第26話 策略
1563年 5月3日 午後
それは、貴族連中が軒並みカヴァデイル邸から去り、ようやく一息つける、となった前日の午後のことだった。とりあえず一旦パトリックの姿をとり、グレートホールで休むルーファスの背後に、侯爵ゲーアハルトがすぅと現れる。
「パトリック。これをやる」
「へっ? こ、これは……ッ」
「クロウリーからぶん盗った魔法完全無効化ネックレスだ。お前用に調整しておいた」
「え……いいんですか、僕が使って……?!」
「ああ。恐らくお前には最も過酷な前線に立ってもらうことになる。お前が使うのが妥当だ」
「凄い……ありがとうございます!」
これが散々俺達を苦しめた
「一応細かいことを言うと、それは魔術で登録した人間以外の魔法を弾く。だから、あとはお前の血で調整すれば完成だ」
「ありがとうございます、助かります!」
今やりますか? パトリックが指を差し出していると。女子連中が2人の居るグレートホールに現れた。サマンサ、フランシーヌ、ハイデマリー、イルムヒルデ。すっかり仲良くなったようで何よりだ。そこでゲーアハルトも4人の来訪に気づき、すっと手を上げる。
「丁度良かったイルムヒルデ。良い物をやる」
「え、なんですか?」
「いいなぁイルム」
ハイデマリーがぼやくのを無視し、イルムヒルデがこちらにやって来ると。ゲーアハルトは彼なりに小さく微笑んだ。
「クロウリーの死体だ」
事もなげな一言。死体がプレゼントて! パトリックとフランシーヌが内心驚くが、
「本当ですか?! ありがとうございます父上!」
イルムヒルデは思いの外目を輝かせて喜んだ。ハイデマリーが「なるほどね」と微笑んでいる。
「え、死体…………今日作った新鮮な奴……どうするん、ですか、それ」
「当然! 冥魔法で契約を結び、私の可愛い奴隷にするのです! 私が指示した通りに戦うよう仕組めば、良い戦力になる!」
「死体は地下室に置いてある。まだ充分に洗っていないが、どうする」
「大丈夫です! 私がちゃんとお手入れします!」
イルムヒルデはパトリックとゲーアハルトの問いにそれぞれ答え、足取りも軽やかに駆けていった。その後、どれくらい経っただろう。彼女が嬉しそうに皆の元へ戻ってきた。
「じゃーん! 見て下さい! クロウリーの奴隷化が終わりました!」
「……、おお〜〜〜〜」
思わず気圧されて拍手をしたが、フランシーヌはさすがに戸惑っているようだ。そそくさとパトリックの元に寄ってくる。
「……ええと、一応確認するけど、これ違法よね……? 違法、のはずだわ……どうしよう……」
「敬語が吹っ飛ぶくらい驚かせちゃってごめんなさい……多分違法、なんですけど、まぁ今回は…………。とりあえず、明日は…………」
「仕方ない、例外を認めます。と言いたくなるのが悔しい……!」
盟約を結ばれ、動く死体となったクロウリーは、思いの外普通の人間のように動き回っていた。強いて言えば、白目の部分が黒くなり、気持ち顔色が悪いくらいか。しかしそんな事は些事。様々な人種がいる故、これは生きている人間だ、と言われても大方が信じるだろう。
ハイデマリーはそれをしげしげ眺め、顎に指を当てた。
「で、こいつ魔法は何が使えるのかしら。なんか便利な属性があったら活用したいのだけど」
「……攻撃魔法以外なら、主に空間操作、反射、伸長、変身、守備魔法が使える」
「えっ、こいつ喋るの?!」
クロウリーが言葉を発した。本人の記憶を元に再生している状態なのか、かなり大人しいが。……いや、それよりも。
「変身なんて使えるの?! すごい!」
「あくまで人間というくくりに限る。その範囲なら、老若男女、大きさも問わず化けることが出来る」
「へええ、便利ね」
一説によれば、変身魔法というのは基本エルフのみが持つ属性らしい。パトリックがブローチで姿を変えられるのは、そういうアイテムを特注で作ってもらったからだ。つまり、クロウリーはこの国においてかなりレアな属性を持っていると言える。
「……ふむ」
何の気なしに彼らの会話を聞いていたゲーアハルトだったが、ふと思いついたことがある。それまで沈黙を守っていた彼は、おもむろに一同に話しかけた。
「イルムヒルデ。明日、クロウリーを連れて行くのか」
「ええ、一応……別行動で宮殿の中に入れようかと」
「ならば、1つ提案がある。聞いてくれないか」
1563年 5月4日 午後
結果、生まれたのがこの光景だ。Xデー当日の午後。パトリックより一足先に宮殿入りしたフランシーヌは、物々しい光景の先頭に立っていた。
「なんだあれは……」
「先頭を歩く少女、子供に見えるがクォーターエルフの治安判事らしい……つまり……」
「そうか、逆賊を捕えたのか! こりゃあいい!」
ホワイト宮殿、玄関ホール。ざわざわと人だかりが出来、なお野次馬が増える中、フランシーヌは拘束魔法で2つの一族全員を引き連れて進んでいた。
カヴァデイル家。当主ザカライア、息子レイモンド、妻ドロシー、娘サマンサ。
マールヴァラ家。当主ゲーアハルト、息子エメリヒ、妻ディアナ、娘ハイデマリー、イルムヒルデ。
計9名、フランシーヌを含めれば10名の人間がずらりと並び、ピタリと止まる。人だかりのど真ん中で。フランシーヌは堂々と声を張り上げた。
「ロードリック・ダドリー、出てきなさい! こちらの事は見えているのでしょう?!
