アオイさんのノート③

先輩方の埋めたタイムカプセルを勝手に掘り返す……なんて許可が取れるわけもないので、俺は「生徒会による中庭の再生計画」というプロジェクトをでっち上げることにした。

「正門付近の中庭は長年に渡ってまともに管理されておらず、雑草の生い茂る空閑地となっており――」などと問題を提起し、長ったらしくてそれっぽい計画書を作成。要約すると「花壇を作るので中庭を掘り返させてくれ」と学校側に要求したのである。


「……そんなことで本当に許可が取れちゃうものなんですね」

「取れちゃったなぁ。これが日頃の行いってやつよ」


爆速で計画書をこしらえたのが一昨日。校長先生にプレゼンして許可が下りたのが昨日。そして今日、俺たちは園芸部から借りたシャベルを携えて中庭に立っている。

なにがなんでも許可を勝ち取るつもりではいたが、正直こうもスムーズにいくとは思っていなかった。駄目で元元、整備したいなら是非やってくれ、というような対応だったから、荒れ果てた中庭は学校側にとっても悩みの種になっていたのだろう。


「なんにせよ中庭を掘り返す許可は得た! あとはタイムカプセルが出るまで掘って掘って掘りまくるぞ!」


土曜日の午前中。授業はないが部活生のために学校は開放されている。今日は夕方の閉門時間まで、俺たちは地道に中庭を掘り返していく予定だ。

お目当てのタイムカプセルが中庭のどこに埋まっているのか、正確なところはわからない。中庭は上から見るとゆるやかな台形で、広さはおよそテニスコート二面分。かつて芝生が張られていたという土壌は、今やすっかり雑草畑と化している。

このプチジャングルからたったひとつのタイムカプセルを掘り返すのはなかなか骨が折れそうだ。しかし時間はたっぷりあるから、きっと見つかるだろうと今は楽観視しておく他ない。


「さすがに草が多いな。掘り返す前に草刈りから始めたほう……が……」


ふと隣を見ると、隠神はすでに穴を掘り始めていた。足元は雑草だらけでシャベルを突き立てるのも難儀するレベルなのだが、隠神はまるでプリンを削るように穴を広げていった。ざっく、ざっく、と土が積みあがっていく様が見ていて心地いい。


「……前世、ショベルカーか何か?」

「さぁ? 私に前世があるとすれば"美の女神"とかじゃないですかね」


一応、俺も地面にシャベルを突き立ててみる。足で押し込めばなんとか刺さるが、雑草の束に邪魔されて上手く掘り返すことができない。

肉体労働における俺と隠神の戦力差は歴然だった。呪いがどうとかはさておき、普通に隠神に任せておけばよかったんじゃないかという気がしてくる。


「ほらほら和泉ちゃん、早く手を動かさないと日が暮れてしまいますよ」


やっぱり一人で作業しててくれ、なんて今さら言えるはずもなく。微力も微力ながら、俺も地道に穴を掘り始めた。


「1000メートルくらい掘れば出てくるでしょうか」

「温泉でも掘り当てるつもりか?」

「でも実際、タイムカプセルってどれくらいの深さに埋まってるものなんでしょう」

「埋めた人の匙加減だから確証はないが……たぶん、そんなに深く埋められてはいないと思う」

「どうしてです?」

「目印がないからな」


タイムカプセルを埋めるなら、掘り返すときのことも想定しておかなければならない。つまり「どこに埋めたか」を一目でわかるようにしておくのがベターだ。大きな木の根元や、銅像の近く、そういう目印の近くに埋めておけば数十年後経っても見つけやすい。

ところがこの中庭には目印になりそうなものが存在しなかった。埋めた直後には看板か何かを立てておいたのかもしれないが、少なくとも今はその痕跡も見当たらない。イタズラで引っこ抜かれたか、台風で飛ばされたのか……なんにせよ、放置された立て看板が何十年も保つわけがない。


