銀髪の魔法使い、ソロモン

第12話 作戦




 1563年 4月30日 夜



 

 豪奢な部屋でじわりと燭台の灯りが揺れる、捜索3日目夜の報告会。

 パトリック、フランシーヌ、エメリヒがそれぞれ今日の成果を報告する。


 

 

 「変装してダドリーと会いました。部屋を隈なく探したんですが、残念ながら何も出てこなくて……すみません」

 

『実際のとこは死神に化けて「兄貴の死体はどこだ」と凄んだんだけど、敵の死体の処理は部下に一任してるって。

 死神殺しについてポーレットの名前と証言まで出しても、何も知らない、やったとしたら部下の独断、の一点張り。今日のとこはこれが限界だな』


 

 

「ソロモンとコンタクトを取れました。そしたら『有事の際、「反女王派だ」と確かに意思表示するなら手を貸す』、と言われました。 

 …………ですが、『私は治安判事である以上、親女王派でも反女王派でもありません。法にのみ従います』と答えた所、返事が切れてしまいました。

 

 事情を話せば私達の味方になってくれると思っていましたが、案外慎重でした」



  

「サマンサ様と遺体を探していたら、宝物庫にやたら厳重な封印が施されていることに気づいた。しかも、午前中に一度弄られている……開けられた可能性がある。 

 それが例の掃除のためか、それ以外のためかわからないので管理者を探したが、管理者エイブラハム・ジンデルは見つからなかった。

 

 しかも、彼の配下である警備C班は本日、掃除以外の業務をしていたそうだ。このタイミングだ、何やら怪しいな」


  


 結論。ソロモンへの嘆願は届かず、やっと掴んだ手がかりが宝物庫と一部兵士の怪しい動きのみ。だが、パトリックはエメリヒの話に心当たりがあった。車座に座る面々を見回し、口を開く。


「そういえば、朝やたら大きな荷物が運ばれていました。どうもそれは水晶で、鎮魂祭で大きな火を作るために他所から持ってこられたとかなんとか。

 で、それを見てたら『C班が特殊任務で出かけてた』って言われて……水晶を運んでたのは……C班? なのかな?」

 

「なるほど? ではそれにかこつけて厳重に死体を管理している可能性があるな。やはり臭うのは宝物庫か」

「それなら、明日は宝物庫の防護魔法を破ることが捜索の肝となるでしょうか。お手伝いします」


 エメリヒが嘆息し、サマンサが身を乗り出す。現状を踏まえると明日の主役はサマンサの言う通り、宝物庫の攻防──つまりバリバリ魔法使いの2人の仕事となるだろうか。


 ではパトリックとフランシーヌはどうすべきか。話題は自然とそちらに移った。エメリヒが顎をさする。


「残りの明日の指針……ソロモンとやらの助力が見込めないなら、次はずばりダドリーの部下。恐らく今回の直接の犯人を探そう。

 ダドリーお抱えの魔法使い……存在するのは確かだが、その所在となると……」

「ソロモンが水晶で呼べたなら、そいつも水晶に呼びかけたら出てこないでしょうか」

「なんと言ったら呼び出せる?」

「うーん」


 一同が首を捻っていると、フランシーヌがはい、と小さな手を挙げた。 


「では、私が『死神を捕らえた』と言うのはどうでしょう。死神は反女王派の彼らにとって敵です。手土産にいいかと」

「ほう、手土産?」


 フランシーヌは一度押し黙り、やがて意を決したように全員を見た。


「相手はラッセル様が親女王派だから殺したのですよね。なら恐らく死神もまた、親女王派として恐れている。なので次の獲物はこいつだ、と……例えばパトリックさんを差し出したら、あちらは食いつくのでは?」


 突然名指しされ、パトリックが身体を震わせる。


「えっっ、それって……僕、敵に捕まるの?」

「まさか。フリですよ、フリ。大事なのは情報を引き出すこと。最後は助けてあげます」


 怯えるパトリックに、フランシーヌが苦笑する。エメリヒは2人を見て小さく笑みを浮かべた。

 