よくも
どよ。群衆がざわめいた。禁書を盗み、往生際悪く逃げ回っているのかと思いきや、突然現れて言うことがそれ。治安判事はグルなのか。
「呆れた、まだ言い訳しようってのか」
「もう疲れてヤケになっているのでは?」
さやさやと心無い言葉がかけられる中、中央奥でどよめきが起こった。来たか。フランシーヌたち全員が身構える。恐らく、ダドリーが、来た。
「これはこれは。まさに一族郎党、皆さん雁首揃えてようこそいらっしゃいました。本日は反逆者が表からどんな御用で?」
「見ての通り、さっき言った通りよ。私は腐っても治安判事、真の罪がどちらにあるか見極める義務があります。よって、鎮魂祭の開催をもって禁書を盗んだのがダドリーかマールヴァラ家か、判断しにきました」
「ほう! それは面白い!」
廊下の奥からガウンを引きずり現れたダドリーは、心底愉快そうな顔をしていた。そりゃそうだ、彼としては鎮魂祭さえ始まれば。サタンさえ召喚してしまえば、あとはこの国を破壊するのみなのだから、真の罪だの真の無実だのはどうでもいいことだ。
『ふふ、ヤケかな諸君。こちらの目的がわかっているのに、そんな悠長なことを言っていていいのか?』
おまけに余裕の一言。
それが聞こえるが答えは魔法で返せないフランシーヌは、ぐぐ、と眉間にシワを寄せた。不愉快だ。低い声をダドリーにぶつける。
「こちらに禁書を悪用する意思はありません。それ故、こんな形で関係者全員に登城させたのです。ダドリー、共に女王陛下に謁見してください。貴方もまた禁書を悪用しないと言うなら、女王の前で堂々と振る舞えますね」
「…………それは、どういう意味で……」
「我らと貴方、どちらも女王の隣で鎮魂祭開始の時を迎えるのです。やましいことがないなら了承出来るはず。当然私達は全員了承済ですよ」
「………………」
ダドリーの顔色が、微かに変わった。やはりその瞬間何かしようとしている。これで渋ればその時点でやましい意志があると表明しているようなものだ。
さぁどうする。
追い込んでやろうか。
「ここにいる皆様! ダドリーは確かに悪用する意図で部下を使い、神殿より禁書を盗み出しました! 魔王サタンの復活! このような大罪を目論んでいます! それ故我らは影ながらダドリー一派と戦ってきたのです!
