第50話 心からの切なる願い
人目を忍んで移動する二人は物陰に隠れ、時には部屋の中に逃げ込みながら目的の場所を目指していました。
最初は頻繁に人が行き交い、危うく見つかってしまいそうになっていましたが、進めば進む程、人気がなくなっていって隠れる必要もなくなっていきました。
「ウル様?」
屋敷の中の様子も風変りし、装飾品といった物がなくなっていきます。寂しさを感じるような廊下を歩いていると、二人はたまたま廊下を歩いていたメイドさんに見つかってしまいました。思わず体を硬くしてしまうクーヤ。
「大丈夫。こいつは俺の味方だ」
クーヤに声を掛けてから、ウルフェンはメイドさんに話しかけました。
「ナディ、母さんの所に連れて行ってくれ」
「………かしこまりました」
ナディと呼ばれたメイドさんはクーヤの事を少しだけ見詰めた後、丁寧にお辞儀をして、先頭に立って歩いていきました。一分もしない内に目的地へと辿り着き、ナディは鍵を使ってその扉を開きます。
部屋の中は質素で、生活感というものがありません。そんな部屋の中でひっそりとベッドの上に横たわっている女性がいました。
「母さん………」
苦しそうな顔をしてウルフェンはベッドの横に立ちます。そしてウルフェンは女性の頬に手を当てましたが、ぴくりとも女性は動く事がありませんでした。
女性の名はメリア。ウルフェンの母親です。彼女はウルフェンが物心つき始めた頃に突然倒れてしまい、それからずっと眠ったままになっていました。眠り病という奇病にかかってしまったのです。
「メリア様、ウル様……」
ナディもウルフェンと同じように痛みを堪える様に悲しい顔をしています。ナディは昔からメリアに仕えているメイドで、ザイアス家に嫁ぐ前からメイドとして働いていました。ウルフェンが生まれてからはまるで姉のように接して、孤児だったナディには二人は実の家族以上に大切な存在でした。
「ウル様、お話がございます。メリア様の事について良くないお話が………」
「わかっている。あの男は母さんを見捨てるつもりだ」
眠り病に特効薬はありません。一度かかってしまうと二度と目覚める事はなく、衰弱し続けて最後は眠る様にこの世を去ってしまうのです。
ウルフェンがどうにかギトンに這いつくばるようにお願いをしていたからこそ生かされていましたが、ついにギトンは見捨てる事にしたようです。メリアは彼の妻だというのに情すらないようです。
「私はここに残ります。メリア様を見捨てる事なんて絶対にしません」
「残った所でどうにもならない。ナディ。母さんはこの機械によって生かされているんだ。高価な魔道具をあいつが回収しないはずがない」
「ですが、それでもっ!」
ギトンの冷酷さはナディも知っています。例え彼女がどれだけお願いしても決定を覆したりしないでしょう。歯向かったとしても無駄な抵抗に終わり、メリアを連れて逃げ出す事も出来ません。八方塞がりでした。
「メリア様は!メリア様は私を拾ってくださって、大切な事を教えてくださいました!生きる希望、家族のぬくもり、そして人を愛する事を!」
「………」
「私はまだ何の恩返しも出来ていません。ウル様にはずっと苦しい思いをさせて、悲しい顔ばかりさせてきました。幸せを教えて差し上げたかった。何処にでもいる子どものように笑って欲しかった。ですが私にはメリア様を少しお世話するぐらいしか………っ」
「ナディ。俺はお前の献身を知っている。お前が母さんを守っていてくれたからこそ、俺は安心出来たんだ。それに俺はお前が傍にいてくれて良かったと思っている。一人だけだったら、きっと折れてしまっていた」
ギトンからの無理難題と過度な重圧。とても一人では耐え切れなかったでしょう。ナディがいたからこそ、今があるのだとウルフェンは思っています。
「ウル様………」
「それにまだ絶望する時じゃない。俺はまだ諦めていない」
そうしてウルフェンは振り返り、クーヤに誠心誠意に頭を下げました。
「お前を攫って、家族の元から離したのは俺だ。そんな俺が自分の家族を助けて欲しいだなんて虫が良いのはわかってる。だが、だが母さんは俺を俺として見てくれて、愛してくれた、たった一人の大切な………大切な人なんだ」
ザイアス家にウルフェンの居場所はありませんでした。産まれた時からウルフェンはある理由によってギトンに認められていなかったのです。
そんなウルフェンの拠り所は、何処までもおおらかに優しく包み込んでくれるメリアと、いつまでも傍で見守ってくれているナディでした。
「ずっと母さんを助ける方法を探してた。何処にもそんなものはなくて、挫けそうになった事も何度でもあった」
やれることはなんだってやってきました。時には汚い手段だってとってきました。それもこれも全部、母親の為。
「だけどそれでも、諦めきれねぇんだ。だって母さんはそこにいるんだ。ただ眠っているだけで、まだ生きているんだ。優しく俺に微笑んでくれた母さんの事を覚えている。辛い時に頑張ったねって抱き締めてくれた事を覚えている。そんな母さんを俺は、見捨てられるわけなんてないんだ!」
もう一度、その胸に抱きしめて欲しい。ただ、その瞳を開けて自分の事を見て欲しい。
「頼む、クーヤ。いや、お願いします。どうか、どうか俺の母さんを助けてください」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます