第12話 ケーキ
神園さんは私の顔を覗き込む。
「俺が恋人だったら貰ってた、そういうこと?」
ええ……確かにさっきそう言ったけど。でもなんかずれてるよなあ、この人。私は困りつつ答える。
「あーまあそうですね、これぐらいの高級品はそれぐらい親しくないと普通贈らないですからね」
「じゃあ、今お礼を贈るとしたら、何なら相応しいの?」
また難しい質問をしてくるなあ、と頭を悩ませる。感謝してくれてるのはありがたいけど、別に物はいらないんだけど……そうはいかないのかなあ。恩はきっちり返さないと、あとで凄い請求をされる! とか言われて育ったんだろうか。
ううんと唸りながら考える。ちょっと付き添って風呂掃除しただけのお礼か……私が首をひねっているのを、神園さんはじっと黙って見ていた。見すぎ、気まずい。
そこであっと声を出す。
「そうだ、じゃあ甘い物を下さい!」
「甘い物?」
「私、甘いものが好きなんです。焼き菓子とかチョコレートとか、そういうのもらえたら」
自分が好きな物だし、消耗品。誰かに贈ったり贈られたるするものの中では無難なものだと思った。
私がそう提案すると、彼は不思議そうな顔をした。
「食べ物だけ?」
「はい、洋菓子だとなおありがたいです」
「それで君が喜ぶの?」
なんてストレートな聞き方だろう、やっぱり変わった人だなあ。私は苦笑いしながら答える。
「嬉しいですよ。めちゃくちゃ好きなんで!」
すると、彼は明らかに表情を緩めた。その柔らかな顔に、一瞬どきりと目を奪われる。冷たい顔をしたり、嫌味なことを言ったりもするし、この人はいくつ顔を持っているんだろう。
「分かった。じゃあお礼にケーキを」
「楽しみにしてま」
「今から行こう。すぐに車を持ってくる」
彼が決定事項のようにそう言ったので固まった。あれ待って、今から食べにいくと? そういうつもりで言ったんじゃない、今度会った時に、焼き菓子とか並んだ箱をはいって渡されて、家に持ち帰って一人で食べる図まで出来上がっていたのだが……。
「ま、待ってください私……!」
「玄関で待ってて」
「社長、仕事は!?」
「トラブル対応は落ち着いたし、今日は東野がスケジュールを調整してくれてるからもう上がれるんだ」
「じゃあゆっくり休んだ方がいいのでは!」
「俺も甘いものが食べたい。正面玄関で待ってて」
さーっと青ざめる。社長が運転する車に乗っていく? 人の出入りがある正面玄関で? そんなの、注目の的になるに決まっている!
「あ、あの」
「じゃああとで」
私の言うことも全く聞かず、神園さんはさっさと出て行ってしまった。呼び止めようとした手が寂しく残ってしまっている。
一体なぜ、こんなことに……。
呆然としていると、少しして東野さんがひょこっと顔を見せた。
「中谷さん。社長と会えましたか?」
「……会えました……それで、昨晩のお礼ってことで、この辺の高級品を渡されそうになって……」
「持ち切れませんか?」
「断ってお菓子にしてください、ってお願いしたら、今からケーキを食べに行くことに……」
私が困ったように呟くも、東野さんはにこにこしているだけだった。部屋の中に入ってきて、並べてある紙袋を眺めながら言う。
「半日でよく集めたものですねー」
「多分、よく見もせず『一番人気のやつをくれ』みたいな金持ち買いしたんじゃないですか」
「はは、その通りかと。それで中谷さんはお気に召さなかったと?」
「こんな高級品を頂くほどのことをしていませんし。こういうのを贈られて嬉しいのは親しい間柄だけだと思っているので」
私が言うと、東野さんは何度か頷いた。そして感心したように目を細める。
「しっかりされている方です。ちょっと人とずれている社長に分けてあげたい」
「やっぱりずれてますよね、変わってますよね!? 私とは違った環境に育ったおぼっちゃまなんでしょうねえ。神園の後継ぎとして大事にされたんだろうなあ」
経営については人よりずっと秀でているんだろうけど、その代わり一般的な感覚が欠けているのかもしれない。まあ天才ってそういうものかな。
でも私の言葉に、東野さんは何も答えなかった。並んだ紙袋をただじっと見つめ、しばらくしてから小さな声で言う。
「では、あなたが教えてあげてください。彼は知らないだけなんですよ」
なんとなく気になって隣の東野さんを見たけれど、彼はそれ以上何も言わなかった。そして時計を眺める。
「そろそろ行かれては。今からお出かけなんですよね?」
「あ! で、では行ってきます!」
「ごゆっくり」
神園さんを待たせるわけにはいかない。私は東野さんに頭をさげると、慌てて部屋から飛び出した。
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