第09話 急襲




 1563年 4月29日 朝




「誰だこの子?」「新人の妹だってよ」「へぇ」

 ざわざわ。


 よく晴れた調査2日目。男ばかりの兵舎で、色白小柄、いかにも女子なフランシーヌはものすごく浮いていた。しかし本人は全く意に介さない。配られる皿と食料をちゃっかり受け取っていた。

 黒パン、スープ、カリカリのステーキの端っこ。

 偉い人たちの残飯を貰い受けるスタイルは屋敷や城務めならどこも同じだが、全員食べる事を考えると、わりと豪勢なメニューな気がする。


「へえ、宮廷務めの兵士ってこんな感じの食事なんですね。貴族の御屋敷みたいに、あるじと一緒に食べないんだ」

「ここの城主は女王ですし、務めている人間もたくさん居ますからね。余所はともかく、全員が同じ空間でってのは難しいかもです」

 

 パトリックにとっては目新しくもない朝食。それを矢継ぎ早に押し込み、パタパタと手を払う。さて、今日は墓地に行くんだったか。 

 巡回の仕事は……まぁ、チャーリーに泣き落としでもして、特別に単独で動けるようしてもらおう。今日は忙しくなるぞ。


「フランシーヌ、食べたか? そろそろ行くぞ〜」

「はーいお兄ちゃん!」


 とにかく、当面はあからさまな違反行為をしなければセーフだ。それとなくフランシーヌに声をかけ、集団の輪から抜ける。

 服装はどうしよう? 城内を彷徨うろついて怪しまれない程度の格好……簡易鎧、辺りか。鎧や武器を収めた倉庫なら場所を知っている。地下だ。パトリックはフランシーヌに向き直り、軽く頭を下げた。


「すみません、僕武器と鎧取ってきます。フランシーヌさんは部屋に戻って身支度してて下さい。あとで合流して墓地を目指しましょう」


 効率を考えるとこれが最適解のはずだった。しかし子供の姿のフランシーヌは、むっす━━━━。と頬を膨らませる。


「あ、駄目、ですか」

「貴方を1人にするのは嫌です。私もそれらを取りに同行します」

「はい……」


 フランシーヌの視線に耐えきれず、仕方なく2人で地下へ向かう。途中、封印のかかった大きな扉──宝物庫だろうか? の前を通り、武器と鎧を収めた倉庫へ。パトリックはそこから簡易鎧と小振りな刀剣を拝借し、身支度を整えた。


(俺、正直中〜長剣での白兵戦は苦手なんだけど……これ以上疑われないためには、これも使わないとかな)


 幅広の刀身が輝くファルシオン。主に室内戦が想定されている宮廷兵士は、ロングソード等の長過ぎる武器よりこちらが一般的だ。よって、有事の際怪しまれないためには、この剣一本で自らの敵を排除しなくてはならない。……仕方ない、腹をくくるか。パトリックはため息をつきつつ、それを革紐で腰から釣った。


(ま、いざとなったら鎧も剣も要らない。拳でぶっ飛ばしてやる)


 パトリックはぱっと見細身だが、実は魔法に負けないくらい得意な戦闘手段を持っている。それはムキムキな養父に手ほどきを受けた、格闘だった。それ故対人で痕跡を残さず倒す、という点で最もスマートなのは、実は彼とも言える。はてさて、墓地で待っているのは鬼か蛇か。


「よし、行きましょう」


 一階に戻り、先輩チャーリーに嘘の事情説明。そこからフランシーヌに身支度を整えてもらい、いざ。宮廷を出て東に位置する共同墓地へ。









 今日はすこぶる快晴だった。ともすれば暑いと言いたくなる気温だったが、ゆるやかな涼風がそれを和らげている。ホワイト宮殿東口のさらに東。さざめく草っ原の賑やかな音を聞きながら砂利道を進んでいくと、やがて白いアーチがかけられている丘が見えてきた。

 恐らくこれが共同墓地だ。


「えーと、ここには管理人さんが居るんですよね」

「はい、この区画に家を建てて住んでるらしいんですけど……」


 フランシーヌに問われ、パトリックが辺りを見回す。お、居た。わざわざ家を訪ねるまでもなかった。外で木桶と箒を持ち、墓場の掃除でもしているようだ。


「あの人みたいですね。ちょっと声をかけてみましょう」


 一心に仕事をする老人に近づき、声を掛ける。


「すみません、祭壇に祈りを捧げたいんです。祭壇はどこですか?」


 にこやかな声音を演出した。老人はパトリックに呼ばれてのんびりと上半身を上げ、こちらを見る。長いガウンとこれまた長いチュニック。白髪混じりの茶髪は伸ばしっぱなしのぼさぼさで、お世辞にも身綺麗とは言えない。まぁ、墓守りなんてこんなものか。


