた。
「分かった。GPSは諦めてそれで様子を見る」
「よかった」
ほっとすると、碧人が私に少し頭を下げた。
「ごめん、俺変だよね。困らせるだろうって思ったんだ。ネットだとか本だとかで読んでも、相手を縛るのはよくないってどこ見ても書いてるし……でも、どうしても言いたくて。聞いてくれてありがとう」
素直にそう言われたので面喰った。というか、ネットや本で恋愛を調べるとか、やることが本当に学生並みのレベルだ。まあ、彼なりに試行錯誤しているのかな。
確かに驚いたし困ったけど、強制ではないし威圧感を感じないからまだいいかなと思った。軽い気持ちで付き合おうと思ったわけでもないし、ちゃんと彼の話を聞きたいと思う。
「いいよ、ちゃんと話してくれたから」
「……でも、やっぱり会う時間が足りないと思うんだけど、もうちょっと何とかならないかな? 考えたんだけど、一緒に暮らすのが無理っていうなら同じマンションに引っ越したらどうだろう! 家賃は全部払うし、そうすればもっと会いやすく」
「そ、それはもうちょっと考えようかな」
若干引きながら私が答えると、彼はまたしょんぼりと小さくなってしまった。
いくつかのメニューの中から、日替わり定食を選ぶ。今日は酢豚だった。ウキウキで注文し、お盆を手に持って空いている席を探した。一番窓際の席が空いていたので、そこに一人で座る。
手を合わせて食事を始めると、正面から声がした。
「お疲れ! 一緒させてよ」
前橋さんだった。私は笑顔で答え、前橋さんが腰かける。彼女も日替わり定食を選んでいた。
「最近はどう?」
味噌汁を飲みながら前橋さんが尋ねてくる。嫌がらせの手紙で大騒ぎさせたあとも、彼女は心配して時々こうやって声を掛けてくれるのだ。
「もう大丈夫です。その節はお騒がせしました……噂も落ち着いてきたようです。まあ、好奇の視線を感じることはありますが」
「まあ、中谷さんは悪い事何もしてないんだし、堂々としてればいいよね! そのうちみんな勝手に忘れていくってー」
「だといいですね」
ご飯を頬張りながら言うと、彼女が少し声を潜めて私に尋ねた。
「社長とはどう?」
「え」
ごくんとご飯を飲み込む。前橋さんはどこか目を輝かせている。
「だって、そこ気になるでしょー! あんな堂々と片思い宣言されたら、ぐらっとこない? 嫌がらせにもしっかり対処してくれたしさ。何が不満で振ったの?」
「……あの、周りには伏せておいてほしいんですが……」
私は小さな声で前橋さんに結末を告げると、彼女はのけ反りながら驚く。
「ええ!! なーんだ、結局そうだったのーー!!?」
「ま、前橋さん声が大きいですっ……!」
興奮したように鼻息を荒くしながら、前橋さんは笑顔を私に向ける。
「なんだなんだ、そっか。うんうんよかったよかったあ。おめでと!」
「ど、どうも……」
「そりゃそーよ。超優良物件だもん、一度でも断ったって方が不思議」
酢豚を食べながら彼女は小さめの声で言った。私も食事を続けながら答える。
「まあ、ステータスは凄いですけど……でもなんていうか」
「なんていうか?」
「ちょっと変わってるなあ、と」
「そうなの? 冷静沈着で大人って感じじゃない」
周りから見ればそんなイメージだろうな。私も最初はそんな風に思ってた。
私は小さくため息をつく。
「頭はいいですし、落ち着いてて穏やかな人ではあります。でも、こう……」
「こう?」
「……ちょっと重い」
ポロリと漏らしてしまうと、前橋さんが目を真ん丸に見開いた。
「えー意外! 全然そんな風に見えない。どんな感じなの?」
「すぐに一緒に住もうとか結婚とか言われたり」
「いいじゃんもう結婚も考える年なんだから」
「やたら物を贈ろうとしてきたり」
「最高じゃん、貢がせちゃえ」
「GPS入れてほしいって言われたりするんです」
「あーそれは痛いね」
バッサリ言われたので、つい笑ってしまった。前橋さんはパクパクと食べながら続ける。
「へーそういうタイプだったんだ社長。意外ー。中谷さんはさっぱりしてそうだもんね」
「ですね……あの、前橋さんって結婚されてますよね? 結婚の決め手とかは何だったんですか?」
「えーそうだねえー」
しばらく黙って考え込む。彼女の言葉を待っていると、少しして肩をすくめながら言われた。
「よくわかんないや」
「ええ!?」
「でもあれかな、自分で言うのもなんだけど旦那に愛されてるなって実感してた。勿論私も好きだけど、今も結婚生活が円満なのは向こうも私を大事にしてくれてるなって感じるからだと思う」
「へえ……」
人生の先輩が言う言葉は重みが違う。もし今後一生を共にする人を決めるとしたら、確かに自分を大事にしてくれる人がいいのだろう。
前橋さんがにやりと笑う。
「それは社長、合格じゃん」
「は、はあ」
「でもまあ、無理だと思ったら早めに言うことだね。我慢は一番よくないし」
味噌汁を飲みながら言う前橋さんに何も答えず、私は静かにご飯を頬張った。まあ、まだ付き合ったばかりで結婚とか全然早いんだけどね。向こうがもう考えてる、とかいうから……。
そこであっと思い出し、私は前橋さんに尋ねた。
「前橋さん、社長にお兄さんがいるって知ってますか?」
彼女は新卒でここに入ったはずなので、勤めて結構長い。今は会社からいなくなってしまったというお兄さんの存在が気になっていたので聞いてみた。
前橋さんは、ああーと頷きながら答える。
「そういえばいたねえ。はは、忘れてた。なんか急にいなくなったよね? それまで役員だったんだよ。まあ、次に継ぐのは神園大吾だって決まってたらしいけど、悪い人じゃないけどちょっと仕事の方は……だったらしいね。あの頃、神園はヤバかったからあいつで大丈夫かみたいに噂されてたな」
「経営に向かない人だったんですか」
「そうそう。何があったか知らないけど、いつの間にか会社からもいなくなってて、それまで全く目立たなかった平社員の弟の方が継ぐってなって大騒ぎになったよ。ていうか、碧人さんが神園の息子って知らない人も多かったからね。みんなびっくり。結果としてはよかったけどねえー絶対兄より才能あったから」
彼が神園の一員であることが知られていなかったのは、やはり会長と血がつながっていないという事実が大きかったのだろう。家族と認めてもらえなかったのかもしれない。
きゅっと胸が痛んだ。同時に、そんな中黙々と仕事をこなし続けた彼を、やはり尊敬してしまう。
私だったら……へこたれていたかもしれない。
彼が持つ不思議な強さと弱さ、それが極端でアンバランスだ。仕事に関してはこんなに凄いのに、人との関りは不器用で憶病だ。
もう少し自信を持ってほしい、と思う。あなたは魅力的で多くの人から愛されているんだと、あの人は自覚すべきだ。
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