黒幕、そして災厄

第24話 悪意




 1563年 5月3日 午前




「いいですか、多分冷たくて、他の鎧より重たい物ですよ」

「わかってますよぉ。う〜〜ん、見つからないなぁ……」

「これいつまでひっくり返せばいいのよぉ……!」


 ぽかぽか陽気のホワイト宮殿中庭。ルーファス、エメリヒ、フランシーヌがダドリー、クロウリーと激闘を演じていた頃、イルムヒルデと冒険者一行の死体探しは難航していた。

 何せ、無造作に積まれているがこれはちょっとした山。それを下までひっくり返し、1つ1つ改めようというのだから、かなり手間がかかる作業である。


「うーん、持ち上げすぎてだんだん重さがわかんなくなってきました……」

「それな〜。本当にこの中に入ってるのかなぁ……」


 聖職者クラリスが空っぽの鎧を覗き込み、魔法使いティナがため息をつく。イルムヒルデ含む女子三人はそれぞれ筋力強化の魔法をかけ、一人でも鎧を持ち上げられるよう調整したが、それでも人手が足りない。


 鎮魂祭は明日。それまでにラッセルの死体を見つけなければ、彼は二度とこの世に戻れない存在となる。イルムヒルデはぎゅうと唇を引き結ぶ。

 

 昨晩、姉ハイデマリーがクロウリーに蹂躙されていた時。その場の一人たりとて炎に飛び込まなかったのは、ただ見守ったのは、少しでもラッセル復活の道を残しておきたかったからだ。


 カヴァデイル家の跡継ぎ。子供たち全員の憧れである長兄。彼の死体が燃えてしまえば、ましてやチリ1つ残らなければ、蘇生の魔法も意味をなさなくなる。


 兄様に二度と会えない。そんなの嫌だ。


 イルムヒルデは若干13歳という幼さだったが、彼女より年下のレイモンドだって頑張って伝令をこなしたのだ。自分もみんなの役に立ちたい。その一心で鎧を改め続けた。膝丈のワンピースを払い、紫のロングヘアを耳にかけ、紫紺の瞳をじっと宙に凝らす。


(兄様の魂、確かにここに居るはずなのに姿が見えない……。がんじがらめに肉体に縛り付けられているのかしら。めんどくさい……なんでそこまで厳重に隠蔽するの? あまりにも性格が悪いわ)


 普段なら、得意の冥魔法で「彷徨っている本人の魂に肉体の位置を聞く」という芸当が出来るのだが。今日に限って言えば、「ここに確かにラッセルの死体がある」ことしかわからない。もどかしい。とにかく手を動かさなくては。


(これも違う。これも違う)


 ガシャン。ガシャン。音を立てて次々鎧を放り出す。どれだけそうしていたろうか。


「……イルムヒルデ様! これ、これ、すごく重い! あと、冷たい……?! これじゃないですか?!」

「!」


 その場の全員がバッと声の主を見た。剣士ウィルマーが、全身鎧の腕部分をだらりと掴んでいる。


「貸して下さい!」

「わわ、リアルに人入ってそうな感覚がする……怖……ッ」

「…………!」


 ひとっ飛びに駆けたイルムヒルデが鎧を掴み、そっと隙間を覗き込む。視覚では捉えられない。恐らく不可視の魔法がかかっている。だが、確かに他の物より質量を感じる。少し冷たい。恐らくこれだ……!


 あとは家まで跳ぶだけ。イルムヒルデが息を吸い込むと、


『お兄様の遺体は見つかりましたか』

「?!」


 どこからか、知らない男が伝達魔法テレパシーで話しかけてきた。バッと振り返る。そこに居たのは、


「あっ……あ…………」

「ご機嫌麗しゅう、マールヴァラの御息女、イルムヒルデ様。ここで何をしておられるのですか?」


 ロードリック・ダドリー。今朝、兄たちがぶち殺すと意気込んで出かけた、ターゲットにしていたはずの人間だった。

 存在と顔は知っていたが、会うのは初めてだ。思わず手が震えてしまう。ガシャン。イルムヒルデが握っていた鎧の手を取り落とす。何故、ここに。兄が、なんだって?

