第48話 お前を信じてもいいのか?

 「全く、ザイアス様のお遊びにも困ったものだ」


 怪我人の治療で忙しい時に子供のお遊びに付き合わされたと思った医者は、一人で溜息をついていました。患者はたくさんいるというのに、余興に付き合っている暇なんてない、と怒りさえ感じていました。


 (あの子供もどうやら噂が一人歩きしているだけのようだったな)


 初めはわかりませんでしたが、人間の子どもといえば一人しか心当たりがありません。魔王が引き取ったという人間の子ども。とてつもない力を持っていると噂されていましたが、それ程でもないな、と医者は思っていました。

 それよりも、そんな子どもを誘拐しているギトンがとても危ういと思っています。噂では人間の子どもは魔王たちに溺愛されているとか。それも力と同じで嘘かもしれませんが、医者は早くも自分の身の振り方を考え始めていました


 「………う。こ、ここは………?」


 頼りになりそうな伝手を頭の中で考えていた医者は、その声に気づくのが遅れました。なんと、その声は意識さえ戻らないと思っていた重傷人の声だったのです。

 驚きに医者は目を瞬かせます。医者の見立てではすでに手遅れで、このまま意識も戻らず帰らぬ人となると思っていました。

 すぐにでも医者は診察を始めると、驚く事に外傷はほどんどありませんでした。体内を深くまで傷つけていた部分については根こそぎ治っていたのです。これならば一日、二日安静にしていればすぐにでも復帰できるでしょう。


 「まさか、あの回復魔術は本物だったのか」


 魔族にとっては馴染みのない回復魔術。医者も初見で驚きはしていましたが、実物を見ても半信半疑でした。治す事が出来なかった所を見ると、やっぱりな、と思っていた程です。

 しかし、こうなってしまうと医者も信じるしかありません。それと共に黒い欲望が心の中から顔を出して来ました。


 (この情報は使えるぞ。一体いくらになるのか想像もつかん)


 実はこの医者、他家の者へザイアス家の情報をリークしているスパイなのです。日頃の恨みとお金に目が眩んだ結果なのですが、今までは医者という立場では大した情報がなく、小遣い程度しか稼げていません。ですが、今回は違います。


 (魔王の子どもの情報は金になる。誰もが欲しがる情報になるぞ。しかも噂以上に力があるとなれば、これは高く売れる!)


 くくく、と喉の奥で笑います。自分の明るい未来を想像しながら、早速、医者は連絡をとるように動き出しました。

 医者は目先の欲に目を奪われて、忘れていました。もう一つの噂を。人間の子どもが魔王たちに溺愛されている、という噂を。もしそれを覚えていれば、破滅の道へと向かわなかったかもしれませんね。



 それからのザイアス家で、クーヤは多忙の日々が続きました。いつも怪我人や病人の治療に駆り出されて、休む暇もありません。

 魔力がなくなって倒れる事もしょっちゅうで、その度にウルフェンが看病をしていました。

 日に日に疲れていくクーヤでしたが、弱音を吐く事はしません。いつも一緒にいるようになったウルフェンでも、最初に倒れたあの日から、弱音を耳にすることはありませんでした。

 今日も今日とて、ぐったりと寝込んでしまったクーヤをウルフェンは黙って看病をしていました。


 「………」


 ウルフェンの胸中は複雑です。クーヤの事をお人よしだと、嘘つきの偽善者だと、そんな風に思っていました。どうせすぐにでもそんな仮面は剥がれると思っていたのです。

 ですがクーヤは、いつまでも一生懸命に頑張っていました。他人の為に頑張り続けるクーヤの姿を見て、少しずつウルフェンの心の中でも変化が訪れていました。


 (もしかしたらこいつは本当に………)

 「う、ううん」

 

 伸ばしかけた手を引っ込めて、何気ない顔でウルフェンは元の位置に戻りました。


 「あ、あれ?僕、また倒れちゃったのかな」


 ベッドに横になったまま、目をぱちくりとさせて申し訳なさそうにクーヤがウルフェンを見つめます。クーヤはいつもウルフェンに迷惑を掛けている事を気に病んでいました。


 (お前は攫われた側だろうが。なんでそんな顔をしやがる)


 はぁ、とウルフェンはやるせない溜息をつきました。その様子を見てクーヤは勘違いしてしまったのか、しゅんとしてしまいます。

 自分の心の内を話すわけにもいかず、ウルフェンは黙って用意していた物をクーヤの目の前に差し出しました。


 「食え」

 「これって、もしかして果物?」

 「魔力が少し回復する効果があるマジックアップルだ。いいから、ほら」


 顔を背けながらぶっきらぼうにウルフェンは差し出します。皿の上に乗っているマジックアップルはすでに剥かれていて、どれもこれもが見てくれが悪く、不揃いででこぼこしていました。

 ウルフェンの指にはいくつも包帯が巻かれていて、不器用にもそれを剥いてくれた者が誰なのかを教えてくれています。


 「………うん!とっても瑞々しくておいしい!」

 「ふ、ふん!少しでも早くお前には体調を戻してもらわないと俺が困るからな!」

 「うーちゃん、ありがとうね!僕、とっても嬉しいよ!」


 満面の笑みを返すクーヤ。それは直視するにはあまりに眩しすぎました。ウルフェンはごにょごにょと言い訳を言いながら、しどろもどろに部屋の外に出て行ってしまいます。


 「………………」


 後ろ手に閉めて、ウルフェンは背中をドアに預けます。中から感情豊かに喜んでいる声が聞こえてきました。人知れず、ウルフェンの唇の端が上がってしまいます。

 人に喜ばれる事がこんな気持ちになるなんて知りませんでした。それとも、その相手がクーヤだからでしょうか。ウルフェンにはわかりません。


 「クーヤ、お前を俺は………」


 信じてもいいのか?


 「………母さん」


 ウルフェンの呟いたその言葉はとても切なそうに、何かに縋る様に懇願していました。

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