(3)

 穂坂さんは親父ととても気が合ったようで、亡くなるまで何度も親父のマンションを訪問し、夜遅くまで親父と歓談していた。


 話の中身は、もっぱらあの野原のことだった。穂坂さん曰く、最初は痛快だったそうだ。傍若無人な新住民たちは、自分たちの住む地区が完全に住宅街になることを望んでいたらしいが、どのデベロッパーも穂坂さんから売却オーケーを取り付けることができずにすごすごと引き上げていく。まるでオヤジのてっぺんはげみたいに野原が残り続けることだけは、新住民の思うようにならなかったのだ。


 穂坂さんが土地を切り売りしていることは衆知の事実。そして売却された土地に家を建てて住んでいる人は、土地の売り渡しが円満に行われたことを知っている。穂坂さんが土地を全て売ろうとしているのは誰にでもわかる。それなのに、てっぺんの野原だけがいつまでも土地売買の対象から外れているのは明らかにおかしい。

 やがて野原周辺の住民たちは、ある事件を通して穂坂さんの意思とは関係なくあの土地が売れない、いや、土地の買い手が現れないという事情を悟った。穂坂さんが恐れていたこと……野原の中で消えるものが材木や工具だけでは済まなくなるという事態が本当に起こってしまったからだ。


 東京のとある私立大学で教鞭を取っていた若い研究者が、いつまでも変わらない奇妙な野原があるという噂を聞きつけて穂坂さんの家を訪ねてきた。あそこはどうにもならないよと穂坂さんが必死に止めたのに耳を貸さず、宿代をけちるために牧柵の中にテントを張り野原を調査しようとしたのだ。複数の地元住民がテントから漏れる灯りを目撃していたから、まだ夜が浅いうちは無事だったのだろう。だが翌朝、青年の姿はテントごと消え去っていた。青年は自宅に戻っておらず、行方不明後の消息情報も皆無。まさに神隠しだった。

 静かな住宅地は警察やマスコミの関係者でごった返し、事情聴取やら取材やらで疲れ果てた住民たちは、野原に関わること自体を忌避するようになった。これまでは穂坂さんの口からしか語られていなかった『変化を拒絶する野原』の恐ろしさが、地区の住民全員に共有されたのだ。


 神隠し事件以降、地域住民が子供たちを野原で遊ばせることはなくなった。それだけではなく、ヨソモノが興味半分で野原に入り込むことを極度に警戒し、見回りを強化して野原を禁忌の地として扱うようになった。

 その行動には信心や神仏への畏怖など一切介在していない。彼らを自警に走らせたのは、平穏な日常生活をヨソモノに脅かされたくないという思いだけだったはずだ。


 だから、親父が穂坂さんからあの野原を買い取ったというニュースは連中にとって驚天動地の出来事だった。当時の町内会長さんがわざわざ東京の我が家に足を運んで「余計なことをしやがって」という嫌味たっぷりに警告を残していったことを、まだ子供だった俺もよく覚えている。


 だが域外地主である親父にとって、そんなのは余計なお世話だ。まさに馬耳東風。嫌味をさらっと聞き流した。


「私らにとっては単なる遊び場ですよ。開発するつもりも、すぐ売り抜けるつもりもないです。ずっとそのままですから、お気になさらず」


 親父が、穂坂さんの代わりに新住民に意趣返ししたようなものだ。あとで親父からその時のやり取りを聞かされた穂坂さんは大いに溜飲を下げたらしく、愉快そうに大笑していた。


◇ ◇ ◇


「俺が野原に出会ってから、もう五十年近く経ったのか」


 本当に不思議なものだと感慨にふける。


 親父とお袋が年に二、三回俺らをここに連れてきた。中学生になるまでは気兼ねなく遊べるこの野原がお気に入りだったが、思春期に入ると気になるものは都会の方にずっと多くあった。野原に興味を失った俺たちは親父に同行することを拒むようになり、親父も俺たちを無理に連れ出さなかった。

 野原に再び行くようになったのは、俺と陽花がそれぞれ結婚し、子供ができてからだ。親父が孫を連れて野原に行く時には、すでに亡くなっていた穂坂さんがしたためた書状を必ず持っていった。まるで、彼岸にいる穂坂さんに今もって変わらぬ野原を見せようとするかのように。


 しかし、両親が野原を訪ねる頻度は徐々に下がった。親父が年を取って出不精になったこと。俺も陽花も仕事と子供対応の両立で忙しくなったこと。そして、俺たちの時と同じように俺たちの子供も野原への興味を失ったこと。野原と俺たちとの距離はしばらくいたままだった。

 時の流れに抗えず、親父は長く野原を再訪しないまま死去。きっと、野原をないがしろにして済まないとあの世で穂坂さんに謝っていることだろう。


 俺も親父のことは言えない。野原に特別な思い入れがあった親父と違って、俺にとっての野原は単なる空き地であり、有閑地であり、遊び場に過ぎない。それを知っていたからこそ、親父は俺の好きにしろと言い残したんだ。俺の好きにできれば何の問題もなかったんだが、そうは行かない。曰くがあるから売るに売れないという事情はずっと変わっていないんだ。

 しかも、親父がよく来ていた頃に丘の周辺に住んでいたいけ好かない新住民たちは、いつの間にか旧住民化していた。開発当初は新しかった家も人も年齢を重ねてすっかりくたびれ、住人が入れ替わったり空き家が増えたりで開発ラッシュ時の初々しい雰囲気は見る影もなく色褪せている。住人の世代交代に伴って丘への関心も恐怖心も薄れ、『神隠し』の噂だけが都市伝説のように別所で独り歩きしているらしい。

 多くの住民たちが野原をただの空き地と認識するようになれば、野原への第三者の出入りが増える。最近は子供たちがこっそり入り込んで遊んでいるらしい。デベロッパーのアクセスも徐々に増えてきた。めんどくさがりの俺としては、たまに遊びに来る孫たちの遊び場にしておくくらいでちょうどいいんだが。


「何かとめんどくさいんだよなあ。ここは」


 思わず漏れた俺の愚痴が北風でちぎられて、ころころと坂を転がり落ちていった。


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