 ダドリーは取り巻きの兵士を何人か引き連れ、余裕の笑みを浮かべている。


「いやぁ、昨日は大変でした。私の執務室が突然炎上、マールヴァラの執務室が同じく崩壊。全く一体どうしてこんなことになったのか」

「…………それは、」


 お前が招いたことだ。喉まで出かけるが、


「知っておられますか、お嬢様。貴方のお父上は危険な黒魔術に興味があるそうですよ。部下の調べで発覚しました」

「?!」

「なんとも趣味が悪い。これまでもマールヴァラ家は残虐な行為を繰り返す影の一族なのでは、と密かに囁かれていましたが、あれほど人道に背く行為をするとは。この国を女王と共に導く者として、見過ごすことは出来ません」


 …………?! この男は何を言っている? イルムヒルデが眉間にシワを寄せる。ダドリーは、にこにこ微笑んでいる。


「……魔王サタンを封印した禁書を神殿より盗み出したのは、貴女の父上ですね? 昨日、部下がマールヴァラの執務室で黒の書を見つけました。それ故神聖な宮殿内で乱闘が起こり、双方の執務室が崩壊したのです」

「はぁ?!」


 これには流石に黙っていられなかった。正確には、真っ先に声を上げたのは剣士ウィルマーだった。下手なことを言ってはいけないとずっと黙っていたが、ここまでいけしゃあしゃあと嘘をつかれては、見過ごすことなど出来ない。


「嘘をつけ! 禁書を盗み出したのはそっちだろ! 洞窟から水晶を運び出したのも! オレたちは、マールヴァラの皆さんは、むしろお前の凶行を止めるためにここにいるんだ! なんの罪もないカヴァデイル家の御子息まで手にかけて!」

 

「ほう? 殿。君たちは何者かな。名のある者たちだろうか。はて、誰が君たちの意見を信じるのだろう」

「……………………!!!!」


 やられた。イルムヒルデはスカートの裾をきつく握りしめた。最後の最後でこっちの動きを完全に封じられた。隠密ではなく、表にもわかるように動いてしまったことで、敵に真実を捻じ曲げる隙を与えてしまった。確かめるまでもなく、今この宮殿内を駆け回っている情報は、逆賊マールヴァラ、官軍ダドリーなのだろう。

 

 現に、ダドリーの後ろに控えている兵士たちは既に剣を抜き、何かあればこちらを斬ってかまわないという顔をしている。「本当だろうか」という段階ではない。こちらは既にあちらの敵なのだ。


「イルムヒルデ様!」

「………………」


 健気に弁護しようとしてくれている冒険者の彼、あるいは彼らには悪いが。この状況はあまりにも分が悪い。一晩宮殿を空けたのも悪手だったようだ。この戯言が広まるのを止められなかった。イルムヒルデはすっと手を上げ、ウィルマーを静止した。


「お待ち下さい、ウィルマーさん。少なくとも私達は、ダドリー様が悪だと教え込まれてここまで来ました。しかし、真の真実は異なるのかもしれません。

 一度、父上の元に参りましょう。それが本当なら、許すわけには参りません。私達はまだ年若いですが、子供ではない。自分の身の振り方は、自分で考えてきちんと決めるのです」

「そんな……!」


 まさか。一瞬、彼らに絶望めいた空気が広がるのを感じる。もちろん、そんなの詭弁だ。嘘に決まっている。しかし、こうでも言わないと自分と彼らを守れない。今はとにかく引かなければ。


(兄様が入ってるかもしれない鎧。せめて、これだけでも後で分かるようにしとかないと)


 イルムヒルデはごく自然に、口元に指をあてた。悔しい、と言いたげな仕草。そしてそれをぎゅうと齧り、皮膚に傷をつける。血が出る。ついで、ショックで腰が抜けた、とばかりに両膝を鎧に落とす。すっと手を伸ばす。


(兄様、必ずまた会いましょう)


 先程の鎧に自らの血をつけて。イルムヒルデは小さく呟いた。


「申し訳ありません、本日はこれにて失礼します。行きましょう皆さん。真実を確かめなくては」


 悔しい。もどかしい。憎い。泣きたい。様々な感情をないまぜにして吐露した言葉は、冒険者一行にも少なからず響いたようだ。ウィルマーが、ティナが、ぐっと下を向いて鎧の山から降りてきた。ヘクターが、クラリスが、ゆっくりそれに続く。