鎮魂祭の炎、巨大な水晶の魔力、彼はどちらも魔王に捧げるつもりです……それでもなお、彼を信じ我らを悪と断じるなら! 女王と共に我らを監視すればいい!! マールヴァラ家、盟友カヴァデイル家、治安判事である私、誰一人逃げも隠れもしません!」
フランシーヌが高々と宣言すると、おお……! という感嘆の声と、サタン復活だと?! という狼狽する声が同時に聞こえてきた。群衆に恐れが伝播する。だがフランシーヌは動じない。
「ねぇ、ダドリー様? 貴方が言うには、悪はこちらでそちらは正義の側なのですよね? でしたら、文句一つなく女王の前に出られますよね。サタン復活なんか、しないですよねぇ?」
「……………………ッ」
たっぷり数秒、言い淀んだダドリーだったが。まさか、これが真実なのかと人々がすくみ上がる前に。ふ、と笑って口を開いた。
「面白い、いいだろう。そちらの言葉通り、こちらとてやましい事などない。何を企んでここまで来たかはわからないが、その挑戦、受けて立つ。そんなに言うなら陛下に共に謁見しようではないか」
「…………!」
ザカライアが、ゲーアハルトが、小さく顔を上げた。乗った。こちらの提案に乗ったぞ。あちらにどんな策があるかは知らないが、ここまで来れば、あとはフリーとなったルーファスに仕上げを託すのみだ。フランシーヌもまた、小さく唾を飲み込んだ。
頼みましたよ、死神。
最後は貴方の仕事にかかってるんです。
1563年 5月4日 午後
(ダドリーがこっちの案に乗った。あとは俺があいつの悪事の証拠を叩きつけるだけ……!)
一度は群衆に紛れ、フランシーヌの演説を聞いていたルーファスだったが。彼女らが謁見に向かうのを見届けたあとは、完全に別行動をとることにした。
今、中庭近辺は野次馬で溢れている。ラッセルの遺体奪還は鎮魂祭の準備をする頃実行するのが一番効率いいだろう。今はむしろ、人が減っている勤務スペースを探るべきだ。
焼け落ちたダドリーの執務室に辿り着く。ルーファスは、否今はパトリックの姿をした彼は、しげしげと中を覗き込む。が……
(う〜ん……無さそうだな……)
戸棚も。タンスも。机の引き出しも。全て水に濡れて使えそうにない。恐らく今、ダドリーはここに来ていない。私物は何処か別の場所へ移動させたようだ。
「……おい、誰だそこに居るのは?」
そこで警備の兵だろうか、遠くから声がする。さすがに禁書騒ぎのせいで、この部屋を放置するわけにはいかないのだろう。ご苦労なことだ。
「……貴様。何者だ」
「宮殿警備勤務E班所属、パトリック・リプソンです」
「…………ここで何をしている?」
「ロードリック・ダドリー様に頼まれ、探し物をしています」
武装した巡回兵相手に、ここまでは適当なでまかせを並べたが。ふと思いついた。場を誤魔化すだけなんてもったいない。どうせ「パトリック」はそもそも居ない存在だ。ここで問題を起こしてもなんの不利益もないだろう。
彼は内心ほくそ笑み、兵士相手に困惑した顔を向けた。
「実は、かのマールヴァラから接収したという禁書が、何者かによって盗まれたのです。奴らが取り返しに来たのでしょうか……それ故、私は密かに行方を追う任務を命じられました」
「な、なんだって……!」
「本来であれば、
「…………ッ、く、ちょっと待て!」
兵士の顔色が明らかに変わった。こう言えば、ほどよく秘密にしつつ手伝ってくれるだろう。
パトリックはあくまで申し訳無さそうな態度を崩さない。
「もし、他の方にも手伝っていただけるなら、見つけた暁には私にそれを渡していただけると助かるのですが……」
「わ、わかった!」
名も知らぬ兵士は慌てて廊下を駆けていった。よし、これで捜索の速度が上がる! パトリックは改心の嘘に満足しきりだったが。
ない。
ない。
ない…………!
(嘘だろ、あいつどこに隠したんだ……?!)
しばらく見知らぬ何人かと手分けして探したが、なかなか見つからない。時刻だけが過ぎていく。一応、ダドリー及び貴族が出入りしそうな場所は粗方調べてもらった。会議室、彼の新しい執務室、仮眠室、食堂に至るまで。
(もはやここまで来ると、本人が大事に持ち歩いている……?)
