第3話 電神と夢と努力
「‥‥無駄かどうか、と言われてもねえ」
大抵の物は「無駄」と言い切るバシルさんが、珍しく言い淀んでます。
ここは王都へ続く街道のとある村。彼に問いかけたのは、デギマさんという村の青年です。
「僕の許嫁のオーデは、王都で歌姫として成功しているんです。僕も彼女に見合う人物にならなくては」
あら。月を肴に詩を口に、の風流人士かと思いきや、事情がおありのよう。
そして、オーデ。聞き憶えがあります。――確か。
「オーデさんてあの『春の歌姫』の?」
「そうです!」
「エオス、知ってるのか?」
「ええ‥‥。3年前に王都のコンテストで優勝して大人気でした。彼女の歌を聞こうと城前広場に群衆が詰めかけて」
「うん。流石はオーデ。――こうしてはおれない。僕も作家としてコンペで優勝せねば」
「俺の精霊は、未来の『無駄』を判別する道具じゃあない。仮に無駄だったとして、アンタもそれで引き下がるタマじゃないだろう?」
「そうです。例え命を削っても魂を売ってでも。僕は作家として絶対成功してみせます!」
青年は自宅へと足を向けました。私はバシルさんの袖を引きます。
「なんだ? 無駄話か?」
「‥‥あの、さっき言った『春の歌姫』なんだけど」
「どうした。立派な事じゃあないか」
「その、『春の歌姫』コンペって、毎年開かれるのよ」
「ふむ?」
「確かに3年前、そのオーデさんが優勝して一時はすごい人気だったわ。でもその翌年の優勝者が伝説級のものすごい子で。――王都中の人みんなを虜にしたの。そして今年の優勝者もそれに次ぐ人気」
「そうか。毎年新しい歌姫が生まれ、稀に『後のレジェント』みたいなのも来る。1回優勝すれば安泰でも無いんだな。人気商売ってのは大変だな。じゃあ彼女は今王都で3番手か」
「‥‥いえ。実は、3年前オーデさんに負けて2位と3位だった子が、地道にファンを増やしたり覚醒したりとかで今大人気なのよ。大体5位くらいまでしか順位発表がないから、彼女が今何位なのかはもうわからない」
「オイオイ。話が大分変ったな。じゃああの青年が
「それに半年くらい前にね。彼女、パトロンの貴族に囲われたなんてウワサも」
「うお。‥‥でも何でコンペなんてやるんだ? それも毎年」
「それはね。こんな『世界が終わるかも』みたいな世相でしょ? 歌に演劇。王はこういうイベントをやって少しでも臣民が明るくなるよう盛り上げてるのよ。‥‥少しでもね」
「ふ~む。俺は歌も演劇も不必要、無駄な物と思っていたが、存外そうでも無いんだな」
「貴方は文化に対して無理解すぎるわ」
***
2日ほど村に逗留しています。その間にヤリヤさんが合流しました。山へ石を拾いに行っていたそうで。彼は、そうやってよく私達と別行動をし、1日程で戻って来ます。
バシルさんはデギマさんの家に顔を出します。いざという時の魔力徴収、その為です。流石に今彼が許嫁に追いつこうと頑張っている行為が、無駄だとは私は伝えられません。
「オーデはもう4年も帰って来ません。僕の事など忘れてしまっているかも‥‥いや、いいんです。彼女が日の当たる世界にいるのなら、それも仕方のない事です」
あ~~。そんな事を言われても。本当にかける言葉が見つかりません。
「でもいいんです。私は何の才能もありませんが、文章を書くのは好きでした。王都のコンペで入選して、読み本として流布される。さらに脚本に選ばれて芝居小屋で上演される。これを目指すのが私の今の生きがいなのです」
それは、彼の本音でしょうか? それとも?
そして私達が彼の真意を知る前に、報せが来ました。
彼女、オーデさんが、王都から帰ってくるというのです。私はバシルさんに問いました。
「あの、バシルさん。この方の行為が無駄かどうか、断定するのは酷な気が」
「そうか? 俺は思いっきり無駄だと思うがな」
「そんな。書いた物が認められなかったからって、一概に無駄とは」
「認められたくて書いて、結果認められなかったんだから無駄だろう。
遂にデギマさんに、私達の旅の目的を話しました。バシルさんの能力も。
彼は淡々と聞いていましたが「僕が失う物は別段無さそうですか。それならば」と言って。
――――魔力徴収を、了承してくれました。
「しこしこ
精霊様の力によって、デギマさんから光の粒子、魔素が巻き上がります。
彼からは大量の、本当に大量の、本と原稿がうず高く積まれた狭い部屋が、まばゆい光で埋まる程の魔力を徴収できました。
実際に目で見るとその質と量に驚きます。物書きのデギマさん、今まで費やしてきた時間と熱量、そしてその想いの深さに脱帽です。
気がつくと私の頬は濡れていました。彼は半笑いで。
「そんな。エオスさんに泣かれたら、僕が何かを失ったみたいじゃないですか?」
ああ、叱られてしまいました。ごめんなさい。
――ええ。失っていないですとも。その通りです。何ひとつも。
本当に。本当に。本当に、ですよ。デギマさん。
そして、程なくしてオーデさんが帰郷。相変わらずの愛くるしい笑顔でしたが、――少しやつれた様にも見えて。
「‥‥ごめん。今さらなんだけど、貴方の傍でまた暮らしてもいいかな? デギマ」
少し気まずそうな彼女を、優しく見つめるデギマさんの横顔が印象的でした。そんな彼も、あれからは憑き物が落ちたような、穏やかな気配。
そこへ、もそっと忍び寄る長髪長身の男。
「あのさ。‥‥取り込み中悪いんだけど?」
‥‥全くこの
彼女は、目を伏せながら「お好きに」とだけ。
夢に届いて夢破れた者。
夢に届かず足掻き続けた者。
「無駄」って一体何なんでしょう? 部屋中に漂う魔素の光の向こうに、今は手を取り合う2人を見ながら、つい考えてしまいました。
「結局アレで良かったんだよな? 落ち着く所に落ち着いた」
村からの帰り道。バシルさんの言葉です。
「俺の【しこしこ
「‥‥すまーと? ‥‥ぐりっど? ‥‥‥‥聞きなれない言葉ですね」
「適切な物が適切な量、適切な場所に。絡み合った色々な感情が解けて、気持ちの整理ができた感じを、ヤリヤがそう評してたぜ? 本来の意味とは違う、らしいがな」
もさっとした前髪の下で、白い歯をみせる彼。ただの冷血効率廚、というのは私の誤解だったのかしら。
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