第15話 メルトのガントレット

 さわやかな朝日が差し込む魔王家では、朝からばたばたと忙しく皆が動き回っていました。


 「あーん。髪型が決まらないわ!ミールー。くしって何処やったっけー?」

 「知らないのです。シア姉様、適当になんでも置き過ぎなのです。ちなみに私のは貸さないのです」

 「ひどーい!ぼさぼさの髪型のまま学校に行けっていうのー!?待ってよー」


 ミールの後を追いながら廊下をシアが走っていきます。どんな髪型になっているのかと思いきや、一か所だけぴょんっと髪の毛が跳ねているだけでした。

 見ようによってはチャームポイントになりそうなものですが、オシャレに気を遣っているシアはそれが許せないようです。


 「今日のお弁当はなんだ!?今から楽しみで仕方ないぞ!」

 「この忙しい時に台所に入ってくるんじゃないよ!腹が減ってんなら順番に朝飯用意するから黙って待っときな!」


 母親の戦場に無遠慮に入ったリオンは速攻で追い返されていました。ちょっとしたコミュニケーションのつもりだったのでしょうが、タイミングが非常に悪かったですね。


 「………」

 「む!?何を読んでいるのだ、フィリオ!朝から勤勉で偉いではないか!」

 「すみません。今ちょっと集中しているので、後にしてくれますか」


 すごすごと台所から退散したリオンは次のターゲットをフィリオにしましたが、塩対応をされてしまいました。

 二回連続で家族からそっけなくされたリオンは、しょんぼりとして魔導ヴィジョンの前に座って番組を見ることにしたようです。魔王だというのに背中が煤けて見えますね。


 「ほら、クーヤちゃん。次はこれを食べようね」

 「あーん」


 クーヤに朝ごはんを食べさせてあげるメルトは、ひな鳥のように啄むクーヤにめろめろになっていました。クーヤも成長しているので一人で食べる事も出来るのですが、断固としてそれを良しとしないのが魔王家三姉妹です。

 まぁ常に食べさせようとしているわけではありませんが。節度をもってするようにフィリオとカミラがいつも目を光らせてどうにかしていました。


 「姉さん、程々にしておきなよ」


 読書に集中しつつも、フィリオはちゃんとクーヤたちの事を見ていたようです。

 その気遣いをリオンにもしてあげると喜ばれると思うのですが、それをするとまたリオンが調子に乗りそうですね。やっぱりしない方がいいです。


 「フィリオちゃん。私、修行で忙しかった。おっけー?」

 「………」

 「クーヤちゃんと会う機会も少なかった。おっけー?」

 「………………わかったよ。だからそれ止めてくれ」


 メルトはクーヤ欠乏症になっていたようですね。ちなみにこの病気、魔王ファミリー全員がなる可能性があります。

 軽くため息をつきながらフィリオは居間から出ていきました。どうやら廊下で騒いでいるシアとミールを叱りに行くようです。

 そんな時、クーヤは何気なく思った事をメルトに聞こうとしていました。


 「メルトおねえちゃん。僕、知りたい事があるんだ」

 「なになに?クーヤちゃんの質問なら何でも答えちゃうよー」

 「おねえちゃんはどうしてそれをずっとつけているの?」


 ぴたり、とメルトの動きが止まってしまいました。

 クーヤが指差しているのはいつもメルトが着けている武骨なガントレットです。どんな時にでもメルトはそれを着けているので、クーヤは不思議に思っていたのです。

 例えば食事をする時なんてとても食べにくそうです。メルトは慣れた様子でしたが、もしクーヤが着けたままで食べたら食器を割ってしまうかもしれません。


 「ええっとね、これはね………」


 いつも何でもすぐにメルトは答えてくれていたのに、今回に限っては非常に言いにくそうに言葉を濁し、困った顔で目を泳がせています。

 そんなメルトを見て、クーヤは自分の言葉が姉を困らせている事に気づきました。


 「ごめんなさい、おねえちゃん。嫌な事だった?」

 「………嫌ってわけじゃないんだよ。でも………」


 微妙な空気になっている二人の所に、カミラが追加で作った朝ごはんをもってきました。


 「ほら、おまちどうさま。これメルトの分だから、さっさと食べちゃいな」

 「う、うん。ありがとう。お母さん」

 「あっ………」


 それっきりその話題は続く事がありませんでした。ぎくしゃくした空気も直ることなく、メルトがその場から逃げるようにいなくなるまで、ずっと続いていました。


 「メルトおねえちゃん………僕、いけない事聞いちゃったのかな」


 クーヤには原因がわかりません。また変な事を聞いて、メルトを傷つけてしまうかと思うと恐くて言葉が出てきませんでした。


 「どうしたんだい、クーヤ。珍しくへこんだ顔をして」


 そう声を掛けてきたのはカミラでした。皆の朝ごはんを作り終えたのでしょう。エプロンはすでに着ていません。

 ご飯を食べた後、クーヤは自分の部屋に戻ってきていました。クーヤの様子が変な事には皆が気が付いていて、声を掛けてくれていましたが、話す事は出来ませんでした。自分で考えたかったのです。

 でも答えは出ませんでした。メルトと仲直りする方法もわかりません。わけがわからなくて、感情が爆発してしまいそうです。


 「おっと。………よしよし、クーヤ。我慢する事なんてないんだよ」

 「………っ」


 どうしようもなくて、感情の行き場がわからなくて、クーヤは思わずカミラに突っ込んで抱き着いてしまいました。そんなクーヤをカミラは受け止めて、その頭を優しく撫でてくれます。


 「あのね………っ。僕、朝ごはんの時に、メルトおねえちゃんにね………」


 クーヤはしゃくりを上げながら、たどたどしい言葉で先ほどの事を話します。

 整理のついていない言葉は非常にわかりにくいものでした。ですがカミラは一度として急かすことなく、相槌を打つだけでクーヤの言葉をずっと聞いてくれるのでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る