「あまり深く埋めると探し当てるのも難儀だからな。大した目印もなく埋めたってことは、簡単に掘り返せる程度の穴しか掘らなかったってことなんだろう」


あとでちゃんと掘り返す気があったなら、の話だが。

当時の卒業生が"アオイさんのノート"を封印するつもりで埋めたのだとすると、タイムカプセルがとんでもない深さに埋められている可能性は否めない。


「とはいえ、あんまり浅すぎると大雨なんかでタイムカプセルが露出する可能性もあるからな。1メートルくらいは掘り下げたとみるべきだろう」


目測で地下1メートル程度を目途に、中庭を掘り進めていく。隠神が穴を五つ掘る間にようやく一つというペースではあったが、俺も地道に捜索を続ける。

予想していた以上の重労働だ。夏本番というにはまだまだ早いが、太陽光が白い矢となって全身を突き刺してくる。シャベルを振るたび、汗が土くれと共に弾けていった。


「あ゛ーーー……暑ぢぃーーー……なにが悲しくてこの炎天下で穴なんか掘ってんだ俺らは」

「まぁたしかに。これだけ苦労して、出てくるのが呪物だとしたら割に合いませんねぇ」

「せめて金銀財宝でも埋まってろって話だ」

「案外、タイムカプセルの中身は大判小判がざっくざくってやつかもしれませんよ」

「知ってるか隠神。日本の法律じゃあ、掘り当てた金銀財宝は遺失物扱いになるから所轄の警察署に届けないといけないんだぞ。これを怠れば遺失物横領の罪に問われる」

「なんと。トレジャーハンターに厳しい国ですねぇ」


とか、そんなことはどうでもよくて。この炎天下のせいもあり、モチベーションが上がらないのは大問題だった。


「だいたい事情が事情でなきゃ、呪物の発掘作業なんかしたくないんだよ俺は。正直、地雷原を掘り進めてる気分だ」

「やる気を出すために勝負でもしますか。先に見つけたほうがご褒美って感じで」

「いいけど、現金を賭けるのはダメだぞ。賭博罪になっちゃうからな。ギャンブラーにも厳しいんだ、日本は」

「真面目ですねぇ。それじゃあ、負けたほうがご飯を奢る、というのはどうです?」

「まぁ、そのくらいなら。じゃあ俺が先にタイムカプセルを見つけたら、隠神の奢りで牛丼な」

「いいでしょう。では私が先に見つけた場合、和泉ちゃんは毎朝私に味噌汁を作ってください」

「その要求って"奢り"のカテゴリで合ってる?」


ひたすらに掘り返し続けて二時間ほどが経過した。隠神が掘った穴は塹壕のように中庭を侵食しているが、タイムカプセルはまだ見つからない。

お昼時にもなると周辺の人通りが多くなってきた。体育館や運動場で練習に打ち込んでいた部活生たちが昼食を買うために出入りするからだ。買ってきた弁当を中庭近くのベンチで広げる生徒たちもいて、一心不乱に土を掘り返す俺たちを遠巻きに観察しているようだった。


「腹減ってきたな。俺たちも休憩にするか?」

「けれど二人して汗だくの土まみれじゃ、昼食も買いに行けませんね」

「それもそうか。着替えを用意しておくべきだったな」

「いったん家に帰ってマイクロビキニに着替えてきます?」

「いったん家に帰るならマイクロビキニじゃない服に着替えような」

「似合うと思うんですけどねぇ、和泉ちゃん」

「しかも俺が着る想定なのかよ」


そのとき、ベンチで昼食を取っていた女子生徒から「会長のマイクロビキニ見たーい」とヤジが入った。反射的に「着るわけあるか!」と返事をしたら、周りの生徒たちがどっと笑い声をあげた。

なんだか最近、隠神と一緒にいると周囲に笑われることが増えてきた。嘲笑されている……という感じでもないのだが、周りの反応が変わってきているのはたしかだ。俺が以前ほど後輩に敬われなくなった気がするのはさておき、隠神に対する畏怖が薄まってきたのは良い兆候である。


「……ちょっと印象が変わったからかな」

「なにがです?」

「お前の印象が変わったって話だよ。やっぱユウレイラジオの影響か?」

「影響はあるかもしれませんね。なにしろDJユウレイは私の憧れですから」


隠神がユウレイラジオを聴き始めたのは昨年の十月ごろからなのだそうだ。言われてみれば、隠神が軽口を叩くようになったのはその頃からだったような。


「DJユウレイの考え方に感銘を受けたんですよ。先日の放送でも言ってたでしょう、世の中に"楽しい"の総量を増やしたい、って」


世の中に"楽しい"の総量を増やしたい。それはDJユウレイがときどき放送中に口にする言葉だった。

この世界には数えきれないほどの悲しみや憎しみがあって、残念ながら一個人の力でそれらをすべて消し去ることはできない。しかし世界に"楽しい"を増やすことは誰にでもできる。