ここらが潮時かもしれない。どこかに隠している線は薄い、と考えていいだろう。それに、そろそろ本格的に鎮魂祭の準備が始まる頃だ。仮に本気で禁書を使うとしたら、本人だって持ち出す時刻だろう。
パトリックはふうとため息をつき、密かに魔法を展開した。
『……スカーレット、時間切れだ。こっちは禁書が見つからない。恐らく、完全に隠蔽したか今本人が持っているか。こうなると、鎮魂祭開始の瞬間を狙うか……死ぬ気でサタンを倒すコースになるだろうな』
『そうですか……。お疲れ様でした、兄様』
今家族の中で、見えないほど離れていても魔法で話せるのは、一時的に強く魔術的な繋がりを持っているイルムヒルデ(スカーレット)のみ。仕方なく、パトリックは彼女に事の次第を説明し、
(しゃーない、一旦兄様の死体を確保してくるか)
彼は
「すみません、そろそろ鎮魂祭の準備が始まりますね……お叱りは私1人が受けます。失礼します」
「な、おい…………!」
不安そうに片手を上げた兵士だったが、もう構ってられない。パトリックは軽く走り出し、兵士をまいたところで瞬間転移した。
1563年 5月4日 夜
いよいよ空が暗くなってきた。ラッセルの死体を確保したパトリックは、ドロシーと別れ、また宮殿に戻ってきた。一応チャーリーに挨拶しておこう。世話になったし、会うのもこれが最後だろうからな。
『スカーレット、聞こえるか。兄様の死体を確保した。ちゃんと本人であることも確認した。姉様に頃合いを見て蘇生するよう頼んでくれ』
『!! 了解』
手短に
パトリックが上を見上げながら中庭を歩いていると。
「おい、どこに行ってたんだ? 猫とやらは?」
「あっはい、ちゃんと外に逃がしてきました」
「ったく、ふらふらすんなよ。もう火つけるぞ」
「あ、そうなんですか」
どうやら、そろそろ鎮魂祭が始まるようだ。チャーリー他、兵士たちがわいわい集まっている。パトリックは何の気なしに返答し、ん? と首を捻った。
「え、ちょっと待ってください、火って……どこで誰がつけるんですか?」
「おお、よくぞ聞いてくれた。
なんと、オレたち一般兵がつけるのだ〜。すごいだろ!」
「え、あ…………」
無邪気に笑うチャーリー。その姿に、何故かぶわっと嫌な汗が出る。
俺は、何か大事なことを思い出そうとしている。
落ち着け。情報を、記憶を整理しろ。
それはそう、確かティナの言葉だ。
『鎧を溶かす?! 山より積んだ量でもあるの?! あんなので火炎魔法使ったら城が消滅するわよ?!』
そして、さっき聞いたチャーリーの言葉。
『えーと、今ぁ? とりあえず、水晶に魔力の薪的な物をくべて……鎧に火ぃつけるとこかな。とにかく量が半端なくて』
見つからなかったダドリーの禁書。
魔法使いでも貴族でもなく、一般兵が点火する鎧の火。
ダドリーが目論む儀式。
(まさか…………!)
『遅いな、ルーファス……そろそろ来るかと思ったが』
『さっき連絡が来たんだろう? 現行犯でダドリーを抑えるなら、今が好機だろうに』
ホワイト宮殿三階、観覧席。中庭を見下ろすバルコニーで、ゲーアハルト、ザカライアがひそひそ囁きあう。隣には女王。そして、その隣にダドリー。後方に影の一族、野次馬の貴族たち。全員が眼下の中庭を見ている。中央に鎧が積まれ、その周りを下級兵たちがうろちょろしているのがよく見える。
(パトリックさん、いえ、この場合は死神…………? どうか災厄を止めて…………)
祈るような心地なのは、フランシーヌも同じだ。
だが、「運命の導火線」には、もう火がついている。
「よーし行くぞ! さーん! にーぃ! いーち!!」
「待て、やめろッ…………火をつけるな!!!!」
兵士たちによる大合唱、血相を変えたパトリック。だが、彼が慌てて瞬間転移でチャーリーに飛びついても、それは間に合わなかった。
「!!!!」
ファイヤ。
本来、その言葉は無邪気に叫ばれるはずだった。だが今、それは。地獄への入口でしか無かった。
「すげぇ…………」
巨大水晶、鎧、そして中庭に隠された禁書。この3つが何も知らない兵士たちによって魔術的に繋がれ、莫大なエネルギーに変わる。
今、中庭は鎧の山の広さ分の火柱が立っている。
「な、なんだこれぇ?!」
咄嗟に飛びついたチャーリーは無事だった。パトリックの下でもがき、困惑した声を上げている。まぁ、冷静に考えて。これが予定された通りの鎮魂祭の火だと思う馬鹿はいない。明らかに異常な光景が広がっている。
そして今。炎がうねり、何らかの形を取ろうとしている。獣。鳥。竜。いや。
巨大な人型に。
「魔王サタン…………これが…………!」
ダドリーは、指一本触れずにサタン召喚を成し遂げてしまったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます