第2話 完璧な魔法少女

「ダッサ」

 マンションを出て一言吐き捨てる。

 25歳にもなって魔法少女とかやって、そんでターゲットの力量見誤って瀕死になるとかダサすぎ。

 確か、22歳で魔法少女になったとか言ってたな。今の私と同い年か。まぁ私は15歳から魔法少女やってるから私の方が先輩っちゃ先輩だけど、人生の先輩ではあるワケで。

私は“完璧な魔法少女”だ。魔法少女になってから、怪物のソロ討伐も共闘も1回も敗北・応援を呼ぶ、なんてしたことない。テレビにだってニュースでちょいちょい映ってるから、私の顔を覚えて、ファンになってくれている人だっている。それこそ小さい子供に街中で手を振られることがあるくらいだ。

 25歳の遅咲きの魔法少女と私は違う。さっき討伐した怪物は正直、私1人でも倒せたと思う。自滅しかけていたし、街に被害が出ないようにすれば時間が掛かったとしても倒せる。

 そう、魔法少女の強さは、自分にどれくらい自信があるかも関わってると思う。確かに、純粋な力だけで言ったら年齢の幼い女の子の方が神聖で力があると思うけれど、私みたいにキャリアを重ねている魔法少女は、持っている力をどうすれば上手く使えるか判断することができる、私は10代前半の魔法少女たちとの差をそうやって埋めてきた。

 変身すれば、魔法を使うことはできるけど、人それぞれで、攻撃魔法特化、防御魔法特化、回復魔法特化……とか色々ある。私は攻撃魔法特化で性に合っていると思う。

 でも、攻撃魔法に特化している分、防御には長けていない。それぞれの特徴を掴んだ上でそれに合った戦い方をすればいい、例えば、防御魔法に長けているならば、近接で魔力を込めたステッキで怪物を攻撃するのがいいし、回復魔法に長けているなら、それこそ共闘では凄く力になる。後方で味方に回復魔法を掛けながらできるのであれば、遠距離攻撃で怪物にダメージを与えてもっと貢献できる。

 そして、攻撃魔法特化なら、本当は怪物と距離を取りながら遠距離魔法を使って戦っていくのがいいのだけれど、と言うか、攻撃魔法特化の魔法少女は大体そうやって戦っているのだけれど、私は防御だけじゃなくて、遠距離魔法にも長けていなかった。

 “完璧な魔法少女”の私は、そんな自分の欠落は絶対に許さない。変身しても、魔法が使えるようになるだけで、多少個人差はあれど、体がめちゃくちゃ頑丈になったりするわけではない。だから私は、日々筋トレをして、空手をして、ボクシングをして……、防御が弱いならば攻撃を避けれる瞬発力を、遠距離魔法が苦手なら肉弾戦で戦えるような肉体を。そういう努力に熱量を注いでいる。

 この国の制度で、魔法少女に報酬は出ない。命を掛けて戦って、勝っても何も得にならないし、戦死しても遺族に政府からお気持ちの電話があるくらいだそうな。

 自衛隊の方がまだマシだ。


 今夜の討伐も終わって、家に帰る。時刻は午前6時を回っていた。まだ人通りの少ない通路、等間隔で並んだ街路樹。街路樹はどの木ももう葉が落ちていた。だってもう1月だ。朝だけどまだ薄暗くて寒い。

 魔法少女は、大体、小学生~20代が多い。そして、戦うことはボランティアでしかなく、稼ぎに繋がっている人は少ない。そもそも、学生が多いし、社会人であっても、学校や仕事と両立させて生活しなければならない。

 私が魔法少女になったのは15歳の夏、家族で旅行に行った時、高速道路に出た怪物と対面した時だ。

 隕石のように空から降ってきた怪物に、私たち家族の乗っていた車は衝突した。両親と、まだ幼かった弟はそれで死んだ。

 私は独りだ。生保を受けて生活している。狭い部屋に最低限の食事。魔法少女ではなく、ただの一般人だったら、きっと体を鍛えに行くこともないだろうから、家で過ごす時間が長いだろう。私だったら、そんな生活、絶対鬱になる。

 6,7畳の狭い部屋の1K。寝る、お風呂に入る、食事をする。それだけの、空間だ。


 深夜に出動令を受けて寝不足のはずなのに、戦ったせいか、体がまだ興奮状態にあるのと、外が明るいのも相俟って、寝ように寝付けない。

 頓服の睡眠導入剤を飲もう。

家族を失ってから、私はPTSDと不眠症を患っていた。車での事故だったから、車になるとフラッシュバックして過呼吸になる。薬を飲まずに寝ると、浅い睡眠しか取れず、夢を見ることが多くて、夢も夢で怪物と戦う夢とかばかりだ。

