第11話 疑惑
1563年 4月30日 午前
王都ロンディニウム、ホワイト宮殿3階。春の風が吹き抜けるしんとした廊下で、片や国内にて大きな権力を持つダドリー。片やそれと対極にある勢力に属する暗殺者ルーファスが、静かに対峙する。
「へぇ、部下の報告、ね。
…………じゃあ、ある程度は諸々筒抜けと思っていいな。兄貴はどこだ。死体、隠してるんだろ。今回はいっそ、兄貴の死体さえ返してくれればチャラにしてやってもいいぞ」
「……それは陛下の意思か?」
「『俺達』の意思だよ」
表向き、死神は女王の敵を単独の意思で殺し回っていることになっている。しかしダドリーほどの立場となると、女王を巻き込んだ陰謀の可能性を考えるようだ。
違う。異母兄ラッセルが
仇討ちに、来たのだ。
死神代表としてダドリーの前に現れたルーファスは、不敵に笑みを浮かべる。
「…………」
それを見たダドリーがちらと周囲を見る。他の人間に聞かれるのを気にしているのか。それとも、自室に引き込んで秘密裏かつ安全に「処理」するのが目的か。
「……………死神は、何人いるんだ」
「答える義理はないな」
「だが組織なんだな」
「ああ、アンタの喉元にすぐ食らいつけるくらいには、あちこちに潜んでいるよ」
「……………」「………………」
腹の探り合い。お互い魔法使い。いつ即死の魔法が発動するかヒヤヒヤする。「こいつを消す」とどちらかが決意した瞬間、ここは何らかの形で「消し飛ぶ」。
「…………俺達の望みは言ったぞ。そっちはどう出る」
「…………正直答えあぐねる。死ぬか否かの瀬戸際だからな」
「ああ。舐めた事言うと今日が命日になる」
「………………」
ダドリーはしばし悩み、視線を彷徨わせると。うん。と頷いた。
「もしそちらの目的が本当に仲間の死体だけなら、ここは穏便に済ませよう。正直な話、敵となった者の処遇は部下に一任している。よって私は何も知らない」
「ならこの部屋を全て調べてもいいか?」
「ああ、好きにするといい」
ほんの少し、相手が警戒を解いた気がする。舐めてんのか。ルーファスは眉間にシワを寄せ、ダドリーを睨みつけた。
「そう言って背中から撃つという可能性は?」
「それはそちらも同じこと。私とて心穏やかではない」
「…………じゃあ、アンタは目隠ししろ。俺は、この部屋を一周探し回って、それを逐一報告する」
「…………信じるぞ」
「ああ、ここは一時休戦といこうじゃないか」
ルーファスの言葉を聞いて、ダドリーが薄く笑む。その態度にむかっ腹が立つ。随分な自信だ、よほど見つからないよう隠しているのか?
滾る思いはあれど、目的は死体だ。ルーファスは自らの宣言通りダドリーの視界を奪い、ガタガタと室内の捜索を始めた。収納という収納を開け、ある程度大きな塊を探す。まさか砂粒単位への分解など、早々出来ないだろう。
しかし中を見てもない。袋。箱。人が入りそうな物。空間拡張、視覚誤認の魔法という線も無さそうだ。それらは触ればわかるから。なのに収納には、ただ衣類とタオル、本が入れられているだけだった。
……チッ、収穫なしか。
「西のタンス、貴金属類。収納はこれで終わりだ。本当にないな」
「だから言っただろう」
余裕綽々。その態度が気に食わないが、仕方ない。次は情報収集だ。ルーファスは目隠しをして椅子に座るダドリーの正面に立つ。
「さて、ここからは新たな取引なんだが」
「目隠しを取っていいか?」
「そのまま聞け。そして答えろ。なぜ死神を1人殺した。少なくともアンタの部下が死神を殺したことは知っているんだろう」
「………………」
無言。黙秘のつもりか?
