皮削ぎビリィちゃん③

ビリィちゃん人形が行方不明になった件で、和泉ちゃんはかなり責任を感じているようだった。

冗談半分とはいえ、人形に恨まれる役回りを蟷螂坂えちごに押しつけてしまったからだ。自分でやっていれば彼女が標的になることはなかったかもしれない、と何度も何度も悔いていた。


「……本当に馬鹿ですねぇ。和泉ちゃんは」


少々思うところがあって、手芸部室のカギは私が預かることにした。キーリングを人差し指でくるくる回しながら、私は一人で帰路についている。

和泉ちゃんは「念のために」と蟷螂坂えちごを自宅まで送っていくそうだ。直接口にはしなかったが、ビリィちゃん人形の襲撃を警戒しているのだろう。しかし正直、和泉ちゃんに護衛としての活躍は期待できない。私の見立てでは、和泉ちゃんの戦闘力はチワワとどっこいどっこいだから。

本気で蟷螂坂えちごを守る必要があるなら、私も着いていくべきだったろう。そうしなかったのは、彼女に対して責任を取りたいと考えている和泉ちゃんの顔を立てるため。そして私自身が――蟷螂坂えちごを守る必要性を感じなかったからだ。


「あ、あれ? 隠神さん、だ。今帰り?」

「赤々熊ちゃん。えぇ、気まぐれに午後の授業にも出ましてね。偉いでしょう、褒めてください」

「ふへ……偉いねぇ……」


自宅までの道中、隣のクラスの赤々熊ちゃんに遭遇した。

彼女はこんな私にも偏見の目を向けない変わり者である。昨年まで同じクラスだったということもあり、私にとって和泉ちゃんの次に気を許せる友人が彼女だった。


「きょ、今日は白蔵くんは一緒じゃないんだね……?」

「和泉ちゃんなら、後輩女子の自宅に乗り込んでいきましたよ」

「ふへぇ……血気盛んだねぇ」


赤々熊ちゃんはニコニコとして私の軽口を聞いている。そうだ、せっかくなので相談に乗ってもらおうか。

このあとの予定を聞いてみると、彼女は「なんもないよぉ」と手のひらを広げてみせた。ちょうど通りがけに公園があったので、私たちはに適当なベンチに腰掛けた。


「実はですね、今"皮削ぎビリィちゃん"という百鬼椰行の調査をしていまして……」


相談がしたかった。けれど何を相談すればいいのか自分でもよくわかっていなかったから、私はまず今日あったことを順序立てて話した。

"皮削ぎビリィちゃん"という怪談について。三人で手芸部室を調査しに行ったこと。蟷螂坂えちごのカバンにカッターナイフが刺さっていたこと。ビリィちゃん人形が忽然と姿を消してしまったこと。

赤々熊ちゃんは時おり相槌を入れながら真剣に聞いてくれた。話しているうちに、私のなかにあったモヤモヤが形を帯びていくような気がしていた。


「そ、そっか。怖い目に遭ったんだねぇ」

「べつに怖くは。人形が動くなんてこと、普通に考えてあり得ないですし」

「隠神さんは、やっぱり今回のも、なにか仕掛けがあると思うの?」

「そうですね……といいますか、真相に心当たりがありまして」

「ふぇ!? 隠神さんが自分で謎を解いちゃったってこと?」

「なんですか意外そうに。これでも私、IQ700億兆万パワーの大天才なんですから」

「えぇ? て、天才の口から飛び出す数値じゃないと思うんだけどぉ……」


私には和泉ちゃんのように理路整然とした推理はできない。けれど今回の一件は、もしかすると和泉ちゃんには解けない類のものではないかと思っていた。

なにしろ私がすぐに考えた"その可能性"に、和泉ちゃんが気づく様子がなかったからだ。とはいえ、すべては私の思い過ごしなのかもしれない。だから私は第三者の意見として、赤々熊ちゃんに助言を求めた。

"皮削ぎビリィちゃん"の正体について、私なりの見解を赤々熊ちゃんに伝える。彼女は難しそうな顔をして聞いていたが、やがて「……合ってるんじゃ、ないかな」と言ってくれた。


「わ、わたしは現場にいなかったから、話を聞いた感想にしかならないけど……でも、隠神さんの推理に、矛盾はないと思ったよ。どうして白蔵くんに、そのお話をしなかったの?」

「あくまで私がそう思ったというだけで、確証がありませんでしたからね。もしも間違っていたら状況を悪くするだけですし」

「あー、そ、そうだねぇ……証拠もなしに言い切るのは、ちょっと気まずい内容だもんねぇ……」


人差し指にはめたままのキーリングに目をやる。私が率先してこのカギを預かったのは、一人で手芸部室を調べ直そうと思っていたからだ。私の予想が正しければ、手芸部室にはあるモノが残されているはずだった。

ただしそれだけでは決定的な証拠とは言い難い。"皮削ぎビリィちゃん"の真相を暴くには、もう一手工夫が必要だと思った。そしてそれは一身上の都合により――できれば和泉ちゃんには頼らず、私の手でやっておきたいことだった。


「じゃ、じゃあさ、こんなのはどうかな」


どうしたものかと頭を巡らせていると、赤々熊ちゃんが思いもよらぬ提案をしてきた。

それは和泉ちゃんなら絶対にとらないであろう手段で、上手くいけば全てが丸く収まる作戦で、かつ私の目的を果たすにはピッタリの方法でもあった。


「ふむ……しかし私、そういうのとは無縁なんですよね。上手くできるでしょうか」

「で、できるよ、きっと! ふへへ……やってみようよ、"ガールズトーク"ってやつをさ!」

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