第6話 伝説の始まり

 突如上空に出現した、雷のスクリーン。


 そこに魔帝の顔が映し出される。


 巨大スクリーンに映し出される魔帝の顔は、威圧感たっぷりだ。


 周りは悲鳴をあげたり、恐怖で震えたりしている。


 剣や杖を持つ者たちも構えることはせず、ただただ怯えているだけだ。


 俺はこんなに人類に恐れられている相手に喧嘩売ったのか……。


 命知らずにもほどがあったな。


 魔帝が口を開く。


 変なことは言うなよ?


『愚かな人間どもよ、心して聞け。先程、我が城に飛び込み、突如襲ってきた人間と交戦した』


 げっ、俺のことじゃねぇか。


 周りからは、「どこの馬鹿だ?」「なにを考えているんだ!?」と批判の声が上がってくる。


「は、犯人探しは〜……よくないんじゃないかな〜……」


 ぼそっと呟いたら、


「何言ってんだよ。犯人が捕まらない社会なんてよくないだろ」


 ……ご、ごもっとも。


「全く、誰だよ。そんな馬鹿なことした奴。出てきたら、魔帝に突き出してやる!」


「どこの誰かしらね~」


 女神が嫌な笑みを浮かべてこっちを見てくる。


 バカやめろ。……やめてください。


『結果、同胞に被害はなかったものの、我が城に甚大な被害をもたらした。その男は卑怯にも勝負から逃げ、現在も逃走中だ』


「逃げるなんて情けない」


「喧嘩売るだけ売って尻尾巻いて逃げてきたのか!」


「戦うんなら死ぬつもりで行けよ」


 いやー、凄まじく言われているな〜。


 これからは不用意に外に出るのはよそう。


 村人に殺される。


「意外と近くにいるかもよ~」


 おいコラ、クソ女神。もうこっち見んな。俺だってバレるだろ。


『私は、この男の突撃を人類どもの宣戦布告と捉えた。よって、我ら魔帝軍も人類に宣戦布告する。この戦争は、人類の滅亡をもって終了とする。和平の道は断じてない』


 魔帝が本気で怒っちゃった。人類VS魔帝軍の全面戦争になっちゃった。これもう、戦犯とかいうレベルじゃない。


『しかし、この“三波啓介” という男を生きた状態で我らに引き渡し、我らに無条件降伏すれば、人類の殲滅だけは取り下げよう』


 なんだって……っ!? つーか、俺の名前の発音も日本人のようにめっちゃ綺麗。


 あ、しかも写真と間違えるくらい精微に描かれた写実絵が公開された。ご丁寧に顔アップと全身の両方。どんだけ仕事早いんだよ。


『三波啓介こそ、我らの城に突撃してきた人物なのだからな。この人間だけは何があっても許すことはできない。ただし生きたまま、丸腰のみ求める。殺した場合は、この限りではない。奴はただ殺すだけじゃ足らない』


 いきなり、ガシッと肩を掴まれる。


 つ、強い。肩が痛い。


 駄目だ。向くな。


 握ってくる男の方を向いちゃダメだ。


 いま顔を見せたら、指名手配犯だってバレる。


「こっちを見ちゃあくれないか、兄ちゃん」


 1オクターブ低いテオの声が聞こえた。


 これは逃げられない。


 慌てて前髪で目を隠し、テオの方を向く。


「魔帝が出している似顔絵にそっくりな顔じゃないか」


「いやいや。そんな、心外ですよ。あんな不細工な男と一緒にしないでくださいよ。困った困った」


「名前、ミナミ・ケースケとか言ってたよなぁ」


「いえ、正しい発音はミィナンミー・ケィオスケィです」


「嘘つけっ!」


 テオの鉄拳が顔面に飛んでくる。


「危ねっ!」


 俺はテオに掴まれた手を払いのけつつ、しゃがんでパンチを回避。その後、テオから距離を取る。


「こいつ、すばしっこいなっ! おい皆、ここに魔帝が探している人物がいるぞっ!」


 テオの呼びかけに、周りにいた大人たちが俺を見る。血走った目や怒りの表情が、俺の心を突き刺す。


 マジでヤバいことになった。


 このままだと、民衆にボコられたうえで拘束される。


 確かに俺のせいであるが、ここで捕まって魔帝に引き渡されるのは避けたい。


 魔帝城に連れて行かれたら殺されるより酷い目に遭う。


 なんとかして逃げないと……。


『期限は3日だ。この間に我のもとに三波啓介が引き渡されなかった場合、人類の抹殺を開始する。死に物狂いで探し出せ』


 魔帝の言葉が、周りの人の士気をさらに上げる。


 やべー。俺が人類の敵になっちゃってる。


 詰みか……。


「これでアナタもゲームオーバーね」


 女神が冷たい声で言うと、俺の身体からセブンス・レガリアが現れ、女神の元へ吸い寄せられていく。


「あ、待ってくれよ。その力はっ……!」


 持ってかれたら俺の迎撃げいげき・逃走手段がなくなる。


「これは元々私の物。まったく、3つの武器を直すのに1年以上かかるのよね」


 セブンス・レガリアを奪った女神は、それとは別の、金色の装飾が散りばめられている白い杖を右手に出現させる。まだ武器があるのか。物騒な女神だ。


「私は天界に帰るわ。さようなら、哀れな転生者。よき来世を」


 女神が呪文を唱えた。




 しかし、何も起こらなかった。




「…………あれ? おかしいわね。もう一度!」


 女神は再度呪文を唱えた。しかし、何も起こらなかった。


「あれ~? あっれれれれぇ~~?」


 杖と自分の手を見て困惑する女神。


『それと』


 頭上に映し出された魔帝が言う。


『三波啓介に強力な武器を渡し、私の殺害を依頼した神に告ぐ』


 女神がぎょっとした目で魔帝を睨みつける。


『誰も見たことはないが、我々よりも高度な存在がいるとほざいていた人間の戯言を信じてよかった。“騙されたと思ってやってみろ”、というやつだ。念のため準備しておいて正解だった』


