アオイさんのノート①

――つーことで、現世の皆々様にお聴きいただいておりますユウレイラジオ!

本日も生放送! パーソナリティは引き続きこのオレ、DJユウレイが三途の川からお届けしております!


やー、三年生は進路相談の期間ですけれども。

ウチのクラスの田村がさぁ、進路相談で「プロの野球選手になりたいです」とか言いだしたんすよ。オレ、廊下で聞いてて吹き出しちゃってさ。

いや、キミ囲碁部じゃん……! ゴリッゴリの運動音痴じゃん……! 野球盤ですら下手じゃん……! って言ってやったらさ、田村のヤツ「野球盤は練習した」だってさ。だから何だよ。野球を練習しろ、野球を。


なんで急にそんなこと言いだしたのかと思ったら、どーも田村のヤツ、彼女にフラれてヤケクソになってたようで。どうにか有名になって元カノを見返したかったんだと。

で、田村が目をつけたのがワールド・ベースボール・クラシック。フラれたその日にちょうど開催決定のニュースを見たらしくて、「これだ! オレはこの大会で優勝して彼女を見返すんだ!」ってな思考になったらしい。

んんん無茶だろ! アハハハハ! 野球未経験者が高三の夏からプロ野球選手志望はいかついって。お前と野球の共通点、「キャッチャー体型」くらいしかないんだから。

見返すにしたって、もっとやりようはあるだろ。囲碁部なんだから、せめて囲碁で世界一を目指すとかさ。キャッチャー体型で世界一を目指すとかさ。


まぁでも実際、進路相談って難しいよね。「将来は何になりますか?」って聞かれても全然ピンとこないもん。こっちが聞きたいよ、オレは将来どうなってるの? って。

予言者でもないのに、一年後、五年後、十年後のことを言い当てようだなんてとんだお笑い種だよ。こっちは数秒後の未来さえ読めなくて、朝からウンコ踏んで登校してきてんのに。

来年のことを言えば鬼が笑う、って諺もあるけどさ。オレらの進路相談をぜひ鬼さんに観覧していただきたいね。きっと進路指導室は爆笑の嵐。そりゃあもう、鬼のようにウケるはず。


そんならオレ、いっそ地獄のコメディアンにでもなろうかな? 地獄をほうぼう巡ってさ、各地の鬼を笑わせんの。

「えー、"来年"はいよいよ冬季オリンピックの年ですけれども……」の一言でもうドカンと大爆笑! 鬼の間じゃ「めっちゃ来年のハナシするヤツがいる」ってことで話題になって、あれよあれよと地獄のスターダムを駆け上がってやんのさ。

鬼たちが亡者をイジメる手を止めて、オレのトークでげらげら笑ってくれたら気持ちいいだろうなぁ。怒りや悲しみで満たされてた地獄に、ちょっとだけ"楽しい"の総量が増えるんだ。こいつぁ、やりがいのある仕事だぞ……!?


おいおい、見えてきたなオレの進路……! 抱腹絶倒の来年トークで数多の鬼を笑わせまくり、地獄の底に笑いの渦を作り出す! これがオレの将来のお仕事だ!

……この場合、進路希望の調査票にはなんて書けばいいんだろ? 第一希望:就職、勤務予定地:地獄……ってな感じでいいのかな? いや待て。「卒業したら地獄に行きます」って、遺書と勘違いされそうで怖いな。

オレはべつに死ぬつもりはないからね。地獄のコメディアンになるには、生きたまま地獄に行く方法を見つけておかないとだな。もちろん"来年"までに。……あ、鬼の皆さんはここ、笑うとこね。


まー、地獄ってのは冗談としても。人を笑わせる仕事がしたい、っていうのは真剣に考えてるんだよ。

お笑い芸人とか、本物のラジオパーソナリティを目指すのもいいな。ほら、いつも言ってるじゃん。オレは世の中に"楽しい"の総量を増やしたいんだよ。


世の中、つまんない出来事が多いじゃないですか。テレビをつけたら、やれ不景気だ、不祥事だ、災害だ、犯罪だ。聞くだけでテンションが下がるような話題ばーっかでさ。

だだっ広い世界に、ごまんと人がいて、みんながみんな幸せとはいかなくて当然だけど。暗い話題ばっか聞いてると、ろくでもない世界に住んでるような気になるじゃんか。だからこそオレは笑うし、一人でも多くの人を笑わせていきたい!

誰かが苦しいときに自分だけヘラヘラしてていいのかな? なんて気持ちにもなるけど、実際は逆なんだよ。悲しみも苦しみも、笑い飛ばして生きるんだ!


世界からすべての悲しみを消し去るなんてことはできないけど、世界に"楽しい"の総量を増やすことは誰にだってできるんだよ。

オレはそういう、人に"楽しい"を届ける人間になりたいんだ。あ、もし今のうちにオレと写メ撮りたい人がいたら気軽に声かけてね。未来の大スターとの記念写真、きっとプレミアがつくぜ!

とかなんとか言ってますけども、ぶっちゃけ芸人やラジオパーソナリティに限った話じゃなくてさ。有名人じゃなくたっていいんだ。料理人でも、美容師でも、運転手でも、なんだっていい。結局、誰かの笑顔を作れる仕事ならどれだって最高なんだ! だってこの世に、人の笑顔に勝る宝物なんてないんだからサ……☆


……なんすか、レイバーン先生。そんな冷たい目でこっち見ないでくださいよ。え? 前にも聞いた? 何回おなじ話するんだ、って?

そりゃ、オレがいつかドキュメンタリー番組に密着取材されるまでは言い続けますよ。本番で噛まないように、ユウレイラジオで練習してんすからこっちは。


なんならオレが卒業した後も、後輩たちにこの話させてくださいよ。ユウレイラジオで。

は? この番組はオレが卒業したら終わり? いやいやいや! 何言ってんすか。ユウレイラジオはまだまだ終わらせないよ! オレがいなくなってもレイバーン先生がいれば続くっしょ、同じユウレイ仲間なんだから!

だいたい、ユウレイラジオは100年続く番組にするって何度も言ってるじゃん! パーソナリティは後輩に継がせてさ。校内放送の歴史上、最も長く続いた番組の記録を打ち立てようぜ!

聞いてるか、後輩よ! 未来のパーソナリティよ! キミらがオレの意思を継いでくれ! 世の中に"楽しい"の総量を増やすって目標と、彼女にフラれた田村が野球選手を志したエピソードは月イチで語り継いでくれよな!


……おっと、つい熱く語ってるうちにこんな時間だ。さてさてお昼休みも終了間近! 皆さん、お弁当は食べ終わりましたか?

進路が決まってる人も、決まってない人も、フラれた人も、フッた人も、午後の授業がんばっていきまっしょう! 野球選手になるにも学は必要だぞ!

というわけで三途の川からお届けしましたユウレイラジオ! お相手はこのオレ、DJユウレイでした! また来世でお会いしましょう! うらめしや~!



***



「き、聞きましたか今の!? 今のォォォ!!」


椰子木高校、お昼の生徒会室。ユウレイラジオを聴き終えた隠神が、長机をバンバンと叩きながら怒り狂っている。

先日からこの部屋で飼い始めた金魚――スクスクロボマッチョ三世が机の振動に驚いて金魚鉢を泳ぎまわっていた。


「やっぱりあの教師ッ……! DJユウレイと知り合いなんじゃないですか!」


DJユウレイについて教えろという隠神の要求に対し、レイバーン先生はこれまで「何も知らない」の一点張りだった。

ところが今日の放送中、DJユウレイはたしかに『レイバーン先生。そんな冷たい目でこっち見ないでくださいよ』と言い放った。ブース内のレイバーン先生に笑いかけるように、親しげに。

もともと疑わしくはあったがこれは決定的だろう。間違いなく、レイバーン先生はDJユウレイと繋がっている。


「もう我慢なりません! 私、これから放送室に乗り込んできます!」

「待て待て! 今から行っても間に合わないだろ」


俺は慌てて隠神の左手を掴んだが、隠神はそれをまったく意にも介さずに生徒会室を飛び出した。

残念ながら一人分の体重では隠神の推進力を止められない。俺は水上スキーみたいに廊下を引きずられながら、なんとか隠神の説得を試みる。


「落ち着け隠神! レイバーン先生にはあとでちゃんと話を聞くから!」

「今すぐ問い詰めれば白状するかもしれないじゃないですか! "案ずるよりウニのお寿司"って言うでしょう?」

「思考を放棄してウニを食え、なんてことわざがあってたまるか!」

「とにかく! 確認しなきゃ気が済まないんです! ほら、とっとと行きますよ!」


隠神はそう言うと、俺の体をひょいと持ち上げた。驚くなかれ、なんとお姫様抱っこである。

どうも俺を言いくるめるのは無理とみて、荷物として持ち運んだほうが手っ取り早いという結論になったらしい。


「お、おろせぇ!」

「三枚にですか?」

「床にだ!」

「嫌ですよ。降ろしたら邪魔するじゃないですか」

「こちとら高三男子ぞ!? 女子にお姫様抱っこされるとか、プライドがズタズタなんだが!?」

「私の前で今さらプライドも何もないでしょうに」

「お前はいいけど他の生徒に見られまくってんでしょうが!」


隠神は俺を抱きかかえたまま、全速力で廊下を駆け抜けていく。人通りの多いお昼休みの校舎。女子にお姫様抱っこされた生徒会長は、そりゃあもう衆目の的だった。

いたるところからクスクスと笑い声が聞こえてくる。男子生徒たちの「ええ……?」「生徒会長だよな、あれ……」という呆れ声。女子生徒たちの「かわいー」「子供?」という嘲笑。我が生徒会長としての尊厳が粉々に砕かれていくのを感じた。


「こ、殺してくれぇ……」

「三枚におろせばいいですか?」

「ヒエ……すごい具体的にプランを提案してくる」


周りにいくら笑われようとも、隠神は足を止めない。やがて俺はすべてをあきらめ、両手で顔を隠して無になった。

小柄な男子生徒を一人を抱えたくらいじゃ隠神のフィジカルにさしたる影響もなく。生徒会室から隣の棟の三階――放送室まではものの二分とかからなかった。

正直、行っても無駄だと思っていた。ユウレイラジオのオンエア中に張り込んだって放送室からは誰も出てこないのに、放送終了後に慌てて向かうなんて非効率的でしかない。そう思ったから俺は隠神を止めたのだ。

ところが、である。現地に到着した俺たちが目撃したのは、ちょうど放送室から出ようとするレイバーン先生の姿だった。


「……ヤー、お二人さん。公衆の面前でお姫様抱っことは、青春してるねェ」


レイバーン先生は笑い交じりにそんなことを言ったが、黒目はそぞろに動いていた。放送室から出てくる瞬間を俺たちに目撃されて、あからさまに動揺している。


「いるんですか、その中に……DJユウレイがっ……!」


しかしレイバーン先生以上に動揺しているのが隠神だった。俺を抱きかかえる腕が、こまかく震えている。

「おろせ、隠神」と要求すると、今度は素直に降ろしてくれた。隠神の瞳孔が開き、頬は紅潮している。憧れの人がすぐ扉の向こうにいるかもしれない、という期待と不安で様子がおかしくなっている。


