第10話 掃除





 1563年 4月29日 夜





「何、動く死体リビングデッドをけしかけられた?」

「あらあら、大変だったわね……」

「いえ、ファルシオン一本で撃退したのでそれは全然大丈夫です!」


 どやぁ…………。パトリックが胸を張り、サマンサがくすくす笑う。隣のフランシーヌが「私も一応仕事したんですけど。ねぇ聞いてます?」とつつくのは耳に入らない様子だ。


 捜査2日目の夜。

 王都ロンディニウムで最も高貴な人間が集まる場所、ホワイト宮殿。その3階、侯爵の地位を持つマールヴァラ家に与えられた執務室に、4人の男女が集まっている。

 

 侯爵家長男のエメリヒ、商人の娘として生まれ聖職者に嫁いだサマンサ、クォーターエルフの治安判事フランシーヌ、兵士パトリック。

 彼らによる「カヴァデイル家長男失踪事件」のための報告会はしめやかかつ、つつがなく執り行われていた。


「貴様らの報告、そして墓守りの証言を総合すると、ラッセル様はやはり既に命を落としており、遺体がこの城の敷地の範囲にある、と考えて良さそうだな」

「しかも、直接殺した犯人もいます。間違いなく」

「ふむ」


 パトリックが強く頷き、小さく嘆息するエメリヒ。


「その他報告はあるか」


 すると、最初に手を上げたのはフランシーヌだ。

 

「知人のソロモンについて。一階で行ける範囲全てを回りましたが、居場所の証言は得られませんでした。ただし、玄関横の水晶に話しかければコンタクトを取れるかもと言う言葉を聞いたので、とりあえず伝言を残しました」


 次に手を上げたのはサマンサ。


「ええと、大法官ポーレット様と話したのですが。フランシーヌ様から聞いた言葉をそのまま伝えたら、とにかく『ダドリーが』と繰り返して。『私は無関係だ、女王にもそう言ってくれ』と言われました」


 その言葉に、一瞬全員が息を呑む。死神逮捕、そして(表向き)カヴァデイル家の跡取りを狙った今回の事件には、ダドリー。やはり反女王派が関わっている。


「えっと、女王の元恋人で、国王秘書長官のセシル氏と宮中を二分して争ってるロードリック・ダドリー氏。が、今回の黒幕なんでしょうか」

「まぁ、その可能性は高いな」


 パトリックに尋ねられたエメリヒが椅子の上で大仰に足を組む。


「私は今日、ダドリー氏のライバルであるセシル氏の方に話を聞いてきた。彼の目から見て、最近特に宮中で目立った争乱はないそうだ。が……近く開かれる鎮魂祭。あれは、ダドリー氏の失態をアピールする目的で開かれるらしい。

 

 去年の隣国の宗教戦争。あれに出兵、介入するよう進言したのがダドリー。取りやめるよう進言したのがセシルで、結局セシルの意見が正解だった。その上で、鎮魂祭を催すよう提案したのは彼だそうだ。鎧を燃やし溶かして、再利用すればさらに一石二鳥、とね。だからあるいは、ダドリーはこれに腹を立てて──」


「腹を立てて、親女王派の人間に手を出す?」

「あり得ない話ではありませんよ、フランシーヌ様。あるいは恥をかかされる事に怒り狂って、もっと大きな事件を起こすやも」

「そんな馬鹿な」

「権力者のプライドというのは、時に何を生み出すかわからない怪物なのです。市井の人々にはわかるまい」

「…………」


 そこまで言われて、フランシーヌは小さくうつむいた。さすがにこの辺は、身分が低い者には理解出来ない。引き下がるしかない。


「もちろん、不確定要素が大きいのも確かだ。しかし今は時間がない。ここから調べを進めるのは、決して無駄でも悪手でもないはずだ」


 エメリヒが全員の顔を見回す。


「今は少しでも事件解決の糸口を掴みたい。そこで、当面はダドリーを仮想敵と定め、方針を協議していく。

 まずラッセル様は死んでいた。その上で遺体はどこにあるのか。これが最重要事項だ」

「はい」 

「墓地に埋められていないとなると、例えば死体を氷漬けにしてどこかにしまっている……何か……隠せる場所……」

 