 女神は悔しそうに歯ぎしりしている。


『オマエのことを、人間に感謝の意を表して神と呼んでやろう』


「オマエだと……? 創造主たる私に向かって、オマエだと……っ!?」


『ま、神が実在すると確信したのは三波啓介が攻めてきた時だがな』


 魔帝は上を指差す。


『この星を覆う魔の結界を張った。これで、どんな存在であろうとこの星から逃げられず、入ることもできない。神よ。お前は檻に閉じ込められたのだ』


「こンの……っ!!!」


 女神の怒りなど知らず、魔帝は不敵に笑う。


『我々のことを鳥籠の中の鳥にしていたようだが、立場が逆転したな。いずれ顔を合わせることがあるだろう。それまで、せいぜい飼われた鳥の気持ちを楽しめ』


 ブォン……!

 

 雷で作られた巨大スクリーンが消えた。


 女神はスクリーンが消えた後も上空を見つめている。女神の持つ杖の先にある水晶が光っては消えを繰り返す。怒っているのか?


「ふふふ」

 

 ゾッとするような笑いをし出す女神。


「ばかな。まさか、本当に転移が出来ない。私が……女神たるこの私が……たかが魔族に……っ!」


 まずい。民衆が俺にゆっくりと近づいてくる。魔法を唱える者まで出てきた。


「おい女神。レガリアを貸せ。一旦この場を離れるぞ!」


「フェルディナンドめ……この屈辱は……忘れんぞ……」


 女神は虚空を見つめ、身体をわなわなと震わせている。くそ、怒りで我を失ってやがる。


「おい女神! 女神エルロストゥーパ! しっかりしろ! あとでやり返せばいいだろ!」


 我に返って女神。


 このままだと俺らは人々に捕らえられて、魔帝に引き渡されてバッドエンドだ。


 逃げようと足を一歩前に出したところで、俺は止まった。


 ――――だが、逃げたところでどうなる?


 冷たい自身の声が、頭に響く。


 3日後には魔帝軍との戦争が始まる。


 逃げたところで、魔帝に勝てはしない。


 そもそも俺が起こした争いだ。


 ここで大人しく捕まり、魔帝に引き渡されるのが筋なのではないか。


 テオのゴツゴツの右手が俺の喉元に迫ってくる。それを冷静に見る自分がいた。


 そうだ。ここで俺が捕まれば済む話。


 そうすれば、人類は抹殺されずに済む。


 どうせ俺は一度死んでいる身。この世界に未練も思い出もない。


 このまま、テオの拳を受け止めよう。




 ――――不意に、優しい旋律が聞こえた。




 歌……?


 どこからか、優しい歌声が聞こえる。


 歌の聞こえる方を向くと、カノンが目を瞑っていた。


「――――っ!」


 なんだ、その美しい歌声は……。


 気付けば、周りに人達も動きを止めてカノンを見ていた。


 さっきまで我を忘れていた女神でさえも。


 カノンは目を閉じたまま、俺達に優しく語りかけるように歌う。


 聞いているだけで、心が温かくなっていく。


 ふと空を見上げる。


 暗雲たちこめる空に1つ穴が開き、一筋の光がカノンに向かって降り注ぐ。


「すげぇ……」


 その姿は、まさに砂漠に咲く一輪の花のように……。


「ふぅー……」


 歌い終わったあと、カノンは一息つく。


「みなさん。一度、落ち着いてください」


 カノンが慈悲深い修道士のように周りを説得する。


「ここにいる三波さんが似顔絵を書いているからって、魔帝が探している人物と同じかとうかはわかりません。それに、魔帝に引き渡したからといって、魔帝が約束を守ってくれるとも限りません。いま一度、冷静になって考えてみては?」


「あ、ああ」


「そうだな。カノンの言う通りだ」


 振り上がった拳が、次々と力を失っていく。


「みなさん。ありがとうございます」


 カノンがお辞儀した。


 そして顔を上げ、俺の方を見て笑う。


「――――!!」


 少女と女性の狭間の、可愛らしくて美しい笑顔。


 例えるなら、曇天の荒野に差し込む一筋の太陽。


 邪念など抱く隙もなく、ただただ見惚れた。


 瞬間、波一つない水面に一雫の水が落ちたみたいに、一つの閃きが生まれ、俺の心をざわつかせる。


 ――――これだ。


 これなら、世界を救える。


 俺はカノンに近づき、カノンの肩を掴んだ。


「えっ……!?」


 カノンが驚くなか、俺は伝えた。


「アイドル、やらないか」


「…………………………はい?」

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