馬鹿な話で誰かを笑わせること。人の心を震わせる作品を作ること。素敵な何かを世界に送り届けること。方法はいくらでもある。誰もが自分にできる形で"楽しい"の総量を増やしていけば、悲しみや憎しみは無くせなくとも薄まっていく。DJユウレイはそう主張していた。

そして彼の信念が隠神を変えてくれたのだ。以前にも増して無茶苦茶言うようにはなってしまったが、俺は今の隠神がけっこう好きだった。俺の友達を良い方向に導いてくれたDJユウレイには感謝の念しかない。


「もしDJユウレイに会えたらお礼を言いたいんです。アナタが増やしてくれた"楽しい"のおかげで、私は毎日幸せですって」

「本当にユウレイラジオが好きなんだなぁ」

「世界一好きですよ。焼きそばパンと同じくらい」

「焼きそばパンのランク高いな」


そんな話をしていると、正門のほうから「おーい」と呼びかけられた。蟷螂坂と、赤々熊さんだ。


「生徒会のお二人ぃ。クッソ暑い中がんばってるっすねぇ」

「ふへ……さ、差し入れ、買ってきたよ……」


二人の手に提げられたコンビニ袋には、スポーツドリンクや菓子パンなどが詰まっている。


「おお、わざわざ買ってきてくれたのか。悪いな」

「手伝いもできないんすから、これくらいはさせてくださいよ」


蟷螂坂はそう言ったが、そもそも手伝いの申し出を断ったのはこちらだった。

俺たちが掘り出そうとしているのは仮にも"呪物"とされるモノ。俺や隠神はやむを得ないとして、呪いなんてものに関わるリスクを他の人にまで背負わせたくはなかった。


「わ、わたしも……シャベル貸すくらいしか手伝えなかったから……って、あれ? ふ、二人とも、そのシャベル使ってるの?」

「言われた通り園芸部の用具入れから拝借したんですが、なにかまずかったですか?」

「ううん、ダメじゃないんだけど、二つとも錆びてるでしょ? えへ……そ、倉庫に、新しいシャベルもあるから、そっちのが使いやすいかなって」

「あら。それじゃあ取り換てきましょうか」

「わ、わたしも一緒に行く、よ」


シャベルを交換するだけなら二人で充分だからと、隠神と赤々熊さんはさっさと行ってしまった。取り残された俺と蟷螂坂は、ひとつ空いていたベンチに移動して待つことにした。

隠神には悪いが、スポーツドリンクだけ先に開けさせてもらう。乾ききった喉に冷たいスポーツドリンクがじんわりと染み込んでいく。白くぼやけていた世界がキリっとした輪郭をもって見えてくる。


「……あの、会長」

「ん?」

「このあいだは、すいませんでした」


蟷螂坂は少し俯き、気まずそうにスカートの裾を弄っている。「なにが?」と尋ねると、彼女は「ビリィちゃんの件で」と答えた。


「その……ちゃんと謝ってなかったな、って思って」

「いいよべつに。元を正せば俺が悪かったわけだしな」

「……ただの八つ当たりっすよ。アタシが子供でした。すいません」

「いや、俺のほうこそすまなかった」


律儀な後輩だ。すでに有耶無耶になりつつあった責任の所在を自ら穿り返すとは。

元を正せばこちらの落ち度でもあったわけで、あらたまって謝られると恐縮してしまう。


「……じゃ、これで仲直りってことで、いいっすか?」

「もちろん。これからもよろしく頼むよ」


かくして"皮削ぎビリィちゃん"の騒動が残した遺恨は清算された。

蟷螂坂は思っていた以上に責任を感じていたらしい。仲直りのやり取りが済むと、彼女は「はー……緊張したっす」と顔をほころばせた。


「会長にはごめんなさいできたんで、今度は伊予ちゃんにも謝らなきゃっすね」

「隠神にも? ビリィちゃんの件なら、アイツは怒っても驚いてもいなかったと思うぞ」

「そっちの件もっすけど……アタシ、少し前まで伊予ちゃんのこと避けてたじゃないっすか」

「露骨に避けてたな。怖かったんだろ?」

「そうっす。いろいろとその、よくない噂を聞いてたんで」


隠神にまつわる悪い噂は枚挙にいとまがない。やれホッキョクグマを殴り殺したことがあるだの、やれ卒業後は殺し屋に内定が決まっているだのと、百鬼椰行も霞むほどの言われたい放題だ。

