第3話 魂のアイアンクロー

 「お前の事を信じた私が馬鹿だった」

 「ぬあああああああああ!!!頭が、頭がああああああああ!?!?」


 リオンの頭を鷲掴みにしてギリギリと万力のようにカミラは力を込めます。現役時代では岩をも砕く怪力でしたが、その力は今も健在のようです。

 冷たい目でリオンを射抜き、余程怒っているのか、カミラの紅蓮の髪が魔力を帯びて逆立って赤々と燃えていました。

 何故カミラがここまで怒っているのか。それは今朝の出来事にまで遡ります。




 魔導ヴィジョン。それは魔界のご家庭で普及率が95パーセントを越える情報伝達装置です。ぶっちゃけて言えばテレビのような物ですね。

 魔界では一般的にニュースといった堅苦しいものしか放映されておらず、娯楽はほとんどありません。最近出来た物なので、コンテンツも充実していないのです。

 では、何故そんなにも高い普及率をしているのか。その答えがたった今、魔導ヴィジョンに映っていました。


 『はっはっはっ。俺様だ!皆、元気にしているか?』


 定刻になると画面に映し出されたのは玉座にふてぶてしく座る魔王リオン。そう、今日はリオンが出演する生ライブの放映日でした。今日に限っては魔導ヴィジョンの前にほとんどの魔族が揃っています。

 自由奔放でやる事なす事どでかいリオンは魔族たちの間でも特に人気が高く、リオンが出演する番組の視聴率はいつも群を抜いて高くなっています。

 今日はどんな無茶な事を言うのだろうと、お茶の間でわくわくしている魔族たち。魔王ファミリーであるカミラたちも、この時間はよっぽどの事がなければ見るようにしていました。


 「相変わらず無駄に偉そうだね」

 「パパは魔王だから偉いんじゃないの?」


 半眼になりながら溜息をつくカミラに素朴な疑問をシアがぶつけます。


 「限度ってものがあるのさ、シア。いつも偉そうにしている意味なんてないよ。わかったかい」

 「はーい!!」


 元気よく手をあげながら返事をするシア。他の子供たちも一緒にいますが、ミールとフィリオは赤ん坊と遊んであげていました。


 「癖になる感触なの………」

 「こら!ミール!赤ん坊のほっぺをつつくんじゃない!ずるいぞ!」


 ………どちらかというと、赤ん坊が遊んであげているのかもしれませんね。

 カミラはそんな子供たちを微笑ましく見守っていましたが、魔導ヴィジョンから聞こえてきたリオンの言葉にびっくりして振り向く事になります。


 『親愛なる魔族たちよ!聞けい!!喜ばしい報告がある!実は俺様に新しい家族が出来た!人間の赤ん坊だっ!ものすごく可愛いぞ!!羨ましいか!!はっはっはっ』


 なんと魔王リオンは人間の赤ん坊が自分の下にいる事を、魔界全土にバラしてしまったのです。




 「それで、何であんな事をしたんだい」


 思う存分にリオンの頭にダメージを与えたカミラは、不機嫌な顔を隠さずに腕組みをして睨みつけます。さすがに何も考え無しにしたとは思っていませんが、それはそれです。何も相談せずにした事だけは許せません。


 「む、むぅ。あの子の将来の事を考えると最初から隠さない方が良いと思ったのだ。窮屈な人生を送らせるわけにもいくまい?」


 人間である事を隠し続けるには自由を代償にする必要があります。リオンはこの子にそんな思いはさせたくありませんでした。床に正座をしてしゅんとしている魔王を見て、カミラはため息をつきました。


 「だからと言ってあんな方法を取らなくても良かっただろう?もっと少しずつ周知させる方法だってあっただろうに」

 「ふっ!そんなやり方、俺様の性に合わぬ!俺様は魔王だぞ。俺様に文句がある奴はかかってくるといいのだ!」


 力こそ正義である魔界ではとてもシンプルな方法でなんでもやり取りを決めます。それは決闘です。勝者には全ての決定権が与えられるのです。


 「そりゃあんたは強いだろうけど、不満をもつ魔族全てと戦うつもりかい?」

 「人の赤子を俺様の家族にすると決めた時から覚悟はしている。安心するが良い。すでに百ぐらい身の程知らずの挑戦者はやってきたが、全て返り討ちにしてやったぞ!わはは!」


 そう。リオンは残念な所はありますが、魔王でもあるのです。魔界で最強の頂にいる者こそ魔王に選ばれるのです。この魔界に彼に敵う者はいません。


 「俺様に任せておけ。俺様は最強だから負けない!つまり、赤子の未来は守れたも同然なのだっ」


 豪快に笑って格好つけていますが、顔にアイアンクローの跡をつけながら正座をしているので、いまいち決まっていません。

 こっそりと事の成り行きを見ていた子供たちもリオンの真似をして笑い出し、追及できるような空気でもなくなってきました。


 (楽しそうに笑うんじゃないよ、全く………)


 呆れ混じりに溜息をつくカミラですが、リオンが嘘をつくような男ではない事も知っています。どんなに無茶苦茶な事を言っていても、最後にはそれを実現してしまう。長い間一緒にいたからこそ、それが真実なのだとカミラはわかっていました。


 「わはは!!!」

 「わはー!」

 「きゃっきゃっ」


 リオンの能天気な所がなんとなく癪ではありますが、カミラは今度こそ自分の経験を含め、信じる事にしたのでした。

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