魔法少女だって人間です

Licca

第1話 アラサー魔法少女

「完璧な魔法少女になんてなれなかったね」


 血まみれのバスタブの中で息を引き取ろうとしている今現在。

世の中に怪物が出現するようになって、いつの間にか“選ばれし女の子”が魔法を使えるようになり、その怪物を退治することを強いられるようになっていた。


 怪物が出れば民間が政府へ連絡をし、政府から「怪物が出た」と魔法少女へとランダムに連絡が入り、退治に向かう。魔法少女は政府に個人データを登録され、管理されている。

 どんな怪物か分からない、そんな中適当に選ばれた少女たちは怪物の元へ派遣されていくのだ。

 報酬なんてなかった。化け物を退治できるのは、魔法少女に限られていて、普通の拳銃やナイフは効かない。政府は大して国の役に立っていないくせ至福を肥やしているのに、怪物を退治する、そんな、私たちにしかできないことをやっている魔法少女は不遇だった。



「怪物が出たとの通報です。○○マンションの××室へ至急向かってください」

 電話が鳴ったのは午前2時。魔法少女に決まった勤務時間なんてないのだ。怪物が出て、連絡がくれば、否応なしに出動しなければならない。

「はぁ」

 溜め息を1つついたら、気合でベッドから起き上がる。

怪物の出た現場は、私の住んでいる家から然程遠くなかった。だから選ばれたのだろう。

部屋着のまま、ノーメイクで車に乗り込み、現場へ向かう。魔法少女によっては、空を飛べる子もいるらしいが、私はそうではなかった。


「現場前、到着しました、討伐を開始します」

 政府に連絡を入れて、部屋へ入る。住人は既に避難しているようだった。

「変身!」

 そう言うと、私の体は光に包まれて、まるでアイドルのような、アニメのような、可愛らしい服装に変わり、メイクもばっちりになる。魔法少女は決まって、変身できるのだ。

 電気の消えた室内。照明のスイッチを押しても電気は付かない。これもきっと、怪物がいるからこそ起きている現象なのだろう。

 リビングを見渡すと、お世辞でも綺麗とは呼べない、散らかった、生活感のある部屋だった。恐らく、独身の男性の部屋だ。そう思わせる風貌。

 リビング、風呂、トイレ、そこには怪物はいなかった。残すは寝室。どんな怪物が相手なのだろうか、手に汗を握る瞬間だ。

 寝室のドアを開け、部屋を見渡す。暗くても、まるでカラスの目のように、魔法少女は暗闇でも夜目が利く。


 ベッドの上。“何か”がいる。その怪物の周りはじわじわと溶けていて、多分強い酸性の属性を持った怪物なのだろう。一歩一歩近付くに連れて、嫌な臭いが漂ってくる。怪物は動かない。ベッドのギリギリまで近付いて、怪物を観察する。普段は、観察する暇なんて与えず、攻撃をしてくる怪物が多いのだが、こいつは何か違う。動かないし、攻撃もまだしてこない。

 怪物はまるで人間のような見た目をしている。言うなれば、ベッドの上で土下座をしているような体勢で、髪の毛のようなものが生えていて、それは長く、裸体ではあるが、例えるなら貞子のようだった。

 臭い。

怪物の体から染み出している酸性の液体が臭いのか、怪物自体が臭いのか、それは分からないが、早く退治しなければ。

 魔法のステッキを取り出し、怪物に向かって攻撃をする。

「スターシャイン!!」

「!」

 至近距離での攻撃、外すわけもなく、怪物へヒットする。怪物の胴体は一部抉れて、衝撃で土下座の体勢から仰向けになる。

 顔らしきものが見えるが、長い髪といい、まるで女の子のようだった。

「ウ、ウァア……」

 呻き声を上げる怪物。攻撃が効いているのだろうか?