とはいえ暴走族を壊滅させた事件をはじめとして、噂の中にはいくらかの真実も紛れ込んでいる。面白おかしく脚色された噂の数々も、結局のところ隠神が「そういうことをやりかねない人物」だと思われている証左であろう。


「避けてたことを謝りたいのか?」

「勝手なイメージで怖がってたこともっす。我ながら、よくなかったなー……って」

「まぁ……いろいろ言われてはいるからな。隠神がどんな奴なのか知らなきゃ、怖がって避けるのも無理ないだろ」

「よく知りもしない相手にレッテルを貼ってた自分が情けなくなったんすよ」


一学年上の先輩というものは、それだけで後輩にとって畏怖の対象となり得る。それが素行の悪さから"椰子木の怪物"とあだ名される人物ともなれば、恐れるのも無理のない話だろう。

しかし蟷螂坂は"皮削ぎビリィちゃん"の一件から隠神と打ち解け、評価を改めた。悪い噂にはどんな尾ひれをつけてもいいというような風潮の中で、蟷螂坂が真っすぐに隠神を見ようとしてくれていることが俺には嬉しかった。


「隠神にもそういうことを言ってくれる後輩ができたんだなぁ。これからもアイツと仲良くしてやってくれ」

「会長ってときどき、伊予ちゃんの保護者みたいなこと言うっすよね」

「それなりに長い付き合いだからこそ思うところはあるんだよ。アイツ、昔から怖がられてばっかりだったからさ」

「けど伊予ちゃんの悪い噂って前ほど聞かなくなってきたっすよ。きっと、伊予ちゃんが更生しようと努力してきた賜物っすね」


隠神に対する周囲の態度が変わってきている。それは俺もこのところ感じていたことだ。

以前の隠神はまさに"暴君"の風格だった。隠神自身がそう振舞うのではなく、周囲がそう隠神を扱っていたのだ。隠神に向けられるのは身勝手な敵意か、底の見えない畏ればかりだった。

しかし今は少し違う。蟷螂坂や赤々熊さんのように、隠神を友として見てくれる人もできた。隠神に向けられる視線も、敵意や畏ればかりではなくなってきた。少しずつ、少しずつ、隠神を受け入れる人が増えてきている。


「そのうち誤解も解けるっすよ。だって伊予ちゃん、本当はとっても素敵な人じゃないですか」

「……そっか。そうだといいな」


なんとはなしに空を見上げる。少し前に梅雨入りのニュースを見た記憶があるが、気象台の判断をあざ笑うかのように連日のカンカン照りが続いていた。空は絵の具で塗ったように青く、日差しが小さな針となって肌をちくちくと刺す。

暑い。中庭を取り囲むように設置された自然石のベンチは座り心地こそ悪くないが、直射日光で熱されて、尻を石焼きにされているようだった。隠神と赤々熊さんが戻ってきたら、日陰に移動してから休憩を取ることにしよう。


「にしても暑いなぁ……中庭を利用する人が少ないのって、呪い云々より日陰ゼロなのが問題だったんじゃないか?」

「中庭とは名ばかりの更地っすからね。東屋っていうのはさすがに高望みとしても、せめて木陰くらいはあってほしいっす」

「木か。仮にも"中庭の再生計画"って名目で掘り返してるわけだし、目的が済んだら植樹を検討してみても……」


そこまで言って、記憶の奥底に引っかかりを感じた。

今よりも真新しい校舎をバックに、中庭に佇む大きな木。そんな写真を、最近どこかで見たような気がする。

……そうだ、たしか"壁になった女の子"の調査で目にした、図書館前の「椰子木高校のあゆみ」だ。旧体育館の写真と並んで貼られていた写真には、大木がそびえたつ中庭が写っていたじゃないか!


