第8話 啓発本、2人してみだれ読み
「幹部もいるとはなー」
そんな存在がいるなら、初めに話しておいてくれよ。
「優しいから、説明してあげるわ」
「聞きたくない」
「幹部とはね」
カノンは俺の弱音を無視して話を勧めた。
「魔帝の側近であり、魔帝領を治めている魔物たちよ。魔帝領は7つに分けられて、そのうち1つは魔帝、残りの6つは魔帝の幹部が治めているわ」
そこから魔帝の領土支配の説明を受けた。簡単にいうと封建制みたい感じで、魔帝の帝国は成り立っているらしい。
魔帝が各幹部に領地の支配を認めている代わりに、命令を訊いたり上納金を納めたりする。それが帝国のあり方らしい。
「この6つの幹部には序列があるわ。でも6幹部全てが人間より強い。6幹部が本気で協力したら、人類を殲滅できるっていうほどだわ」
「それほど強いのかよ」
じゃあ、セブンス・レガリアを失った俺は絶対に勝てない。どうすんの、これ?
「まぁ、幹部どもは性格がバラバラで仲が悪いから、幹部2名以上で襲い掛かってくることはまずないわ」
「ちょっと安心した」
「それにフェルディナンドよりは大分劣るわ。今の幹部1位は、セブンス・レガリアのフルパワーで勝てるもの」
「マジかよ。じゃあ、それより上の魔帝って……」
「文字通り史上最強ね。6幹部が束になっても勝てない。だから魔帝の幹部どもも魔帝の命令に従うし、忠誠も誓っている。裏切りは期待できないわね」
逆らったら死ぬからな。
「幹部は健在、トップのフェルディナンドは本気で人類と私を潰しに来ている。最悪の状況だわ」
「終わったことを嘆いてもしょうがない」
「アナタが起こしたことだけどね」
エルの小言には一切触れず、俺はブルーサワーを頼んだ。前向きになるためにアルコールの力を借りる。
「これからの話をしよう」
「これからって?」
エルが首を傾げる。
「カノンのことだよ。アイドルにして、魔帝に人間の文化的な素晴らしさを見せつけて、和平交渉のテーブルにつかせる」
「ふ~ん」
エルは興味無さげにコップに入った氷を人差し指でかき混ぜる。
よく見ると、エルのまつ毛って長いんだな。化粧もしてないし。すっぴんがあんな綺麗なんだから、きっと日本に降り立ったそばから男が群がってくるだろう。
「アイドルの力で魔帝と和平交渉まで持ち込めると思えないんだけど?」
「可愛いだけのアイドルならな。だが、カノンは容姿に加えて争いを止められる歌がある。これがあれば、和平交渉に持ち込める」
「私は無理だと思うけどな~。というか、どうしてそんなにアイドルを推してるのよ?」
「そりゃあ、仕事が辛過ぎて毎日死にたいと思っていた俺が、アイドルのおかげで踏み止まれたからに決まっているだろう」
上司にめちゃくちゃ怒られた時も、トラブルが起きて30時間以上ぶっ続けで仕事した時も、四季メグルちゃんの歌とダンスと笑顔で、なんとか自殺せずに済んだからだ。
アイドルには、人を生かす凄まじい力があることを信じている。
「とにかく、アイドルは世界を変える力があるんだ。俺はこれに賭ける。賭けたい」
「ふ~ん」
エルがつまんなそうに干物を食べる。
「でもさ、断られたじゃん。どうするのよ?」
「またお願いするんだよ。引き受けてもらうまで、何度でも」
「しつこい男だね~。ま、せーぜー頑張って」
エルは酒を飲んだ。
「お前も誘うんだよ」
「え、なんで? 人間に頭下げるのとか嫌なんだけど」
何言ってんのこのクソ女神。自分も当事者だってこと忘れてんのかな?
