第3話 龍と女の嫂

 冬の間は、泉も凍る。

 女は、度々、凍る水面に声を掛けにきていた。


『そう言えば、このところ姿が見えぬな』 

「名主の娘ですから。春に向けて忙しいのでは」

『確かにな』

 春を運ぶ精霊達の気配もしており、そろそろかと古老の鯉と話していたその時。


「失礼をいたしまする! どなたか、どなたか、おられませぬかあ!」

 女よりは年嵩としかさの、必死な声を聞いた。


『何者か。だが、私利私欲の声音ではないな』

 できるかぎりしぜんに、薄くなった氷を割る。


 そして、龍は古老に仔細を頼んだ。

「畏まりました」


 泉の端に顔を出し、女の話を律儀に聞いていた鯉。


 戻ってすぐに、伝えられた内容は。


 なんと。

 龍達が知らぬ間に、殿様の嫡男が、女を側室そくしつにと望んだらしい。しかも、無理やりに。


 名主はもちろん、殿様までがそんなことを許せるか、と怒り心頭に発される有様。


 嫡男もとい馬鹿息子。「恥知らずめ」と蟄居ちっきょ(謹慎刑)を命じられたそうだ。 


 それを逆恨みした嫡男、愚かにも、女がたまに読み書きを教えている寺子屋に押し入り、子どもを人質にしたという。


「あたくしは、あの子の兄の妻でございます。あの子は、子ども達の代わりになろうとしておりまする。この泉におられますお方様が、天狗様か、どなたかは存じませぬ。ですが、あの子が人ではないお方を思うておりますのは、家族皆が知りますこと。どうか、どうか、お助けを!」

 泉の端に身を寄せて、平身低頭。冷えた草木は、冷たかろうに。


 龍の姿は、術により、人には見えぬが、これほどの意志を持つものにならば、姿を示してやってもよい、と龍は思う。


『……よくぞ、我を頼ったな』


 女の為に。


 そう願った、その瞬間。

 龍の鱗の色は、変化した。


 力が、戻った。


 これならば……飛べる。恐らくは、我が故郷、幻獣界へも。


 しかし、今は。成すべきことを。


『鯉よ、礼を言う。わたしの力が戻った』

 古老の鯉は、へへえ! と、水中で伏しに伏す。


 龍は古老を見る。そして、水中から外へと動いた。


『寺子屋と、城の方向を、教えよ』


 女のあによめは、平伏しながら指で方角を示した。


「このまま真っ直ぐにございます。小さな寺と、大きなお城が」


『北か』


 泉が、輝き。


 龍は、飛んだ。




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