『協力痛み入ります』

『…………いいえ』


 最後にダドリーから話しかけられた伝達魔法テレパシーに、嫌味の1つでも返してやりたかったが。下手な事を言うと、本当にここで殺される。イルムヒルデは奥歯を噛み締め、ふらりと立ち上がってダドリーたちから背を向けた。


 許さない。絶対に許さない。


 ダドリー。我が一族の名誉に傷をつけたこと、あとで死ぬより後悔させてやる。


 イルムヒルデはつかつかと中庭を去った。

 適当に人気ひとけのない所まで行ったら転移で跳んでやる。





 1563年 5月3日 午前






「な、なんだって?!」

「ですから、今宮殿は大騒ぎなのです。マールヴァラ家が神殿から禁書を盗み出したと」


 一方、時間は少し遡る。激闘を終えたルーファス、エメリヒ、フランシーヌがカヴァデイルの屋敷に帰ると、そこにはずらりと何人もの貴族が待ち受けていた。


 こちらからは商人ザカライア、その息子レイモンド、娘サマンサ。侯爵ゲーアハルト、娘ハイデマリーが居並び、卓についている。そして彼等の向かい、その中央に座るのは国王秘書長官ウィルフレッド・セシル。その他恐らく神殿の長官、セシル派の有力者数人。皆、一様に怖い、あるいは疲れ切った顔をしている。

 

 物々しい雰囲気に、会話を聞いていなかったルーファスたちまで背筋が伸びた。話しかけていいのだろうか。というか、この姿ヤバヤバのヤバでは。死神のままここに来てしまったルーファスは、そっとエメリヒの後ろに隠れ、事の次第を見守った。


「死神、この際かまわない。今回の事の顛末を粗方話してしまおう」

「ほう、死神。これが王都を騒がす連続殺人鬼ですか」


 商人ザカライア、影の一族の真の当主がため息をつき、向かいのセシルがこちらをじろりと睨みつける。うわ、怖。そういや一応、死神は犯罪者だったな。特にここ数日、倫理観おかしい奴らばかり見ていて忘れてたけど。ルーファスがひぃと肩を竦めるが、エメリヒに強く腕を引かれ、前に押し出される。


 ザカライアがこちらを見ている。


『とりあえず黙って話を合わせてくれ。悪いようにはしない』

『はい……』


 一応、このままお縄ということではないらしい。ではなんなのか。一同が静まり返ったのを確認した後、ザカライアはおもむろに口を開いた。


「死神というのは実のところ、幽霊らしい。今ここに居る肉体は借り物で、その正体は我らと親交のある青年、パトリック・リプソン。普段はロンディニウム橋のたもとで門番をしている、実に善良な人物です。よって、今ここで死神の罪の是非を議論するのは無意味。むしろ、それよりも話さねばならぬことがあります」

「ふむ、それは?」


「マールヴァラ家、そして彼等と親しい我らカヴァデイル家、双方は無実です。そうでしょうゲーアハルト様?」

「ああ」


 すっと話を振られたゲーアハルトは、クロウリーを屠って即ここに来たのだろうか。見慣れた黒尽くめの姿だが、朝とまるで違うローブを羽織っている。恐らく、慌てて着替えたのだ。その彼が、落ち着き払って顔を上げる。


「我らが禁書を盗む? そんな馬鹿なことはない。今回の戯言は全てダドリーが仕組んだことです。女王陛下にも確かめていただきたい。ここ数日、むしろ我らはダドリーの凶行を止めるため、密かに影で動いていた。息子エメリヒを筆頭に、ダドリーの汚い尾を追っていたのです」

「その言葉、信じて良いのですね?」


「どうですか長官殿。禁書を盗んだのは我々の誰かですか?」

「…………いいえ…………あの日私は確かに禁書を盗み出す者を見ましたが……ここに居る皆様ではなかった……。どうにか死んだふりをしてやり過ごした……あの日見た男は、たった一人で神殿に乗り込んできた逆賊は、真っ白なローブを纏った褐色の肌のエルフでした」


