第46話 ザイアス家の仕事
クーヤがギトンに連れていかれた場所は、ザイアス家お抱えの兵士たちが住む兵舎でした。何やら慌ただしく兵士たちが行き交う合間を縫って、ギトンの後ろをついていきます。
先頭を歩くギトンを見つけて姿勢をしゃっきりと正し、後ろについてくる子どもたちに戸惑いの色を隠せない兵士たち。子どもなんてここでは見かける事がないので、不思議にも思っているのでしょう。
クーヤたちの後ろからウルフェンもついてきていますが、そちらには誰も視線は向けません。いえ、少なからず同情のような視線はあるようでした。
「ここだ。入りたまえ」
ギトンはここに来るまで説明はほとんどしませんでした。ただ、クーヤに治してもらいたい者がいる、と口にするだけでした。
招き入れられた部屋の中に入ると、むっとした空気が襲い、血生臭さに思わず顔をしかめてしまう程です。部屋の中は怪我人だらけで、無事な姿をしているのは医者ぐらいなものでした。
どうやらここは治療室のようで、痛い、助けてと呻く声ばかり聞こえてきます。
「………」
さぁっとウルフェンの血の気が引きます。こんな状況を見た事がなかったからです。
「ザイアス様!?一体、このような場所に何用でございますか?」
ぎょっとした顔を見せたのは医者の一人でした。今は魔物討伐の際に怪我をしてしまった兵士たちの治療中。今回は戦闘が激しかった事もあって怪我の程度がひどく、治療以外の事にかまけてる暇はないのですが、ザイアス家当主がこの場に現れたと言うなら別です。
「お前たちを手伝おうと思ってな」
ひくり、と医者は口の端をひくつかせます。兵士の事を駒ぐらいにしか思っていない事は医者は知っています。一体、何を手伝おうというのか。そのように思ってはいましたが、口には出しません。
「勘違いをするな。私が手伝うのではない。この者だ」
ギトンの影で見えていませんでしたが、体を引く事で現れたクーヤの姿を見て、医者は怪訝な顔をする事を隠せませんでした。人間。それもただの子ども。こんな者が一体何を手伝うというのか。そんな顔をしています。
「いいから一番怪我のひどい者の所へ連れていけ。これは命令だ」
そこまで言われればザイアス家に従う者として拒否する事は出来ません。奥へ奥へと歩いていき、血の匂いがもっと濃くなった場所にクーヤたちを連れて行きました。
「こ、これは………」
うっ、と思わず込み上げてしまいそうになるものをウルフェンは必死に我慢しました。目の前にいるベッドに寝かされた兵士はそれ程ひどい怪我をしていました。これて本当に生きているのか、と疑う程です。
平然とした顔でそれを見ながら、ギトンはクーヤの背中を押しました。
「さぁ、治してくれ」
クーヤの力はウルフェンが報告した以上のものはありません。メルの膝の擦り傷を治したぐらいで、生死を彷徨うような傷を治したとは一言も言ってはいないのです。
(クーヤを、試しているんだ………)
ウルフェンは血の気を引かせながら、ただ見守る事しか出来ませんでした。何か言ったとしてもギトンが聞く耳をもつはずがない。それがわかっているから、無力な事を噛み締めつつ何も言えませんでした。
クーヤはギトンに背を押されて、兵士のすぐ傍に立たされました。もっとも近くでその惨状を見ているのです。医療に従事した者でないと目を背けるのが当たり前の傷を前にして、微動だにもしませんでした。
(あまりの光景に固まってしまっているのか。………当然だな)
自分でさえ近くに寄るのを心が拒否している。あんなに普段からぽわぽわしているような奴が見ていられるような光景じゃない。ウルフェンはそう思っていました。
ですが、
「えっ」
思わずウルフェンは声を出してしまいました。何故ならクーヤがその手を前に突き出して、魔術を唱えたからです。
クーヤは顔を青くしながらも目の前の光景から目を逸らしていませんでした。弱々しい呼吸を繰り返す兵士を見ながら、その手をかざしたのです。
「あまねく命を安らぎを。ヒール」
メルの傷を跡形もなく癒した聖なる治癒魔術。光が溢れる清らかな光景に傍にいた医者が、おぉ………と言葉を漏らしています。
その光は間違いなく瀕死の兵士に降り注ぎました。ですが光が消え去った後、そこには全く状態の変わらない兵士がいるだけでした。いくらロストワードを使った魔術であろうと、習いたての魔術では大怪我を治せるような効果はなかったのです。
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