第15話 不吉




 1563年 5月2日 朝



 

「うう、緊張する…………」

「そうですね、私達が倒されるかどうかは今回の件で有利になるか不利になるかの瀬戸際ですから」


 朝。朝が来た。ついに本格的な開戦の時を迎えることとなった二人は、勇んで身支度を整え、ホワイト宮殿一階、正面ホールに足を踏み入れた。今日のパトリックは公式にエメリヒからの指示よびだしがあったので、通常業務からは外れている。


 ラッセル捜索もついに5日目。氷漬けの線が高いとはいえ、何もなければ腐り始めている頃合いだ。そして、あと丸3日の間に死体を見つけて蘇生しなければ、彼が公の場で日の目を見ることは叶わない。


(兄様……どうか宝物庫に入っていますように……)


「行きましょう、パトリックさん。……死神はすぐそこに居ますか?」


 フランシーヌが隣のパトリックを見る。ここで見た目を変えるのはさすがに不都合が大きいので、彼女の肩をぽんぽんと叩くだけに留める。大丈夫、行こう。

 目指すは地下の宝物庫。呼吸を整え、意を決して歩き出す2人。

 そこで。


「すみません!! 誰か、私達の話を聴いてください!!」


 正面玄関が勢いよく開き、が息せき切って飛び込んできた。眩しい朝日を背に立つは、逆光で顔がよく見えない。しかし、恐らく若いだろうニンゲンが複数人。宮殿の中になだれ込んでくる。


「誰か! すみません! 大きな水晶を見ませんでしたか?!」


 どうやら女らしいその中の一人が、手近な人間を捕まえてがなっている。耳を澄ませばその返答が耳に届く。

 

「水晶? え、何突然。そこにあるし、そうじゃなかったらこないだ通った奴か?」

「こないだ通った、こないだ通ったってそれ! ……詳しく!」


 どうやらその人物たちは、「大きな水晶」を探しているらしい。しかし玄関ホールに鎮座しているソレではない。そこまでぼんやり把握したところで、パトリックはハッ! と気がついた。

 

「もしかして、ティナさん……! そんなに焦ってどうしたんですか?!」

「パトリック!?」


 よくよく見ると、その人物たちはかれこれ10日以上前、旅立ちを見送った冒険者一行だった。真っ青な顔をした魔法使いティナを筆頭に、汗だくの剣士ウィルマー、格闘家ヘクター、そして殿しんがりに立つのは怯えた様子の聖職者クラリス。


 彼らは本来、こんなところに来る身分ではない。しかし、この様子はただ事ではない。パトリックは慌てて駆け寄り、ティナの手をとった。


「何か、あったんですか。詳しく話を聞かせてください」

「うく、パトリック……! あのね、実は……!」

 

 彼女たちの話を要約すると、以前出発した際見に行った「貴重な物」とは、洞窟の奥に鎮座する巨大な水晶の結晶だったという。なのに現地まで辿り着いてみると、それが「ごっそり無くなっていた」。


「それはそれは見事な結晶が見れるはずだったんだけど、それが綺麗に無くなってて! あんなの金目当ての山賊になんて持っていけない、あれに秘められた魔力がわかってる奴が悪用するために持っていったのよ!」


 必死に訴えるティナの言葉に、パトリックが頷く。彼女の勢いに嫌な予感がよぎるものの、一応表向きの理由を告げておく。

 

「あの、今度この宮殿で鎮魂祭が開かれるんです。で、その時鎧を溶かす火を起こすのに水晶を使うらしいんですけど」

「鎧を溶かす?! 山より積んだ量でもあるの?! あんなので火炎魔法使ったら城が消滅するわよ?!」

「!?」


 わかっていた。あるいはその時と。だが、ティナの話を飲み込むと事はそれだけで収まらない。

 城が、すっ飛ぶ?


