第23話 闘志





 1563年 5月3日 午前




 闇の魔法。風の魔法。炎の魔法。氷の魔法。互いに様々な属性を駆使し、激しい攻防を繰り返しながら、ルーファスはあることに気がついた。


(おかしい、なんでこいつ二重三重に魔法使ってるんだ?)


 目の前で攻撃を撃ち合うクロウリーは、確かに「今」「目の前で」口を動かし、魔法を唱えている。完全無詠唱で魔法を撃つタイプではないようだ。

 だが、エメリヒとフランシーヌを襲う「ナガレボシ」の魔法は、その最中も揺らがず激しく二人の元に降り注いでいる。おかしい。


 


 最初は、漠然とだが当然、クロウリー本人が唱えているのだと思っていた。しかし人間の口と脳みそが1つずつであることを考えれば、現在のフランシーヌのように「同一魔法の重ね掛け」が精一杯のはずだ。

 同時に2つの魔法を使える人間は、口頭呪文を介する限りこの世に存在しない。


(てことは、仲間がまだいる?)


 瞬間転移を駆使し、俊敏にクロウリーの魔法から逃れながら。ルーファスは必死に考えた。このカラクリがわからない限り、何度クロウリーを殺しても同じこと。むしろ、一旦倒すと次どこから現れるかわからなくなるので、いっそ厄介だ。


暗黒のニゲルサジッタ!〉

〈フットベ!〉


 何度も撃ち合ったことで、クロウリーの行動パターンも読めてきた。モエロが炎。フットベが風。バイバイが打ち消しで、コゴエロが氷、シネが即死。炎と氷を攻撃、風と打ち消しを防御に使い、隙をついて一撃死を狙うサイクルを繰り返している。

 ルーファスの持ち味が早撃ちでの多段攻撃なので、相手の行動をかなり絞れているようだ。


 ただ、効果が不安定なのかなんらかのこちらの守りが効いてるのか、今のところ不発な即死魔法だけが不安材料だ。今ここでルーファスが突然死んでも、仲間が気づけるとは思えない。だが逆に、これを撃つ暇さえ与えなければ、互角以上の展開に持ち込めていると思う。

 

 とにかく押せ。速く、速く、速く!


亡失ディザピランス!〉


 風の魔法を転移で回避。

 

〈モエロ! ヒロク!〉


 行動を先読みしたクロウリーの追撃。彼を中心として放射状に炎が広がる。

 

跳躍サルターレ!〉


 炎を避け、上空にジャンプ。クロウリーの真上に跳ぶ。


暗黒のニゲルサジッタ!〉


 至近距離での一撃。だが


〈バイバイ!〉


 やはりそう。打ち消しで払ってくる。


〈コゴエロ!!〉


 今度は氷。バキバキ! 尖った巨大な氷柱が無数に床から生えてくる。あーもうめんどくさい!

 

亡失ディザピランス!〉


 あちらもこちらの手を理解してきた。転移でルーファスが逃げた先を狙い撃ち出来るよう、攻撃のテンポを上げている。だがこれに当たるわけにはいかない。死にたくない。

 仕方ない、一旦仕切り直しだ。ルーファスはエメリヒたちからもクロウリーからもかなり遠く離れた場所に転移した。すとんと崩れた執務室の壁の上に降り立つ。ここは一応外界と繋がっているのか、高い空に涼しい風が吹き抜けて気持ちいい。


「はぁ、はぁ、はぁ……ッ」


 遠くから、エメリヒががむしゃらに巨大な魔法を撃ち込んでいる音が聞こえる。馬鹿かあいつ、ダドリークラス相手に真っ向から力比べでもしようってのか。これだからお貴族様は、プライドが高くて困る。ルーファスがぐいと額の汗を拭っていると、


「やっほー疲れた?」


 す、と目の前にクロウリーが現れた。ま、逃しちゃくれねぇよな。


「……ッ」


 咄嗟に構えると、クロウリーはにこりと笑った。そしてあろうことか、宙に浮かんだまましゃがみこんだ。魔法を撃つ意思が、ない。


「ごめんごめん、お前確かあんま魔力持ってないんだったよな。それをこんな立て続けに撃ったら、そりゃあ疲れちゃうよな。休憩しよか」

「…………ナメてんのか。同情はいらねーぞ」

「え、強がりヤバwそんな息切らせて、汗だくで。いいよ、ラチ明かねーし少し休んでも」

「…………ッ」


 正直、彼の指摘は最もだった。長い前髪が張り付いて鬱陶しい。ローブの中も熱くて湿気っぽくて気持ち悪い。ルーファスは無言のまま上がった息をそれとなく整え、クロウリーを睨みつけた。


「本当は、ただお前を殺すだけなら、もうとっくに終わってる。これだけ魔法のラリーが出来るなら、勝機の1つや2つ掴んでみせる」

「えー、どういう種類の痩せ我慢なんですかwwwじゃあ、なんで俺は殺されてないの?」

「今目の前に居るお前を殺しても、すぐ復活するからだ。下手に殺して一旦消滅させるより、魔法撃ち合ってる方が安全だから」

「うんうん、で、この魔法の属性に関して何かわかった?」


 クロウリーとの一騎打ちを始める前、投げられた問い。その答えを出さないとこいつには勝てない。……これが正解でいいんだろうか。ルーファスは半信半疑ながら、たった1つ。思いついた可能性を、目の前のクロウリーに言い放った。


「分身、だな」

「おお〜〜」

「どう見ても魔法が多重に展開されてる。これは一人の人間には出来ない芸当だ。恐らく、個々に自立して行動出来る分身体を作る魔法を使っている。そして本体はここじゃない場所にいる。あるいは、呑気にここを見ているだけかもな」

「んん〜〜、せいか〜〜い!!」


 クロウリーはすこぶる嬉しそうな笑みを浮かべた。酷く無邪気で、それはまるで子供のような表情だ。

 しかし。


「で、それがわかったところでどうすんの?」


 スン、と表情が死んだ。絶対零度、凍りつくような視線。クロウリーは即座に、悪意にまみれた醜悪な笑みを浮かべてみせる。

 

「じゃあ、本体はどこに居るんだろーなー、お前に探せるかな〜〜。

 ま、探させないけどな。お前らはここから出られない。この空間は本体の操作がないと出られないんだ。さぁ〜てどうしよっか!」

「……!」


 そうきたか。仮に復活の仕組みを当てられても、ここから出られない。万が一ダドリーを殺せたとしても、クロウリーを倒すことは叶わない。そういうカラクリなのか。


「だからさ、お前たちはここで永遠に踊るんだ。楽しいな。俺の魔力はお前らよりよっぽどたくさんある。死ぬまでずっとここに閉じ込められて、ずっと魔法撃ち続けて、それでも勝てなくて哀れだなぁ」

「………………」


 勝ちを確信したクロウリーは饒舌だった。ふわふわと宙に浮きながら、すこぶる嬉しそうに笑みを浮かべている。ルーファスはただそれを黙って眺めた。勝機。こいつを出し抜く、真の作戦があるとしたら。

 

 ……ふう。ルーファスはため息をつき、ローブの裾から手を突っ込み、背中側にぱたぱたと空気を送った。それはまるで、暑いからそうしているんですと言いたげに。そのまま疲れ切ったように言葉を紡ぐ。


「でさ、俺考えたんだよ。ここのお前の身体は、どれくらい独立しててどれくらい本体と繋がっているのか」

「ほう」

「それがわかれば、本体をこっちに呼べないかなって思ったんだけどさ」

「へぇ〜」


 あくまでクロウリーは愉快そうだ。自分の手が絶対に破られないと思っている。その油断、その傲慢。すぐに後悔させてやる。


「──!」

 

 今だ。ルーファスは腰から秒で銀のナイフを抜き出し、突き立てた。


 へらへら笑っているクロウリーの目に。


「!!?」

死せモレレ


 立て続けに即死の魔法を放つ。この分身体に魔法に対する抵抗力はほとんどない。死んでも死んでも量産する気だからだ。

 なら、そのはどこから来ているんだ? 恐らく、間違いなくからだ。ということは。


「わかったんだ。お前を殺すには、本体なんか探さなくていい。逆にどストレートに、目の前のお前を殺しまくればいいんだ、ってな」


 この言葉、恐らくクロウリーには聞こえていないだろう。ボヒュ……と魂が抜かれる音が小さく響き、分身体が事切れる。さぁ次。いつかエメリヒにもらったナイフを素早く払い、滴る血を落とす。ここまで来たら魔力の出し惜しみなんかしない。じゃんじゃん来いや。