「倉庫とか? 鍵のかかる場所」

「そこまでどうやって遺体を運ぶ?」

「人目を避けたいなら、公共の場には置かないですよね」

「やっぱり、内緒の物は手元に置いとくのが一番じゃないかしら」

「嫌な想像だけど、切り刻んで……運んで……自室、とか?」


 各々が声を上げる中、パトリックの言葉に全員が止まる。見つかりたくない物を隠すのに都合がいい場所。遠くではなく、あくまで極々近い場所。

 ありえる。と全員が感じた瞬間、エメリヒがにやりと笑う。


「よし、では言い出しっぺのパトリック。貴様、ダドリー氏の執務室を調べてこい。適任だろう、平民でどこにも属さず、完全ノーマークだぞ」

「えええ、そうなります……?! でも、だって、行く理由が表向きないじゃないですか!」

「……理由……か」


 慌てたパトリックに問われ、エメリヒが顎をさする。


「ならいっそ…………表から仕掛けてみるか?」

「表から、とは?」


 正攻法だよ、諸君。

 フランシーヌの疑問にエメリヒが笑う。

 

「鎮魂祭で鎧を処分するのに合わせて、あちこちを大掃除してしまおう、と号令を出すんだ。普段入らない場所を中心に踏み荒らせば……」

 

「遺体が、出てくる?」

 

「可能性はある」


 この言葉に、一同は微かながら希望の光が見えた心地で表情を明るくした。その中で、やや不安そうな顔をするのがサマンサだ。

 

「でもそんなこと、突然できるのかしら」

「そこは我らにお任せあれ。女王陛下に頼んでみます。そのための特権階級だ」

「話がでかい…………!」


 最終的に、明日はまず宮中の大掃除を実行すること。パトリックは隙を見て集団から抜け出し、ダドリーの執務室を捜索すること。その間フランシーヌは、引き続き知人ソロモンを探すこと。エメリヒとサマンサは大掃除に加わり、その他の情報を探すことが決まった。


 本日の報告会はこれにて終了。

 それぞれが寝室に戻ろうと散り散りになる中、エメリヒがフランシーヌの肩を叩く。


「……? 何か御用ですか?」


 薄暗い室内で、小柄な彼女が振り返ると。鋭利な視線を湛えたエメリヒがフランシーヌを見下ろしていた。黒髪、黒いガウンを羽織り、縦に長い体躯。影とも形容出来る彼は威圧感があった。


「今更の話ではありますが。

 知人のソロモンとは、信用のおける魔法使いなのでしょうか?」

「……今その話ということは、貴方は彼を疑っているのですね」

「滅相もない。正義のり人、治安判事のフランシーヌ様が信用される方でしたら」


 言葉とは裏腹に、彼の真っ赤な瞳は怯えるフランシーヌの瞳を射抜いた。全員が忙しい中、この状況で「友人に会いたい」程度の感情で動く馬鹿はいない。恐らく彼女はそうではない。

 何かある。エメリヒはそう思っていた。


「…………事情を話せば、私達の味方になってくれると思っています」

「そうですか。それは心強い」


 あくまで言い繕うフランシーヌに、エメリヒは深追いをやめた。それより今かけるべき言葉は。


「では……明日、。」


 離反を防ぐための釘刺しだ。彼はとびきり含みのある笑顔を浮かべてみせた。松明の鈍い光が揺れる中、二者が睨み合う。これが効くような人間なら良いが。






 1563年 4月30日 朝



 



 捜索3日目の朝が来た。パトリックはまたしてもフランシーヌに寝床に潜り込まれたが、疲れもあって存外によく寝ることが出来た。気持ちよく大あくびをして、まずは兵士業に精を出すことにする。

 

 これまでべったりだったフランシーヌは、何やら急いでいる様子で、手短に朝食を済ませた後兵舎を飛び出してしまった。なんだろう? パトリックは一瞬疑問に思ったが、気を使わないでいいのはすこぶる楽だ。周りこそ人だらけだが、監視の目がないだけで酷く落ち着く。

 

 そんな折、ふと見知った顔──チャーリーを見つけることが出来た。


「おはようございます、先輩」

「おー、おはようさん」


 これから仕事とは言え、今はまだ勤務前。チャーリーは腑抜けた顔で片手を上げた。ついで、そそとパトリックの隣に寄ってくる。


「なぁ、お前聞いた? 今日は急遽業務内容を変えて、大掃除をするらしいぞ、らっ」


 キー。と続けたかったようだ。しかしパトリックは、突然冷水をかけられた気分で驚いてしまった。

 

「速いな?!」

「早いな? なんの話だ、オレさっき聞いたばっかなんだけど」

「あっいや……」


 エメリヒが女王に掛け合う、と宣言してから本当に一晩しか経っていない。なのにもう話をまとめ、女王からの通達が下り、こうして下々まで情報が回ってきている。速い。「表向き」影の一族と呼ばれるマールヴァラ家の仕事、半端ない。

 

 そして現実が重くのしかかってくる。てことは、本当にダドリーの執務室を探らなくてはならない。さらにこの大掃除……これで兄の遺体が出てこなかったらどうしよう。これ以上となると、高位の魔法使いが厳重に隠蔽を……ああ面倒くさい。早く見つかって欲しい。


