第2話 龍と名主の娘

『仕方ない。話してもよいぞ。ただ、わたしのことを他のものに話してはならぬ。誓えるか?』 

 龍の許しが得られるまでは口をつぐむ、という強い意志を示す目に、根負けをした龍。


 仕方ない、と思念による言葉を送ると、娘は笑顔になった。


「ありがとうございます! 龍様のことを誰かに? そんなこと、絶対にいたしません! あ、あたしは……」


『己の名は名乗るな。ただし、それ以外はよい。話せ』

「分かりました! それじゃあ、あたしの家は……」


 娘は名主の娘で、父の代わりに泉の見回りに来ていたのだった。


 龍が、名乗ろうとする娘を制した理由。

 それは、自分とえにしができてしまうのはよくない、と考えたからだ。


 この若い娘が、いつか天に帰る時。


 その時にこの世界の天ではなく、龍の世界、異世界の天に紛れてはいけないという、思いやり。


 必要ならば、その時に。

 古老の鯉から名を聞けばよい。


 龍は、そう思っていた。


「龍様、こんにちは! 今日は……」


 その後も、娘は月に数回、泉に来た。


 名は、まだ古老からは聞いてはいない。


 娘には兄がいて、兄の妻も、「あなたは賢いから、たくさん学んで、あたし達の子どもに色々教えてあげて」と、無理に嫁がせようとされたりはしてはいないらしい。


 実際、娘の知識は深い。


「龍様、これ、よその国の言葉の本なのです」


 そんな風に龍に言う娘に、龍は言葉を訳してやることもあった。


 龍は、言葉を理解しているのではない。


 だが、本に残る、紙や文字のインキにやどる精霊達の微かな気配を読めば、中身は分かるのだ。


「龍様、すごい! あたしも、船で異国に行けたらなあ」


『ならば、いつか、わたしの背にのせてやろう。異国までとの約束はできぬが』


 ……しまった。 

 龍は思った。


 そして、慌てた。

 わたしは今、何を言った?


「本当ですか!」


 またもや、龍は驚いた。


 娘の姿に、だ。

 娘は、女になっていた。


 あんなに小さかったのに。


 着物も大人の女が着るものになっていた。

 かんばせも、花のようで。


『うむ』


 何故だ。わたしは何故、冗談だと伝えぬ?


 何故だろうか。


 龍は。


 いつか、娘が、いや、女が。


 天に帰る前に。


 ……自らの背に、のせてやらねば。


 そう、思ってしまったのだ。

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