〈モエロ!〉

亡失ディザピランス


 あっちか。ルーファスはクロウリーの声を感知し、その方向に瞬間転移した。目があった瞬間言い放つ。


死せモレレ


 ボヒュ。見事に死ぬ。がくりと力が抜けるクロウリーを見届け、次。


〈コゴエロ!〉

亡失ディザピランス〉〈死せモレレ


 ボヒュン。


〈フットベ!〉

亡失ディザピランス〉〈死せモレレ


 ボヒュン。


 面白いように殺せる。だんだん楽しくなってきた。思わずにっこりしてしまう。


 本来、ルーファスにとってこの呪文は射程が短い上、大抵の魔法使いに通らない程度の効力なので、実戦で使ったことなどついぞ無かったが。まさか、こんな形で役立つとは。


 クロウリーは魔法使いのサガなのか、「攻撃対象に張り付いて魔法を撃つ」ということをしない。必ず。なので、ルーファスの瞬間転移後即、即死魔法という戦法とすこぶる相性がいい。

 何度でも。何度でも。同じことを繰り返す。


(なるほど、分身体同士に記憶の連携はないのか。俺を敵と認識して戦うことはするけど、戦いの記憶自体は個々の分身体しか持ち得ない。なんて馬鹿なんだ……最初からこうすりゃ良かった)


 クロウリーの分身体は一向に学ばない。必ず距離を取り、ルーファスに追いつかれ、即死魔法で死ぬ。それを何度繰り返したやら。

 もっと言えば、分身体の肉体は余りにも弱いが、人間1つ丸々作り上げているんだ。それなりに魔力のコストを食っているだろう。

 

 さて、魔力が尽きたことに気づいて本体が慌てるのはいつかな?





 

 1563年 5月3日 午前


 




「は、は、はぁ、はッ…………」


 クロウリーが、駆けている。死にもの狂いで、シンと静まり返ったホワイト宮殿の廊下を。


「鬼ごっこのつもりか?」


 スン、と目の前にゲーアハルトが飛び出す。瞬間転移の使い手にかけっこなど無意味だ。そんなことは本人もわかっている。だから、ここぞで魔法を放つ。


〈ハカイ!〉


 ドゴン!


 バラバラ、と床が抜けて、一瞬だけ追手の意識を逸らすことが出来た。その間に方向転換し、また逃げ出す。


〈トベ!〉


 少しでも距離を稼がなくては。魔法で一気に加速し、そのまま階段を伝い上へ向かう。今まで何度も右に左に往復してきた。「上」という選択肢は咄嗟に対応出来ないだろう。

 最強の転移魔法だって弱点はある。事前に指定した座標にしか出られないのだ。だから、突然の方向転換は確実に有効。これで少しは逃げられるはずだ。


「クソッ……なんでエルフの俺がこんな馬鹿みたいに逃げ回らなきゃなんねんだ……!」


 とにかく、もっと広い空間に出なくては。先回りを繰り返し進路を妨害されてきたが、もっと広い場所。そして人がいる場所にさえ出れば、選択肢はぐっと広がる。


 何せ、娘の無惨な姿に耐えられなくて土下座した男だ。無辜むこの民でも盾に取りゃあ、そう簡単に殺せず苦しむだろう。ああ、なんて愉快なんだ。また情けなくヒイヒイ言わせてやる。


 クロウリーは両目を見開き、これでもかと笑みを浮かべ、スゥと上階に出た。だが。


「遅かったな」


 ゲーアハルトが、居た。階段を抜けてしばらく進んだホールに、息1つ切らせず全身黒尽くめの男が立っていた。


「な、なんでッ……」

「貴様は立て続けに魔法を使いすぎて馬鹿になったのか? 貴様の位置程度、魔力感知で一発でわかる。それの何が不満だ」

「んぎ、ヒィ…………」


 逃げなくては。飛翔魔法にブレーキをかけ、方向転換を試みる。クロウリーは必死に身体を捻り、早口で唱えた。


〈トベ!〉




 


 


「…………、えっ!?」


 だが、彼の身体はうんともすんとも動かなかった。なんだ。何が起きてる。何故。魔力が。


(この俺の、魔力が尽きただと…………?!)


