第3話 不思議な再会



『月乃

 今回のことは本当に本当にごめんね

 でも、同時に凄く嬉しかったよ

 お互い落ち着いたら、ゆっくりご飯にでも行こう

 私に奢らせてね

 本当にありがとう』


 スマホに送られてきた文章を読んで微笑んだ。


 ぶるっと寒気を感じ、隣に置いておいた水筒から温かいお茶を飲む。はあっと息が白くなった。そろそろ冬も本番に近づいている。これだけ寒くなってくると、こうして外のベンチに座って休む人も少ない。でも、目の前にある噴水には暇そうなおじさんが寝そべっていた。水も出ていない枯れた噴水だ。


 そこそこ広さのある公園は、犬の散歩をしている人やジョギングをする人など、様々な人たちがいる。そのうちの一人である私は、現在失職中だ。求人広告を手に入れるために外出し、なんとなくここに座って一休憩している。


 由真の事件があったあと、結局彼女への解雇は覆ることはなく、さらに私は地方への左遷を命じられた。土井のにやにやした顔が忘れられない。一発殴ってやろうかと思ったが、暴力はさすがにいけないのでぐっとこらえた。


 春木先輩は力になれなかったことをとても悔やんでいたし、彼以外の同僚も悲痛な面持ちで私たちを見ていた。でも、彼らの立場も分かる。今の自分の平穏な生活を壊すなんて、普通避けたいに決まってる。そこそこの会社に就職できたのに、騒ぎを起こして左遷だなんて、馬鹿だと笑われるぐらいだ。


 でも、私はその馬鹿だった。由真のこともあり不信感がぬぐえず、左遷されるぐらいならと自ら退職したのだ。やけくそでも強がりでもなく、あんな会社はこっちから願い下げだと思ったのだ。


 土井が来てから円滑に仕事が回らなくなってごちゃごちゃしだしたし、残業も増えた。ミスしても人のせいにするもんだから、みんなピリピリしていたし。あの男が来るまでは、過ごしやすくてやりがいのある仕事だったのになあ。


 はあ、とため息をついた。


 これが一か月前の出来事だ。私も由真も、現在は単発バイトをしながら、貯金を崩して何とかやりくりしつつ就職先を探している。中々いい就職先が見つからず、お互い苦労しているが、こうして連絡を取って励まし合っている。


 ただ、由真の家庭は年の離れた兄弟が多く、由真も仕送りをして家族を支えていたという事実があるので、心労は彼女の方が大きいだろうと思う。早く次の仕事が見つかればいいのだが……。


 私も由真も、不安がぬぐえない日々を送っている。


 自分がやったことは、全く後悔していない。……が、事の経緯を両親に説明すると呆れられた。


 友人の汚名を晴らしたい、という思いは正しいと誉めてくれた。だが、お前は後先考えず突っ走る癖がある。もっとやり方を考えなさいと昔から言っているのに、とぐちぐち言われ、ぐうの音も出ない。


 そうなんだよなあ、と青空を仰いだ。子供のころから熱くなりやすいというか、これと決めたら周りが見えなくなる。頑固で、気も強い。そんな一人娘に両親は手を焼いたという。いじめっ子と全力で戦って傷だらけになったし、露出狂に会った時は叫びながらもなぜか私が追いかけて相手の変態を怖がらせ、警察に注意されるし(危険だからすぐ逃げなさい、という意味で)


 大人になって落ち着いたかと思ったけど、やっぱり人はそう簡単には変われない。

 

「ま、いいよね後悔してないんだから」


 一人呟いて微笑んだ。


 何もせず由真が会社からいなくなるのを見送っていたら、きっと罪悪感でいっぱいだった。毎日土井にびくびくしながら働いて落ち込んでた。だったら、辞めてしまった方がずっとよかった。


「返信しておこう。ええっと、私がやりたくてやったんだから、気にしないで……落ち着いたら今度うちでたこ焼きしよう、っと……」


 スマホで由真にメッセージを返していると、ふと足元に影が出来たことに気が付いた。顔を上げた時、予想外の人がいて驚く。


 さらりとした黒髪に、長い手足。どこか冷たく見える切れ長の目と整った顔立ち。


 コートのポケットに手を入れたまま私を見下ろしていたのは、あの神園碧人だった。


「え!? あ……神園さん!?」


 声がひっくり返ってしまった。


 社長に怒鳴りつけていたのを、横から冷静に観察していたあの神園碧人。なぜ、彼がここに?


 神園さんはわずかに口角を上げたまま私に言う。


「ご無沙汰しております。中谷月乃さん、でしたっけ」


「な、なぜ私の名前を」


「あんな面白い物を見せてもらった人間をそう簡単には忘れない」


 その言い方がなんだか嫌味っぽくてむっとした。現に彼は、非常に見下した目で私を見ている。


「仕事で県外に行っていた帰りにたまたま通りがかったらあなたを見つけたので。こんな昼間からこんなところで何をしているのかな、と」


 わざとらしい。完全に馬鹿にしている。私がなぜこんなところにいるかなんて、容易に想像が付くだろうに。あの事件を目の当たりにし、さらに今座っている私の横には求人広告が乗っているんだから。

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