第5話 電神と水掛け論
「皮肉なもんだな」
「皮肉でしょうか? 素敵な結末なのでは?」
「あいにく俺は色恋に興味は無くてな。女から見たら、あのふたりは酒の肴にでもなるハナシだったか?」
「酒の肴、ですか。はあ。お茶と美味しいケーキと一緒に、誰かとおしゃべりしたいお話です」
まあ、この人にケーキという発想は無理かも。「スイーツ? 生きていくのにそれは必須な食品か? 無駄だ」とか言いそう。
「その『おしゃべり』とやらに生産性はあるのか? どれ。もしやるなら会の終わり際に是非呼んでくれ。取りはぐれた魔力をそこで埋め合わせよう」
ほらやっぱり。――――あ、でも。
「バシルさん。さっき『色恋には興味がない』とのおっしゃりでしたが、それでは何故貴方は生きているんですか? ご縁がないのはやむなしとしても、恋をしようとしない人生なんて、それこそ私には無味乾燥としか」
「恋、か。それは
あわわ。せっかくやり込めると思ったのに。
この人は私の予想の斜め上をいく、朴念仁。
「‥‥あのう。あくまでも確認なんですが、素性もわからない男と子を成そうなんて姫方は存在しませんよ? 断言できます。ええ。なのであなたはこのまま誰とも結ばれません。そういうご認識はありますか?」
「まあ、俺は俺だが女は女だ。お前がそう言うのならそうだろう」
「ならば。どの
歩きを進めながら、私たちは宿へと向かっています。その宿のほど近く。小さなため池まで来ていました。
「‥‥ああ、それは考えている」
意外な答えでした。
「俺が今わの際になった時に【しこしこ
「ぷっ」
私は、はしたなくも噴き出してしまいました。
「あはははは」
厳粛な人生の終わりの場面、その場面にあの、子供の落書きのような面相の精霊様?
「そんなに可笑しいか‥‥」
彼は頭を掻いていました。あの意思のこもった視線はそのまま。
それが真顔だったものですから、私はさらに笑いのツボに。
「‥‥こんな時間だ。夜更けに騒ぐな」
やむなくふたり。件のため池の
「あの」
「ん」
「『無駄』って一体何なんでしょうか?」
星の明かりを受け止めて、周囲より少し明るい水面。
「私には、もうわかりません」
彼の鼻腔から息が漏れます。
「‥‥‥‥また無駄な議論を」
「例えばあの歌です。あの青年のあの歌。もう遠回しは止めますが、彼には明らかに音楽の才能が無かった。出来上がった歌も。その上で彼は歌い続け、創り続けた」
「まったく無駄な営為だ」
「でも最後に、彼女に彼の愛が届きました。――世界にただひとりの想い人に、この胸襟の恋心を伝える。それが愛の歌の目的ならば、確かに彼の歌はその目的を立派に果たしているのです」
彼の表情を思い出します。彼は「何故
「ああ、まったく共感はできんがな」
鉄面皮の定番の、頭を掻く仕草の後、苦笑いと共に。
「‥‥俺とヤリヤがあの村に居着く前、ずいぶん前から歌っていたそうだからな。あいつらは一緒になるのかな? 子でも成すのかな? ふむ。エオスの言う、『意味のある人生』を歩むと言うわけか」
私はハッとします。
「‥‥先ほどの私の発言、謝罪と撤回をさせて下さいませ。たとえ子を成さない人生でも、他に何かを遺せたなら、無駄とは言えないですよね? ‥‥いえ。そもそも。病に伏せて、何も出来ず旅立つ幼子もおります。その方の人生が、そのような理由で無駄だった、とは私は言いたくありません」
「‥‥人類は、いや生物は子孫を残すために生きている。『無駄だった』と言われても俺は反論しない。だが、
やはり、という事でしょうか。
「人には欲があり、願いがあります。名を上げるために創作をし、歌を歌う。家族との幸せを願って麦を植え、仕事に勤しむ。その望みが叶わなかった時に、その無念の想い、思念が魔力として徴収される‥‥‥‥」
「だろうな。いいとこ育ちのお前にはわからんだろうが」
「‥‥‥‥いいえ。お言葉ながら。私もおじい様のように【雷魔法】が使えたなら、と願った事があります。‥‥いえ、出来ぬ自分を呪った事が」
ため池の水面は、そよ風に波紋を作っていました。
「‥‥‥‥きっと、貴方の言説は正しいのでしょうね。『無駄』であるのならば、時間も労力も投入するべきでない。でも、私は、大賢者の孫として足掻きます。世界を救えなかった者として、せめて足掻きたいのです。積み重ねた『無駄』の先に果実が成ると信じて。‥‥いいえ。後世にその背中を見せるだけでも、決して無駄ではないのだと思いたいのです」
無言に耐えかねた私が、彼の横顔を見入るまでの、少し長い
「‥‥‥‥まあ、人はいずれ死ぬ。この世界も、いつか【闇】に飲まれる日が来る。そうであるなら、すべての人間の所業や営為は、全て『無駄』なのかも知れないな。まあ、ここで俺達が過ごした時間も無駄ってことか。何が無駄で何が無駄じゃ無いか? それこそ無駄な議論、水掛け論ってヤツだ」
「だから、お前の好きにすればいいさ」
あら? もしかして。
慰めてくれているのかしら? 彼なりに?
まあ、貴方に気の利いた台詞を期待するのはそれこそ。
『無駄』、でしょうけど、ね?
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