 同情されるのが嫌。学校でも友達や先生に気を遣われたり、メンクリでも医者に「フラッシュバックを減らしたいなら多分、魔法少女は引退した方がいい」とか言われたり。

 だから、高校は中退したし、メンクリでも不眠症の相談だけしてPTSDはあたかも克服したかのように振舞っている。

 私は、いつでも出動できる。そしてどんな敵にも負けない。完璧な魔法少女だ。

 薬を飲んで30分程過ぎた頃、少し眠気がやってきたので、Youtubeで動画を見るのを止めて、目を瞑る。時刻は午前9時頃。完全に昼夜逆転。今日はボクシングジムに行く予定だったけれど、睡眠はしっかり取らなければ元も子もない。


 …………、私は車に乗っている。運転席にはお父さんと、助手席に私、後部座席にはお母さんとチャイルドシートに座っているまだ幼い弟。

 これは夢だ、あの時の夢だ。

私はこの現状が夢だと自覚する。もう何年も、数え切れない程何度も見ている夢だ。

 車は高速道路を走っている。あと5kmくらい進んだ時にアレは落ちてくる。

「ねぇ空見て、なんか落ちてきてる」

「ホントだ。隕石か何かか?」

 お父さんとお母さんがアレを発見して、車のナビをテレビニュースに変える。ニュースでも、緊急速報として、空から落ちてくるアレが撮影されていた。

「ねぇ、危ないといけないから次のPAで少し様子見ようよ」

 私はこのあと起きる出来事を全て知っているから、そう言うが、まるで聞こえていない。現実で起きた時、私もニュースを見ながら、アレはなんだと疑問に思っていて、まさか自分たちが巻き込まれるだなんて考えもしていなかったから。

 車はどんどん進んで行く。

「え、ちょっとパパ、やばくない?」

 お母さんがそう言って空を見て見ると、アレは落ちる方向を転換して、こちら側に向かってきていた。

 あぁ、もうすぐだ。

スピードを上げて落下してきたそれは、通行止めなんて間に合わず私たちの乗る車を含め数台を巻き込んで衝突してきた。

「お父さん! お母さん!」

 さっきまで夢の中の私は、自分の体でいたのに、まるで幽体離脱したかのように、今は15歳の頃の自分が泣き叫んでいる姿を22歳の私が空から見ている。

 私が車のドアの隙間からなんとか外へ出ると、体が光に包まれて、今まで着たことのないような可愛いドレスのような格好になり、手にはおもちゃのようなちゃちなステッキが握られていた。

 私が魔法少女になった瞬間だった。アレ、怪物がこちらに気付き、攻撃を仕掛けてくる。泣きながらお母さんを揺すっていた私はそれに気付かなかった。

 攻撃を食らうのか、そう思うだろう? 攻撃が15歳の私に当たる寸前、目の前に光る壁ができて遮断される。

 怪物が落下し始めた瞬間から、他の魔法少女が落下位置を予測しながら既に派遣されていて、丁度、現場に着いた所だった。

「大丈夫?」

 5人の魔法少女が、私を庇うように並んで立っている。その内の1人が私に心配の言葉を掛ける。

「みんな、みんな死んじゃった」

 ずっと泣いている私を声を掛けてくれた1人がずっと防御魔法を掛けて、他の4人は怪物と戦った。

 数時間の激闘だった。怪物は余りにも大きく、急所は堅く守られていて、それを破壊するのに相当時間が掛かったようだ。1人の魔法少女が戦死して、応援の魔法少女数人が到着するまでギリギリの戦いだった。

 私は、戦いの全てを見ていた、泣いて何もできなかったけれど、全てを見ていた。


「ハァ……ハァ……」

 魔法少女たちのフィナーレの瞬間、目を覚ます。酷い寝汗だ。独りきり、狭い部屋で何もない天井を見上げ、深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。

 私の家族を殺した怪物と魔法少女たちの戦いが終わったあと、私は、戦死してしまった魔法少女の両親に養子として引き取られた。義母たちは私を死んでしまった本当の娘のように扱った。大切にしてくれて、衣食住に困ることはなかったが、私を私として見てくれるのでなく、どこか亡くなった娘を重ねるように、「このブランドの服が好きだったよね」「あの料理が好きだったよね」と、私はまるで傀儡のように感じていた。だから、高校中退を機に、家から出ることを決めた。

 独りの生活は寂しかったが、今も時々、仕送りで食材やら手紙が送られてくる。生保の私にとって、それは大きな感謝しかないが、用事の無い限り、家に帰るつもりはない。

 寝汗が気持ち悪い。シャワーを浴びよう。

ユニットバスの狭い風呂場に向かおうとすると、電話が鳴る。出動の電話だった。嫌な夢を見たあとだの出動は、正直、気持ちが乗らなかった、でも、私のような取り残されてしまう人が1人でも少なくあるように、被害を最小限に抑える為にも、私を守った魔法少女たちのようになれるように、私も命なんて惜しまずに、戦おう。


 出動令を受け、風呂は後回しにして、私は変身し、空を飛び現場へと向かった。

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