第10話 『そうだ、アイドルになろう』作戦

 こうして、俺達の『そうだ、アイドルになろう』作戦が開始した。


 朝から昼まで2人で宿にこもって読書し、昼飯食べるがてらカフェチャタレー(昼はカフェという名前らしい)でカノンを口説く。


 昼と夜の休憩時間中には宿に戻って勉強。


 夕方はカノンとの観察と交流のために酒場チャタレーに通う。


 そして深夜には反省会と自習を行いつつ、明日はうまくいことを願ってベッドに潜った。


 こんな生活を繰り返していた。


 例えば2日目のお昼では―――


「カノンってさ、服に興味はない?」


 注文が落ち着いた時を見計らって、俺はカノンに話しかけた。


「興味がないわけじゃ、ないですけど……」


「へぇーそうなんだ」


 俺はポケットからスマホを取り出し、俺の推しが綺麗なドレスを着て歌っている姿を見せる。


「どう? 綺麗でしょ?」


「綺麗だけど、私には似合わないですよ」


「着てみなければわからないじゃないか」


 パチンと指を鳴らす。すると、エルがアイドルの衣装と同じ衣服を持ってきた。


 つか、エルの奴めっちゃ不機嫌な顔している……っ。


 俺の言いなりになるのがよっぽど嫌だったんだろうけどさ。


 この時くらいはちゃんと顔を作って来てくれよ。印象悪くなるだろ。


「これ、君にプレゼントしてあげる。着てみなよ」


「あ、ありがとうございます。でも、プレゼント類はこちらへ」


「えっ?」


 カノンが指差す先には、『店員へのプレゼントはこちらへ』と書かれた箱があった。その中にはすでに物がいくつか入っている。


「お客様からのプレゼントがあまりにも多いので、箱に入れるシステムになったんです」


「嘘でしょ?」


 というか、不純な動機で店に訪れてる奴どんだけいるんだよ。


 茜色に染まる3日目の夕方では――――


「カノンはかわいいよなぁ~。それに愛されている。箱にたくさんのプレゼントが詰まるくらい」


 鼻歌交じりに仕事しているカノンに、話しかけた。


「え、あ…………ありがとうございます」


 まずは褒める。褒められてうれしくない人はいない。しかも事実を褒める。


「こんなに可愛いのに、アイドルやらないの?」


「はい、すみません」


「そうかぁ。残念だなぁ」


 次は俺の感情を伝える。


「もしさ、めちゃくちゃ可愛い人や綺麗な人が、ダンスを踊ったらどう思うかな?」


「それはー……見ていて楽しいと思います」


「そうだよね」


 相手に必要性を考えさせる。


「まぁでもそんな話がしたくてきたわけじゃないんだ。今日は君のことを知りに来たんだ」


 ホストのように、どもることなくはっきり目を見て伝えた。息を吐くように言うことで、真剣味を持たせる。


「私のこと……ですか?」


「ああ」


 俺はカノンとの距離をぐっと縮める。


「カノンの夢ってなんだ?」


 カノンは、町にいる人すべてを包み込むようなあたたかな笑顔を俺に見せる。


「私の夢は、チャタレーがいつまでも街のみんなに愛される場所であり続けられることです」


「そうか。とっても素敵な夢だね」


 どんな内容であっても、相手の思いを否定しない。肯定する。そうすることで、相手は心を開く。昨日読んだ本に書いてあった。


 啓発本通り、カノンの顔がぱああぁぁと輝く。


「ありがとうございます! そう言ってもらえてうれしいです!」


「カノンなら叶えられるよ。その夢」


「はいっ! 頑張ります!」


 多分、相手の警戒レベルは下がった。ここから仕掛ける。


「でもこの夢さ、魔帝が街に侵攻してきたらどうなるんだろうな」