 口にこそ出さないが、パトリックが脳内でぼやいていると、


「────」


 何やら喧騒が窓の外から聞こえてきた。あれは正面玄関の方向だ。沢山の兵士、と、大きな包み……? 遠目ながら、布をかけられた大きな塊を、多数の兵士が協力しながら運んでいるのが見える。

 

「? なんだあれ」


 パトリックの視線を追って、チャーリーも気づいたようだ。すると、周囲の名前も知らない同僚たちが話しかけてくる。


「あー、あれ確か水晶だよ。鎮魂祭で鎧溶かすから、魔法の威力を上げるため使うんだって」

「そういや少し前に、特殊任務だなんだってC班が出かけてたような」

「は〜なるほど?」


「おいお前ら! いつまで油売ってる! 玄関ホールに集まれ!」


 何人かで外を眺めながらやんやしていると、上官の喝が飛んできた。そこで改めて、急遽大掃除することになったと発令が降りる。今日は訓練、見回り勤務を一部中止し、各自交代で指示に従って掃除するよう言い含められた。


(ついに始まる)


 さーて、どうやって仕事を抜け出すか。パトリックは軽く唇を舐めた。いっそ噓はいい。大事なのはダドリーとのやりとり……そちらが本番だ。

 兄の死体捜索だけじゃない。できるだけ情報を掴んでやる。

 そのためにやるべきことは──







 1563年 4月30日 午前







「先輩すみません! めちゃくちゃ腹が痛くてっ……便所行ってきていいですか!!」


 パトリック所属、E班掃除の時間。だらだら時間を浪費するとただ掃除して終わりそうだったので、渾身の嘘を叩きつけて集団から抜け出してきた。

 心が軽い。今日はフランシーヌも居ない。パトリックは悠々と瞬間移動の魔法を駆使し、一気に兵舎へと跳んだ。こんな所で何をするかって?


(会いたかったよ、俺の相棒♡)


 「死神」の姿になるためのブローチを取りに来たのだ。フランシーヌが居らず単独なら、「パトリック」の姿を維持するメリットはない。こっちになって心身共に最高の状態でダドリーと対峙したい。

 そこでパトリックは、否本名ルーファスは、赤い石を嵌めたブローチにちゅうと熱烈なキスをして「死神」の姿へと化けた。


 長く艶やかな赤髪。明るいターコイズブルーの瞳。さらに黒いローブを纏った彼は、軽く髪を一つに纏めると、兵舎の一室から宮殿3階へと跳んだ。ああ速い。魔法最高。

 しかしこの瞬間移動、すこぶる便利だがひとつ弱点がある。術者本人が過去行ったことのある場所しか行けないのだ。それでも、マールヴァラ家の執務室なら守備範囲。さらにここからダドリーの執務室を目指せばいい。

 

(さて、ここからが本番)

 

 そよそよと暖かな風が吹き込む、人気ひとけのない廊下。確かここだったはず。かつて見たこの城の見取り図を思い出し、ダドリーの物と思しき部屋に辿り着いたルーファスは、とんとん。静かにノックした。

 

「ダドリー様、本日は大掃除があると陛下から御達しがありました。掃除致しますのでお開け下さい」

 

 数年所属した兵士業で培った、かしこまった声音で声をかける。しばしの間の後、返ってきたのはやや遠い位置からの低い声。

 

「大掃除の旨は聞いている。だが予定時刻はまだだったはずだ」

(マジ?)


 これは盲点。予定時刻などという概念があったとは。しかしここで怯むわけにはいかない。

 

「……いえ、今に変更になりましたので。すみません、ころころ事情が変わって」

「…………」


 重ねて声をかけるも、返事がない。警戒されている。変な時間に来れば当然か。出直すか?

 数秒躊躇っていると、静かに扉が開いた。


「……何か捜し物かね」

「……!」


 隙間から覗いたのは、凄みのある顔。ルーファスより大柄な、黒髪の美丈夫が彼を見下ろしていた。ロードリック・ダドリー。かつて女王に愛され、現在宮中の勢力を二分するほどの権力を持つ男。


「赤髪の男。死神、か。早かったな」

「………………、何故、それを」

「部下が逐一報告してくれるのでな。いつも五月蝿いと思っていたが、たまには役に立つようだ」

「…………!」


 眼の前で薄っすら笑う、その気味悪い表情。ぱっと見こそ美しいと映るが、その実陰気なオーラを纏わせた姿。ルーファスはダドリーの濁った目を見て確信する。


(こいつ、絶対今回の黒幕だ。

 兄様の行方を知っている──

 どこかに兄様の死体を隠している!)


 死神ルーファス、単独にて敵の心臓部と接敵。その運命はさて如何に?



 


 Xデーまであと4日。

 





 

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