「面白い。元々貴女は親女王派でも反女王派でもない中立ですからね。パトリックがどうなろうが我々は痛くも痒くもないし」

『おい!!』


 エメリヒの冷淡な言葉にパトリックが伝達魔法テレパシーでツッコミをいれるが。エメリヒはそれを無視し、怜悧な視線でフランシーヌを見た。

 

「では、明日の情報収集はフランシーヌ様の話術に任せましょう。パトリックはよほどのことがない限り、フランシーヌ様の言葉に合わせて振る舞うこと」

『短気は起こすなよ。もしお前が本気で抗う場面があるとすれば、それはあからさまに命が危ない時だ。決定的な場面にならない限り、お前は保身をメインに動け』

『はい……』


 兄と弟が密かに視線を交わし、意思疎通する。

 フランシーヌは唇を噛み締めている。


「大役拝命いたしました。尽力いたします」

「…………」


 エメリヒはそれを見やり、しばし押し黙り。


「フランシーヌ様。ダドリーとその配下は反女王派、こちらは親女王派です。身の振り方は賢くお決めになって下さいね。……お互いのためにも」

「……そうですね」


 硬い口調で一言口に出した。この不自然な言葉の意味は、さしものパトリックにもよくわかった。

 フランシーヌは今、死神絡みで内心揺れているのだ。相手は恐らく死神に関する情報を持っている。上手く立ち回ればそれを入手出来る。そんな状況で、彼女がどう振る舞うか。


 これまでの味方を売るか。義理を通すか。


(嫌な展開になっちゃったな……)


 パトリックは静かにため息をついた。

 カタカタと、暗い外を切り取る窓枠が鳴っている。






 1563年 5月1日 朝





 あのあと、パトリックとフランシーヌはどうにかパトリックを死神に見せるための準備をした。赤い髪、黒いマント。最悪、これさえ揃えればそれっぽくなるはずだ。

 フランシーヌはどういうツテか知識か、それらを鮮やかに集めてみせた。そして今、それをパトリックにせっせと纏わせている。その顔は達成感に溢れていた。


「どうですか、カツラ。いい感じですね」

「嫌だぁ…………カツラ気持ち悪い……ふわふわする……」

「何をおっしゃいます、おしゃれカツラは今や貴族の間でトレンドなんですよ。そんなんじゃパトリックさん、貴族になれないですよ」

「ならなくていいです……」


 俺は元々貴族の血筋だからならなくていいんだよ。その言葉を必死に飲み込み、パトリックは長く垂らした偽の赤髪を摘む。リアル人毛の安い奴だ。ちょっと怖い。フランシーヌはそんな彼の内心などお構い無し。青い双眸を細めてパトリックの手を取った。


「兵士のお仕事に関しては、私がチャーリーさんに言い訳してあげます。さぁ、行きましょう!」


 きらめく朝日が差す中、まずはフランシーヌが日程調整に出かける。ついでパトリックが、怪しさ満点の姿で宮殿に向かう。辿り着いた宮殿内では、様々な人々が既に仕事を始めていた。突如現れた黒マントの男に、人々がぎょっと視線を向ける。 

 しかしフランシーヌは怯まない。ふわりと光のオーラを両手に集め、


〈慈愛の女神エウメニデスよ、我に力を与えたまえ。

 光のルーメン抱擁コルビス


 少女の姿ながら堂々と、パトリックに捕縛の魔法をかけた。硬質な音を立て、輝く鎖で繋がれた両手。俯き、赤い長髪と黒いマントしか見えぬ姿。完璧だ。あちらがこれを見たら、きっと嘘を信じてくれるだろう。


 2人は準備を整え、ホワイト宮殿玄関ホールの水晶の前に立った。

 応えてくれ。

 祈りにも似た気持ちで水晶を見つめる。


「ロードリック・ダドリー様配下の魔法使い様……死神をとらえました、謁見願います……」


 すぅと周囲の喧騒が遠くなる。フランシーヌが細い声で話しかけると、


『────』

 

 反応なし。


「…………」


 反応なし、か。

 まぁ、そう簡単には応えてくれないか。


「やっぱ無謀なのでは? こんな怪しい二人組じゃ来ないですよ……」

「いえ、多分……」


 ぼそぼそ水晶を見ながら話す2人の後ろ。宮殿の奥から、すぅっと影が現れた。それはまるで空間から黒い水が染み出すように自然で、二人は声をかけられるまでまるで気づかなかった。