「それはー……」


 言葉に詰まる。


 しかし、ここで俺が答えを言わない。


 カノン自身に答えさせる。


 そうすることで、自分自身で夢を叶えるためにアイドルになる、という方程式を組み立てる。


「多分、難しいと思います」


「そうだよね。俺もそう思う。う~ん、夢を叶えるためには、どうすればいいんだろう~」


 顎に手をあてて唸る素振りを見せる。


 ここまで誘導した。


 あとはカノンの口からアイドルという言葉を出るのを待つだけだ。


 悩んでから1分。3分。5分。10分。


 ……………だいぶ長いな。


 俺から答えを言いたいところだが、言ったら意味がない。


 仕方ない。ヒントを出してみるか。


「多分、魔帝側と和平が成功すれば、夢が叶うと思うんだよな」


「それはー……そうですね」


「そのために何が有効かな? 何か仲良くなるきっかけが欲しいよな」


「う~ん。やっぱり」


「来たか?」


「魔帝が探しているミナミ・ケースケさんを、差し出すとか?」


 俺はお代を置いてすぐさまその場所から逃げた。


 流れ星を発見した4日目の夜では―――――


「おい、この間はよくも俺らのことをコケにしてくれたな」


 カノンに振られた帰りにトボトボと2人で歩いていたら、この間カツアゲした荒くれ者に遭遇した。


 しかも、仲間を多数集めている。ざっと数えて15人。男女2人を相手にするには多すぎる。


「ちょっと卑怯なんじゃないですか?」


「うるせぇっ! この間は油断したがな、今度はそうはいかねぇぞ。お頭、お願いします!」


 子分の後ろから現れてきたのは2mくらいの大男。筋骨隆々きんこつりゅうりゅうの褐色肌で金髪モヒカン。街中であったらまず目を合わせないタイプだ。


「テメーらか。俺様の大事な子分を痛めつけてくれた2人組ってのは」


「こっちと一緒にしないでもらえる?」


「おい」


 まったく、このクソ女神はブレないな~。


「俺様の可愛い子分から大量の金を取ったんだってなぁ~。あぁ!?」


 ドスの利いた声が響く。近くに民家もあるのだから、誰かしら助けに来てくれてもいいのに、誰も現れない。


「そっちから手を出してきたのよ」


「そうなのか?」


 モヒカン男は、エルの言葉の真偽を子分に問う。


「いや、俺らからやってないっす」


「あいつらが先に仕掛けてきたっす」


 きったねー。嘘言いやがって。


「そう言っているが?」


「そっちが間違ってるのよ」


「この俺様の可愛い子分が嘘をついているって言いてぇのか!?」


「ええ、そうよ」


 モヒカン男の怒号に一切怯えることなく、言ってのけた。


「まぁ、無駄話も勿体ない。お前らの口の利き方を指導するのも疲れる。さっさと金、置いてってもらうわ」


 女神は躊躇ちゅうちょなく雷の矢をぶっ放した。リーダー格の男は背中に隠していた盾を前に出す。


 ギュイィィィィィィンッ!!!


「マジかよっ!?」


 俺は驚愕した。強めに放ったエルの雷魔法が盾に吸収されるなんて……。


「ガハハハハハッ!!! これはあらゆる魔法を吸収するマジックシールド改だ。これがありゃあ、オマエの魔法なんて怖くねぇっ!」


 モヒカンが豪快に笑うと、合わせて子分たちも笑う。うわぁ、嫌いな上司の笑い方にそっくりだ。


「お前。やることは可愛くねぇが、顔とスタイルは可愛いじゃねぇか。俺らで散々回した後、奴隷として売りとばしてやる」


 さて、どうする? 


 俺は身構える。


 魔法が聞かなきゃ物理だが、この人数を相手にやれるのか? 


