第14話 お誘い
口説かれて……いるわけではなさそう。って、そりゃそうだ。神園の社長がなぜ私なんか口説くというのだ。むしろ、暴走して仕事を失くした私を見下していたって言ってたじゃないか。まあ、多分そこから根性は認められて雇われたわけだが、今更恋に発展するとは到底思えない。
「……あの、でもラインで何か送ることってありますか……? 仕事に関しては私の上司を通すと思いますし……」
「いや、仕事じゃなくて」
「じゃない?」
首を傾げると、彼が口籠った。目の前に置かれたチョコレートケーキを頬張り、コーヒーを飲む。優雅に味わったあと、ケーキを見つめながら言った。
「俺、甘いものは結構好きなんだけど、こうやって店で食べるのはあまりしたことがなくて。ほら、男一人だとさすがに入りにくいでしょ?」
「ああ、それはまあ……」
「もし時間が合えば、甘いものを食べるのに付き合ってもらえたらありがたい」
なるほど、そういうことか……確かに、カフェで男性が一人、ケーキを食べるのは勇気がいるのかもしれない。でも、なら彼女とか……と言いかけて止めた。
『……君以外に贈りたい女性なんていない』
さっき、そう言っていたっけ。彼女とか今いないんだろうな。
自分を雇ってくれた社長にそうお願いされれば、断る理由はない。私はスマホを取り出した。そして、私たちはそのままラインの交換をする。あの神園さんとラインを交換するなんて、変な感じがした。
彼は私が追加されたことを確認すると、満足げに頷いてスマホをしまった。そして笑顔でケーキを食べ続ける。
「月乃はコンビニでどんなチョコレートを買うの? 今度買ってみたい」
「あ、おすすめですか? んー今だと冬限定のメルキーキッスとか……」
「へえ、帰りにコンビニで寄ってみようかな」
「しゃ、神園さんはどんなものを食べるんですか? 好きではあるんですよね?」
「頂きもののお菓子が多いかな。仕事上結構貰うんだ」
「ああ、なるほど!」
「今度、君にもあげる」
「わ、ありがとうございます!」
ゆっくりお茶をしながら、たわいない話をするのが案外楽しかった。神園さんは会話してみると普通に盛り上がりもするし、思ったより話題も提供してくれる。
そのまま穏やかに時間が流れた。ケーキも紅茶も美味しかったし、昨日ちょっと付き添っただけなのに、申し訳ないぐらいだと思っていた。
「すみません、家まで送ってもらっちゃって……」
助手席に座りながら私は頭を下げた。
お茶をし終えた後、そのまま帰宅しようとしたところ、神園さんが送っていくと言ったので驚いた。別にまだ遅い時間でもないし、昨日体調が悪かった人にこれ以上運転させるのは申し訳ないとさんざん断ったのだが、彼が折れなかった。
『女性一人で帰すような人間だと思われるのは心外だ』……なんて、ちょっとかっこいいことを言ってくれた。なんていうか、きっちりしてる人だなあ、なんて。
お言葉に甘えることにした。神園さんに送ってもらうなんてほんとにおこがましいが、向こうがあれだけ引き下がらないのなら仕方ない。素直にお願いした。
「別に。昨日お世話になったお礼なんだから」
彼はそう言ってハンドルを握っている。横顔を見て、綺麗な顔をしているなあとぼんやり思った。これで神園を立て直した社長だもんな、女が放っておかないと思うのだが、なぜ今恋人もいないんだろう。忙しすぎるのかな。
しばらく経つと住んでいるアパートの前までたどり着き、シートベルトを外した。外はすでに暗くなっていた。冬は日が落ちるのが早い。まだ時刻もそんな遅くないのに、すっかり夜の顔をしている。
「送って頂いてありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとう。昨日も世話になったし、今日は美味しいケーキを店で食べられてこっちが楽しんじゃったよ」
「ケーキ本当に美味しかったです!」
「よかった。帰りにおすすめのコンビニスイーツでも買って帰るよ」
「あは、まだ食べるんですか?」
「仕事も落ち着いてようやく時間が出来たからね」
「ちゃんとご飯も食べてくださいね」
私はそう言って車から降りる。最後に中を覗き込んで笑いかけた。
「では、帰り気を付けてください。おやすみなさい」
ドアを閉め、車が去るのを見送ろうとその場に立つ。
ところが、神園さんは発車しようとしなかった。じっとこちらを見つめ、さらに『行っていいいよ』と言わんばかりにアパートを指さした。
それを見て一瞬迷ったが、私は頭だけ下げて従った。私がちゃんと中に入るのを確認したいと思ったのだろうか。もしかして相当な心配性?
結局そのまま自室まで入り、やや散らかった部屋にカバンを投げた。ドスンと床に座り込み、大きく伸びをする。
「んーちょっと緊張したなあ、まあケーキ美味しかったしいいけど」
もちろんご馳走になったし、帰りも送ってもらったし。自分が勤める社長と向かい合って話すことなんてめったに出来ないことなんだから、いい経験になったのかもしれない。
ふと思い出し、カバンからスマホを取り出した。ラインに登録された神園さんを見る。
ああいわれて交換したけど、連絡は来ない気がする。忙しいだろうし、わざわざ私とケーキ食べに行かなくても、あの人なら他にいっぱい美味しい物食べられるだろうし。
「さて先にお風呂に入っちゃおうかな」
一人で呟き立ち上がったところで、なんとなく閉まっていたカーテンに近づいた。ちらりと外を見てみる。
黒い車が一台止まっていた。
「……あれ、まだいる」
神園さんの車だ。どうしたんだろう、また気分が悪いとか? 帰り道大丈夫なのかな。
心配になったが、その時丁度タイミングよく車が動いた。ゆっくりアパートから離れたのをみてほっとする。よかった、ちゃんと運転できるみたい。
お風呂に入ろうとしたとき、スマホの画面が光っているのに気が付いた。覗き込んでみると、神園さんからのメッセージだった。
『今日はありがとう
よかったらまた誘ってもいいですか』
「……まじか」
これって、どういうことなんだろう。
本当にまたケーキを食べに行きたいのか、
それとも??
頭を抱える。いやでも、やっぱり下心があるとは考えられない。だってあの人ならめちゃくちゃ美人をゲットできるはずの人だし。私とはほとんど接点もないし。
せめて行きたい店とかをいくつかピックアップしてくれれば、よっぽど行きたかったんだな! ってすっきり納得できるんだけど……。
「返事は後でいいや」
そう一人で呟きベッドにポンと投げる。それと同時に、再びスマホが鳴ったので体が跳ねた。もう一通だと!?
恐る恐る覗き込んでみると、それは神園さんからではなかった。
「あ。春木先輩だ」
以前、一緒に働いていた春木先輩だったのだ。
春木高志先輩。一つ年上で、前の職場ではとてもお世話になった。優しくてノリが良くて仕事も出来る、絵にかいたような『いい先輩』で、仲良くしてもらっていた。実のところ、少し気になっていた時期もある。
でも恋愛にはまるで発展せず、フェードアウトしている……そんな相手だ。
私が退職するとなったとき、由真や私の力になれなかったことを後悔し、嘆いていた。私は責めなかったし、今でも恨んではいない。私がやりすぎなだけなんだよね。
『久しぶり
元気してる?
中谷は何してるかなあと思って連絡しました。
よかったら飯でも行かない? 奢ります!』
そのメッセージを読んで顔を綻ばせる。
『丁度最近、仕事が決まったところなんです!
ぜひ、飲みに行きましょう』
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