「ダレもいないよォ? オレはただ、機材の点検をしてただけだし。これでも放送部の顧問だからね」

「とぼけないでください! だって今日の放送でDJユウレイがアナタの名前を……!」

「疑うんならさァ、入って見てきなよ」


レイバーン先生は放送室の扉を開き、「どうぞ」と揃えた指先を向ける。隠神はわずかに逡巡して、意を決したように放送室へ入っていった。


「白蔵は行かないの?」

「それより、レイバーン先生にお聞きしたいことがあって」

「なにかな」

「先生は、DJユウレイの正体を知っているんですか」

「……まいったな。今日は本当に機材チェックをしてただけなんだケド」


レイバーン先生は難しそうな顔で頭をかいた。DJユウレイの正体を知っているのかという問いに、彼はもはや肯定も否定もしない。


「では、質問を変えます。レイバーン先生が秘密を守るのはDJユウレイのためですか? それとも……隠神のためですか?」

「……そんな聞き方するってコトはさァ。白蔵はもう、だいたいわかってるんじゃないの?」

「隠神の影響で、俺もユウレイラジオを聴くようになったんです。それで……なんとなく、そうなのかなって」


"放送室の幽霊部員"の真相について、俺の中にはひとつの仮説があった。軽くカマをかけてみたが……レイバーン先生の反応を見る限り、どうやら真実はそう遠くないらしい。

しかし現時点で想像できるのは、レイバーン先生が"放送室の幽霊部員"の真相を隠したがる理由までだ。まだ確証はなかったし、DJユウレイがどこの誰なのか、という肝心な部分はわからない。


「隠神はユウレイラジオの悪評を払拭したいだけなんです。先生の口から、真実を伝えてやってくれませんか」

「……どうするのが正解なんだろうねェ。正直さ、オレにもよくわからないんだよ。彼女、ユウレイラジオのファンなんだってさ。DJユウレイが悪霊扱いされているのが気に食わない、DJユウレイが生きた人間だと証明するんだ……とか、何度も詰め寄られたよ」


レイバーン先生はどこか悲しそうに笑って、「そんなふうに言われたらさァ、余計に話すわけにはいかないジャン?」と言った。


「ダメです、和泉ちゃん。中には誰もいませんでした」


そのとき、放送室から隠神が出てきた。内部をくまなく調べてみたが、やはりDJユウレイはどこにもいなかったのだという。

レイバーン先生は隠神を見るや口を閉ざして、放送室を施錠した。まだ納得のいかない隠神が食い下がろうとすると、彼は「おっと、怖い話はやめてくれよ? ジャパニーズホラーは苦手なんだ」と嘯いて耳を塞ぐ。


「またそうやって……! はぐらかすのも大概にしてください!」

「はぐらかすも何も、苦手なんだから仕方ないジャン」

「オバケなんて非科学的なもの、いるはずがないでしょう!?」

「そう思うなら証明してくれよ。オバケが存在しないってことをさァ」


不毛な押し問答。レイバーン先生はこれまでもこうして隠神を言い込めてきたのだろう。

オバケが怖いから"放送室の幽霊部員"の話なんてしたくない。オバケがいないというならそれを証明してみせろ。まるで子供のケンカだが、レイバーン先生はその一点張りで隠神の要求をやり過ごしてきたのだ。

なるほど隠神が"百鬼椰行"そのものに嫌悪を示し、そのすべてを破壊し尽くそうとするわけである。"放送室の幽霊部員"の真相に見当がついた今となってはレイバーン先生の気持ちも理解できるが、あまり賢いやり方だとは思えなかった。


「私たち生徒会は数々の百鬼椰行を解明してきました! 本物のオバケが引き起こした事件なんて、これまでに一件もありませんでしたよ!」

「そいつは立派だけど、オバケが存在しないって証明には不十分でしょ。キミらが運よく解明可能な怪談にあたっただけで、残りも全部そうだとは限らないジャン」

「ハァ!? じゃあ百鬼椰行をひとつ残らず解明すればいいってことですか!?」

「まー、最低でもそれくらいはしてもらわないとねェ」


さすがにヒートアップしすぎなので、隠神を落ち着かせる。このまま言い争ったってレイバーン先生は折れてくれそうにもない。

そうこうしているうちに予鈴が鳴った。レイバーン先生はこれ幸いと「ほら、早く行かないと午後の授業に遅れるぞ」とその場を立ち去ろうとした。

俺はとっさにレイバーン先生を呼び止める。この機を逃すと再び真相から遠ざかってしまうような気がした。だから、なにか取っ掛かりを残しておきたかった。


「生徒会は百鬼椰行の撲滅を目指してます。必ず、この学校にオバケなんかいないって証明してみせます」

「それは頼もしいねェ。ぜひ、そうしてくれ」

「だから、先生が一番怖いと思う百鬼椰行を教えてくれませんか。まずはそこから片付けます」

「一番……怖い話、ねェ……」


レイバーン先生はこちらに背を向けたまま、ぽつりと「ノートの話、かなァ」と呟いた。

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