第20話 破顔




 1563年 5月2日 午後



 

 マールヴァラの屋敷に「影の一族」子世代全員が揃って以降、彼らとフランシーヌ、冒険者一行による作戦会議は着々と進んだ。

 かいつまんで以下に内容を述べる。


「こちら、今回の件に関する父ザカライアからの念書です。


 長男ラッセル捜索及び、ダドリー謀反の件に関して、全ての決定権を侯爵ゲーアハルト・マールヴァラに委託する。我が子ラッセル、サマンサ、レイモンドの生死も上記に託す。決して恨まないので、戦局が不利な状況でも最善を得るため選択して欲しい」


 レイモンドの言葉を受けて、ゲーアハルトが皆に語りかける。


「では、今回の作戦を発表する。あるいは分不相応な役割と思うかもしれないが、私が実力を見込んで頼んでいると思い、聞き入れて欲しい。


 まず、明日ダドリーとクロウリーをそれぞれ討つ。


 クロウリーは私が直々に手を下す。盾の一族の手練れを屠ったとあれば、それなり以上の実力だろう。ならばマールヴァラ家当主の私が完膚なきまでに叩きのめしてやる。


 そしてダドリーの方は、エメリヒ、パトリック、フランシーヌ様にお願いする。聞くところによれば、パトリックは死神の力を借りることが出来るそうだな。

 ならばエメリヒ、パトリックを前衛、フランシーヌ様を後衛とし、とにかく攻めの姿勢でダドリーを押してほしい。

 二人がかりで交互に魔法を撃ち込めば、あのクラスの貴族でも怯むだろう。隙を見て息の根を止めろ」


「サマンサ様は大事な回復役だ。今後は後方支援のため、カヴァデイルのお屋敷に帰っていただく。重篤な怪我人及び死者が出れば即転移で送り、回復。送り戻すというシステムだ。

 戦場では後衛が真っ先に潰されることを思えば、全員の生存率を上げるため、これが得策だと思われる」


「またレイモンド様、ハイデマリーも同様に、お屋敷で待機して欲しい。万が一第一陣の我らが復活不可の全滅に陥った場合、第二陣としてハイデマリーとレイモンド様を前衛、サマンサ様を後衛とし、敵の息の根を止めて欲しい。

 ……まぁ、そんな状況になって欲しくはないが……」


「最後に、イルムヒルデはラッセル様の遺体を探す役だ。お前は死者の声を聞く冥魔法が得意だろう。死亡が確定している今なら存分に力を発揮できるはずだ。頼んだぞ。

 ラッセル様は見つけ次第、サマンサ様の元へ送り蘇生。たっぷり回復魔法をかけた後、戦いが不利な方の援護に向かってもらう。出来ればその前に決着をつけたいところだがな。

 ……さて。あとは」


 ここでゲーアハルトが残りのメンバーを見回す。


「……ソロモンは我が家でしっかり監禁しておく。手始めに今夜たっぷり遊んでやるから覚悟、」

「待って下さいゲーアハルト様! ええとソロモンはラッセル様の遺体についてヒントをくれました! 昨日の大掃除で確実に探していない場所! そこに確かに隠したとのことですから、とりあえず! えげつない拷問だけはご勘弁を!」

「…………」


 パトリックが約束通り止めに入ると、ゲーアハルトはきょとんと目を丸くした。


「……なぜ庇う。ラッセル様殺害及び死体遺棄の犯人、極悪人なのだろう? 多少の鞭打ちくらい可愛いものだ」

「いえ、フランシーヌさんのお姉さんも殺したらしいですけど! あの、治安判事の彼女が『先に情報を渡した姿勢に免じて人道的に保護すべき』との見解を……ねっ! フランシーヌさん!!」