だが、ここで事を荒立てると魔法で一撃死しかねない。次。
「あと、ポーレット氏に死神と関わったか聞いたら、ダドリーが悪いって繰り返したらしいぞ。何か、噛んでいるんだろう?」
「そうか、あの狸はそう言ったか」
この質問は手応えあり。否……確実に。ダドリーとポーレットの間で、死神に関するやりとりをしたんだ。臭い。
「裏が確かにありそうなら、生きた状態で縛り上げるぞ」
「…………」
ここが攻め所なら、命も賭けよう。ルーファスは気配が伝わるよう、ダドリーの間近に立ち彼を見つめた。視界が塞がれていようと、否だからこそ。近くにいる。魔法使いが。刃物などなくとも、それは充分な脅しだ。その事実が相手にありありと伝わっているはずだが。
「……いいや、あのジジイがなんと言おうと私は関わっていない。結論から言えば、私の部下が独断で動き、それをあいつが勝手に勘違いしたのだろう」
目隠ししたまま、ダドリーが小さく笑う。ふうん、そういうシナリオなのな。ルーファスは唇の端を釣り上げ、大仰に肩をすくめた。
これ以上の追求は無意味だ。あちらがそういうテイで話をするなら、責任は全て部下にあり、自分は関係ないと繰り返すだけだろう。
なら、地位と魔法の実力が比例するこの世界で、高い地位を持つ貴族と空間を共にするメリットはない。死ぬ前にずらかるかな。
「そうか。とりあえず今はこれでいい。邪魔したな」
ルーファスはそれだけ言い残し、瞬間移動でス、とダドリーの執務室から消えた。
次の瞬間、彼の視界は誰も居ない兵舎の自室に変化していた。ここなら安全だ。ふぅ。と一息つき、安っぽい寝台に腰掛ける。
(魔法使いが2人、互いに睨み合ってる状態じゃどのみちまともな情報なんか得られない。命惜しさにでたらめを言うだろうからな。それより収穫は、ダドリーが「自分は関わってない」と嘘でもハッキリ言ったことだ。
次部下とやらに会った時、これで揺さぶりをかけて……あわよくば仲間に引き入れられたら儲けだな)
胸につけていたブローチを外し、ピンと指で弾く。次の瞬間ルーファスの赤髪は弾け、すっと短くなった。紺の髪、灰色の瞳。また地味な容姿に戻ったところで、さて。
1563年 4月30日 朝
時間は少し巻き戻る。
朝食をかっ込み、パトリックと別れたフランシーヌは、必死に兵舎から宮殿へと走っていた。
明らかにエメリヒに疑われている。ならばせめて、立場が本格的に悪くなる前に、なんとか死神の情報を掴まなくては。紺の制服と鮮やかな金髪を翻した彼女が辿り着いたのは、ホワイト宮殿玄関ホール。通信が出来るという水晶の前だった。
『やっと1人になりましたね』
早朝に近い時間故、音のない玄関ホール。一縷の望みをかけてここに来た途端、突然声が聞こえて飛び上がるほど驚いた。
「貴方は、ソロモン、ですか」
『こちらに与する覚悟が決まりましたか?』
話が始まったと思った瞬間、言うことがこれか。フランシーヌは些か呆れつつ、答えの代わりに質問を返す。
「そうだ、と言ったら何が得られるんですか。
貴方が言っていた真実……とは?」
死神に関する真実。彼女はそれが知りたい一心でここまで来た。ザカライア氏の依頼を反故にするかもしれない。有力貴族、マールヴァラ家を敵に回すかもしれない。
それでも、姉の死に辿り着きたい。その一心で。
すると、その気持ちを汲んだかのような質問が返ってくる。
『……死神が憎いですか』
「ええ、とても」
言うまでもない、当然だ。何を確認しているのか。
フランシーヌがハッキリ返答する、その声を聞いて。
通信の水晶は、その向こうにいる恐らくソロモンは、少しだけ声を潜めた。