「フランシーヌ様」

「?!」


 呼ばれて振り返ると、そこにはソロモンの姿があった。パトリックからすると初見の男。縦にずんと長く、長い銀髪に黒く装飾の多いローブを纏った姿は、いかにも高位の魔法使い然としており、畏怖を感じさせた。

 たじろぐパトリックに対し、フランシーヌは動揺一つ無い。ぽつりと冷めた声を上げた。


「…………やっぱり、貴方でしたか」

「心は定まりましたか?」

「見ての通りですよ」

「……? ??」


 にやりと微笑むフランシーヌ。静謐に佇むソロモン。死神の仮装をしたパトリックは1人事情を飲み込めないまま、2人を見つめた。

 ソロモンは感情のない目をしている。しかし、会話はきちんと出来るようだ。静かに手を出し、奥を指し示した。


「では、こんな所で込み入った話をするのも何ですから、私の居室にどうぞ」

「はい」


 拘束の魔法でこれみよがしに手首を繋がれ、ソロモンのあとを歩く二人。パトリックはじろじろ見られ、「あれもしかして死神……?」と囁かれることに、若干居心地の悪さを感じた。だが、今日の彼は会話の主導権を握れない。ただ廊下の窓から外を眺め、事の行方をフランシーヌに任せるだけだ。


「さて貴方、本当に死神なんですか?」


 しばしの無言の後。ソロモンが声を上げ、パトリックは少なからず驚いた。最初に話しかけるのがこっちなのか。

 

「あっ、ああ、もちろん。なんか文句あんのかよ……」

「どういう風の吹き回しなのですか。優秀なクォーターエルフの治安判事相手とはいえ、こんなに無様に捕まるとは」


 どうやら、内容は「これまで一切捕まらなかったくせに突然どうした」ということらしい。確かにな。俺達が本気を出せば、治安判事1人になんてしてやられない。でもここはそれっぽい理由を述べなくてはならない。

 パトリックは気持ち声音を変え、にやりと笑った。

 

「仕方ないだろ、まさかの不意打ちだったんだ。こいつの方がやり手だったってことだろ。見た目子供こんなだしよ」

「それはそうですが」


 誤魔化せた。ついでに、発言権をもらえるなら今のうちに聞きたいことを聞いておこう。

 すなわち、フランシーヌがソロモンのことをいかにも知ってる素振りかつ、微かに不穏な空気を孕ませていることだ。


 演技。敵に与するそぶりなのは、演技のはずだ。しかし「やっぱり貴方でしたか」という言葉に乗った感情。に、嫌な予感がする。

 本気の演技なら、もっと嬉しそうに敵にすり寄っていいのに。だから、まさか。


「それよかお前。騙したのか? 『やっぱり貴方でしたか』って何?」

「さて、なんのことでしょう」

「もしかして…………こいつの名前」


 とぼけるフランシーヌに、じわりと。嫌な汗が出る。

 

「もう種明かしをしてもよいでしょうか?」


 ソロモンが口を開き、思わずそちらを見るパトリック。

 

「なんの話……」

「私の名前はソロモン・ラヴクラフトと言います。ダドリー様直属の配下。つまり貴方の敵ですよ」

 

「…………フランシーヌ…………ッ、お前、ずっと…………」


 フランシーヌは澄ました顔で前を見つめている。やりやがった。本当にそうだった……エメリヒも初期から離反の可能性を指摘していた。でもそんな読みが当たったところで嬉しくない。

 いや落ち着け。これは、本気の離反? 演技? どちらだ? どちらとも取れる。精巧な嘘か。苦しみの交じる真実か。

 悪い方にばかり想像が膨らむ。パトリックは思わず「演技である」可能性を忘れ、フランシーヌを睨みつけた。


「…………仲間が、黙ってないぞ……!」

「私は真実を知りたかっただけです。この人が死神の敵であると示せば、死神について詳しく教えてくれると言ったので」

「…………!」


 フランシーヌの冷えた声を聞き、弾かれたようにソロモンを見る。死神について。こいつがラッセルを殺した本人だとしたら、それをフランシーヌに言うつもりか。


 いや待て、あくまで「パトリック」は「死神役」として差し出されてるはずなんだ。ならば、シナリオとしては、今眼の前にいる死神(仮)は情報源にならない、そういう設定か?