 慌ててフランシーヌを見る。彼女は気まずそうに眉をひそめた。


「……あくまでイチ治安判事として、あの時はそのような判決を下したのですが。今は国の一大事です。ラッセル様の復活もかかっている場面としては、ううん……」

「なんで僕が空気の読めないイイ人みたいな立ち位置になってるんです?! もう知らないよ、じゃあやっちゃって下さい思い切り!!」

「まっ待て、話が違う!」


 一気に場が騒然とする。さて、ソロモンを殺してでも情報を吐かせるか否か。

 ソロモンは必死の形相でゲーアハルトに向き直った。


「わかった! 明日、ラッセルの死体探しに私も参加する! これでどうだ?!」

「何を言う、交渉を持ちかけるなら『今すぐこの場で情報を吐くから見逃して下さい』くらい言え。ぬるい」

「っく…………………………うう………………」


「どうだ? 今ここで全て吐けば、牢獄の中での安寧な暮らしくらい保証してやるぞ。

 それとも、我が一族自慢の拷問を喰らいたいか? ケツの穴に魔法の蛇をぶちこみ、大腸から順に内臓を食い破らせ、毒と激痛でさいなむ……ああ、ここには蘇生出来る人間がいるからな、死んで終わりにはならない。長い地獄になるだろうな…………」

「うう………………」


 滝のように脂汗を垂らすソロモン。こうなると、「死より苦しい拷問」を太陽が登るまで受け続けるか、今すぐ情報を吐くかの二択だ。一同が興味津々な顔で見つめる中、ソロモンが下した決断は。


「……………………、

 鎧です!」

 

「は?」

「中庭の鎧の山の中にご遺体を入れました! あとは本当にわかりません、一般兵が積み上げたので!!!!」

「…………そうか、ご苦労」


 ものすごくあっさり屈した。主に忠誠を誓い、健気に抗うかと思ったら、一瞬で答えを言った。

 思わずうふふ、と笑ってしまう。


「………………だっさっ………………」

「駄目ですよ、パトリックさん…………修羅場慣れしてない貴族つきの魔法使いらしい最後じゃないですか……!」


 うふふふふ……!




 最終的に、冒険者一行とイルムヒルデ(妹の方)が鎧の山から死体を探す係となり、作戦会議は幕を閉じた。


「どうします、今から行きますか? 父上の転移魔法があればすぐにでも宮殿に戻れますが」

「いや、気持ちはわかるが今はやめなさい。寝不足の状態を作って敵に狙われるのも危険だ。罠だらけの宮殿に戻るなら、万全の状態の方がいい」


 イルムヒルデとゲーアハルトの間でちらりとそんな会話も交わされたが。とりあえず今夜はこの屋敷でゆっくり休むことになりそうだ。パトリックはにんまり笑い、あてがわれた客室に向かうことにした。





 1563年 5月2日 夕





 

 パトリック、フランシーヌ、サマンサ、そして冒険者パーティーが男女二人ずつで四人、レイモンド。これだけの人数の客が一気に押し寄せても、マールヴァラ家の屋敷はびくともしない。パトリックは男性として冒険者のうち、剣士ウィルマー、格闘家ヘクターと同室で休むことになった。


「はわ……わわ……すごい高そうな調度品……こんなすげー屋敷泊まったことない…………侯爵家やば……」

「おいウィルマー見ろよ、このふっかふかふかのベッド……全羽毛だぞ、高そうだなぁ…………!」


 二人は天井、床、家具を見回し、わなわなと怯えている。だがパトリックは王室レベルのそれすら見慣れているので、特に驚くような物はない……庶民のふりをするなら、少しくらい驚いておくべきだろうか。もう遅いだろうか。下らないことを考えていると、二人の興味は彼自身に向いた。


「パトリック、おま、なんでそんな平然としてるの……?! てか、ここに呼ばれるってお前何者なの?!」

「いやぁ、僕の父が昔カヴァデイルのお屋敷で働いてたことがあって。その縁で、僕もあちこちで可愛がってもらってるんですよね」

「ほ、本物の貴族のお嬢様たちってみんな美人だな……! 紹介してくれよ、知り合いなんだろ……?! なぁ!」

「あーえーとそれは…………嫌かな……」

「なんで?!」


 誰が大事な姉妹をてめーらにやるか。という本音は、口が裂けても言えない。

 パトリックはにっこり笑い、話題を変えることにした。


「それよかウィルマーさん、伝言が終わったらお役御免で良かったはずなのに、なんでここまで来たんですか? ザカライア様なら一般人を危険に晒さないと思うんですけど」

「それは……!」


 剣を抱えたウィルマーが口ごもる。短く刈った焦げ茶の髪に碧眼の彼は、むすりと唇を尖らせた。


「……お前が! あの宮殿に居たからだよ!」

「え?」

「どういうアレか知らんけど、門番のお前でもあんなに頑張ってこの国のために戦ってるのに、冒険者のオレたちが逃げるわけにはいかない。そう思って……

 困ってる人を助けたくて冒険者になったのに、ここで逃げたら冒険者じゃないと思って…………それで」

「…………」


 はっきり言って無謀だ。訓練を積んだパトリック、もといルーファスたちですら、生きるか死ぬかの瀬戸際なのに。その辺の魔物を狩って暮らす彼らが、一級の魔法使いに勝てるものか。

 だが、パトリックは小さく微笑んだ。


「……勇ましいですね、かっこいいです」

「……そ、そうだろ?! へへ!」


 正直、そのこころざしが。真っ直ぐな夢が。彼には眩しかった。パトリックの裏の顔は殺し屋だ。フランシーヌに一度恨まれたことも、正直少しショックだった。今でこそ疑いは晴れたものの、どのみちあちこちで恨みを買っている。それが現実だ。

 自分がやっている事は、誰にも誇れない。例え「本当にこの国のためになっていても」。だったら例え無謀でも、誇れる夢を抱いている彼らの方が素敵に思えた。


(今回、サタン召喚を阻止出来たら少しはこの仕事に誇りを持てるのかな……)


 ふいに弱気になってしまう。自分の運命は影の一族として生まれた瞬間に決まっていたのに。


 パトリックがなんとなしに窓の外を見ていると、ゴンゴン! 豪快なノックの音が聞こえた。ついで、バーン! と威勢よく扉が開く。


「ご機嫌ようパトリック! どうせ暇を持て余しているのでしょうっ、わたくしとお喋りはいかが?! ほら、お菓子もありますのよ!!」

「すみませんパトリックさん、えーとこの方……」

「ハイデマリーですわ」


 異母妹の姉の方、そしてフランシーヌがひょこりと顔を出した。フランシーヌはただ黙って部屋に居るのに飽きたのだろうか。一方ハイデマリーは、久しぶりの再会に居ても立ってもいられなかったようだ。


『最近しばらく会わなかったじゃん、元気してた? 友達出来た? ちゃんとご飯食べてる? なんかルゥって気力薄いっつかテンション低いから、どっかでぽっと死んでそうで心配でさ、やぁ生きてて良かった! 会えて嬉しいよ! あっこのお菓子はね、』

『圧。会話の圧なんとかしろ、やかましい。あとお菓子は食べる』


「お菓子いただきます、ありがとうございます」


 伝達魔法テレパシーと口頭の音声を駆使し、器用に二重の会話をする。ハイデマリーはブンブンとパトリックの両手を上下に振り、さながら「人間大好きな犬」のようだった。


「貴方いつもぼっちだと思ってましたのに、ちゃんと人間のお友達が居たのですね。知人友人の一人として感激しましたわ!」

「いや、この人たちはお友達というか……顔見知り……?」

「いえ、友達です♡そうだよなパトリック!」

「あんだけしょっちゅう話しといて顔見知りはなくね?!」

「ええと、ハイデマリー様! お喋りでしたら僕たちとしませんか?!」


 美人のハイデマリーが訪れたことで男二人が一気に沸き立つ。わーわー話しかけ、ハイデマリーもなんだかんだ楽しそうに応じている。パトリックはふと彼らよりも無言を貫くフランシーヌの方が気にかかり、視線を向けた。


「で、フランシーヌさんはどうしてここに来たんですか? わざわざハイデマリー様と連れ立ってまで。

 ……僕が居なくて寂しかったですか?」


 ふふ、と冗談めかして笑いかけると、フランシーヌは困ったように口を尖らせた。おや、意外と図星なのか?


