第9話 人の金で泊まるホテルは気持ちいい

 エルが交渉を失敗したところでお会計をし、俺とエルは店を後にした。


 あのまま居座っていてもカノンの好感度はマイナスになるだけだと判断したからだ。


 チャタレーを出たところで、ふと思う。


「そういえば、寝床どうしようか」


 さっきの会計で財布はかなり軽くなった。


 たぶん、一泊できるか怪しい。


 エルの力でお金をコピーするという手もあるが、ここの通貨にはなんと番号が振られている。


 コピーしたのがバレて通貨偽証罪に問われる可能性がある。


 お縄にかかれば、今度こそおしまいだ。


 それに下手に貨幣を増やすとインフレを招く。


 魔帝との戦争へ突入させるだけでなく、この町の経済も破壊したとなれば、俺こそが魔帝となっちまう。


「え、用意してないの? 信じらんないっ!!!」


 エルが驚愕した。


 用意しているわけがないだろ。


 今までの俺の行動を見ていればわかるだろう。


「ねぇ、どうするの!?」


「まぁ野宿だよなぁ」


「野宿っ!?」


 さらに驚愕する。うるさいなぁ。夜中に大声出すなよ。


「どっかで木や布とか拾って簡易テント作って、焚き火して一夜明かす。実はちょっと憧れてたんだよねぇ」


 いつか友達と一緒にグランピングしてみたかった。


 仕事がブラック過ぎて、休日は寝ることしか考えられなかったけど。


 あーあ、結局グランピンすることなく死んじゃったな。


「私は嫌よっ! 野宿なんてまっぴらごめんよっ! ゴツゴツした場所で眠れるわけないじゃないっ!」


「そんなこと言ってもよー。金がないから宿に泊まるのは無理だぞ」


「じゃあ、ホテルの宿屋と交渉してタダで泊めてもらうわよ」


「それは無理だろ」


「なんで? 神の命令よ。聞くはずだわ」


「その瞬間、邪神として魔帝と同列にされるぞ」


「神の要求を拒む生物なんて、滅べばいいわ」


「いいわけないだろ」


 やべー奴だな。


「それに神だなんだって言ったら魔帝に身バレする。それは避けたいだろ?」


「ぐぬぬぬ……」


 苦悶の顔を浮かべている。よほど野宿が嫌らしいな。


「とにかく、俺はあっちで布探してくるから」


 歩き出そうとした瞬間、肩がぶつかる。


「おっと、すみませ――――」


 謝った瞬間、胸ぐらがぐいっと引っ張られる。


「おい兄ちゃん、どこ見て歩いていんだよっ!」


 細マッチョのスキンヘッドが怒鳴る。


 その後ろにはスキンヘッドより小さい人と高い人の2人いた。おそらく、スキンヘッドの後輩かなにかだろう。オーラが弱々しい。


「すみません。よそ見してました」


 俺はすぐに謝った。


 よそ見してた俺が悪いし、魔帝からの指名手配を受けている以上、騒ぎになるわけにはいかない。


「あぁっ!? 舐めてんのかテメー! 謝って済む問題じゃねぇんだよ!」


「じゃあ、どうすればいいんです?」


「詫び銭だよ。金を出せ」


「すみません。今、マジで金持ってないんですよ」


「あ!? お前、今の状況わかってんのか? マブい彼女連れておいて、金がねぇわけないだろ!」


 彼女? 隣りにそんな奴いたか?


 そもそも俺に彼女なんていたこと…………あー!! 


 隣の奴のことか。見る目ないな。


「いや本当に金、ないんです」


「なければボコにして、二度とこの街を歩けなくしてやるよ」


 脅しているところ悪いけど、今は大っぴらに街を歩けないんだよなぁ。


 逆に、コイツらが俺のこと知らなくて助かった。


 でもまぁ、これ以上騒がられるのは勘弁。目立つわけにはいかない。


「本当にごめんなさい。この詫びはいつか必ずしますから、あなたの寛大な心で見逃してくれませんか?」


「あぁ!? でもまぁ、いいだろう。一つだけ条件がある。アンタの彼女をここに置いて行きな。そうすれば今日は見逃してやる」


 スキンヘッドはゲスな笑みを浮かべた。後ろの子分2人も、スキンヘッド同様ゲスな笑みを浮かべている。


 はっきり言えば、構わない。


 持っていきたいならどうぞ遠慮なく。


 人間のこと下に見ているうえに、暴れると手が付けられないからね。


 腐っても女神だし、規格外の能力を持っているだろう。


「げへへ、結構良い乳持ってんじゃねぇーか」


 背の小さい子分がエルに近づき、肩に触れようとした瞬間、


 ビリビリビリビリビリビリビリィィィッッッ!!!!!!!


 子分の身体に電撃が走った。


 どさっと、糸が切れたように倒れる。


「ひぃぃっ!」


 それを見た荒くれ者2人が顔を引きらせた。もちろん、俺も引いた。


 大丈夫か? 生きているのか?


「人間ごときが私の身体に触るな。無礼者め」


「こ、こいつっ!」


 背の高い子分が魔法を唱えようとするが、その前に頭上から電撃が落ちる。


「あへぇぇぇぇぇぇぇっっっ!?!?!?!?」


 エグい断末魔の叫びをあげ、例によって倒れる。


 大丈夫? 


