第45話 母、キレる

 「俺が困ってる?ハッ!冗談も休み休み言え」


 すぐに否定するウルフェンでしたが、クーヤはそんなウルフェンの事をじっと見ていました。心の中を見透かす様な視線にウルフェンは顔を逸らしました。


 「俺の事よりもまずてめぇの事を心配しやがれ。お前は誘拐されたんだぞ。わかってんのか?」

 「うん。わかってる。でも僕はうーちゃんの力になりたいから、ここを離れるつもりはないよ」

 「………それがさっきの答えか」


 泣く程、寂しがっている癖に家に帰ろうと思わない理由。それがまさか自分にあるとはウルフェンは思っていませんでした。


 「とんだお人よしだな。お前にとって俺は悪者だろうが。そんな相手を助けようってか?」


 ムカムカときます。自分の事を哀れに思われているようで、ウルフェンは同情心なんてクソくらえだと思っていました。

 かっとなったウルフェンにクーヤは落ち着いた声で言葉を返しました。


 「良いとか悪いとかじゃない。僕はうーちゃんの友だちだから。友だちの力になりたいだけなんだ」

 「何が友だちだよっ。そんなもの信じられるか!」


 利用し利用されるだけの世界しかウルフェンは知りません。そんな世界で生きてきたウルフェンにとって、クーヤの言葉はウソにしか聞こえませんでした。そのまなざしがあまりに純粋で曇りなき眼だったとしても、認める事が出来ませんでした。


 (そうだ。俺はこいつを利用するだけ。それ以外のものなんていらない)


 それがシンプルでわかりやすい明快な答え。今のウルフェンには何かを認めるだけの心の余裕なんてありませんでした。


 「仲良くやっているようじゃないか」


 そう言ってノックもせずに入ってきたのは、ウルフェンの父、ギトンでした。彼は二人の間に入りながら、クーヤの向かってにこやかな笑みを見せます。


 「君に仕事が出来た。早速、その力を発揮して貰おうか」




 一方の魔王家では、クーヤが攫われてからこの世界から明かりが全て消えてしまったかのように、どんよりと暗くなっていました。


 「ミールのせいなの。クーちゃん、クーちゃんが………」


 めそめそと部屋の隅っこで泣いているミールは、あの日からずっとそうやって塞ぎ込んでいます。クーヤの一番傍で警護を任されていたネコのぬいぐるみのトーカも、後一歩の所で間に合わずにクーヤを誘拐されてしまい、めちゃくちゃにへこんでいました。

 クマのぬいぐるみのナイトもそれは同様です。無言でその場に立っていますが、その姿からは沈痛な思いが伝わってきます。


 「クーヤー。クーヤ、どこー?ここー?」


 ふらふらと歩いて机の下を覗き込むシア。クーヤ欠乏症が発症してしまい、人知れずにクーヤを求めています。まともな思考も出来ず、クーヤがいないとわかると泣き出してしまい、非常に不安定になっていました。


 「クーヤちゃんクーヤちゃんクーヤちゃんクーヤちゃん………」


 ぶつぶつとクーヤの名前を繰り返しているのはメルトです。目にハイライトがなく、虚空を見つめるその姿は正直めちゃくちゃ怖いです。


 「みみみみみんな、おおおおおおちけつ。まだそんな、慌てるような時間ではにゃい」


 噛みまくる上にネコになってしまったのはフィリオです。冷静を装ってコーヒーのカップを傾けて飲もうとしていましたが、持ち手がぶるぶると震えていて、飲む前にほとんどの中身を零していました。


 「重症だねぇ………。見てらんないよ」


 この中で唯一まともなのはカミラだけでした。散々な様子の子供たちを見ながら、ここ最近の事を思い出しています。

 クーヤが攫われた当初、魔王ファミリーの面々は殺意をたぎらせてカチコミに行こうとしていました。犯人はすでにわかっているので、後は乗り込むだけです。大切で愛しい弟に手を出したことを、心の奥底から後悔させてやる、と壮絶な顔をしながら行動に移そうとしていたのですが、それに待ったをかけた人物がいました。


 (リオンも、何を考えているんだかわからないね)


 そう、それは魔王リオンでした。最強の魔王であり、父でもあるリオンに止められては、強行しようとしていた子どもたちも、さすがに止まるしかありませんでした。


 (あいつがそう言うんだからクーヤは大丈夫、だとは思うんだけどね………)


 リオンは止めるだけ止めて、理由を何も言いませんでした。それが不安となって子供たちを苛んでいるとしても、ただ待てとしか言いませんでした。


 「いつもべったりだから、クーヤ離れに少しはいいかと最初は思っていたけれど、さすがにこれは可哀そうだね」


 子供たちも最初はちゃんと我慢していたし、そわそわとはしていましたが、普通な様子でした。ですが時間過ぎて何日も経てば、ご覧の通り、というわけでした。

 カミラもクーヤの事を心配しています。今、あの子はちゃんと無事でいるだろうか。ちゃんとしたご飯を食べているだろうか。泣いていないだろうか。心配は山のように心の中に積もっていました。実の所、カミラも表面には出さないだけで結構ぎりぎりなのです。

 そろそろ自分も、この子たちも限界になる。そう思っていたカミラの元に使い魔からの一報が届きました。実は内緒で使い魔を使ってクーヤがどうしているのかカミラは調べさせていたのです。


 「!?!?」


 ぞわり、と全身を襲う悪寒に子供たちはすぐに臨戦態勢をとります。正気を取り戻し何事かと視線を向ければ、手紙を握り締めて赤々とした紅蓮の髪を燃え滾らせているカミラがいました。紛れもなく、その姿は激怒していました。


 「リオン。これが私たちに隠していた理由かい。成程ねぇ………………ぶちころがすぞ、あの野郎」

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