『では、今一緒に居る人間たちが死神の一派だとしたら、貴女はどう動きますか』
「?!」
一瞬驚いたものの、フランシーヌは内心首を捻った。いや、元々一応、そのつもりで動いていたはずだ。そもそもここまで来たのも、パトリックを疑っていたからで……いや、一応依頼された義理もあるけど……。
だが、数日彼らと過ごした。その上での意思を問われているとしたら。
フランシーヌは誰も居ない宮殿のエントランスホールで、確かな声音で回答した。
「………………私は、姉の死の真相を知りたい。だから、出来れば姉を殺したのは誰か、どんな状況だったか……姉の最期の言葉を……あれば聞きたいです」
質問の意図をわかりつつ、あくまで濁した。今はどちらが敵かわからない。正確には、敵に回すとより不利な陣営がわからない。それもわからず所属を明らかにするメリットはない。
ソロモンはそれがわかっているのか否か。些か不満そうな声が返ってくる。
『ふむ、現状に対する具体的な行動は答えてもらえない。では、今身をおいている集団と縁を切ることは可能ですか』
「えっ?」
『私は貴女が死神と手を組んでいるのか、そうでないかが知りたい。あちらの味方としてこちらに潜り込まれては困るので……いざと言う時、私達の味方になるという確証が欲しいのです』
なるほど、あちらは明確に自分を引き抜きたいと。そのための餌が死神の情報であると。そういうことだったのか。
なら、答えはこれだ。
「…………確証…………しかし、それは貴方が何者でどんな立場かわからないと決断出来ません」
『どんな立場か。その点で言えば、私は死神の敵です』
そんなことは知っている。
問題は、個人あるいは集団として「信頼がおけるか」だ。
「では質問を変えます。貴方は法の敵ですか?」
『法の敵……?』
「目的のために手段を問わないタイプの魔法使いですか、と聞いています」
殺人も、犯罪も、平気で犯す人間なのか。その返答次第で信用するか否か決める。フランシーヌが水晶を睨みつけると。
『ふふ。さすが敏腕治安判事。あわよくば一網打尽、という腹づもりですか』
「私はどちらの味方でもない、という意思表示です」
茶化された。あるいはこちらの目論見などお見通し、という宣言だろうか。簡単に尻尾を掴ませない奴だ。
『であれば逆に。貴女はお姉様の死の真相を知るために法を犯す覚悟はおありですか、と問いましょう』
「…………!」
『それにはい、と答える覚悟があれば、貴女はすぐにでも真相に辿り着くでしょう』
「…………………ッ」
それは意外な言葉だった。盲点だった。
例えば彼らが死神だったとして、真実が知りたいだけなら、違法な捜査……拘束や拷問込みの過酷な尋問で証言を引き出せば良いという話だ。
だが、それもまた本心の望みではない。
私は。
フランシーヌは顔を上げる。
私は法の番人治安判事として、万人に誇れる人間でありたい。私欲のために権力と魔法を行使するような、卑しい人間にはなりたくない。
だから姉のための犯罪など、一切お断りだ。
「…………私は、出来れば正攻法で真実を知りたいです。死んだ姉も、きっとそれを望んでいます」
しばし無音。通信用水晶は朝日を浴びて輝き、ただの物に戻ったかと思われた。が、
『では交渉は一旦決裂ですね。
今後我々に全面的に手を貸す覚悟が出来たら、また声をかけて下さい』
「えっ、ちょ?!」
そこでふつりと何らかのオーラが消える。どうやら相手が干渉の魔法を本格的に切ったようだ。
しんとした荘厳な宮殿に、小さなフランシーヌが一人残される。
「…………真実を知るために、罪を犯す覚悟」
私は信念を曲げてまでそれに至りたいのか?
