第7話 俺の異世界生活、ベリーベリーハードモード

 俺と女神は、活気賑わう酒場チャタレーで、夕食を取っていた。


 否、酒盛りをしていた。


 女神は生ビールによく似た飲み物“シュワソーダ”を豪快に飲み、ドンとテーブルに置いた。


「あ~~~~クソ腹立つ。あのロン毛クソ魔人。創造主たるこの私に歯向かいやがって」


 女神はピキピキしていた。今にもたばこ吸いだしそう。


「私よりも全然っ、ぜぇぇ~んぜんっ年下に舐められたのが腹立つ~っ!」


「しょうがないだろ。魔帝の方が強いんだから」


「しょうがなくないわよっ!」


 出会った当初の気品や威厳は微塵もなく、居酒屋でデカい声で騒ぐ3流キャバ嬢にしか見えない。


 つーか、本当に神か?


 神に仕える部下じゃなくて?


「許さんわ~。マジで許さんわ〜。絶対に許さんわ~。殺すだけでは物足りない。一度ボコボコにして、謝罪させないと収まらないわ」


「まぁまぁ落ち着けって」


「これが落ち着けるわけないじゃないっ!」


 ドンとテーブルを叩く。


「物に当たるのはよくないなぁ~」


 幸い、隣のテーブルの会話が聞き取りづらいほど周りはめちゃくちゃ盛り上がっている。


 こちらの愚痴は聞こえないようだった。


 しかしここに住む人々は、つい3時間前には魔帝から全面戦争を言い渡されたのに、なんでバカ騒ぎ出来るんだ?


 俺なら震えて逃げる準備するというのに。


 多分、未来の不安を憂うよりも今を楽しむことを大事にする国民性なんだろうな。


 冒険者なんて命の保証がない職業が人気ってくらいだし。


 郷に入っては郷に従え。今だけは俺も異世界生活を楽しむとするか。


「何を言ってるの? 私がいなければ、このテーブルは生まれてなかったわ。怒りの発散くらい許さないで、何のために存在するの?」


「物を置くためだろ」


「つまらないわねぇ~。あとね、オマエ」


 びしっと俺の顔を指す。


「私に敬語を使いなさい。そして崇めなさい」


「なんで」


「神だからよ。同列に扱われるのはしゃくだわ」


「いいのか? 俺がここで女神エルロストゥーパって呼んで崇めたら魔帝に居場所がバレるぞ?」


「うっ……」


「魔帝とガチンコでやり合って、勝てるのか?」


「…………寝首はかけば、ワンチャンあるかも」


 女神は口を尖らせた。


「卑怯な手を使う神なんて見たくない。もっと正々堂々戦って勝てよ」


「うるさいわねー」


 女神はナッツを右手で鷲掴み、一口で食べた。


「仕方ないわ。フェルディナンドが死ぬまでは、人間の振りをしてあげるわ。しゃくだけど。本当に癪だけど。ほんっっっとぉぉぉぉぉぉに癪だけど」


 女神はシュワソーダをぐびっと飲み切り、店員にもう1杯注文した。


 どんだけ嫌なんだよ。


「ふぅー」


 テーブルに豊満なバストを乗せる女神。すげぇ、テーブルに胸乗っける女性初めて見た。


「私のことは、バレないようにエルって呼びなさい」


 エルロストゥーパの頭2文字から取ったのか。


「オッケーだ、エル」


「それでよろしい。下僕よ」


「ふざけんな」


 おかわりのシュワソーダがテーブルに置かれた。


 そのまま俺達は愚痴を言いつつ夕食を食べた。


「いやー、異世界の料理も美味いな。思わず食いすぎちまった」


 異世界の食べ物が口に合うのか不安だったが、杞憂に終わった。なんなら、激安居酒屋の料理より美味い。そのおかげで金もないのに食べ過ぎてしまった。


「それにしても、これからどうするのよ?」


 ほんのり頬を赤くした女神が訊いてくる。俺より飲んでいたが、俺より酔っていない。


「もちろん、カノンをアイドルにする」


「さっき断られたじゃない」


 エルの言う通り、先程ばっさりと断られてしまった。


 カノンが民衆の暴徒を鎮めてくれたあと、俺はその場で勧誘した。


「あ、あいどる……?」


「知らないのか?」


 カノンはこくりと頷く。この世界にはアイドルが存在しないんだな。つまらない世界だ。だが、それなら大チャンスだ。


「アイドルってのは、歌と踊りでみんなを笑顔にする職業だよ」


「歌と……踊りで……」


「ああ、そうだよ」


 俺はカノンの右手を強く握る。周りから怒号が飛んできた気もするけど、気にしてられない。


「あ……アイドルのことはわかりましたけど……アイドルになってどうするんですか?」


「アイドルになって、世界中の人達に勇気を与えるんだ。いや、それだけじゃない。君なら魔帝との戦争も止めることができる!」


「そ、そんなことができるんですかっ!?」


「できる!」


 アニメの世界ではね。


 カノンは目を見開いて驚く。


「なってくれるか?」


「…………………」


 長い沈黙の後、カノンは右手を握られたまま頭を下げる。


「ごめんなさい――――――」


 ここまで思い出したところで、俺は意識を今に戻し、目の前にある酒を飲んだ。


 やっぱり悩んだ時はアルコールに限る。


 ……いやダメだ。アルコールで紛らわしちゃダメだ。そんなのは問題の先延ばしだ。


 魔帝からの宣戦布告を受けても無邪気に楽しんでいられるほど、この街に馴染んじゃいない。


 だが、カノンの首を縦に振る方法は思いつかない。


 さて、どうしたもんかなぁ……。


「「はぁ~」」


 エルとため息が被る。エルの吐いた息から甘いアルコールの匂いがした。


「なぁ、セブンス・レガリアの修復っていつ終わるんだ?」


「少なく見積もって1年よ。修復中、セブンス・レガリアは一切使えないから」


 エルによると、セブンス・レガリアは7つ全て破壊されない限り、壊されても直るようだ。しかし、壊れ具合によって年月が変わる。


 欠けた程度なら3日で直るが、折れたり砕けたりしたら、場合は3ヵ月かかるという。


 しかも、修復方法は他のセブンス・レガリアが壊れたセブンス・レガリアにパワーを分けて直すというもので、その間はセブンス・レガリアが使えない。


「1年かよ~」


「そう、1年。1年の間、私達の戦力は大幅ダウンよ。はぁ~サイアク。フェルディナンドの所に行く前に幹部を駆逐してから行きなさいよ」


「幹部?」


「魔帝6幹部のことよ。いまだ、幹部を超える人間が生まれていないで有名な6幹部。知らないの? 魔帝を倒す前にこいつらを何とかしないとダメよ」


 おいおい、幹部もいるのかよ。


 もうやだ。


 俺の異世界生活は、どれだけ難易度が上がれば気が済むんだ。

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