 クロウリーだ。神殿長官の言葉に、ルーファスたちはピンとくる。


「その男はクロウリーと言います。なんなら今皆さんにご覧にいれてもいい。本日我々を皆殺しにしようとした故、息の根を止めたダドリーの配下です」

 おお…………。


 ゲーアハルトの言葉に客人一同から感嘆と恐れの声が上がる。一方セシルはその名前、あるいはその人相に聞き覚えがあったらしい。強い瞳で頷いた。


「わかりました。もとより、同じ女王派のゲーアハルト様の為す事。恐らくそのようなことなのだろうと思っておりました。今回の騒動、逆賊の立場にあるのはダドリー。罰するべきもダドリーだ」

「ではセシル様、我らに今すぐダドリー討伐の許可を。2つの一族の力、そして従う兵全ての力を持ってして、サタン復活を食い止めねばなりません」

「……それは…………」


 前のめりに、食い入るようにセシルに迫るゲーアハルト。しかしセシルの表情は険しい。唇を強く引き結ぶ。


「そちらの言い分はわかります。最もです。悪は討つべきだ。しかし、今それを許可するわけにはいきません。

 

 真実はともかく、今宮中はマールヴァラ家を疑う声で満ちている。そこに我々が『いいや違う、悪いのはダドリーだ、全てこいつに仕組まれたこと、サタン召喚の儀を止めねばならぬ』と挙兵すると、城の勢力は真っ二つに割れてしまいます。


 結論、混乱と戦乱しか招かない。どんなに正義が我らにあったところで、我らが平穏を壊した形には変わりなくなってしまう」

 

「…………」


「ましてや、そんな形での挙兵を許せば、今後も似たような手が使われます。やれあいつが怪しい物を持っていた、やれあいつが危ない儀式をしていたと、宮中で争いを起こすことが容易くなってしまうのです。

 ただでさえ水面下の争いが耐えない、我ら宮中に住まう者。ここは悪しき前例を生むべきではありません」


「それは……確かに…………」


 もし、この混乱を収めた後の世界があるなら。それは少しでも平穏が保たれていなければならない。

 争いの絶えない国などあってはならない。

 それは女王の名を出すまでもなく、国を治める彼らの悲願だ。


「……ならば、どういたしますか。鎮魂祭を敢行し、ダドリーの凶行を許すのですか」

「それについては我らもよく考えました。女王にも話を聞き、ホワイト宮殿全体としてどう振る舞うべきなのか」


 ゲーアハルトの問いに答えを返すセシルは、少し迷っている。いっそ苦悩していたと言えるかもしれない。だがしばし黙ったあと、意を決して。こう告げた。


「明日。予定通り鎮魂祭を執り行いましょう。その上で、我らとその配下を急な戦闘に備えて配備しておく。万が一魔王とやらが現れても、同志一丸となって戦えるよう構えておくのです」  

「……それで、事は丸く収まるでしょうか」


「少なくとも、ダドリーを討つ理由は全員に周知されます。サタンを召喚した。だから、今こいつを討たねばならない、と」

「………………」


 ゲーアハルトは苦い顔で押し黙った。恐らく、だが。それではまだ温い。


「セシル様。今の状況を鑑みると、ダドリーのサタン召喚を許したところで、罪を我が一族になすりつけられる気がします。

 今宮中では我らへの糾弾の声が高まっているのでしょう。だとすれば、『これぞマールヴァラ家の悪行』と声高らかに宣言されるだけだ。ダドリーを追い込むにはまだ足りない」

「むぅ…………ではどうすれば」


 一旦、場が静まり返った。ここまで状況を悪化させられると、ここからどうマールヴァラ家の威信を取り戻し、ダドリーの悪行を宮中の全員に知らしめればいいのか。

 二人が押し黙っていると、パン! とザカライアが手を叩いた。


「よし、思いついたことがある。皆様、私の意見を聞いてください」

「……なんでしょう」

「そこの死神と、治安判事のお嬢さんの手を借りるのはいかがですか? せっかくこの場に居るのですし」


「「えっ?」」


 ルーファスとフランシーヌの声がピタリとハモった。隣のエメリヒが目を丸くしている。 


 いやいや。いやいやいや。そんな軽ぅく言う事じゃなくない?

 ルーファスが凍りついた笑みを浮かべる。


 ……父様。一体どんなろくでもないことを言い出すつもりなのか。



 

 



 Xデーまであと1日。

 

 





 

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