第4話 電神と世界一の歌い手と世界一の美人






 そして、王都への旅が終わりを告げます。いつの間にかヤリヤさんも合流していました。




 実に半年ぶりの王都。私達は歓待を受けましたが、私は気が気でなりません。

 だって、彼の魔法が効かなかったら、それこそ私のこの半年は、「無駄」ですから。




 城の北側、ひときわ高い尖塔があります。「ファロス=バ=エザフォス」。その最上階に、この混沌の世に光をもたらす唯一の魔道具は置いてあります。




「‥‥多分ここですね。この銅細工の格子状電極グリッド、この右左をつないで雷魔法を通すんです。そうすれば、心臓部の【灯】が光る仕組みなんですね」


 意外にも、と言っては失礼ですが、ヤリヤさんが魔道具【ディオゲネスの灯】の構造を見立ててくれて。おじい様の口伝とも一致してます。


 ほんと意外です。――失礼ですが。





「じゃあ、いくぞ。【ライトニング・ストリーム】」


 バシルさんが雷魔法をのたまい、【ディオゲネスの灯】がその【星光】を顕現します。塔の頂点から全周に放たれる、王都の空を埋め尽くす煌めき。



 なんと美しい光。おじい様の背中を思い出して、目頭が熱くなります。


 【星光】の儀式は、彼の体内魔力が尽きるまで。半日程続きました。





 そしてその2日後。王宮に早馬が来ました。


「アレサ森林の【闇】の後退を確認! イレク村落まで行けます!」


 伝令の方の嬉々とした声! 



「おお! イレク村までとな。少し押し戻せたな」


 王様も地図を見ながら確認。皆嬉しそうです。

 世界を覆いつくそうとした【闇】が、後退。人類の領域を取り戻せたとのこと。



「お嬢様。大手柄ですぞ。これは国を挙げて祝わねば!」


 大臣の方々が口々にそう言いますが全て辞退させて頂きました。原因は、彼。




「エオス。あの村に戻るぞ。そろそろいい塩梅の頃の筈だ」




 ***




 彼が言うあの村とは、私が彼、バシルさんに出会った村です。


「【闇】を押し戻しても一時いっときだ。またジワジワと浸食される。なら、大魔力を集めてもっと押し戻すしか無かろう。あの村にアテがある」



 彼はスタスタと歩いて行きます。来た時と違うのは、ヤリヤさんが王都に残った事と、私達に騎士団の護衛がついた事でしょうか。




 ***




「えっ? 僕の歌? それが世界を救うんですか?」


 彼のアテとは、あの酒家バルの青年でした。もう何年も熱心にしこしこと歌を作り、しこしこと歌い、かつ未だ芽が出ていない、という魔力徴収には逸材すぎる案件です。


 ごめんなさい。


 バシルさんはあのデギスさんオーデさんの一件で、この青年も案件になるとずっと考えていたそうです。




「‥‥そうだ。残念ながらお前の歌は世界中の誰も認めないし、誰の心にも届かない。お前の歌は『無駄』その物だ。なので、お前の無駄を徴収する。【しこしこ電神でんじん】!」


 ああもう、どストレートが過ぎる! と私がフォローに行く前に、精霊を召喚。あ、でもそうでしたね。彼らは旧知の仲でした。



 まるで子供の落書きのような、あのヒマワリみたいな精霊が出現。

 また魔素を光の粒子で抜き出そうとする様子。


「そうですよね。薄々はわかっていました。‥‥でも、僕は歌う事は止められなかったんです。どんなに馬鹿にされても。酔客にお酒をかけられても、止められないんです。‥‥だって、歌が好きだから。歌う事が大好きだから。何かを創作して伝える事が、僕の何よりの歓びだったから」




 青年は、気まずそうに頭を掻いています。きっといい人なんでしょう。あんな事言われたら本気で怒りますよ。私だったら。




【‥‥判定:ゼロ。魔力徴収失敗。よって本体の寿命をもらう】




「え!? なんで!!」


 私は身を乗り出しました。よろける彼の下へ。



「‥‥なんでも何も、聞いた通りだ。【しこしこ電神でんじん】は、ヤツの歌が無駄じゃあ無かった、価値があって、何らかの役に立ったと判断した」



「‥‥そんな。考えられないわ。あの歌にそんなプラスの効果があるなんて。おかしいわ。絶対無理。しこ‥‥精霊様の勘違いでは?」



「‥‥オイ。お前も大概失礼だぞ? 電神コイツは主観で無駄かどうかを決める。あくまで主観だ。だが根拠は必ずある。俺達がそれに疑義ぎぎを唱えても無駄だ。そう、こうと決められてしまっては、もう詮索は無駄なんだよ」







「‥‥‥‥あのう」


 床に膝をつくバシルさんと、彼を介抱する私の前に、件の青年が。



「そういうお話なら、心当たりが」






 青年が目配せすると、店の給仕が駆け寄ってきました。そう。あの女の子です。



「実は僕‥‥昨日の夜に彼女にプロポーズをしまして。彼女の前で今まで作った歌を全部歌ったんです。‥‥彼女は‥‥その」




 青年は恥じらいながら彼女に視線を向けて。その女の子も、青年の意図を汲んで、おずおずと話しだします。





「‥‥‥‥はい。私も最初は彼の歌『ヘタだなあ』って。でも毎日聞かされてたら何か、味が出てきたというか。店長が彼を追い出そうとした時、実は私反対したんです。――昨日その曲が、全て私の為に作った曲だと彼に打ち明けられ‥‥その、驚きました」



 あら。そんなことが。――――驚いたでしょうね。確かに。



「あんな歌を恥ずかしげもなく歌ってたのは、すべて私のためだったなんて」




 ためらいがちに話していた彼女の声が、徐々に熱を帯びていきます。あら?



「――それを知った今となっては、例え世界中の人が彼の歌を『無駄だ! クソだ!』と言ったとしても。蔑んだとしても。私は。世界で唯一、私だけは!」



 思いあふれて前のめり。彼女の眼が、一転強く輝いて。





「彼の歌の、素晴らしさを知っています!!」





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