第21話 告白

「……え」


「こんな風になったのは自分でも初めてで混乱してる。コントロールが出来ない。まだ伝えるつもりじゃなかったんだ、少しずつ距離を詰めようってそう考えていたのに」


「……ま、待って」


「なんでもするから、他の男なんか見ないで。俺の隣にいて。俺が持ってるものなんでもあげるから」


 懇願するような彼の言い方に、ただ混乱だけが自分を襲う。


 どうしてこんなことになってるんだろう? 神園さんが私を好き? そんな馬鹿な。出会いは向こうから見ても印象なんてよくなかったはずで、そのあとだって大した接点はない。具合が悪いときにちょっと世話を焼いたのと、一緒にケーキを食べただけ。過ごした時間は短いし、たったそれだけで、ここまで言われるほど惚れこまれるとは到底思えない。


 しばらく唖然としていた私は、ややひっくり返った声でようやく返事をした。


「い、いやあの……びっくり、して……私そんなに言って頂けるようなことをした覚えはなくて」


「何がきっかけってわけじゃない、でも気が付いたらそうなってた」


「神園さんって惚れっぽいタイプとかですか? 他にもっとふさわしい人が」


「こんな風になったのは初めて、って言ったはずだけど」


 やや低い声で言われ、思わず息が止まった。そんなことを言われても、私は困ってしまう。


 気まずい沈黙が流れた後、私は恐る恐る正直に自分の気持ちを口にする。


「あの……すみません。神園さんはいい人そう、って印象になってきたぐらいで、正直全然そんな風には見てなくて……お気持ちはありがたいですけど、もっといい人がいると思います」


 神園さんは仕事も出来るし、顔だっていいし話せば案外話しやすいので、普通なら告白を大喜びするようなステータスの人だ。


 とはいえいくらなんでも、ここで告白を受け入れるほど彼を知れているとは思えない。

 

 お付き合いをするならもっと中身を知って本当に好きになった人と付き合いたいと思うし、なにより彼の告白の言葉を聞いて、軽い気持ちで付き合ってはダメなんだと感じた。何をどう気に入ってくれたかはまるで分からないが、かなり本気で私を見てくれているのがひしひしと伝わってくる。


……いやほんとに、まるで分からないんだけど。なんで?


 私の言葉聞いて、彼は黙り込んだ。気まずい空気が流れ、どうしていいか分からずおろおろする。


 神園さんは俯いたまま、小さな声で言う。


「嫌い? もう絶対恋愛対象に入らないぐらいイヤ?」


「え、なにも嫌いとは言ってないですが……」


「どこを直せばいい? 何をすればいい? どう頑張ればいいんだろう。教えて」


「……なんか、違います。そりゃ好きな人に気に入られたくて自分を磨くことはよくあることだしいいことですけど、神園さんのは何かが違う。必死に自分を取り繕って相手を振り向かせても、あとで苦しいだけですよ」


「でも、俺は空っぽだから、何をどうしたらいいか全然分からないんだ」


 空っぽ? 小さく首を傾げた。


 何を言ってるんだろう。神園の社長だし、顔もいいし。仕事熱心で、優しいところもあると思う。人よりたくさん持っているはずの立場なのに、なぜ空っぽだなんて言うんだろう。


「神園さんは空っぽじゃないですよ。色々いい所があると思います。私は別にあなたを否定したいわけじゃなくて……いい所もあるって分かるけど、でも恋愛となるとまた話は別というか。お気持ちは嬉しいんですけど、付き合うとかまでは考えられないんです」


 私がそう伝えると、彼はこちらを探るようにじっと見てきた。つい体が強張ってしまうほどの強い視線で、緊張で胸がどきどきした。


 神園さんは私から視線をそらし、前を向く。


「嫌いじゃないんだよね?」


「そ、それは、はい」


「分かった。確かに俺が先走りすぎた。まだ過ごした時間も短いから困らせるって分かってたんだ。でも我慢できなくて……聞いてくれてありがとう。これからもっと頑張るよ」


 そう寂し気に微笑んだのを見て、ぐっと言葉に詰まった。それってつまり、まだあきらめてませんよってこと……?


 生まれてこのかた、モテてきた記憶はない。しかも、こんなハイスペック男。どちらかというと、ノリが一緒で明るい男友達と流れで付き合って……みたいなことが多かったし、面と向かって好きだと言われた記憶すらあまりない。どうして、ここまで私を想ってくれているんだろう。


 困った自分は何も返せなかった。


「もう遅いね、引き留めてごめん」


「あ、は、はい。では、送って頂きありがとうございました」


「あ……そうだ。ケーキは、食べに行ってくれるよね?」


 降りようとした私に、彼がそう尋ねた。不安げなその目を見て、断れる勇気などなかった。私は困りつつも頷くと、彼がぱっと笑顔になる。


「よかった。楽しみにしてる」


「はい。では、お疲れさまでした」


 車から降りると、彼はまた発進することなく私を見守っていたので、そのまま部屋へ上がっていった。中へ入りベランダから外を見てみると、神園さんの車が丁度走り去っていくところだった。


 カーテンを閉じつつ、はあーと大きなため息を漏らす。


 何が起こったんだっけ。春木先輩と飲んでたら神園さんが現れて、送ってもらったと思ったら告白されて……だめだ、やっぱり現実味がない。


 断ったつもりだけど、完全には拒絶できなかった。なんでこうなったんだろう、久しぶりに会う春木先輩と楽しく飲んでただけなんだけど。


 もう一度ため息をつきながらベッドに座り込む。ぼんやりと考え込んだ。


 春木先輩、変わってなかったな。そりゃ、二か月も経ってないから当たり前なんだけど、一緒にいて気が楽っていうか、楽しいし話が合うし、いい人だなあってしみじみ思えるそんな人だ。もし万が一、これから春木先輩といい感じになったとしたら、私は彼と付き合うことに全く抵抗はないと思う。元々結構気になってた人だし。


 神園さんは……なんだろう、今まで出会ってきた人とはまるで違う感じ。ずれてるなって東野さんとも話したことがあるけど、それがよく分かった。あの人は冷酷だったり熱かったりする。さらに、あれだけ人から羨ましいと思われる立場にいながら、なぜか自己肯定感が低いと見た。不思議な人だ。


……なにかあるんだろうか? あんまり人を好きになったことがないみたいなことを言っていたけど、まさか? 考えても分からない。


 今あの人と付き合うことは全く考えられない。ただまあ、気になりはする。優柔不断なのかな。


「考えてもしょうがないかあ。とりあえずお風呂に入って寝よう」


 やっと仕事も楽しくなってきた頃に、こんな悩み事が増えるとは。一体どうなっているんだ。


 そもそも、春木先輩だって私を好きだなんてありえないと思うし、神園さんはもっとだ。


 一体、私のどこを好きになったというんだ??


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