「すっかり忘れてた……そうか、昔は中庭に大きな木が生えてたんだ」

「へぇ。どうして今はないんすか?」

「わからない。台風で折れたか、老木として伐採されたか……」


木がなくなってしまった原因は重要ではない。問題は、かつてこの中庭に"目印"が存在していたという事実だ。

掘り返すための目印が見当たらなかったので、俺はタイムカプセルがごく浅い地層に埋まっていると予想していた。しかし当時の中庭に大きな木が生えていたのだとすれば、そんな前提は覆されてしまう。

卒業生は中庭の木を目印にしてタイムカプセルを掘り返すつもりだったのではないだろうか。だとするとタイムカプセルは俺が想像していたよりも遥かに深く埋まっているのかもしれない。


「けど……埋まってる場所はたぶん……!」


図書室前に掲示されていた写真では、木は中庭の中央付近に生えていた。なら、タイムカプセルもそのあたりに埋まっている可能性が高い。

そこにはすでに隠神が掘り返した形跡があったが、もう少しだけ深く掘り下げればあるいは……!


「すまん、蟷螂坂。もうちょっとだけ掘ってくる」

「え? 今からっすか?」


いてもたってもいられなくなり、俺は錆びたシャベルを担いで中庭に入る。そこへちょうど隠神と赤々熊さんが戻ってきた。

赤々熊さんは「あ、あれ? 休憩しないの?」と不思議そうに聞いてきた。一方、隠神はさも当然のように俺と同じ場所へシャベルを突き立てて「タイムカプセルが埋まってる場所、わかったんですか?」と聞いてくる。まだ「たぶん」としか言えない段階だったが、隠神はニッと笑って穴掘りを再開した。

一度掘り返されている柔らかい地層がざくざくと減っていき、未発掘の硬い土壌がまもなく露出した。ある地点を超えたところから、二の腕ほども太さのある木の根が出土するようになってくる。かつてこの場所に大木が根付いていた証だ。


とはいえ……場所にアタリをつけたからといって、すぐにタイムカプセルが出てくるわけではなかった。木の根がゴロゴロ出てくると、どうしたって作業スピードが落ちる。

お昼時を過ぎ、ベンチで休憩していた生徒たちは部活へ戻っていく。蟷螂坂と赤々熊さんも、しばらくして帰っていった。延々と二人きりの単純作業が続く。掘って、掘って、掘りまくる。気がつけば夕方、閉門時刻が迫る頃。ひときわ大きく掘った穴の中央で、隠神のシャベルが「キィン」と鋭い音を立てた。


「和泉ちゃん! これ……!」


隠神が掘りあてたのは巨大な金属のカタマリ。ステンレス製と思しきUFO型の球体には「2006年 卒業記念」と文字が刻まれていた。


「伊江尾 葵が卒業するはずだった年……! 間違いない、例のタイムカプセルだ……!」


思わず、隠神とハイタッチをした。本当に宝物を見つけたような達成感があった。出てくるものが呪物では苦労の甲斐がない、なんてぼやいていたのが嘘のように嬉しい。

噂が真実なら、このタイムカプセルの中に"アオイさんのノート"なる呪物が封印されているはずだ。しかし掘り当てるまでに俺も隠神もまったく怪我をしていないという時点で、怪談の嘘は暴かれたようなものだった。

あとは伊江尾 葵の恨みごとが書き殴られているというノートが実在するかどうか確かめるだけ……!


幸い、タイムカプセルに専用のカギなどは備え付けられていなかった。

蓋は複数のボルトとナットで閉じているだけの造り。おかげで技術室から借りてきたスパナがあれば簡単に開けられた。ボルトは少し錆びついて固くなっていたが、隠神のパワーの前にはペットボトルのフタ同然だ。


「勢いで開けちゃったけど、先輩方のタイムカプセルを無断で開けるのってやっぱまずかったかな」

「今さらなにを言ってるんですか。怒られたときは、怒られたときですよ。それより今は、中身の確認を」

「……だな。よし、見よう」


隠神が大きな金属製の蓋を持ち上げると、タイムカプセルに封じ込められていた2006年の空気が薫った。

湿気対策か、中身は厚手のポリ袋でまとめて梱包されている。当時の卒業文集、"未来への手紙"と書かれたブリキ缶、そして何かのトロフィーなどが、半透明のポリエチレンから透けて見えている。

そして――スペースいっぱいに積め込まれた思い出の品の一番上に、それはあった。一見、何の変哲もない大学ノート。しかし表紙にサインペンで書かれた「伊江尾 葵」の四文字が、十数年前に亡くなったノートの所有者を今も主張し続けていた。

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