「そんなに大きいシロモノだったんですか?」

「いえ、僕は正直遠目でしか見てなくて……兵士が正面玄関に何人も入っていくな、布を被った大きな塊を担いでいるなしかわからなくて……『あれは大きな水晶らしい』だけ兵士の噂で聞いたんです」


 隣のフランシーヌに尋ねられ、パトリックがおずおずと返答する。そう、あくまで確認はしていない。だが、あの塊が

 

「今考えると、高さは子供の身長くらいありました。横はもっと……もし、あれ全部が水晶の大きさだとしたら…………」


 その場にいる魔法に詳しい全員の血の気が引く。

 パトリックもまた、自分の表向きの立場を忘れて口走ってしまった。


「確かに、ヤバい。この城なんか簡単に消し飛ぶかも」


「……え、そんなにヤバいの……? ここまで来といて言うのもなんだけど、正直ティナの頭がおかしくなったのかと……」

「脳筋剣士は黙ってなさい。わかった? とにかくヤバいのよ。それがここにわざわざ運び込まれたってことは、恐らく何かに……いや、鎮魂祭? 鎧を溶かす?」

「明後日、鎧をたくさん火にくべて溶かす、らしいですよ…………」

「……………テロだ………………」


 話は自然、そっちに行ってしまった。ああ、これからソロモンと戦わないといけないのに、なんて面倒くさい事実が発覚してしまったんだ。もうクーデター云々いうのは飛び越えた。ぶっ飛ばすのは政権じゃなく、恐らくもっとでかい何かだ。

 

「ど、どどどどうしましょう、もしかしたら〜レベルというか、本格的にヤバくなってきました」

「待って、となると使い道はもっと違うかもしれない」

「ああ言わないで」


 聞きたくない。思わず耳を塞ぎかけるパトリックの手を掴み、フランシーヌがキッと睨みつける。

 

「いいえ言います。現実を直視して。

 仮にその水晶に秘められた魔力に城を吹き飛ばす以上の力があるとしたら、敵の目的はクーデターではなく、この城の破壊ですらない……

 なんらかの呪い、儀式、悪魔の召喚……女王の死より禍々しい巨大な目論見」

「…………!」


 ああ、言ってしまった。


「くそっ……!」


 ここまで来たら、お行儀なんて気にしてられない。パトリックは急いで胸元に隠したブローチを掴み、「死神」ルーファスに変身した。

 ばさりと広がる赤髪、煌めくターコイズブルーの瞳。服装こそ鎧の代わりに外套を羽織った一般的な庶民の格好だが、突然鮮やかな色彩をまとったルーファスに冒険者たちが目を丸くする。


「フランシーヌ、遊びはおしまいだ。エメリヒとサマンサに急いでこれを報告しないと。もう火の管理係がどうのじゃない、目指すはもう一度ダドリーの部屋だ。ソロモンが何か企んでいることを示唆した以上、黒幕はどう考えてもあいつ。あいつの部屋にヤバい儀式に関する品がないか調べるんだ」


 髪を一つに纏めながら、記憶を手繰る。こないだ調べた時は収納に怪しい物など入っていなかった。だが、あの時の目的は人間1人隠されていないか、だった。もし儀式云々の目論見を壊すとなれば、探す対象は変わってくる。


(どうしよう、考えろ。俺だってカヴァデイルの男だ)


 不安そうにこちらを見るフランシーヌ、事態の深刻さをわかっている冒険者の援軍。全員の能力値を考えると───


「あの、パトリック、は」


 どこへ行った、と聞きたそうなティナの口を遮り。ルーファスは全員を真剣な表情で見回した。


「悪い、事態は急を要する。俺が誰とか何者とか細かいことは気にせず、俺の言う事を聞いてくれ。詳しくは安全が確保された時に話す」


 全員が小さく頷く。


「フランシーヌ、まずはエメリヒたちに報告だ。もう手段は選ばない、瞬間移動で行くから俺と来てくれ。こうなると……


 エメリヒは女王一派を総動員して備えるための旗頭になってもらおう。あいつの父親、そして女王の真の腹心たちも、今回は本気で動いてもらった方がいい。


 そしてサマンサは能力的にも立場的にも、ダドリーの部屋を探す役だ。あの人の防御能力はラッセルもエメリヒも超える。きっと生きて帰り、良い情報を掴んでくる」


 そこまで言ってティナ、そしてパーティーのリーダーであるウィルマーを見る。

 矢継ぎ早に大きな話をされて緊張しきっている彼らに──


「通りすがりに巻き込んで悪い。あんた達も力を貸してくれ。本気で猫の手も借りたい状況なんだが、無闇に周囲の恐怖を煽るわけにもいかない。だから、今事情を知ってしまったあんた達が一番仕事を頼むのに都合がいい」


「……何を、すればいい?」


「今聞いたことを商人カヴァデイルのお屋敷に行って、当主ザカライアに伝えてくれ。……ああ、よくわからないか?