そう問われると否、否。きっと、否。
フランシーヌは決意を新たにする。
1563年 4月30日 午後
一方、こちらはエメリヒサマンサペア。
黒いガウンを纏ったエメリヒ、そして白いドレスを身につけたサマンサの白黒コンビは、大掃除の号令を確認した後、比較的早くからあちこちに足を伸ばした。せっかく入り込めるのだ、客人用、つまり普段あまり使われない部屋や、貴重な書物が収納された図書庫も行ってみた。しかし何も出てこない。
大人の体格の男一人。隠すとしたら、ある程度場所は限られる。今頃兵士たちも、そうと知らぬまま遺体を捜索しているだろう。怪しい物が増えていればすぐにわかりそうなものだが。
仕方なく、正攻法もとい普通に入れる部屋の探索は諦めた。次に行くのは出入りに特殊な許可がいる場所。あるいは、元々鍵がかかっている場所。
そも、敵はこの国の大物貴族だ。なんらかの特権を行使して、「何人も立ち入れない場所」的空間に放り込んでいる可能性は高い。
そこでエメリヒは、「重罪人を一旦留置する牢屋」というマニアックな場所を捜索すべく、地下に降りてきた。魔法で灯された松明の炎がゆらめき、薄暗い空間に気持ちばかりの視界を作り出す。靴が立てる小さな音だけが響き、なんとも気味が悪い。早く出たい、と言いたげにサマンサがエメリヒのガウンの裾を引いたところで。
「…………?」
強い魔法の気配。エメリヒは宝物庫に厳重な封印がかけられていることに気がついた。
「姉上……この宝物庫、変ですね? やたらに頑丈な封印がかかってる」
「それは、宝物庫だもの……当然では?」
「いや、違う。『開けられないため』ではなく、『壊されないため』の防護魔法がかかってる。並の盗人対策じゃない……対魔法使い用の防護」
「……それは、城の中の盗難を防ぐ、ため……?」
サマンサの自信なさげな声。だが、それにしても硬すぎる防御。これは恐らく。
「これ、多分。この城の中でも、トップレベルの実力を想定してかけられた魔法だ。つまり、あるとして政治犯対策」
「それは」
ここに、ものすごく重要な物が収められているということ。
2人は顔を見合わせ、ぱぁっと笑みを浮かべた。
「ここ、いつ掃除するのかしら? ぜひ開けるべきだわ」
「怪しいですね、ちょっと今日の掃除がどうなっているか調べてみましょう」
2人は勇んで地上に戻った。しかし、あちこち聞くものの宝物庫の管理者が居ない。……居ない?
「おかしい。俺の立場で聞けば、正確な移動先が出てくると踏んだんだが」
「まさか、ここに敵の手が伸びている?」
「ありえる」
歩き回ったせいで疲れた2人は、一旦中庭のベンチに腰掛けた。これまでに得た情報を整理する。
「宝物庫の管理者。普段の担当は城内警備C班班長エイブラハム・ジンデル……か。こいつが死体を隠す手伝いをして消される、あるいは高跳びした可能性?」
「でもあの魔法陣、そういえばごく最近貼られたものの気がするわ。術式が最新式だったし……インクなんて生乾きだった。てことは時刻はそうね……午前中、とか」
「午前中あれが開けられて、封印をかけ直した?」
「掃除が既に終わったってことかしら? だとしたら、そういう話が出てきてもいいのに……」
煙に巻かれたように消えた宝物庫の管理者。
あるいは彼の安否も、危うい、のかもしれない。
エメリヒは中庭の庭園を眺め、最悪の状況を想像した。
もし、あそこが本当に今回の黒幕の手の内なら。
「……手分けして探す?」
サマンサに問われ、首を振る。
ここで二手に分かれるのは避けた方がいい気がする。
「いや、きな臭い感じがしてきた。常に相手に先手を取られているような……。危ないので、姉上は俺と行動して下さい」
「わかった」
その後もしばらく諦めず、宝物庫の管理者を探すが見つからない。この広い城内で、その気になればすぐ消えてしまえる。消してしまえる。そういうことか?
半ば諦めつつ、これで最後にしようと決めた聞き込みもやはり空振りだった。C班班長は、居ない。ならば……エメリヒははたと気が付き、質問を変えた。
「ならば、警備C班の班員がどこに居るかはわかるか? 少しでも話が聞きたいのだ」
眼の前の如何にも一般兵らしき男は、恐縮しつつ口を開いた。困ったような顔で。
「ああ、そういうことなら……あー、C班は朝一番でなんか……掃除とは別のことをするって言ってたような。そこからどこ行ったんだろ」
ここに来て新情報が舞い込んだ。班長が消えた警備C班は、他の警備班たちとは別の何かをしていた。このタイミングで通常業務とは違うことをしていたと言われると、流石に気になる。
「……掃除の命令とは、外れること」
「それは一体…………」
女王の発令を無視する、無視出来る何か。よほどの事に違いない。
Xデーまであと4日。
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