とにかく、間髪入れずに攻撃をしなければ。そう思って次の技を発動しようとしたその瞬間、怪物がグワっと起き上がり、宙に浮く。酸性の液体がボタボタと垂れて、ベッドは朽ちていく。怪物は首が据わっていないと言うか、折れているように背中側に曲がっていて、気味が悪い。

 さっきの攻撃の感じ、簡単に肉が抉れていたし、溜めて一発で終わるかも。

そう思ってステッキに魔力を込める。

 攻撃をしてこない。

それは思い込みだった。怪物はゆらりと腕を動かし、こちらへ向かってビームのような攻撃をしてきた。

 簡単にかわすことができたが、ビームの当たった所は、溶けて部屋の壁に穴が開いて、リビングが見えていた。人間の顔1人分くらいの大きさの穴だ。しかも一瞬でこれだけものを溶かす程の強さ。当たったらただでは済まないだろう。

 どこかの漫画のキャラのように、大きな攻撃をする為には溜めの時間が掛かる。怪物のビームをかわしながらだと尚更。集中できない。

 ベッドの中央は完全に朽ち果て、遂に宙に浮いた怪物が動き始める。

「イタイ……イタイヨ……」

 こちらに手のようなものを伸ばし「痛い」と呻きながら近付いてくる怪物。

 酸性の体液が自分の体にダメージを及ぼしているのだろうか? 全身赤く爛れ、痛々しく、醜い。

 もし、自分で自分にダメージを与えているのなら、なんて可哀想な怪物なのだろうか。

同情すら沸いてくる。本当に一発で仕留めなければ。

 ビームを打ちながら、じわじわと近付いてくる怪物。攻撃をかわしつつ魔力を最大まで溜める。怪物の通過した所は、酸で溶けている。

「やば!」

 魔力が最大まで溜まった頃、気が付けば風呂場まで追い込まれていた。だって、他の住人に被害を出すわけにはいかないから、外へ向かうことは自然とできなかった。

「これで決めるよ! ファイナルフラッシュ!!」



 この攻撃は怪物に直撃……、したと思った。

「あ、え?」

 脳がそれを理解し、認識するまでに一瞬掛かった。

 私の胴体にぽっかりと大きな穴が開いている。怪物に放ったはずの技が、自分に当たったのだ。

 ぐるりと背を向けて、曲がった首の怪物は顔をわざわざこちらに向け涙を流しながらニマリと笑う。

カウンターを持っていたのだ。

「イタイネ、オンナジ、イタイイタイネ」

 私はバスタブに倒れ込む。血が溢れて激痛が走る。内蔵のほとんどが吹き飛んだだろう。

「……至急応援願います」

 なんとか政府に連絡を入れる。

「アハ! アハハ!」

 泣きながら笑う怪物。初見の姿より、怪物の体は細くなっていた。自分の酸で溶けているのだろう。きっと、放っておけばそのまま自滅しそうではあるが、それまで何時間かかるか分からないし、一般人に被害が及ぶ可能性もあるから、応援がくるまで目を離すことはできない。

 目を離すことはできない、けれど、体はもう動かない。何が魔法少女だ。肉体が吹き飛んでも動けるようになってろよ。痛覚なんてなくなれよ。

「ヒュー、ヒュー……」

 呼吸が浅くなっていく。身動きが取れなくなった私なんてお構いなしに怪物はビームを放つ。

ビシャ!