 ロードリック・ダドリーが明後日、巨大な水晶を使ってこの国どころか世界を吹き飛ばすかもしれない。

 それにウィンストン・ポーレットが噛んでいるはずだから、そっちで出来ることをしてくれ。と。


 『緊急事態だ、パトリックに頼まれた』と言えば、すぐにでも謁見がかなうだろう」


「……わかった」


 もう行け、と視線で示すと青い顔をした冒険者たちが足早に立ち去る。残されたのはルーファスとフランシーヌ。


「最後に俺達は、何よりソロモン撃破が一番大事な仕事になる。今回、あいつを殺せるか否かが本気の肝。周囲に仕掛けが張り巡らされていることまで考慮に入れて、全力で攻めろ。生きた状態で捕縛とか、ぬるいこと考えてると負けるぞ」

「はい、後々の負担を考えるとここで仕留めるのが一番理想的……負けるわけにはいきません」


 件の水晶さえこっちが抑えて無力化出来れば、敵の目論見を大きく壊すことが出来る。逆に言えば、あちらは水晶を「死ぬ気で守ろうとしてくる」。


「……よし、まずは報告か。フランシーヌ、捕まれ。跳ぶぞ」

「……」


 こくり。フランシーヌが真剣な眼差しでルーファスの手を取り、赤と金。2人の髪がふわりと舞う。


「いざエメリヒの元へ」







「……マジかよ」


 マールヴァラ家に与えられた居室にて。

 開口一番、エメリヒが口にしたのは素の本音だった。


「……あ、ああオホン、そうかわかった。事態は急を有する。プランは概ねそちらに乗ろう。サマンサ様への連絡はこちらからしておく」


 嵐の前の静けさ。小鳥がさえずり、燦々さんさんと朝日が差し込む室内で、彼は丁度支度を終えこれから出かけようというところだった。

 仕方ないこととはいえ、早くからしっかり身支度を整え、外に出た二人とはまるで違う空気。しかし事態を知った今、彼らは平等な立場だ。みるみるエメリヒの顔色が悪くなっていく。


 ルーファスはそんな彼を見て、ずいと一歩前に出た。パチパチと伝達魔法テレパシーで話しかける。


『姉様はもう出かけたのか?』

『いや、まだ客室にいるはずだ。位置的に俺からの遠隔会話なら支障なく届くだろう』

『頼む』


 これで言伝は終わりだ。去ろうとするルーファスに、


「おい死神。私からの選別をくれてやる」


 エメリヒが声をかけてきた。振り向くと、彼が手にしているのは小さな銀のナイフだ。


『お前、物理系なら長剣よりこっちの方が得意だろ?』

『ああ』


「もし魔法を完全に封じられたらこれを使え。強化魔法エンチャントをかけておいたから、その辺の刃物よりずっと切れるぞ」

「そうか、ありがとな。正直物理で一番得意なのは肉弾戦なんだが……まぁいい。お守りとしては上等だ」


 鞘付きのナイフを受けとったルーファスは、流れるような手つきでそれを腰のベルトに差した。沈黙が落ち、エメリヒが沈んだ様子で床に視線を向ける。


「……武運を祈る」


 一瞬、エメリヒの瞳に宿った微かな憐憫。半分とは言え確かに血の繋がった兄弟だ。ラッセルの復活がいよいよ危うくなってきた今、死地に向かう弟を見送る兄の気持ちは如何ばかりか。

 死ぬな。生きて帰れ。

 ルーファスは兄のそっけない言葉に万感の想いを受け取り、


「承知」


 こちらも一言だけ返事を返した。あるいは本当に、これが今生の兄弟の別れかもしれないな……と思うと、ほんの少しの恐怖が逆に。闘志に置き換わる。


 ソロモン。確実に息の根を止めてやる。

 さぁ出発だ。


 ──と言いたいところだが。

 ルーファスは部屋の隅で待機していたフランシーヌに向き直る。紺の制服に金髪を下ろし、ぴしりと佇む彼女に、本格的な戦いの前に聞いておきたいことがある。


「フランシーヌ、一応、だが重要な確認をさせてくれ。魔法使い同士の本気のバトルは最悪秒単位での判断が必要とされるんだが、これを理解できるか?」

「はい。今あちらに行けば……その瞬間から戦いが始まると思われます」

「そうだ、不意打ち先手は魔法使いの必勝パターンだからな。この場合、俺達が次にすることは?」

「防御の魔法をかけます。ありったけ」

「そうだ」


 魔法使いは素人から見ると、遠距離攻撃がメインでわりとのんびり出来るポジションだと思われがちだ。だが実情は大きく異なる。

 早い話、例えば戦いが始まった瞬間石化の魔法を食らったらどうなる? 言うまでもなく、自分の攻撃が入る前に味方に「一撃死ないし完全無力化レベルのえぐい魔法」が入ったらその時点で負ける。魔法使いはそれを防ぐ必要がある。


