(4)

 俺に家内のことを聞いたくらいだから、おそらくカレシ関係の悩みなんだろうなと、大体のあたりはつく。だが、さすがにそっち方面は自分の分だけで精一杯だ。人の恋愛相談にほいほい乗れるほどの経験も余裕もないからなあ。

 目につくところのゴミだけでもいくらか拾って行こうと思って、ジャケットのポケットをがさがさかき回していたら。牟田さんが唐突に口を開いた。これ以上悩みを抱えていられなくなったんだろう。


「父が。反対してるんです」


 ああ、そういうことだったか。実家でぶつかったかな。


「結婚にかい?」

「はい。彼が……浮草稼業で落ち着きがないって」

「ふうん。カレシさん、何やってる人?」

「イベンターです」

「ああ、いろいろなお楽しみ企画を立てる人ね」

「はい! 一緒にいて、とても楽しいんです。でも」

「不安定ってことか」

「自営なんです」


 そらあ、確かに不安定だろうなあ。一度堰が切れた牟田さんの感情は激流となって、涙と一緒に溢れ出した。


「父が……彼をすごく嫌ってるんです。あんなやつのどこがいいんだって」

「いかに親でも他人の恋愛には口出すもんじゃないと思うけどなあ」

「……」


 牟田さんが急に黙ってしまった。


「お父さん、うるさい人?」

「……はい」

「こう、なんというか、かくかくしかじかであるべき、みたいな」

「そういうところ、あります」

「でも、押し返せないんでしょ? 俺の家内みたいに」


 ぐっと詰まってしまった……か。章子とよく似てるな。明るいし、仕事もてきぱきこなす。ただ、それが自分を作り上げずに、逆に自分を削るはめになってしまう。好奇心が強いのも、いつも自分を削らなくて済む逃げ道を探しているからという見方ができる。当たってるかどうかは、わかんないけどな。

 ちゃんと地を出せ! 主張しろ! そういうのは簡単だ。だが、これまでできなかったことをすぐできるようにしろっていうのは無理だよなあ。俺だって、何十年かかかってやっとこの程度なんだから。


「カレシのことは、おじいさんには?」

「相談しました」

「黙ったか」

「あの、なんでわかったんですか?」

「俺がおじいさんならそうすると思っただけさ」


 牟田さんの肩を持てば、じいさんは息子を否定することになる。その反動が挫折した自分に跳ね返ってしまう。かといって父親の肩を持てば、牟田さんの逃げ道がなくなる。最悪、牟田さんを壊してしまう。じいさんは黙るしかないだろ。


 さて、どうしたもんかと考え込んでいたら。背後からでっかいしわがれ声が響いた。


「なんだなんだ信ちゃん。こんな若い連れ込んで」


 う。よりにもよって、ここで豊島さん登場かよ。なんとも間が悪いことだ。


「こんにちは。というか、連れ込んでなんかいませんよ。彼女は社の同僚です。野原の査定を鑑定士さんにお願いしてるんですが、その方のお孫さんで」

「ああ、その子の伝手でってことかい」

「ええ。このあたりの鑑定士さんにはうかつに頼めないので」

「そりゃそうだよ。みんな紐付きだからね」


 よくお分かりで。おっと、牟田さんに紹介しとかなきゃ。見ず知らずの豊島さんにいきなり物騒な砲弾をぶっ放されるのは困る。


「ああ、牟田さん。こちらは、死んだ親父の知り合いで豊島さん。俺がまだ子供の頃から付き合いがあってね」

「うわあ、長いお付き合いなんですね」

「どやされてばっかりだけどな」

「は?」

「豊島さんはどこまでも筋を通す人だから、俺だけでなくてこの辺りの人はみんなどやされてるよ」

「うわ」


 無遠慮にじろじろ牟田さんを見回していた豊島さんが、けっと嘲笑あざわらった。


「あんたも陽ちゃんみたいないいかっこしーか」


 うわ、いきなりそのツッコミはちょっと……。

 俺がフォローする前に、むっとした牟田さんが言い返そうとした。でも牟田さんより先に、豊島さんの砲弾が炸裂した。


「ちょいと早く来たんで、あんたたちの話を後ろで聞いてたんだ。こみ入った話すんなら場所を選びなよ」


 聞かれているとは夢にも思っていなかったのか、青くなった牟田さんがわたわたうろたえた。いつものパターンなら、豊島さんが容赦無く砲撃を始めるんだが。


「牟田さんて言ったっけ。あんたはどうすんの? どうしたいの?」

「……」


 まだ決意が固まってなくて、気持ちが揺れてるんだろう。黙ってしまった。確かに陽花にちょっと似ているかもしれない。


「はっはっはー。それじゃあ、いくらも続かんよ。すぐ壊れる。ままごとだ。あんたの親父の心配も当然だね」

「そ、そんな」


 色をなして食ってかかろうとする牟田さんをつらっと無視し、豊島さんが眼下の家並みを見下ろしながら自分の話を始めた。


「あたしのダンナは山師でね」

「やまし?」

「そう。人生、まるまる博打だって考えるやつのことだよ」

「……」

「当たりゃあ総取り、負けりゃあおけら。すってんてん。ゼロか百かの生き方しかできない男だった」


 豊島さんがにやあっと笑った。


「そういうとんでもない男を好きになっちまったんだ。仕方ないさ。ただね」

「ええ」

「あいつのために自分を削るつもりはさらさらなかった。やりたいなら好きなようにやりゃあいい。止めやしない。だけど、あたしに片棒担がせるのはやめてくれ。その博打にだけは絶対に乗れない。あいつにはそう言った」


 ……言うな。豊島さんなら言う。間違いない。


「それで、ご主人は納得したんですか?」


 むきになって牟田さんが突っ込んだが、豊島さんはびくともしない。


「好きなもん同士が、好きなようにやるんだ。好きの二重奏だよ。最高じゃないか」


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