第11話 幹部襲来

 俺は冒険者にドラゴニクスがいる場所を聞き、そのままへと向かった。


 幸い、10分とかからずその場所に着いた。


 今にも雨が降りだしそうな空の下、広場には少数の人間と少数の二足歩行の魔物が対峙していた。


 真ん中には町長と、町長の2倍以上の背丈があるセミロングの男。おそらくあれが、ウラヌス・ドラゴニクスだろう。エルによれば魔帝軍6幹部の6番目だ。


 ……どんな話をしているのか。


 気になった俺は、ドラゴニクスをはじめ魔帝軍側が気付かないギリギリの位置にある茂みに潜む。


 さすがに正体を現すと、俺が三波啓介だとバレてしまい、俺の人生が終わる。俺をかくまったとして、この村に被害が及ぶかもしれない。


 気付かれないように、でも会話を聞ける位置に行く。


「もう一度言う。フェルディナンド様に絶対服従を誓え。さすれば、命だけは保障しよう。しかし、拒めば完全なる壊滅あるのみだ」


「忠誠を誓ったあと、ワシらはどうなるんじゃ?」


「フェルディナンド様のために身を粉にして働くのだ」


「働く?」


「そうだ。フェルディナンド様の部下である服従の印を背中に押し、氷の山へ採掘に向かう」


 俺らの世界でいう、シベリア抑留みたいなもんか。そんなもん、耐えられるか。


「奴隷じゃないか。到底、呑める条件じゃなかろうて」


「そう言うと思ったよ、ラモン町長。そこで、交換条件といこうではないか」


「交換条件じゃと?」


 ドラゴニクスは頷く。こいつの出す条件次第で、この村は投降するかもな。


 この世界の人々は魔帝の尋常ではない強さを知っている。まともに戦って勝てる相手ではない。俺ら人類が目指すゴールは、なるべく対等な条件で魔帝との和平だろう。


「三波啓介、という人物を見たことがあるな?」


「知らないな」


「しらばっくれるな。つい先日のフェルディナンド様の宣戦布告を見ただろう。あそこで挙げた三波啓介という人物が、未だ見つかっていない。彼はフェルディナンド様の大切な居城を傷つけ、あの方のお命を奪おうとした大罪人だ。許すわけにはいかない」


 やっぱりめちゃくちゃ恨まれてるな。それもそうか。


「だからどうしたというのじゃ。ワシらにはそんな人物は知らない」


「ほう。嘘をついているな、ラモン町長。三波啓介におそろしく似た人物をこの場所で見かけた、という情報もある」


 町長の顔が強張る。


「どうやら、心当たりがあるようだな」


 そりゃあ俺の存在か町長の耳に入っていても不思議ではない。


 なんせ、一度町の中で暴動が起きそうなくらいピリピリした環境になったからな。あの時はカノンの歌で何とか鎮まったけど。


 そうえいば、なんで一回も探しに来なかったんだ?


「今、私の目の前に差し出せば、情状酌量の余地ありとして、フェルディナント様に掛け合って無罪にしてみせる」


 町の人々が目を合わせる。俺を探す手立てでも考えているんだろう。


 くそっ。……ゲームオーバーか。


 まぁ、チート能力で一瞬でも気持ちよくなれたから、よかったよな。


 本当はもう少し異世界生活を謳歌おうかしたかったけど。自分がいた種だからな。受け入れるしかない。


 ――――いや待てよ。


 悪魔がささやく。


 今から逃げれば、もう少し長引けるだろう。


 ここは異世界なんだ。


 今まで我慢してきたじゃないか。


 パワハラにモラハラ。低賃金かつ長時間労働。友人たちが幸せになっていくなかで、俺自身は恋人すらできなかった。それでも生きるためにプライドや感情を押し潰して、瘦せ我慢して生きてきたじゃないか。


 今度こそ逃げてやる。


 2度目の人生だ。好き勝手に生きてやる。


 逃げよう。


 後ろを振り返った瞬間、


「……る」


 ラモン町長がドラゴニクスに言う。


「なんと?」


「断る」


 なんだって……? 


 断る?


 断ると言ったのか?


「断る? 町長よ、今がどういう状況かわかっているのか?」


「お前こそ、ワシらがどう思っているのかわかっているのな?」


 町長の声は怒りで震えている。


「お前ら魔帝軍の予告なき侵略によって家族や恋人を殺され、故郷を焼かれ、失意のどん底で死んでいった者たちの恨み。魔帝軍の言葉をその恨みの重さを知っているのか!? 自分達は侵略しておいて、自分達が侵略されたら被害者ヅラするのはスジが通らん!」