 そして実際は、フランシーヌがずっと知りたがっていた「姉の死」についてこいつが何らかを知っている? それを知りたくてこの機会を利用しているだけ? 


 あれこれ思考を巡らせて居るうちに、長い回廊を抜け、人気ひとけのない場所に出る。いよいよ味方はいない。もしフランシーヌが本当にあちらに着いたなら、ただでさえ不利なのに2対1だ。勝ち目はかなり薄くなる。

 演技ウソまことか。思考が堂々巡りして。


 いや…………


 まて…………………


(俺は大事なことを忘れている)


 ソロモンが殺したのは恐らく「死神」だ。フランシーヌが死神の仲間であるかどうかをやけに気にするのは、暗殺組織「死神」の報復を恐れてのことだろう。あるいはフランシーヌ本人を死神組織の一員と思っているかもしれない。

 

 だが、フランシーヌ本人はどうだ。彼女はあくまで今回「カヴァデイル家のラッセル」を探しており、「死神はラッセルとノットイコール」だ。

 その上で「ソロモンが掴んでいる死神の情報」を告げられたらどうなる?


 


「私、こないだ死神を殺して死体遺棄したんですよ」

「へぇ、私はここにラッセル様を探しに来たんです」

「え? でもこないだ殺したのは確かに死神で……ほら、城から出て肉屋の前辺りで」

「え? それ、確かラッセル様が死んだはずの場所では?」



 

 わああああ???!!!

 

 つまり、そんなことになったら、「カヴァデイル家のラッセルが死神である」ことがバレ、それらと繋がりがあるマールヴァラ家もスターレット家もなんならパトリックが属するリプソン家もみーんな死神稼業に関わりあることがバレて、一網打尽だ!


(ヤバいヤバいヤバい……!!)


 最悪「パトリック・リプソン」が死神とバレてもかまわないが、ラッセルがそうであるとバレるのは非常にまずい……! いや、仮にパトリックが死神だったとして「個人で勝手にやってる事です♪」が通るだろうか?

 

 ぶっちゃけない。組織で動いていることは薄々各所にバレているはずだ。

 それに、仮に損害が「パトリック」だけだったとしても、ラッセル探しの今後に大いに支障が出る。


(…………くそ、現実逃避してる場合じゃない)

 

 パトリックはぎゅうと両手を握りしめた。

 このままいくと、ソロモンが余計な真実を告げると、まず間違いなく

 ラッセルは死神であるとバレる。

 それだけは避けなくては。


「…………嬉しいですよ、ついに貴女がこちら側に来るとは。これで百人力ですね」


 2人の眼の前では、ソロモンがしれっと勝利宣言をあげている。フランシーヌの嘘(?)をあっさり信じてくれたのは助かるが──


「とりあえず、確かな証明を兼ねてこの男を厳重に簀巻きにしていただけると助かります。殺しはお嫌なのですよね。では、我らの大願が成就するまでこれに何も出来ないようにしていただけると嬉しいです」

「そうしたら、死神について教えていただける?」

「そうですね、本気の拘束魔法をかけていただけるなら」

「わかりました」


 なんか不穏な会話してる。

 しかも


「あっあとそういえば私、ここにラッセル様を探しに来たのですが……」

「え?」

「!!!!」


 爆弾の導火線に火が着いた。ああもうこれ以上待てない、一寸たりとてこいつらに会話させられない!

 緊急事態だ、どうにでもなぁれ!!!!!


 パトリックはすぅっと息を吸い込み、


「わ━━━━━━!!!!!!」

「「!?」」


 唐突に全力で大声を出した後。不意を食らって2人に隙が出来た瞬間、


 ダンッッッ、


 バリン!!!!!!


 勢いよくジャンプ、ダイブしてすぐ側の窓を蹴破った。手首の拘束もそのままに身体を捻り、すぐ下の階の窓を立て続けに割ってそこに飛び込む。


 とにかくあいつらの会話を止めなくては!

 そのためには……なりふりかまってらんねぇ!

 

 最終手段に出る!!






 Xデーまであと3日。









 

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