第8話 ケルベロスとの遠出

 クーヤが言葉を覚え始めると、次第にハイハイから卒業して立てるようにもなってきました。クーヤ、クーヤが立った!!と魔王ファミリーが大騒ぎしたのも数か月前の事。今では自分一人で歩けるようにもなっていました。


 「おそとだぁーー!!」


 そんなクーヤは今日、リオンと一緒に外に出ています。家の中で遊んでばかりだったクーヤは目を輝かせて喜んでいました。

 はしゃいでいるクーヤの目の前に太陽を隠す程の巨体が現れました。ぬぅっと現れたそれをクーヤは口を開けて見上げています。


 「おっきなわんわん………?」

 「わん!わん!わん!」


 それは可愛い鳴き声とは裏腹にどでかい体と三つの頭を持つ漆黒の犬、シアが拾ってきた魔獣ケルベロスでした。

 立てば家と同じぐらいの大きさのそんな魔獣が突然現れて、クーヤの前で頭を下げて撫でて欲しそうに尻尾を振るっていました。


 「いいこねー」


 段々と言葉を覚えてきたクーヤは、仕草も家族の皆の真似をするようになっていました。今のはメルトの真似です。

 最初、目をぱちくりとさせていたクーヤでしたが、優しくケルベロスの頭を撫でています。ケルベロスの尻尾がすごい勢いでぶんぶんと振られて風を起こします。


 「ケルベロスを前にして怖がりもしないとは、さすが俺様の息子よ」


 うんうんと頷く魔王リオン。自分の事のようにご満悦です。


 「どれ、俺様も撫でてやろ………」

 「がぶっ」


 リオンが右の頭を撫でようとしたら、腕を噛みつかれました。がぶがぶと割と本気で噛まれています。

 リオンは余裕そうにしていますが、唇の端がぴくぴくとしていたので、痛くないわけではなさそうです。


 「お前は本当に俺様の事が嫌いだな………」


 実はケルベロスは三つの頭でそれぞれ性格が違います。右はやんちゃ、真ん中は甘えん坊、左は大人しく、リオンは何故か右の頭に嫌われていました。

 リオンは魔王なのでこのぐらいなら怪我はしませんが、もしクーヤが噛まれたりしたら大変です。


 (まぁ心配も杞憂だったようだが。俺様の事が嫌いなこいつもクーヤにはすぐになついている)


 それは珍しい事でした。拾ってきたシア、ご飯を用意してくれるカミラには親愛の情を示していましたが、他の家族には慣れるのに結構時間がかかったものです。最初からこんなになついているのはクーヤが初めてでしょう。

 喧嘩をしそうな勢いでクーヤに撫でて撫でてと頭同士で競い合っています。


 「ケンカしちゃ、めーよ!」


 クーヤに怒られてしゅんとしてしまうケルベロス。小さなクーヤが巨体のケルベロスを叱っている姿はなかなか衝撃的ですね。


 「ふむ。そうだクーヤ。もう少し外に出てみるか?」

 「おそと?」


 まだまだ外にはクーヤ一人だと出せませんが、今はケルベロスもいるし何より最強の魔王がついています。万が一の危険もないでしょう。


 (ケルベロスに会わせるだけの予定だったが、俺様がいるなら何も問題はない!どうにもカミラたちは過保護な所があるからな。後で報告すればよかろう)


 思い立ったらすぐに行動するのが魔王リオンという男でした。


 「いきたーい!パパ、僕、いきたい!」


 はい!と元気に手を上げるクーヤの頭をくしゃくしゃと撫でて、リオンはニッと笑うのでした。





 「はやいはやーい!」


 きゃっきゃっとクーヤが楽しそうにはしゃいでいます。今はケルベロスに乗って野原を駆けている所です。高速で風景が通り過ぎるのがよほど楽しいのでしょう。いつも以上にはしゃいでいます。

 危ないのでリオンが魔術で風のシールドを張り、クーヤを後ろから支えて一緒に乗っていますが、ケルベロスの右の頭はすごく不機嫌そうにしています。

 それでもクーヤ一人で乗れないのはわかっているのでしょう。我慢しているようでした。


 「こうして地を走って風を感じるのも気持ちが良いものだな!」


 リオンは自分で空を飛べますが空を飛んで風を切る感覚とはまた違い、リオンもクーヤと一緒に楽しんでいました。


 「よし!着いたようだな。ここから見る景色は絶景なのだ!」

 「ぜっけい?」

 「すごいってことだな!見て見ればわかるぞ」


 丘の上にクーヤたちが着くと、さぁっとした風が頬を撫でて、クーヤは思わず目を閉じてしまいました。

 風の強さにびっくりして、それでも恐る恐る目を開けると、そこにはきらきらと色とりどりに光る鉱物の森が眼下に広がっていました。


 「わぁ!すごいすごい!」


 興奮して乗り出してしまうクーヤをリオンがしっかりと繋ぎ留めます。丘の上にいますので、落ちてしまったら大変です。


 「どうだ、綺麗だろう?こういう所はな、女の子を連れてくると喜ばれるから覚えておくのだぞ」

 「んー?綺麗だと女の子は喜ぶの?ママもおねえちゃんたちも?」

 「そうだな。大喜びするだろう」


 特にクーヤが連れてきてくれたとなると感動して泣くかもしれない。そんな姿を想像するとどうにも面白くて喉の奥で笑ってしまうリオンでした。


 「それにここはとても気候が良くてな、横になると気持ちいいのだ」


 そう言ってからリオンは野原に体を預けて大の字になった寝転びました。そうしてちょいちょいと手招きしてクーヤを誘います。


 「………ほんとだ!あったかくてぽかぽかするー」


 リオンの横に並んで寝っ転がるクーヤは気持ちよさそうに目を閉じました。ケルベロスも少し離れた位置で体を横たえています。

 なんでオメーがクーヤの傍で寝てんだよ、とリオンを睨んでいますが、今日の所は譲ってくれるようでした。


 「ここは俺様のお気に入りの場所だから、クーヤもあまり他人に教えるんじゃないぞ。特別な相手には許す!………クーヤ?」


 何も反応がなくなった隣を見ると、クーヤは静かに寝息を立てて眠ってしまっていました。


 「あんなに楽しそうにはしゃいでいたからな。疲れちまったか」


 リオンは起こすような無粋なことはせず、クーヤと一緒に寝る事にしました。お昼寝にはぴったりの気温で、風邪を引くこともないでしょう。

 おだやかな一日。魔王として激務に追われる日々もリオンは好きでしたが、こんな何でもないような、家族と一緒に過ごせる日もリオンはたまらなく好きなのでした。


 余談ですが、この後、リオンたちは寝過ごしてしまって遅い時間に帰ることになりました。

 一方その頃、魔王家ではクーヤの姿が何処にもいない事に気づいて、それはもう大混乱になっていたとか。

 クーヤどこに行ってしまったのー!と咽び泣くシア、誘拐かと思い据わった目でナイトに捜索させるミール、皆落ち着くんだと言いつつ何度もクイクイと眼鏡をあげるフィリオ。

 メルトは覚悟を決めた顔をしながらガントレットを合わせ、カミラは現役時代に使っていた槍を倉庫から出していました。


 「俺様、帰還!今日の晩飯はなんだー?腹が減ったぞー!!」


 そんな緊迫した空気の中で腕の中にクーヤを抱いたリオンが帰ってきたのです。さて、クーヤを無断で連れ出したリオンがその後どうなったか。

 最強の魔王であるリオンがただ逃げる事しかできなかった、という事だけは確かです。

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