「祭壇? ああ、そこの道をまっすぐ行ったら見えてくるよ」

「そうですか、ありがとうございます!」


 無難な会話。これで表向きの質問は終わった。本題はこれからだ。パトリックはそのままずんずん老人に近づき、小柄な老人の真隣に立った。


「ん、なんだ? まだ何か用か?」

「おじいさん、確かブルックと言う名前でしたっけ。あちらは有能治安判事のフランシーヌという方なんですけど」


 フランシーヌを手で示しつつ、


「死神をどこに隠した」


 ここだけすっと声を潜めた。ほぼ内緒話くらいの声量。しかし、ボケた様子もないこの老人──ブルックには、ハッキリ聞こえたようだ。明らかに目の色が変わった。


「な、お前」

「その顔、知っているな?」

「ちが、違う! !!」

「へえ、じゃあ誰だろう。場所は宮殿の中かな。とにかく城の範囲に居るんだ」

「煩い、黙れ!!」


 どうもこいつは下っ端オブ下っ端のようだ。この程度の揺さぶりに簡単に動揺するとは。しかも、


「お前、この城の兵士のくせにの手下なのか!? ならばここで葬ってくれる!!」


 相手の戦力を過小評価する、どうしようもない小物だった。奥の手はもっと相手を探ってから出すもんだと思うのだが……全く、ジジイは短気で困る。


「パトリックさん! 気を付けて!!」

「はい、油断はなしです」


 ブルックは死霊術師の類のようだ。突如目の前の墓石がガタガタと騒ぎ、中から兵士の死体が次々起き上がってきた。さすが戦死した死体たちだ。首がないやらずたぼろの傷だらけやら、見るに耐えないビジュアルの者が多い。フランシーヌは恐ろしげにヒッと小さな悲鳴を上げ、パトリックのそばに走り寄ってきた。


「え、ええと、どうしましょう。私、捕縛魔法は得意なんですが……そこら中から動く死体リビングデッドが出てくるとなると」

「まぁ、キリはないですね」


 冷静に、淡々と。返事を返すパトリックに、お前正気か? と言いたげな視線を送るフランシーヌ。続々と起き上がり、にじり寄ってくる動く死体リビングデッド。ブルックはフハハ! とやたら勝ち誇った笑みを上げた。


「捕縛魔法?! 温いな! 俺にはこいつら肉の盾がある! かけられるもんならやってみな!」

「くっ、パトリックさん、私が持ってる攻撃手段は光の消滅魔法だけなんです。この人たちには出来れば使いたくない……お願いします、その剣で道を開いて下さい!」

「ええぇ、えり好みですかぁ……」


 現在動く死体リビングデッドとの距離、およそ数メートル。あといくらかまごつけば、確実に食いつかれる。


「しょうがないなぁ」


 たったっ、とパトリックが走り出す。右手でファルシオンのつかを掴み、抜き出してさらに動く死体リビングデッドに迫り──


効果付与エンチャント系の魔法はラッセルにいの方が得意なんだけどなぁ)


〈……風のウェントゥス宝剣グラディウス!〉


 小声で唱えた瞬間、スン、とファルシオンが魔力のオーラを帯びた。緑のオーラを纏ったつるぎを振り回し、パトリックはスパスパと死体どもを切り刻んでいく。


「なッ?!」

「すごい!」


 言うまでもなく、本来一般兵用に作られた安い剣で、これほど見事に人体を斬り飛ばす事は不可能だろうが。魔力で硬度、鋭さ、滑らかさを増したファルシオンは刃こぼれ1つしない。仮初の主を守ろうと肉団子になる動く死体リビングデッドを切り捨て、一直線にブルックに迫る。


「フランシーヌさん!」

「は、はい!」


〈慈愛の女神エウメニデスよ──〉


 恐らく捕縛魔法を使うのだろう、フランシーヌが呪文詠唱を始めた途端、


「捕まってたまるか!」


 ブルックは意地汚く逃げ出した。ジジイのくせにけっこう速い。いつもこうやって動く死体リビングデッドに敵を任せ、逃げてばかりいたのだろう。

 2人は目配せもなく共に走り出した。


「捕縛魔法だって?! その対象ターゲットが動いてちゃ、照準も上手く定まらないだろう! ザマァ!!」

「はぁ? 見くびってもらっては困りますね。私は物理的な障害がない限り、どんなに互いが動いてても当てるんですよ」


 パトリックが援護する中、2人でブルックを追う。墓石が並ぶ草っ原の墓地。かなり走らないと脇の森には逃げ込めない。つまり視界良好、障害物なし。さらに現在直線距離にして約10メートル、丁度真正面にブルックがいる形。撃つなら今だ。

 左右から次々飛び出し、襲いかかってくる動く死体リビングデッドを斬り伏せ、フランシーヌの視界とを確保する。


「……ここだ!」


 パトリックが叫ぶと、


〈慈愛の女神エウメニデスよ、我に力を与えたまえ!