 自分よりも明らかに強い相手に対し、ビビることなく言い放った。


 その言葉をドラゴニクスは少しだけ苦い顔をした。


「我らには仲間意識がある。例えその人間が間違いだったとしても、そこにワシらに対する善意があれば、ワシらも最大限尊重する。ワシらが同胞を売ることはない」


 町長……。


 それに他のみんなも町長と同じ想いであることを目で訴えている。


 話したこともない、顔も見たことのない俺のために、命を張って魔帝軍幹部と対峙している。それなのに俺は、こうして茂みに隠れているなんて。


 目の前が滲んでいく。


 なんて情けない人間なんだ。


 チート能力を手に入れても、心が弱いんじゃ宝の持ち腐れだ。


「さぁ、そちらの提案は終わりだ。次はこちらから提案しよう。ワシらからは、一つだけじゃ」


 町長は大声を出す。


「ここから即刻立ち去れっ!」


 ドラゴニクスはふっ、と笑う。


「気に入った……!」


 ドラゴニクスの顔の思いがけない発言に、俺含めその場にいる全ての人間が面を食らった。


「何があっても、同胞を敵に売らない。自分が敵わない相手であっても逃げずに立ち向かう。その心、気に入った」


 ドラゴニクスは満足気に口角を上げる。


「その心意気に免じて、今日は引き下がろう。3日後にもう一度聞く。大軍を引き連れてな。お前のような奴は好きなのだが、そういう奴に限って死ぬのが早い。お前は、死んでくれるなよ」


 幹部が去っていき、広場が静かになる。


 最初に声を発したのは、やっぱり村長だった。


「皆の者、覚悟はよいな」


 その声に町の人々は、


「ええ。英雄アストゥリオが負けてから、こんなことになるのではないかと思ってましたから」


「あいつらの奴隷になるくらいなら、死んだ方がマシよ」


「親友の無念を晴らすチャンス」


 ポツポツと声を漏らしていく。


 なかには、恋人同士で抱き合い、涙を流している人々もいる。この町は、もうすぐ滅びるのか……。町の人々は薄々感じているのかもしれない。


 この町を滅ぼすきっかけは、俺だ。それでもかばってくれた。


 意を決して、茂みから出ていく。


「町長……」


「ん? む、君は……!」


 太い眉の奥にある町長の真っすぐな目が、大きく見開く。


「君が、ドラゴニクスからターゲットにされていた男だな」


「ええ、三波啓介っていいます。先程はかばっていただき、ありがとうございます」


「ほう、丁寧な人間じゃの。魔帝城に単独で突撃する無鉄砲さから、もっと生意気なのかと思っとったわ」


 あのまま魔帝に勝っていたら、生意気のままだった思う。


 でも今の俺は、本来の俺だ。自信をへし折られ、プライドを曲げ、夢も目標もなく惰性に暮らしていた、32歳。


「ミナミくんよ。お主、本当にあの魔帝城へ飛び込んだのか? あの史上最強の魔帝と戦ってきたのか?」


「はい。ご覧の通り、負けて逃げ帰ってきましたが」


「そう卑下するな。帰ってきただけでも大したものじゃ……」


 周りの目が俺に集まってくる。みんなはいったい、どんな目で俺を見ているんだろうか。やはり魔帝との戦いを引き起こした戦犯だろうか。それとも、逃げて帰ってきた情けない人物だろうか。


「ここではなんじゃ。ワシの家に来なさい。茶でも飲んで話そうじゃないか」


 踵を返そうとする町長。俺はその背中について行こうとは思えなかった。


「町長、1つ聞きたいんです」


「なんじゃ?」


「なんで、俺を庇ったんですか? 勝手に魔帝城に突っこんで、調子に乗って魔帝と戦って、負けそうになって逃げて、こうして人類と魔帝との全面戦争を引き起こした俺を」


 言っているうちに目頭がじわーっと熱くなる。


 神と同じ力を得て、この世界でもチート級の能力を得ても、結局は失敗し、挫折。


 町長を始めとする町の人達のような誇りも信念もない。自分の命惜しさに、迷惑かけたことも棚に上げて逃げようとする、自分の情けなさを突き付けられて。


「そうじゃのぉ……。お前さん、この小さな町は好きかのぉ?」


 穏やかに尋ねる町長。話の逸れる質問に驚きを隠せない。


「……この町ですか?」


 この町で経験してきたことを思い返す。そうして出た答えは――――


「……好きです」


 薄っぺらいかもしれないが、本心を語ろう。


「着ている服はボロいけど、見知らぬ人でも気さくに話しかけてくる人。すぐには出てこないし手軽じゃないけど、美味しくて愛情のこもった料理。そして歌で争いごとを止める少女。便利さはないけど、温かさがあります。気温は寒いけど、心は温かいです。そんな町だと、僕は思います」


「そうか。ワシもそう思う。ワシと―――ワシらとお前さんは、同じ気持ちを持つ同胞なんじゃ。同胞なら庇うじゃろ」


「でも……」


「それだけじゃない」


 町長はぴしゃりと言う。


「お前さんは、魔帝城に乗り込み、魔帝と一対一で闘い、そこから逃げることができた、唯一の人間なんじゃ。偉大な勇者アストゥリオでも逃げられんかった。そんなお前さんを、庇わなくてどうやって強大な魔帝を倒すことができる」


 町長のしわしわの人差し指が、俺の胸に当たる。


「お前さんは、魔帝を倒す唯一の希望なんじゃ。わかるな」


「ラモン町長……」


「1人では勝てなかったかもしれないが、協力すれば魔帝も倒せるはずじゃ」


 周りの人達も、俺の方を見て頷く。


 希望。そんなこと言われたのは初めてだ。


 これだけ助けられて、期待されて、くよくよなんてしていられない。町が滅亡するかもしれない危機をなんとかするしかない。


「町長、お茶はまた今度でお願いします。やることができました」


「そうか」


 町長にお辞儀し、俺は駆けだした。行く先は、決まっている。


 店の裏で怯えている少女の名前を呼ぶ。


「カノン!」

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