 セブンス・レガリア無しでどこまでやれるかは、賭けだな。


 ファイティングポーズを取っていると、後ろから薄笑いが聞こえる。


「そのマジックシールドとやらは、完全に魔法が防げるのね?」


「ああ、もちろんだ。防げなかったものは、今まで一度もない」


「そう……」


 エルはギロリとモヒカンを睨む。


「人間風情が驕るなよ。神を舐めるな……」


 エルは杖を召喚し、口を開く。


「”血を砕き、空を割き、星をも貫く神の雷”」


 杖の先端に通常の雷魔法とは違い、紫色が混じった雷が収束していく。素人でもわかる。これは食らったらマジでダメなやつだ。


「その身に受けなさいっっ!!!」


「逃げろみんなっ! こいつはっ!」


 俺の叫びも遅く、すでに杖がマジックシールドに向けられていた。


「ゼウスパァァァァァクッッ

ッ!!!!!!!!!」


 雷のビームがマジックシールド改を一瞬にして貫き、モヒカン含む荒くれ者達に紫電がほとばしる。


「グガガガガガガガガガガッッッ!!!!」


 今まで聞いたことのない絶叫が上がり、荒くれ者全員がその場で倒れた。


 やっぱり腐っても神だった。威力の桁が違う。


「これが、神の裁きよ」


 エルはそのまま立ち去ろうとした。


「おいおいおいっ! ちょっと待てって」


「なーに? ……あぁ、お金回収ね。アンタも気が利くじゃない」


「ちげーって。生きているかの確認だよ。あんな攻撃くらって生きられる方が不思議だけどさ」


 俺は荒くれ者たちに駆け寄った。幸い、全員命はあった。


「大丈夫よ。ちゃんと手加減したから」


 あの威力で手加減ってバケモノかよ。本気だったらどれくらいの威力になってたんだ。


「それよりも、今日はいくら手に入るかな~」


 エルはウキウキで荒くれ者どもの懐を漁る。チンピラよりタチの悪い女神だ。かろうじて仲間なのが幸いか。


「うっそ!? この変な頭した男、めっちゃ金持ってるじゃないっ!」


 見るに堪えなかった俺は、一人宿屋へ戻った。


 空に雲が増えてきた5日目の夜、ベッドでは―――


 今回も交渉に失敗した俺とエルは、ベッドに寝っ転がりながら天井をただただ眺めていた。


「手強いな」


「手強過ぎよ!」


 エルがキレた。


「この女神である私が頭を下げて頼んでいるというのに、どうしてカノンは引き受けてくれないのよ~」


「あいつには何か抱えているものがあるのかもな」


「どうせ大したことじゃないでしょ。戦場に立つのが怖いとか、人前で歌うのが恥ずかしいとか、そんなものよきっと」


「その考えはよくないなぁ。どんなことをどれぐらいの重みで悩むかは人それぞれなんだから」


「意味わかんない」


 女神はイライラしながらスマホをいじる。こう見ると、帰宅したあとの社会人に見える。


「たった80年程度しか生きられないのに、そんなことでくよくよ悩んでられるわね」


「たった80年しか生きられないから、悩みの解消の仕方を覚えられないんだよ」


「要領悪っ」


「うるせー」


 無言が流れる。


 木造の天井って初めて見たけど、味があるなぁ。


 将来マイホームを持つなら木造かな。


 自然あふれる場所で、木造の3階建てに住んで、奥さんは美人で、子どもは3人いて、仲良く幸せに……。


 ――――って、現実逃避している場合か。


 5日間の失敗がどうした? 諦めたところで現状が良くなるわけじゃない。


 なら、精進あるのみ。


 スマホを開き、読書する。なんだかんだエルも読書し始めた。ここにきてやっと息が合ってきた。


 明日こそは成功させてやる。


 そう意気込んで寝た次の朝、事件が起きた。


 6日目の昼、例のごとくカノンの口説きに失敗した俺達は、そのままチャタレーで腹ごしらえする。


 今日はダグラスさんが山へ野菜を採りに行っているとのことで、厨房にはいなかった。


 ダグラスさんがいないのは口説くのに好都合だけど、口説くたびにアイドルになることを拒絶していく。


 チャタレーに寄るだけで嫌な顔をされるし、他の店員には『またフラれにやってきたんですかぁ~』と挑発される。

 

 このままではカノンを勧誘するより先に、チャタレーを出入り禁止になりそうだ。


 まずいな……。


 ドンッッ!!


 ドアが思いっきり開かれたと思ったら、冒険者が転がり入ってきた。


「だ、大丈夫ですか?」


 カノンが駆け寄る。俺も転んだ冒険者に駆け寄った。


「だっ……だいじょ……それよりもっ! ま、まずいことになったっ!」


 まずいこと?


「ドラゴニクスが……魔帝軍幹部のウラヌス・ドラゴニクスがこの街にやってきたっ!」


「え――――」


 カノンがおぼんを落とす。一瞬で青ざめた。


 ついに来たのか。幹部が。

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