第5話 電神と水掛け論






「皮肉なもんだな」


 酒家バルからの帰り道。星明りに浮かぶ彼の不満顔。


「皮肉でしょうか? 素敵な結末なのでは?」



「あいにく俺は色恋に興味は無くてな。女から見たら、あのふたりは酒の肴にでもなるハナシだったか?」


「酒の肴、ですか。はあ。お茶と美味しいケーキと一緒に、誰かとおしゃべりしたいお話です」



 まあ、この人にケーキという発想は無理かも。「スイーツ? 生きていくのにそれは必須な食品か? 無駄だ」とか言いそう。



「その『おしゃべり』とやらに生産性はあるのか? どれ。もしやるなら会の終わり際に是非呼んでくれ。取りはぐれた魔力をそこで埋め合わせよう」



 ほらやっぱり。――――あ、でも。



「バシルさん。さっき『色恋には興味がない』とのおっしゃりでしたが、それでは何故貴方は生きているんですか? ご縁がないのはやむなしとしても、恋をしようとしない人生なんて、それこそ私には無味乾燥としか」


「恋、か。それはつがいを成すためだろう? 色恋など為さなくてもやることをやれば子は孕める。なら、愛だの恋だののほうが『無駄』だよなぁ」



 あわわ。せっかくやり込めると思ったのに。


 この人は私の予想の斜め上をいく、朴念仁。



「‥‥あのう。あくまでも確認なんですが、素性もわからない男と子を成そうなんて姫方は存在しませんよ? 断言できます。ええ。なのであなたはこのまま誰とも結ばれません。そういうご認識はありますか?」


「まあ、俺は俺だが女は女だ。お前がそう言うのならそうだろう」



「ならば。どの女性にょしょうとも交歓せず人としての生を終えるなら、この世界の男性が全員バシルさんのようであったなら。【闇】の到達を待たずして人は滅びます。あなたの人生こそ『無駄』となるのではないでしょうか?」



 歩きを進めながら、私たちは宿へと向かっています。その宿のほど近く。小さなため池まで来ていました。




「‥‥ああ、それは考えている」



 意外な答えでした。



「俺が今わの際になった時に【しこしこ電神でんじん】でも呼んで、俺の人生が『無駄』だったか判定してもらおうか? とかな。もし徴収失敗するなら、そのまま残りの寿命を持っていくだろうし」



「ぷっ」


 私は、はしたなくも噴き出してしまいました。


「あはははは」


 厳粛な人生の終わりの場面、その場面にあの、子供の落書きのような面相の精霊様?



「そんなに可笑しいか‥‥」


 彼は頭を掻いていました。あの意思のこもった視線はそのまま。


 それが真顔だったものですから、私はさらに笑いのツボに。



「‥‥こんな時間だ。夜更けに騒ぐな」


 やむなくふたり。件のため池のほとりに腰かけます。




「あの」


「ん」


「『無駄』って一体何なんでしょうか?」



 星の明かりを受け止めて、周囲より少し明るい水面。



「私には、もうわかりません」



 彼の鼻腔から息が漏れます。


「‥‥‥‥また無駄な議論を」


「例えばあの歌です。あの青年のあの歌。もう遠回しは止めますが、彼には明らかに音楽の才能が無かった。出来上がった歌も。その上で彼は歌い続け、創り続けた」


「まったく無駄な営為だ」


「でも最後に、彼女に彼の愛が届きました。――世界にただひとりの想い人に、この胸襟の恋心を伝える。それが愛の歌の目的ならば、確かに彼の歌はその目的を立派に果たしているのです」


 彼の表情を思い出します。彼は「何故電神でんじんが徴収失敗をしたのか?」改めて詳しく説明を聞いた後、その場に泣き崩れたのです。あの時の嗚咽、男泣きはまだこの鼓膜に残っています。


「ああ、まったく共感はできんがな」


 鉄面皮の定番の、頭を掻く仕草の後、苦笑いと共に。


「‥‥俺とヤリヤがあの村に居着く前、ずいぶん前から歌っていたそうだからな。あいつらは一緒になるのかな? 子でも成すのかな? ふむ。エオスの言う、『意味のある人生』を歩むと言うわけか」



 私はハッとします。



「‥‥先ほどの私の発言、謝罪と撤回をさせて下さいませ。たとえ子を成さない人生でも、他に何かを遺せたなら、無駄とは言えないですよね? ‥‥いえ。そもそも。病に伏せて、何も出来ず旅立つ幼子もおります。その方の人生が、そのような理由で無駄だった、とは私は言いたくありません」



「‥‥人類は、いや生物は子孫を残すために生きている。『無駄だった』と言われても俺は反論しない。だが、電神アイツは赤ん坊からは魔力は取れなかったな。魔法は元々人の思念をエネルギーとし、この世界の物理現象に置換するものだ。電神が徴収するのも結局は人の思念のハズだ」


 やはり、という事でしょうか。



「人には欲があり、願いがあります。名を上げるために創作をし、歌を歌う。家族との幸せを願って麦を植え、仕事に勤しむ。その望みが叶わなかった時に、その無念の想い、思念が魔力として徴収される‥‥‥‥」


「だろうな。いいとこ育ちのお前にはわからんだろうが」



「‥‥‥‥いいえ。お言葉ながら。私もおじい様のように【雷魔法】が使えたなら、と願った事があります。‥‥いえ、出来ぬ自分を呪った事が」



 ため池の水面は、そよ風に波紋を作っていました。



「‥‥‥‥きっと、貴方の言説は正しいのでしょうね。『無駄』であるのならば、時間も労力も投入するべきでない。でも、私は、大賢者の孫として足掻きます。世界を救えなかった者として、せめて足掻きたいのです。積み重ねた『無駄』の先に果実が成ると信じて。‥‥いいえ。後世にその背中を見せるだけでも、決して無駄ではないのだと思いたいのです」



 無言に耐えかねた私が、彼の横顔を見入るまでの、少し長いあいまのち



「‥‥‥‥まあ、人はいずれ死ぬ。この世界も、いつか【闇】に飲まれる日が来る。そうであるなら、すべての人間の所業や営為は、全て『無駄』なのかも知れないな。まあ、ここで俺達が過ごした時間も無駄ってことか。何が無駄で何が無駄じゃ無いか? それこそ無駄な議論、水掛け論ってヤツだ」



「だから、お前の好きにすればいいさ」




 あら? もしかして。


 慰めてくれているのかしら? 彼なりに?



 まあ、貴方に気の利いた台詞を期待するのはそれこそ。





 『無駄』、でしょうけど、ね?





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