 これも死んでないよね? 


 死なないように威力弱めてるよね?


「力の差がわからない奴ね」


 ぎろっ、とスキンヘッドを睨むエル。


 焦ったスキンヘッドは、すぐさま俺の背後に回り、俺の首を絞めた。


「こっちに来るな。来たら彼氏を殺すぞ」


「人間と恋に発展するわけないでしょ……っ!」


 エルはわなわなと怒りに震えている。


 まずいっ!


 このままだと電撃魔法の巻き添えをくらう。


 奴はやる! 俺ごと焼き切るつもりだ!


 ――――やむを得ない!


 俺はスキンヘッドの足を思いっきり踏む。


 ゴキッ!


「ぐああっ!?」


 俺の首を絞める腕が緩んだ瞬間、俺はすぐにほどいてスキンヘッドに向き直り、みぞおちに痛恨の拳をくらわせる。


「うっ」


 体勢を崩したスキンヘッドの頭めがけて、回し蹴りを放った。


 スキンヘッドはそのまま横に吹っ飛ばされた。


 直後――――


 ズガンッッッ!!!


 倒れたスキンヘッドに雷が追撃。


「ぎょえええええええええ!?!?」


 スキンヘッドは意識を失った。


「おい! 何も追撃する必要は無かっただろ」


「こいつらは私をアナタの恋人に見間違えた。万死に値する」


 それは俺にも失礼だろ。


 このクソ女神、マジで腹立つ。


 言ったら喧嘩になるから言わないけど。


「それよりもさぁ。宿ってお金かかるわよね?」


 エルがわざとらしく質問してくる。


「そうだな」


「今、お金がないんでしょ」


「余裕はないな」


「だったらさ、こいつらから貰うっていうのはどう?」


「エルの電流で金ごと焦げているとかは?」


「三途の川見る程度に魔力を絞ったから大丈夫よ」


「それってかなりまずいんじゃ……」


 ――――こうして俺らは、宿に泊まるお金を獲得した。


 ♢♢♢


「あ~いいお湯だった~」


 露天風呂から帰ってきたエル。


 バスタオルで髪を乾かしている。


 中世っぽい世界なだけあって、シャワーはなかったが、露天風呂はあってよかった。頭や体を洗うときは、井戸からくみ上げた水に温泉を混ぜるのが主流だというのが店主の話。


「温泉って意外といいのね~」


 ベッドに腰をおろす。


「さっきあったガキが金持っててよかったわ〜」


「そうだな」


 ガタイがよくて、ひげを生やしている人をガキに分類するのは適切なのか、わからないけど。


 荒くれ者から得た戦勝金は、設備が充実した宿屋に、朝食付きで7日泊まって少しお釣りがある額だった。


 カツアゲになっちゃったが、あっちが最初に仕掛けてきたのでセーフだろう。


 うん、しょうがない。


 生きるためだ。それに、荒くれ者から巻き上げたのはエルだし。


 しかも、目を潤ませた荒くれ者が去り際に「覚えてろ。この借りは必ず返す」といったとき、「今度はたくさんお金を持ってくるのよ~」と笑顔で手を振っていた。


 こいつ、本当に神か? 悪魔じゃなくて?


「宿は確保できたが、身の安全は確保されていない。いつ魔帝の刺客が襲ってきてもおかしくない。カノンをアイドルにするために今日から頑張るぞ」


「そうねぇ~」


 エルは猫のように寝っ転がり、俺に背中を向ける。


 アルコールと温泉のせいで、どうでもよくなってやがる。


「エル、まだ寝ちゃダメだ。ここからが勉強の時間なんだから。できれば、見張り番も決めたいし」


 返事がない。


 ちっ、しょうがない。さすってでも起こそう。


「おい、エル。まだ寝る―――」


「触れたら殺す」


 ギロッと睨まれた。しかも、手にはちゃっかり杖を持っている。


「わ、わかったよ。触らない。触らないから、話だけ聞いてくれ」


 俺は素直に自分のベッドに戻った。心拍数が上がった。あれは明らか命を握りつぶす目だった。


 咳払いをして、本題に入る。


「明日からカノンをアイドルにするために、本腰を入れて口説く。これができなきゃ、おしまいだ。そのために今日から(傍点部)頑張るんだぞ。エル!」


 …………………反応がない。


 耳を澄ませると、スースーと寝息が聞こえてきた。


「こいつ……ふざけやがって……っ。起こしてやる」


 手を伸ばした瞬間、バチィィィッッッ!!!!


「いってぇ~……」


 雷が俺の右手の指の先を焦がした。


 クソ女神め。どうやら雷の結界を張って寝てやがる。


 しかも威力が自衛の域を超えて、殺人トラップになっている。


 仕方ない、今日は寝るか。俺も疲れたし。


 それにしてもエルのやつめ、手伝わない気だな?


 だがな、カノンを仲間にしなければ、全面戦争になる。嫌だろうとなんだろうとエルには協力してもらう。


 さて、明日から決行だ。


 名付けて、『そうだ、アイドルになろう』作戦だ。

 

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