 光のルーメン抱擁コルビス!!!〉


 フランシーヌが光の捕縛魔法を唱え、その手から伸びた眩い鎖がブルックに迫る。捉えた! ぎゅん、と細いジジイの身体に巻き付き、その自由を一気に奪う。


「よっし、知ってる事全部吐いてもらうぞ!」


 これでラッセルの遺体の情報をさらに聞ける。一歩前進だ! 追いついたパトリックはそう思ったのだが。


「がッ、かは……ッ」

「「!?」」


 捕まえたブルックが突然苦しみ始め、その肌が徐々に黒い文様に侵食されていく。これは、呪い?

 あっけに取られているうちに、彼はあっという間に真っ黒になり、最後はぼろぼろ崩れて消えてしまった。ほんの数秒の出来事。パトリック、フランシーヌはほぼ同じタイミングで唾を飲んだ。


「……死んだ、んですかね」

「してやられました。恐らく口封じでしょう。蘇生もさせないよう、完全に消し去るとは……かなり陰湿です」

「…………」


 術の使い手が死んだ途端、死体たちはパッタリと動きを止めた。光の鎖も拘束すべき対象が消え、パキンと音を立てて消える。……証拠が消された。恐らく、今回の事件の首謀者。黒幕に。

 後味の悪い感情を残し、温い風だけが墓地を撫でていく。



  

 

 

 1563年 4月29日 午前

 




 

「まぁ、終わった事を悔いても仕方ありません。次に行きましょう」

「じゃ、次は私の知人を探しましょうか」


 宮廷内に戻り、しばし。2人はひたすら歩き回り、出会う人出会う人全員に「ソロモン」の情報を聞いて回った。


「銀髪で胡散臭い魔法使い……ソロモンを探しています」


 少女の姿のフランシーヌが尋ねると、大概の男は可愛いと鼻の下を伸ばし、女はほんわかと目を細めた。

 

「魔法使いって大体胡散臭くね?」

「貴族お抱えの魔法使いが山程出入りしてるからなぁ、誰だそれ」

「見たことはあるかもだけど、名前までは知らないかも」


 集まった情報を総合するとこんな感じで、つまり具体的な居場所はこれと言ってわからなかった。一階は大体回った。こうなれば2階以降も攻めるべきか。光の差し込む回廊を並んで歩きながら、パトリックとフランシーヌが頭を抱えていると。


「お、ちゃんと仕事してるんだな」


 “妹への案内を兼ねて城内を巡回してきます”と言って別れたままだった先輩兵士、チャーリーだった。彼は彼で何かしらの用事をしていたようだ。1人すたすたこちらに近寄ってくる。

 フランシーヌは「思いついた顔」をして口を開いた。


「あの、ソロモンって魔法使い知ってます……? 銀髪で怪しい……黒いローブの……」


 ここまで来ると、かなりやけくそに近いアクションだった。一階で働くほとんどの人間が知らないのだ、今更イチ兵士のチャーリーが知っているわけがない。

 しかし2人の諦念とは裏腹に、チャーリーは「ああ」と声を上げた。

 

「多分、たまに見るけど……それがどうした?」


 えっ。たまに見る? 銀髪の魔法使いを?


「いや、銀髪で黒ローブの魔法使いが複数居たら知らんけど。こう、さらさらストレートロングヘアでむすーっとした、陰険な感じの……」 

「わかります、それですそれ。多分……ッ! 私達その人に会いたいんです、何か方法はありませんか?」


 思わぬ収穫に前のめりで尋ねるフランシーヌ。するとチャーリーはぽりぽり頬をかいた。

 

「じゃあ、玄関ホールの水晶に話しかけたらどうかな。なんかあれが通信か何かしてるらしくて、たまにあれきっかけで警備の魔法使いが飛んでくるから」

「へぇ」


 そういえば、宮廷に入ってすぐの所にバカでかい水晶が鎮座していた。あの水晶越しに音声か映像を保管している……? それでソロモンが反応するということは、警備係の他の魔法使いもあちこちを見張っているという事で、安易に味方につける事は叶わないか……?

 それでも。


「せっかく掴んだヒントです。やってみましょう!」

「そうですね……!」


 2人はチャーリーに礼を言い、慌てて正面ホールに移動した。そっと誰にも見られないよう、こちらと会ってくれるよう話しかける。連絡はこれで正しいのかわからないが……とにかく、大いなる一歩だ。

 今後が楽しみ。2人は満足げにホールを後にした。



 


 

 Xデーまであと5日。




 


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