第51話 治すというイメージ

 「うん、わかった。僕に任せて」


 クーヤの答えなんて始めから決まっていました。ぽろぽろと涙を零すウルフェンの肩に手を置いて、優しく微笑みます。


 「クーヤ様。私からもお願い致します。メリア様をお救いください。お願い致します………!!」


 屋敷の中にいる人間の子ども。兵士の間ではその容姿から治療の天使と呼ばれている事をナディは知っていました。実際のその力を見たわけではありませんが、もはやクーヤに頼るぐらいしか道がないのも確かです。一縷の望みをクーヤに託します。

 ナディに頷き、クーヤはベッドの横に立ちます。そしてメリアに向かって手をかざしました。今、メリアがどんな状態なのか調べる為です。

 手を向けて相手の状態を調べる事は、色んな患者を診ている内にいつの間にか出来るようになっていました。相手がどんな状態なのか知らなければ、回復魔術の効果も落ちてしまいます。治療をする上でとても役立つ能力でした。


 (メリアさん、とっても弱ってる)


 脈拍は弱く、微かに呼吸を繰り返しているだけで今にも止まりそうです。眠り病の原因はまだわかりませんが、クーヤはまず体を元気にさせるように魔術を唱えました。


 「あまねく命に安らぎを。ヒール」


 自然と諳んじたロストワード。この屋敷で経験を積んだおかげでしょうか。クーヤの言葉は淀みがありません。その手から発せられる光も以前よりも強く、そして暖かさで満ちていました。

 クーヤの周りにキラキラと待っている燐光も、以前はあやあやなものでしたが、何かの形を取り始めているようでした。


 「母さん………」


 流れる涙をそのままに、ウルフェンは祈る様に手を組みました。心の中は不安で一杯で、だけれど、クーヤがきっと治してくれるのだと信じ続けます。


 「………」


 いつもなら一瞬で終わるはずでしたが、クーヤの治療はまだ続いていました。それだけメリアの状態が悪いという事でしょう。光はメリアの全身を包み込み、クーヤはその状態を維持し続けました。

 一分ほど、そんな状態が続いたでしょうか。ようやく光が収まった時には、メリアの顔色が明らかに良くなっていました。クーヤの回復魔術は確かに効いているのです。


 「クーヤ!」


 ですが、クーヤはふらりと体勢を崩して倒れそうになってしまいました。今までになく集中して、一気に魔力を使ったせいです。


 「だ、大丈夫。まだ魔力は十分にあるから、続けられるよ」


 ウルフェンに支えられながら、気丈にもクーヤが笑います。大量の魔力を急に使ったせいで青くなっている顔色が痛ましいです。ウルフェンは思わず、止めさせようと声を上げました。

 しかし、その声が上がる前に、ぎゅっと力強くウルフェンの腕をクーヤが掴んだのです。それはまるで止めないでと言っているようでした。

 何も言えなくなったウルフェンから体を離し、もう一度、クーヤは手をかざしてメリアの状態を調べます。危険な状態はどうにか抜け出したようでした。一時的なものでしょうが、これで眠り病の原因を探る事が出来ます。


 (………?ここ、何か変な感じがする)


 クーヤの感覚的なものですが、調べる時、怪我であればその箇所に手を持っていくとばちっ!とした反動がくるのですが、今回はなんだかもやもやとした感触が返ってきていました。違和感を感じた場所。それは頭の部分でした。


 (………さっきの魔術だときっと駄目だ)


 ロストワードを使って大幅に強化されているとはいえ、ヒールは初心者が使うような初歩の魔術。しかも怪我といった外傷にしかあまり効果はありません。メリアが患っている病を治すにはヒールでは効果があまりないのです。直感的にクーヤはそれに気づきました。


 (どうしたらいいんだろう。今のままだと治せない。もっと僕が回復魔術について勉強していたら………?)


 勉強。その言葉でクーヤはベルに見せてもらった辞典の事を思い出しました。あの辞典にはヒール以外の回復魔術も載っていたのです。

 ですがそれは言葉だけでした。ヒールの場合、治療している絵が載せてあったのでとてもイメージがしやすくなっていました。だからこそクーヤもすぐに使えるようになったのです。


 (魔術はイメージが大事。想像する事。僕がメリアさんを治療する、その光景を頭の中に思い浮かべる)


 クーヤはこれまで以上に集中力を高めました。周りの音が全て聞こえなくなる程に。

 体中の魔力を励起させ、強くその光景をイメージします。メリアを絶対に治す。そしてウルフェンに笑顔を取り戻す。それだけを考えていたら、自然と頭の中でぺらぺらと辞典をめくる様に、言葉を探し始めていました。


 (僕が今欲しい魔術、それは………)

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