第49話 友だちの力になりたい

 「ネズミの件について報告がある」


 通信用の魔道具に向かってギトンはそう話しかけました。遠くの相手とも話す事が出来る便利な魔道具です。

 場所は自分の私室。ここには誰も訪れません。完璧なプライベート空間で、ここにはいない誰かと密談を交わしていました。


 「それが誰かはわかっている。自分が賢いと思っているあの医者だ。わざと泳がせて他家の動向を確かめていたが、もうその必要もないだろう。処分は任せておけ」


 ギトンは冷酷に笑います。自分に歯向かった者に対して彼は容赦しません。地獄さえも生ぬるいと思わせる目に合わせてやろうと考えていました。


 「………何?その情報は確かか?」


 魔道具の先にいる相手の声はギトンにしか聞こえていないようで、何を話したのかはわかりませんが、ギトンを驚かせるには十分な内容だったようです。


 「教えるのが遅すぎるわ!………あまりに奴らの動きが速かった?っちぃ。今は問答する時もおしいか。わかった。すぐにでも撤収作業を開始する」


 余程急いでいるのか、ギトンは早々に話を断ち切ろうとしていました。


 「………無論、あの子どもも連れていくに決まっている。お前も会いたがっていたな。直に対面させてやるから待っているといい」


 それだけを言ってから今度こそ通信を切り、足早にギトンは部屋から出ていきます。それから屋敷にいる全員に退去命令を出しました。突然の命令に戸惑う者ばかりでしたが、当主であるギトンに逆らう事も出来ず、理由もわからずに従うしかないのでした。




 「何かあったのかな?」


 周囲が慌ただしい空気になっている事を、部屋の中でクーヤも感じていました。一人きりでいるからこそ、なんとなくそういう空気のようなものに敏感になっていました。

 窓の外をクーヤがひょっこり覗き込むと、使用人たちが忙しそうにあっちやこっちを走り回っています。

 今までにない空気感に若干の不安を感じているクーヤの元に、ウルフェンが駆け込んできました。


 「まずい事になった………」

 「うーちゃん、大丈夫?顔色が悪いよ」


 真剣な顔をしているウルフェンをクーヤは気遣います。


 「俺は平気だ。それよりも」


 ウルフェンは外から聞こえてきた足音に口を閉ざしました。どうやらここに来るわけではないようで、通り過ぎ去っていく足音に一呼吸を入れて安心します。


 (まだ大丈夫なようだな。だが、それも時間の問題だ)


 ウルフェンはギトンがここを完全に切り捨てて、新しい拠点に場所を移そうとしている事を知っていました。

 新しい拠点は要塞化した監獄であり、クーヤがそこに連れていかれれば、まず脱出は不可能になるでしょう。ウルフェンは頃合いを見てクーヤを逃がそうと考えていたので、それは歓迎できない事態です。


 (ザイアス家にこのままクーヤがいたら確実に使い潰される。そんな事、させるわけにはいかねぇ)


 他意なくどこまでも純粋に人助けをするクーヤに、ウルフェンは心を動かされていたのです。


 「クーヤ、ここから出たいか?」


 現場は混乱しています。逃げ出すなら今しかありません。後はクーヤ本人の気持ち次第。クーヤが頷けばウルフェンはすぐにでも行動に移すつもりでした。


 「………」


 しかしクーヤは無言のまま、頭を縦に振る事はありませんでした。


 「どうしてだよ!?お前の家族に早く会いたいだろっ!お前が頷いてくれれば、俺は………」


 その時、ウルフェンははっとしました。クーヤがずっとウルフェンの事を見詰めていたからです。


 「お前、まさか………」


 ウルフェンはクーヤが前に言っていた言葉を思い出しました。うーちゃんの力になりたい。だから、ここを離れるつもりはない、と。


 (今ならその言葉が本当だって信じられる。だが………)


 ウルフェンも最初はクーヤの力目当てで利用してやるつもりでした。父親からの命令もこれ幸いと利用したのです。

 ですが、今となってはその考えもほとんどありません。今でもクーヤの力を貸して欲しいという気持ちは強くありましたが、それとこれとは別です。

 時間はあまり残されていません。もしも自分のせいでクーヤが逃げ遅れてしまったら、一生後悔する事になるとウルフェンは思っています。

 そんな風に迷っていたウルフェンでしたが、頑なに動く事がないクーヤを見て、思わず苦笑いしてしまいます。


 (こいつ、普段はぽわぽわしているのに、ものすごく強情になる時があるよな)


 それがおかしくて、自然に笑ってしまったウルフェンにクーヤはきょとんとしていました。


 「あぁ、くそ。わかった。わかったよ。俺の負けだ」

 「え?負けって」

 「いや、気にするな。それよりも、俺はクーヤに頼みたい事がある」


 とても真剣に、そして真摯な願いを込めながら、ウルフェンはクーヤに懇願しました。


 「クーヤ、お前に助けて欲しい人がいる。頼む………どうか俺の母さんを救ってくれ」

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