 なので、「これから戦う」なら接敵前にできる限りの準備をしておかなければならない。


 しかしそれだけで事は終わらず、どうせそれが互いにわかっているので、次はバフ剥がしに戦いが移行する。何重にもかけられた相手の防御魔法を剥がし、その合間に敵が同じことをしてくるので、自分のバフをかけ直さなくてはならない。


 指一本触らずに相手を倒せる魔法使い同士の戦いは、目に見えない罠だらけの場所に踏み込む状況に等しい。最悪魔力のオーラを見せず、何一つ口にせず魔法を撃つ達人もいる。そのため戦う場合は事前に念入りに準備を重ね、その上で本番は秒速で魔法のやり取りをする必要がある。


「じゃ、それを踏まえて役割分担と戦略。どう勝とうか」

「でしたら、互いに命をかけるのですから手の内は全て見せあいましょう」

「おっけ」


 ここで最後の相談に入る。得意な事、苦手な事。その上で2人で出来る事。狙う勝ち筋。


「俺、個体を一撃死させる魔法……貫く攻撃と早撃ちは得意なんだけど、範囲攻撃が苦手だ。正確には魔力が持たなくて。短期決戦と確証が持てるならともかく、相手の底が見えない状態じゃ絶対撃てない。

 あと闇、風、炎。これが上から順に得意な属性で、でも水大地氷雷とか、メジャーな属性は大体一通り操れる。一番手に馴染むのが闇云々なだけで」


「そうですか。私は捕縛魔法が一番得意で、しかし詠唱に数秒かかります。これを使うなら、そちらに気を引いてもらっている間にこちらが準備する……とかが実戦的な使い方でしょうか。

 攻撃魔法は光属性が撃てますが、今回に限れば戦力外でしょう。その代わり、バフデバフ回復は期待して下さい。解呪能力も各魔法の一度の効果量ももの凄く高いわけではありませんが、エルフ譲りの魔力量には自信があるので、長期戦にも耐えうるかと」


「おっけ、じゃあ基本は俺が前に出て、アンタが補佐だな。そんで俺が早撃ちで相手を翻弄、隙を見てアンタが捕縛。そこを俺がトドメ、が一番最適解か」

「はい。劣勢の場合は私が前に出ます。恐らく相手とのバフデバフ合戦になるので、貴方は後ろから攻撃魔法でそれの邪魔──援護をしていただけると助かります」

「りょーかい」


 そこでふ、と一息つき。


「ぶっちゃけあっちが“場”に仕掛けをしてる場合、何が考えられると思う?」

「それは正直、考えるだけ無駄です。完全未知の極レア魔法を披露されれば想定なんて全く無意味ですし……どんな状況でもこちらが後手に回るだけ。なので、物理魔法共に即死即戦闘不能を防ぐ。その一点にこだわり、柔軟な発想で挑むしかありません」

 

「でも……地形とか、は」

「決戦の場は宝物庫の前ですよね。そこでまともに戦うのはあちらも不利なので、あちらが一晩かけて準備した別空間に移る、が最もあり得る状況です。必要以上に事を荒立てるのは得策ではない、そして敵も馬鹿ではないので、敵ごと有利な場所に跳ぶ案は現実的ではないでしょう」

 

「最悪…………」


 何が起こるかわからない。改めて認識すると、恐怖も湧くが。


「それでも、勝たないとな」

「はい」


 真正面から見つめあい、決意を新たにする。

 

 片や少女の姿。丸く大きな碧眼に正義を宿し、紺地に金の刺繍が入った制服、白いマントを凛と着こなし、ストレートの金髪を翻す。

 片や若き「女王」の臣下。チュニックに外套ダブレットを羽織り、赤い長髪を垂らした彼は気弱とは無縁。自信と緊張感をその瞳に秘め、凛々しくフランシーヌを見据える。


「即席だけど、今日は頼むぜ相棒」

「正直癪ですけどね。状況上仕方ありません」

「そう言わずに……」





 


 Xデーまであと2日。




 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る