第14話 優しく暖かな歌声

 「ふふんふーん」


 上機嫌に鼻歌を歌うシアはスキップをしながらクーヤの所に向かっていました。今日はシアがクーヤ担当で、独占状態です。

 クーヤ担当はローテーションで、ぎっちぎちにスケジュールが詰め込まれているので、なかなか回ってきません。それも誰にも邪魔をされずクーヤを独り占めになる機会はほとんどなく、それは鼻歌の一つや二つ出るというものです。


 「シアおねえちゃん?」

 「あら?クーヤ、こっちにいたのね」


 廊下の途中で見つけたクーヤは、どうやら居間の方に行っていたようでした。


 「さっきのってなーに?」

 「さっきの?」

 「ふんふーんっていってたの」


 自分の真似をするクーヤが可愛すぎて、思わずシアは抱き着いてしまいました。


 「わわっ。シアおねえちゃん、どうしたの?」


 髪は金色のふわふわで、体はとてもあったかくて、シアはいつもクーヤに抱き着くのが大好きでした。事あらば抱き着くので、最近は皆から注意されるようになっていました。


 「んー。そんな気分になっただけ!ごめんね、クーヤ。急に抱き着いて」


 と言いつつ、抱き着いたまま離れません。いつもは誰かが来て邪魔をされるので、今日は遠慮をしません。普段から遠慮しているかは謎ですが。


 「だいじょうぶ。ちょっとびっくりしただけだから。それにおねえちゃんにぎゅーってされるの好きだよ!」


 そんなことを笑顔で至近距離から上目遣いで言うものですから、ワンコンボ、ツーコンボ、スリーコンボとくらったシアは思わず体を離してしまいました。そのままでいたら色々と自制が効かなくなると思ったからです。


 「おねえちゃん?」

 「あ、あはは。何でもないわよ。それで、さっきのは鼻歌って言うのよ」


 はなうた?と可愛く小首を傾げるクーヤに、これ以上おねえちゃんを惑わせてどうするつもりなの!?とシアは心の中で思っていました。


 「こほん。やり方は簡単よ。口を閉じて声を出すような感じ。ほら、やってみて」


 最初はちょっと上手くいってなかったクーヤですが、ちょっと練習すると鼻歌が出来るようになっていました。


 「わー!できたー!」

 「ちょっとした時にやってみるといいわよ。楽しい時とかにね」

 「でも僕、歌って知らないよ?」


 魔界では歌というものはあまり広まってはいません。魔導ヴィジョンの歌番組はたまにあっていますが、あまり魔族たちのウケは良くないようです。


 「鼻歌って言うけど、別に歌に限らないで何でもいいのよ。その時の気分でやるの」

 「んー。なんかむずかしい………」

 「そうねー。じゃあ今日は歌を教えてあげるわ!」

 「ほんと!?」


 シアは任せて!と言いながら自分の胸を叩きました。実はシアは歌う事が大好きで、よく魔導ヴィジョンでも欠かさず歌番組を見ているぐらいでした。


 「じゃあ今日はちょっと森の方に行くわよ、クーヤ!お外の方が気持ちいいからね」




 家の裏手にある森は子どもたちだけでも行ける遊び場です。家に近くて自然の遊び道具が一杯あるので、奥深くまで行かなければ絶好の遊び場でした。

 今日はシアとクーヤ、そしてケルベロスの三人で森の中に入っていました。シアは本当は二人で来たかったのですが、ケルベロスがついて来たがってしまったのです。

 大好きなご主人様とクーヤについて行きたかったのでしょう。腹を見せて地面に寝転り、三つの頭全てがきらきらと目を輝かせ、くーんくーん、と鳴くものですから、さすがにシアも置いていく事は出来ませんでした。


 「ここらへんでいいかしら。ほらクーヤ、ここにどうぞ」


 ちょうど良い倒木があったので、シアはそこに座ってクーヤには自分の膝の上に座らせるようにしました。ちなみにケルベロスは地面に上に座って大人しくしています。


 (陽だまりの中でクーヤを抱っこするのも格別ね!)


 邪な事を考えつつも、シアはクーヤに歌を教えます。シアが好きな歌はポップで明るいアイドルのような歌です。なかなかそういう歌は番組では放映されないので、自己流でシアはアレンジをしていました。


 「………って感じよ。どうかしら」

 「シアおねえちゃんの歌、すごーい!すごく上手だねっ!」


 手放しでクーヤに褒められてシアはでれでれとしてしまいます。


 「あの箱の中の人たちより上手だったよ!僕、シアおねえちゃんの歌、大好き!」


 箱の中の人、とは番組の中で歌っていた人たちの事でしょう。確かにシアの歌はプロの歌手と比べても、負けずとも劣らずの上手さをしていました。


 「そ、そうかしら?そこまで言われると照れてしまうわね。さぁ、今度はクーヤが歌ってみて?」


 照れ隠しにシアはクーヤに歌う事を促します。少しだけクーヤは先ほどまでの旋律を思い出して、それから歌い始めました。


 「―――♪」

 「………………」


 その歌声はなんと言えばいいのでしょう。初めて歌ったのですから当たり前ではありますが、けして上手ではありません。ですが透き通るような声をしていて、とても綺麗だったのです。

 楽しそうに膝の上で歌うクーヤを、シアは言葉を失くして見詰めていました。


 「シアおねえちゃん!歌うって楽しいね!」


 クーヤのその言葉を聞くまでは、シアはずっと歌に聞き入ってしまっていました。

 心に直接響くような歌声。魔族にもセイレーンやハーピーという歌の得意な魔族はいます。実際、魔導ヴィジョンに出演している歌手はそんな魔族たちでした。


 (彼女たちの歌声は魔性の歌声とも呼ばれるけど、クーヤとは全然違う)


 言葉にするにはすごく難しいのですが、クーヤの声は魅了されるというよりも、優しく誘われ、暖かくて思わず全てを委ねたくなるような歌声だったのです。


 「すぴー。すぴー」


 クーヤが歌い続けていると、そんなケルベロスの寝息が聞こえてきました。シアは驚いてしまいます。何故ならケルベロスは非常に警戒心の強い魔物で、寝る時でも常に一つの頭は起きているのです。

 そんなケルベロスがぐっすりと三つとも寝てしまっています。こんなケルベロスは見た事がありません。


 (クーヤの魅力をまた発見してしまったわ………)


 これ以上、わたしを好きにさせてどうするつもりなの!?と勝手に悶えているシアはともかくとして、静かな森の中でクーヤの歌声がしばらく響き渡る事になるのでした。

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