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ。俺達はすでに劣勢なんだぜ? 修行して強くなる時間はないし、民衆が再び俺らを襲ってくるのも時間の問題。もう、ほぼほぼ詰みの状態なんだよ」
「それはアナタの場合よね」
「エルも入っているぞ。神を出し抜いた、あの魔帝のことだ。エルがいくら隠したところで、直に会えばお前が女神だってことは一瞬で見抜くと思うぞ」
エルは顎に手を当てて唸る。
「ありえるわね。私がこの地に降り立ったことを察知して、強力な結界魔法をかけたからね」
「だろ? だから俺達は詰み状態なんだよ。それを打開するには、“アイドルの歌で世界に平和を”作戦を実施するしかない」
「クソダサい作戦名はおいといて……。やるしかなさそうね」
2人して神妙な顔をしていると、カノンが運んできた。
「お待たせしました、ブルーサワーでーす」
「ありがとう。それでアイドルの件、考えてくれた?」
「なっ、なりません!」
そう言うなり、カノンは足早に奥へ逃げていった。
「取りつく島もないじゃない」
「ああ。このままじゃ一生引き受けてくれないな」
俺はブルーサワーを一口飲む。乾いた喉に沁みる……。マジで美味い。それに心地いい気持ちだ。何でもできそうになる。
「どうするのよ?」
「そこで、これの出番だ」
俺はポケットからスマホを取り出した。
「それで口説き方でも検索するの?」
「それもアリだが、カノンのことだ。あんだけ可愛いならナンパの1回や2回されているだろう」
奥でオーダーを取るカノンを見た。
割とイケメンな剣士と話している。多分、剣士が口説いているようだ。
酒場チャタレーの店員はどれも可愛いが、カノンはズバ抜けて可愛いし、声も良い。
男が寄らない理由がない。
「使うのはこれだよ」
俺はとあるアプリを開いて、エルに見せる。
「電子書籍?」
「そう。ナンパで口説くのではなく、ビジネスで口説く! ただ歌うのではなく、世界を救うために歌うと思わせる。そんな仕事につきたいと思わせる。そのために俺達は自己啓発本や名言集を読み漁り、口説きを文句を学んでカノンをアイドルにする!」
「ふ~ん。うまくいくのかしら?」
「うまくいかなければ、俺達の世界が終わるだけだ。とりあえず、自己啓発本を読み漁るぞ。エル、コピーとかできるのか?」
「その程度なら」
エルが愛用の杖を出現させる。
「よし、じゃあ俺が本を選定しておくから、互いに読み漁ろう」
俺は様々な自己啓発本、名言集、人生論を買いまくった。その後、エルが俺のスマホを複製する。細かな傷まで一緒のコピースマホが、エルの右手に現れた。
マジで簡単にコピーしちゃったよ。この力があれば、衣装とか簡単に作れそうだな。
「とりあえずエルは“エル用”と書いてある本棚リストの本を片っ端から読んでくれ」
エル用の本棚には少しの名言集とたくさんの道徳系の本を入れた。エルに身につけてもらうのは、交渉力よりも傲慢で人間や魔物を見下す態度を改めてもらいたい。
「文字読むの苦手なんだよね~」
「んなこと言ってる場合じゃないだろ。もし読みにくかったら、名言集から読め。文字が少なくてスラスラ読めるから」
エルはスマホを操作して、電子書籍を読む。どうやら名言集を読んでいるようだった。
さて、俺も読むか。
2人して酒を飲みながら読み進めること数分、エルがスマホを置いた。
「なるほど、人間も上手い言い回しを考えたものね」
「お、なんかいいの見つかったか」
「ええ」
エルは自信たっぷりに頷いた。
「今日でカノンはアイドルになるわね」
「ほう。そこまで言うなら、神の力を見せてもらおうかな」
「任せなさい」
ちょうど、カノンが酒を持ってきた。
「見てて」
エルが立つ。神の力、とくと拝見。
「お待たせしました。こちらサンシャインサワー――――」
「ねぇ、カノン」
エルがサワーを置いた手をがしっと掴む。
「え、えっと……なんでしょう?」
「あなたの歌、やっぱりここで終わらすにはもったいない。私達と共に平和を築かない?」
「……ごめんなさい。私には荷が重いです。魔帝の前で歌うなんて、とても…………」
「カノン、聞いて。あなたは、あなたが思うよりずっと凄いことを成し遂げられるわ」
エルはキラキラした目でカノンを見つめる。
上手い。起業家特有の情熱を出せている。これは決まるか?
「残る一生、ずっと酒をテーブルの上に置きたい? それとも、世界を平和にしたい?」
あ。
と思った時にはすでに時遅し。
カノンの顔がみるみる険しくなっていく。
「エルさん。私はこの酒場チャタレーが大好きです。私の大好きな仕事を、チャタレーを馬鹿にしないでください」
珍しく語気を荒げるカノン。一方でポカンとしているエル。
「手を放してください」
エルは力無く手を放した。すると、カノンは怒りながらもお辞儀し、テーブルから去っていった。
「あれ~? あれれ~?」
俺はカノンに近づき、諭すように言った。
「エル。その言い方はダメだよ。……ダメ」
「えぇ~なんでぇ~?」
エルは理解できていないようだった。
名言集なんかよりも先に、道徳の本を読むよう言えばよかった。
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