第4話 届いたもの

「見て分かると思いますけど。現在無職です」


「それはそれは。やはりあの時私が言ったとおりになりましたね。解雇されたわけですか」


「違います。左遷の指令が出たのは事実ですけど、こっちから辞めたんです。あんな会社ごめんなので」


 淡々と答える。神園さんは小さく鼻で笑った。


「どちらにせよ、後先考えずに動いたせいで職を失う羽目になったというわけですか。あまりに計画性がない。そもそも、友人のためとはいえ無職になるだなんて……」


 なんだこの男は。イライラが募った。


 忙しいはずなのに、私に嫌味を言うためにわざわざ来たというのか。顔はいいもののこんないけ好かない男だったとは。


 私は立ち上がり、きっと睨みつけた。


「私が選んだことです、無関係のあなたにとやかく言われる筋合いはありません。神園社長ともなればお忙しいのでは? こんなところで無職の人間にかまっている暇なんてないでしょう。早く会社に戻られたらいかがですか」


「すみません、気分を害しましたか」


「いいえ、初めに失礼なことをしたのはこちらですので」


「あなたが頭を下げるなら、うちで雇ってあげましょうか」


 驚きで目を見開いた。彼はさらに口角を釣り上げる。


「え……?」


「待遇はいいと思いますよ、うちの会社は。私の紹介という形なら、間違いなく入れます。どうですか?」


 そう言って彼は、ポケットからスマホを取り出して操作すると私に手渡した。神園の待遇がずらりと書かれており、つい見入ってしまう。彼の言うことは間違いではない、かなりいい。


 神園に入れる、というなら、確かに普通なら万歳して喜ぶところだろう。


 ここ最近の伸び方は凄いからいろんなところから注目されてるし、転職先としてはこの上ない相手だ。だが、どう見てもこの男、私を見下して楽しんでいるのがまるわかりだ。


 上司に歯向かって仕事を辞めざるを得なくなった女が、頭を下げて仕事を下さい、と乞う姿がそんなにみたいのか。


 この悪趣味め。


 私は怒りに燃えながら握りこぶしを作ったところで、ふと思うことがあった。そして怒りを一旦鎮め、一旦深呼吸をして彼に言う。


「必ず入れるんですか?」


「はい」


「待遇も他の社員と同じですか?」


「当たり前です」


「じゃあ、雇ってください」


 私はその場で深々と頭を下げた。頭上で、神園さんが小さく笑ったのが聞こえる。


「なんだ、あっさりでしたね。馬鹿にするな、と怒鳴られるかと思ってました。まあ、その方が賢いと言えば賢い。私は約束は守りますよ、うちの会社に」


「では、近藤由真を雇ってください」


 私が言うと、向こうの言葉が止まった。頭を上げてみると、彼が目を見開いて止まっていた。予想外だったらしい。


「一緒に働いていたので私は知ってます、由真は真面目で優秀です。今まだ次の仕事を見つけていないはずなので」


「……なぜそうなる?」


「元々同じ会社の同じ部署にいた、同じ年齢の女二人ですよ。由真でもいいと思います」


「二人雇うなんて言ってない」


「二人雇ってくれなんて言ってません。由真だけです」


 いつでも涼しい顔をしている神園さんの表情が固まっている。私は彼から視線を逸らすことなく、しっかり見つめ合った。


「……こんないい話をなぜ他人に振る?」


 口調が変わってきたな、と気づいていた。その方がいい。取り繕った気味の悪い感じより、不快そうな顔をした今の方がずっと人間と話している感覚がある。私は淡々と説明する。


「今回職を失くしたのは、自分の意思です。神園さんも、由真も同僚も言ってましたけど、自覚してます。でもあの子は違う。勝手に変な男に好かれて、上司にも相談してたのに助けてもらえず、無実の罪を着せられて強制的に退職させられた。あの子の方が心の傷は深いしどうしようもなかった。兄弟も多くて仕送りも大変なんだし、由真を雇うべきです」


「……」


「私は自分で仕事を見つけます。根性だけはあるのでなんとかなります。神園さん、由真を雇ってくれますよね? 私はいいのに由真はだめ、なんてことないですよね?」


 私が強く言うと、彼は困ったような、でも申し訳なさそうな、不思議な顔をした。私が借りていたスマホを手渡すと、それを渋々受け取る。そしてポケットから名刺を取り出し、私に差し出す。


「彼女にこれを渡して、連絡するように」


「ありがとうございます!」


「君は変わってる」


 神園さんはそう短く言うと、私に背を向けてさっさといなくなってしまった。高級そうなスーツの後姿を見送りながら、手に持った名刺をぼんやり眺める。


 あの有名企業の神園なら、働くには申し分ない。由真も断らないと思うけど、一応初めに意見を聞いてみなければ。


「それにしても、あの人は一体何がしたかったんだ……」


 忙しいだろうし、無職の女を笑いに来るなんて。性格が悪そうだなと思ったけど、結果的に由真が助かるならいいや。私に対して失礼なことを言ったのは大目に見てあげよう。


 私はそう心の中で思った。





 でも、それから数日後。


 私の住むアパートに見覚えのない手紙が届いた。


 面接も受けてないはずの、神園からの採用通知だった。



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