 目を含め顔と頭の右半分が吹き飛ぶ、そして付着した酸性の液体がまた、私の顔の腐敗を進行させる。

「~~~!!!!」

 声も出ない。

血まみれになった浴室はまるで地獄絵図だ。ふと鏡に映った自分の有様を見て血を吐く。

私はもう死ぬだろう。


 魔法少女は、“選ばれし女の子”がなれるものだった。そして、その女の子の年齢が若ければ若いほど、何故か強さは強かった。私が考えるには、純粋さ、悪意を知らない、それに伴って強さが比例しているんじゃないか、そう思う。

 私は今年で25歳。魔法少女をしつつ、普通の会社員もしていた。だからこそ、会社や社会全体に対する不満なんかが募っているからこそ、中途半端な強さの魔法少女になってしまったのだろう。アラサーだ、少女なんて呼ばないで欲しい。

 世間様は、魔法少女が普段は酒を飲んだり煙草を吸うなんて思わないだろう。キラキラと輝いて可愛い姿で悪を滅する。その姿に夢しか抱かないだろう。

25歳の女が、誰もが寝静まる夜中に、同情すら沸くなんて舐めたことを思った怪物に、現に殺されかけている。

 怪物はケタケタと笑いながら私の手足を吹き飛ばす。ダルマ状態になってしまって、もう完全に動くことはできない。


「ヒーリング!」

 私の意識が飛びかけた時、怪物の後ろから声が上がり、私の体が光に包まれる。

吹き飛んだ肉体が戻ることはなかったが、血と痛みが止まった。

 応援の魔法少女が到着したようだ。あとは任せた……、なんて思って私は意識を手放す。


それから、どれくらいの時間が経ったのだろうか? 死んでもいい状況なのに目を覚ます。

 私の体はまた、光に包まれていた。そして吹き飛んだ手足や顔も、元通りになっていた。

「さっきは応急処置しかできなくてごめんね」

 12~3歳くらいの少女が、私に回復魔法を掛けながら謝る。マンションには警察やら消防、怪物対策特例班の人たちが集まっているようだ、なら、怪物は無事、倒されたのだろう。

「どうなったの?」

 私がそう聞くと、少女は答える。

「私は回復特化なんですけど、私含めて3人掛かりでやっと倒せましたよ! でも、自分で自分の体を溶かしてたから、半分自滅みたいなものですけどね……」

「そうなんだ……」

 少女から激闘の話を聞いていると、他の少女が風呂場にやってくる。彼女は20代に見える。


「完璧な魔法少女になんてなれなかったね」


 そう一言放つと立ち去って行った。

確かにね。自分でも負い目を感じていた。

 私が魔法少女になったのは、22歳の頃だった、その頃いた職場に入社してすぐに、そこに怪物が出て、その瞬間私は魔法が使えるようになって、魔法少女となっていた。

その頃はまだ、今よりは純粋さもあったのだろう、会社に入って仕事を頑張ろうと意気込んでいたからそれに比例して強さもあっただろう。

 年を重ねて行く内に、段々と自分が弱くなっていることは、認めたくはないが自覚している節はあった。

 潮時だな。

いつまで変身できるのか分からないけれど、きっと魔法少女ではなくなる時がくる、そう思ってる。

でも事例はない、魔法少女の最期は戦いの中が全てだから。

 政府に引退を申請しよう。自分の身を守ることもできなかったんだ。戦力外もいい所だ。


 回復魔法を受け、元通りになったが、数日、入院することになった。入院中に政府に話を通し、あっさりと私は魔法少女の登録データから消された。

 私に最後声を掛けた20代の少女も、いずれ戦死するか、引退する時が来るのだろう。

 病室のテレビをつけると、私が意識を失っていただろう瞬間の、戦いの様子がニュースで流れていた。空中戦だったようだ。怪物は3人の同時魔法で跡形もなく吹き飛んだようだ。

カウンターを持っていても、流石に3人からの圧倒的な魔力には敵わなかったのだろう。


 鏡で自分の顔を見る。吹き飛んでいた瞬間を思い出すと、魔法でこんなに元通りになるなんて、凄いと言うか、もう気持ちが悪いまで感じてしまう。

 退院したら、もうただの普通の会社員として生活できる。

私が魔法少女であることは、今の会社の社員は全員知っているから、誰も私のことを知らない土地に引っ越そう。そして、慎ましく生きていこう。

「はぁ」

 溜め息をついて、テレビを消した。

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