「……あの、貴方に謝りたくて」

「え?」

「私の姉の仇。貴方じゃなかった。なのに、死神かどうか疑って、ずっと纏わりついて、迷惑かけました。すみません」

「ああそのこと」


 今となっては今更だ、と思った。パトリックとしては、紆余曲折があろうと最後はこうなると思っていた。だから、大したことではない。強いて望むことがあるとすれば、「彼女の中の自分に対する好感度が多少でも上がっていればいいな」くらいだ。


「いいんですよ。僕は疑いさえ晴れてくれれば。これで明日以降、気持ちよく一緒に戦えますよね」

「…………そうですね」


 ふ、と寛いだ笑みを浮かべるフランシーヌ。この件はこれで一件落着だ。あとは、ラッセルの死体とサタン云々が片付けば万々歳。むしろ、こうなってはこちらの方が一大事だ。今は貴重な休息期間。明日に備えて有効活用しなくては。


「とりあえず、今夜はゆっくり休みましょう。……ああ、ハイデマリー様の持ってきたお菓子食べなきゃ。お嬢様、飲み物用意しましょうか」

「よろしく頼みますわ!」


 盛り上がっている傍らに目を向け、いそいそ準備するパトリック。フランシーヌはそれを手伝い、しばしのんびりした時間が流れた。


 


 ふと思う。

 ここ2週間ほどの間に、フランシーヌが隣に居る状況が当たり前になった。

 だが、この一件が終われば彼女は監視も同行もやめてしまうだろう。

 

 別に寂しい、などと言うつもりは毛頭ない。死神ルーファスは仕事の都合上、他者と深く関わることを良しとされていない。日常に戻るだけだ。


 それでも。少しだけ惜しいな、と思う程度には。自分の肩より低い位置に金髪の小さな頭があることに、きらきらした声が聞こえることに、常に人の気配があることに、慣れた気がする。


「パトリックさん? 他人に食べ物を出す時の順番は、身分が高い方からですよ。今回で言うとハイデマリー様が一番で、次が私の分で、それから……」


 こっちが何も知らないと信じ込んで、少しお姉さんぶって接してくる彼女を見るのもあと少し、か。


(これも仕事の一環……)


 言われた通りに配膳し、みんなで菓子をつまみながら。パトリックは早くも「仕事が終わったあとのこと」を考えていた。




 だが、事はそう簡単には終わらない。




 


 1563年 5月3日 深夜





 

 月がか細い爪の先程度にしか浮かんでいない、全員が寝静まった真っ暗な深夜。マールヴァラの屋敷に近づく一つの影がある。すとん、とそれは、ざくざくと草葉を踏みしめて屋敷に近づいていく。

 次の瞬間。

 


 ガランガランガランガラン!!

 


 けたたましい鐘の音が鳴り響き、パトリックは慌てて飛び起きた。同室の男達も慌てて身体を起こす。


「なんだなんだ?!」

「多分敵だ。お前らは危ないから隠れてろ」


 咄嗟の事に素で話しかけてしまったが、二人は特に気にしていないようだ。一応、とブローチで見た目を変え「死神ルーファス」となった彼の傍らで、動揺しつつも更に言い募る。

 

「でも、俺達だって一応……っ」

「こっからはガチの高ランク同士の戦いだ。全身引き裂かれて死ぬよりヤバい苦痛を負っても文句ない、くらいの覚悟があるなら来い。俺はもう行く」

「えっ、ちょ、」


 このタイミングで来るなら、恐らくクロウリーだ。ダドリーなんかわざわざ来ないだろう。何を仕掛けてくる? ルーファスは返事も待たず、瞬間転移で玄関ホールに出た。


 たった一言、ふざけた言葉を口にするだけで高威力を叩き出すクロウリー。戦うなら、きっと俺の力がいる。


 果たして、彼を待つものは。 

 

 



 Xデーまであと1日。 


 




 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る