第12話 俺が君を全力でプロデュースする

 店の隅で怯えているカノンを見つけた。


 ダグラスさんがいないくて心細かったのだろう。


 幹部が来たというだけで怯えてしまう少女を無理矢理戦場に立たせるのは残酷だ。だが、ここで引くわけにはいかない。


 カノンの元へ近づこうと、足を一歩を前に出す。


 ギシッ……。


「ひっ……」


 木の床がきしむ音に、顔面蒼白で怯えるカノン。膝を強く抱え、膝に顔を埋める。ここまで恐がるなんて、過去に何かトラウマがあるのか。


 でも、ドラゴニクスとの戦争を避けられるのはカノンしかいない。


 俺は優しく呼びかける。


「カノン」


 カノンの顔は膝に埋めたまま。

 

「もう耳に入っているかもしれなけど、伝えておく」


 自己啓発本で得た知識は使わない。誰かの名言も入れない。


「カノンの歌が必要だ。この危機的状況を救うには、カノンの歌しかない」


 俺自身の言葉で伝える。


「ハッキリ伝える。信じてもらえないかもしれないが、俺は異世界から来た。そこでたくさんの歌を聴いてきた。なかには、病んでいた俺の心を救ってくれた歌もあった。全てを投げ出してしまおうかって思っていた自分を止めてくれたんだ。歌が!」


 ポツポツと雨が降りだした音が聞こえた。やがて、環境音を全てシャットアウトするような豪雨となる。


「でも、カノンの歌が今まで聴いた中で一番すごかったんだ。心に響いたんだ」


 カノンの腕がぴくっと動いた。


「俺のこの感じは、きっと俺だけじゃない。カノンの歌を聴いた人全員がそう感じているはずだ。だって、俺が町の人に捕らえられそうになったとき、カノンの歌が人々を止めたんだ。歌で虜にしたんだ。そんなことを出来るのは、カノンしかいない。そしてそれは、人だけじゃなくて全ての生き物に届く!」


「………………………っ」


「君が、君だけがこの戦争を止められるんだ! だから頼む! カノンの歌を、世界中に届けて欲しい!」


 俺は頭を下げた。雨漏りした天井から水滴がポタッと俺の後頭部に落ちる。それを拭くことはせず、ただ頭を下げた。


「………………私は」


 カノンがポツリと呟く。


「私は……出来ることなら……チャタレーでずっと過ごしていきたい」


 俺は黙ったまま、頭を下げ続ける。


「でも、チャタレーに通っていたお客さんが、ある日突然、ぱったりと来なくなるんです。戦場で、死んだって……。それがなによりも悲しい」


 ここまで暗い声を初めて聞いた。


 今にも泣き出しそうな声で、雨の音に負けてしまうくらいのボリュームで、それでも思いを伝えてくる。


「ミナミくん」


 呼ばれて、俺は顔を上げる。


 カノンの髪はくしゃくしゃ。頬は赤く染まっている。


 でも、今にも涙がこぼれ落ちそうな目で、俺を真っすぐ見る。


「私の歌をここまで褒めてくれる人は……ミナミくんが初めてです。正直……戸惑ってます。歌うのは好きです。でも、練習したことはないし、踊りだって都会の踊子さんに比べたら全然です。自分の歌が、魔物たちに届くとは思えません。それでもミナミさんは……アイドルにしたいのですか?」


「ああ」


 俺は大きく頷く。


 そして、カノンの琥珀のように綺麗な瞳を見据える刹那、今まで現実世界で見てきたアイドル達が走馬灯のように脳裏によぎる。


 幼稚園の時に見た、初めてのアイドル。


 小学生の頃、学校全体を虜にしたアイドル。


 中学生の頃、おこづかいを貯めて初めてライブを見に行ったアイドル。


 高校生の頃、握手したアイドル。


 大学の頃、人生で一番ハマったアイドル―――四季メグルちゃん。


 死にたいと思っていた俺を幾度となく救ってくれた四季メグルちゃん。


 そのアイドル達に匹敵……いや、それを超える歌が、カノンにある。


 俺は、改めてカノンの目を見据えた。


「自信を持って言える。カノンの歌は、世界を変える力がある」


「……っ」


 カノンが下を向く。そして再び俺の方を見る。


「その……私の歌が響くかどうかわからないですけど……私が歌うことで……私の歌で悲しい思いをする人が減るなら……歌った先に幸せな世界が待っているなら……」


 カノンの目に力がこもる。


「やります。アイドル……………やります!」


 言い切った瞬間、灰色の世界が色付いた。


 錆びついた雨の色が、綺麗な水色に変わり、どんよりした空気が一新する。世界が、文字通り変わった。


 そうか。


 トップアイドルとは、単にオリコンチャート1位とか、人気ナンバー1とかじゃない。


 トップアイドルとは、世界を変えられるアイドルであると。


「決心してくれてありがとう。俺が君のプロデューサーになる。君を全力でプロデュースし、絶対トップアイドルにしてみせるっ!」


「はい!」


 良い返事だ。 


「さっそく、今日から特訓だな」


「よろしくお願いします! プロデューサー!」


「カノンの力――――俺達の力で戦争を止めるぞ!」


「はいっ!」


 これが俺達のアイドル伝説の始まりだった。


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