第5話 再就職




 なーんでこうなったのかなあ……。


 私はある会社の前でおろおろと立ち尽くしていた。


 以前勤めていた会社より大きい。それにまだ新しく、建て替えたばかりのように見えた。


 頭を掻きながら身だしなみをチェックする。うん、大丈夫、おかしなところはない。


 あの後、由真に話をしたところ、案の定とても喜んだ。だが同時に、『月乃を通してどうして私にこんないい話が来たの? 月乃も一緒に入るってことだよね?』と不思議がられ、まあ当然な疑問だよなあと思った。


 全部を説明するとややこしいし、由真に気を遣わせる気がしたので、『私は他に採用された会社があるから断った』と嘘を言っておいた。由真は納得したようだが、そのあとすぐに神園から連絡が来ることになる。例の見覚えのない採用通知だ。


 由真に確認すると、彼女には電話で色々説明があり、本当に雇ってもらえるらしいと分かった。ということは、結局私も由真も雇ってくれる気になったのか、と唖然とした。


 何を考えているのかよく分からない、あのいけ好かない顔を思い出す。でも、ぶっちゃけ就活は上手く行っていないし、神園に入れるならこんなにありがたい話はない。あの男の下で働くと思うとちょっと不快にもなるけど、結局由真を雇うという約束も守ってくれたので、そこまで悪い人じゃないのかもしれない……とも思い、私はここに再就職することを決めた。ここまでしてもらっているのに断る理由はない。それに、社長となんて顔を合わせる機会ほぼないだろう。


 そして本日、初出勤。


 着いたらまず受付に声を掛けるようにと書かれていたので、その前に一人気合を入れているところだ。


「よっし、行こ!」


 ガッツポーズをとると、ようやく建物の中へ足を踏み入れた。


 驚くほどきれいで広々としたエントランスだった。とても立派に見えるが、神園は少し前まで経営難に苦しんでいた時期がある。それを神園碧人が就任した後一気に巻き返したわけだが、考えるとあの男は本当にすごい人なんだなと思った。


「あ、あの、今日から働く中谷と申しますが」


 受付で恐る恐る名乗る。少しあったあと、担当の者が来ますのでお待ちくださいと言われたので、そのまま待つことになった。きょろきょろして回りを観察していると、少しして男性が現れた。


「中谷さん?」


「あ、はい!」


 振り向いてみると、若い男性が立っていたので驚いた。年は三十歳くらいだろうか。短髪の黒髪で、爽やかなオーラを身にまとった、たれ目が優しそうな男性だ。


 私は慌てて頭を下げる。


「中谷月乃です! どうぞよろしくお願いします!」


「社長秘書の東野です」


「よろ……え? 秘書?」


 ぽかんとしてしまう。まさか、神園社長の秘書さんが直々にお迎えとは。彼はにこやかに笑う。神園さんとは違った、温かな笑みだ。


「まずは社長にご挨拶を」


「え!? 挨拶!?」


「こちらへ」


 促されるまま足を踏み出すが、待て待て。結構大きな企業なのに、ただの中途採用が社長に挨拶なんてするのだろうか? 少なくとも、前の会社はそんなことはしてなかった。小さな会社ならまだ分かるが……。


 なんて疑問を口に出すことも出来ず、私は東野さんに付いてエレベーターに乗り込んだ。彼は緊張している私を気遣うように優しく声を掛ける。


「確か、お友達も今回中途で入られたんですよね。でも、確か別支店だったと」


「あ、はい、聞いています」


 そう、由真はこの本社ではなく、別支店へ入ることが決まったと本人から聞いていた。別支店とはいえ、そこまで遠くないし、引っ越しの必要がないぐらいの距離なので、困ることは何もなかったらしいのでよかった。


「社長の紹介で入られた方は初めてです」


「そ、そうなんですか。期待にこたえられるといいんですが……」


「大丈夫ですよ、そんな固くならずに。つきました」


 ぐんぐん上がっていったエレベーターからようやく降り、目的地にたどり着く。重厚感のある扉にうっと緊張度が増した。東野さんがノックし扉を開ける。


「東野です。中谷さんをご案内しました」


 私は一度深く頭を下げる。正直、入ったところで神園さんに会う機会なんてないだろうなと思っていた。こんなにすぐに会うことになるとは。


 中はすっきりした部屋だった。何やら本やファイルが並べられた本棚に、窓際には立派なデスク。部屋の中央にはガラステーブルと黒いソファが置いてある。


 そしてデスクには、何やら書類に目を通している神園さんが座っていた。


 東野さんに続き、神園さんの前まで進む。私は再度頭を下げた。


「今日から働く中谷です。その、今回は私も採用して頂いて……ありがとうございました」


 志望した覚えも、面接した覚えもないんですがね。心の中でだけ呟いた。


 すっと神園さんがこちらを見上げた。バチリと目が合う。


 改めて見ると、彼の目は不思議な色をしているな、と思った。何を考えているか分からないし、どこか嫌味っぽいし、時には威圧感が凄いけれど、こうして見ると少年のような顔立ちにも見える。


 そのまま少し沈黙が流れ、気まずく思った。


 彼は一つ息を吐き、また資料に目を落とす。


「よろしく。君のお友達は違う支社に入ることになってるから」


「は、はい、聞いています。由真のこともありがとうございました」


「こちらは人手が必要だったから、別にお礼を言われることじゃない。心機一転頑張って」


「ありがとうございます!」


 案外普通のことを言われたのでほっと胸を撫でおろす。離れたところで東野さんが何だか笑っていた。


「では、中谷さん。ご案内します」


「お願いします!」


 私は神園さんの前から立ち去った。




 

 

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