 そんなことがあってたまるか。クロウリーは床に降り立ち、必死に逃げ出そうと駆け出すが。


「そろそろ、懺悔の時間が来たようだな。せいぜい地獄で神と娘に詫びろ」


 ナイフを掲げたゲーアハルトが直に迫ってくる。鋭いその刃。斬られたら痛いに決まっている。


「くそ、捕まるか……ッ!」

「遅い」


 追いつかれた。体勢を低くした彼がナイフを振りかぶり、


「イアア!!」


 クロウリーのかかとのすぐ上、片足のアキレス腱に斬りつける。ほどよく運動した後だからか、綺麗に血しぶきが上がった。それでもまだ。身体が動くなら。


「クソが!」


 一か八かだ。クロウリーは残ったもう片方の脚を使い、目の前すぐ近くの窓に飛び込んだ。水音に似た破壊音が響き、硝子ガラスが舞い散る。今この瞬間捕まるくらいなら、1秒でも2秒でも多く生と自由を。


 だがゲーアハルトは当たり前のように怯まない。走り込み、その窓に飛び込み、全身を捻ってクロウリーを追い詰める。5階分の高さから落ちていく。


「楽に死ねると思うな。私はお前を許さない」

「────!!」


我を護り給えパース・ノヴィ


 ここで初めて、ゲーアハルトが防護の魔法を唱えた。全てはクロウリーを殺すために。重力に従って加速し、驚愕の表情を浮かべたクロウリーに肉薄して、煌めく刃を真下に向けて。


 ドスン!!!


 衝撃音が響くと同時に、宙に真っ赤な血が飛び散った。 






 1563年 5月3日 午前






「…………消えた!」

「光の雨が、消えたッ……!」


 何が起きているのかわからない。だが、それまで戦っていたクロウリーの姿、そして降り注ぐリュウセイがスンと消えた。もしかして、たまたまだけど本体の方をゲーアハルトが仕留めたのだろうか? ルーファスは、エメリヒは、フランシーヌはまん丸な目で眼の前を見つめた。


「ぐ、クソ…………!」


 突然戦局が悪化したことで、部下の援護に頼り切っていたダドリーが狼狽える。一方のエメリヒは、満面の笑みを浮かべてすこぶる嬉しそうだ。俄然元気を取り戻し、固まるダドリーに走り寄る。バリバリと手に雷光を集め、大一番の魔法を用意する。

 

「よっしゃあ、覚悟しろジジイ!! 俺の熱いプレゼント、受け取ってくれよなァ!!」

「待てよエメリヒ、俺も混ぜろ!」


 そこに、スッと死神ルーファスが現れた。妨害する人間さえ居なければ、彼らの助太刀は容易い。どうせ魔法を撃つなら、一気に攻めた方がいい。なぜなら相手も散々防御のため魔法を撃ちまくっていたからだ。全力の二対一で押せば、馬鹿の力押しでもいけるかもしれない。


「おーら行くぞ!」

「オッケー!!」


 二人は元々兄弟だ。たまにしか顔を合わせない存在とはいえ、こころざしは同じ。息が合わないわけがない。



火雷アルゲース大神クラマーモス!!!〉 

黒狼の咆哮ヘルハウンド!!!〉




 オオオオオオオオオオオオオオオ!!!!



 

 たった一人の人間を貫くために、巨大な黒狼と眩いばかりの雷人が暴れ狂い、大気を震わせる。それまで光の雨に散々邪魔されてきた二人の魔法は真の力を取り戻し、ダドリーの防護魔法を見事に打ち砕いた。


「…………、グアアッ…………!!」


 普通なら消し炭どころか一瞬でチリになるはずの威力だが、ダドリーは人の形を保っている。さすがと言うべきか。さらに。


「─────……!」


 何事か叫んでいる。まるで、バラバラと音を立てて消えていく亜空間と混じり、一体化するように。


 ダドリーの身体は徐々に透け、やがてすっかり見えなくなった。



  

「…………これ、倒したんですか……?!」

「いや、多分自分に何か魔法を仕掛けてあったな。恐らく自動蘇生と退避の魔法だ。……チ、さすが貴族のおっさんはやることが姑息だぜ」

「…………とりあえず、クロウリーは倒したぞ……! やった〜雪辱果たした〜〜!!」


 上から順に、フランシーヌ、エメリヒ、ルーファスの言葉だ。三人はそれぞれ笑みを浮かべ、勝利の喜びを噛みしめた。例え今この瞬間は逃げられたとしても。ダドリーには大きな痛手を与えられたはずだ。


「一旦カヴァデイル邸に行こう。魔力と体力を回復させたらすぐ戻るぞ。この好機チャンスを逃すな」


 ワクワクを通り越してギラギラしたエメリヒの笑顔も、今は同意するしかない。ルーファス、フランシーヌは共にこくりと頷いた。





 Xデーまであと1日。


 

  

 


 


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