壁になった女の子⑤

「どうして昨日、私から逃げたんです? 可愛すぎてビックリした、とかですか?」


"壁になった女の子"を目撃してから一夜明け。朝の六時半から自宅に押し掛けてきた隠神は、スマホと鍵を渡しながら文句を言ってきた。

そこで俺はようやく、昨日の「みつけた」という声が隠神のものだったと気づいたのだ。あのときもう数秒だけ逃げずにいられれば、恐怖で眠れない一晩を過ごさずに済んだかもしれないのに。

ともあれ落とし物を回収してくれた礼と、確認もせずに逃げてしまったことの謝罪をしてから、俺は昨日の一件について隠神に説明した。声と足音の正体が隠神なのはわかったが、壁に浮き上がった不気味な顔の真相はなにひとつ解決していない。


「私は気づきませんでしたけどねぇ。本当に見たんですか?」

「見たんだって! 隠神は本当に何も気づかなかったのか!?」

「私は『うひゃぁぁぁぁ!』と泣き叫びながら走り去っていく面白生徒会長を見るのに夢中だったので……」

「ぐぅ……! ホント最悪なヤツに最悪なところを見られた……」


玄関先で話し込んでいたら、うちの母親が「あらあらあら! 伊予ちゃんじゃない。まぁた綺麗になって!」とずいずい近づいてきた。隠神は「ごきげんよう、おば様。おっしゃる通り、我ながら美しさが留まるところを知りません」と、上品と傲慢が溶け合った挨拶をかましている。

母親と学友が語らうさまというものは、どうしてこうも心をざわめかせるのだろう。それぞれ俺の弱みを握る者同士、下手に情報交換されては敵わない。俺は「準備してくるから待ってろ」と言い置いて、慌てて制服に着替えた。そして、俺が何歳までおねしょをしていたか、という最悪のトークテーマで盛り上がる二人を引きはがし、隠神と連れ立って学校に向かうのだった。


「もう少しおば様とお話したかったです。せっかく白熱した議論を展開していたところなんですよ?」

「人のおねしょ遍歴で白熱すんな。ったく、うち来るたびに母さんと変な話しやがって……だいたいお前、その変な喋り方はなんなんだ。前はそんな感じじゃなかっただろ」

「和泉ちゃんが『もっと真面目に生きろ』って言ったから、それっぽくしてあげてるんじゃないですか」

「口調だけ真面目風になってもな」

「形から入るタイプなんですよ、私は」


昨晩とはうってかわって本日は晴天。この時間では珍しいほど日差しが鋭く、通学路のアスファルトが早くも乾きだしている。

初夏を思わせる空の明るさが、前日の恐怖体験を少なからず和らげてくれていた。じりじりと照り付ける太陽光も、今は強力な味方のように感じられる。


「それで、"壁になった女の子"の件は解決できそうなんですか?」

「まだなんとも言えないが、体育館裏の壁に顔が浮かび上がる現象はたしかに観測できた。一歩前進、と思いたいな」

「じゃ、あらためて見に行ってみます? 体育館裏に」


思わず「え゛?」と聞き返してしまった。実際、"壁になった女の子"の謎を解くにはもう一度あの場所を訪れる他ないだろう。だが、昨日の今日で体育館裏に足を運ぶのは非常に気が進まなかった。

とはいえ、薄暗くなった放課後に再チャレンジするよりは、早朝のうちに行くほうが心理的な負担は軽いかもしれない。なにより、今日は一人じゃない。俺は意を決して「……行くか」と返事をした。

そうして、午前七時をまわるころには学校に着いた。すでに正門は開放されていて、朝練の部活生がちらほらと歩いている。しかし始業までにはたっぷりと余裕があるので、スニーカーで砂利を踏みしめる音が目立つほどに校内は静かだった。

正門をくぐり、教室棟を抜ければ、すぐに体育館だ。見慣れた風景なのに、体育館が視界に入っただけで背筋がぞくりとした。霊的な何かを感じたとかでは、断じてない。単に、昨日の出来事がトラウマになっているというだけの話だった。

俺は隠神を文字通り盾にするように背後に隠れ、彼女に先導されながら体育館裏へと向かった。


「どうだ隠神!? "壁になった女の子"はいるか!?」

「自分で確認すればいいじゃないですか。いつまで私の背中ばっかり見てるんです」

「馬ッッ鹿お前! 怖いからに決まってんだろ! 何のためにお前を連れてきたと思ってんだ! ホラ確認して! そこんとこの壁に女の子の顔が浮かび上がってるのか、いないのか!」

「まぁ、構いませんけど。和泉ちゃんがその女の子の顔を見たのって、このあたりでいいんですよね? じゃあ……」

「ちょ待っ! アレだぞ!? 結果はなるべく怖くない感じで伝えてくれよ!? 三歳児に語り掛けるようなスタンスでな! オブラートに包みまくれ! いいな!?」

「たいそう偉そうな怯え方ですねぇ」


みっともないのは百も承知だが、怖いもんは怖いんだから仕方ない。俺からすればむしろ、爆弾級のトラウマを抱えながらこの場所に戻ってきたガッツを大いに評価してもらいたいくらいである。


「心配しなくても、女の子の顔なんてどこにも浮かび上がってないでちゅよ。三歳児ちゃん」

「……え、うそ。いない?」


恐る恐る、隠神の背後から顔を出す。場所はたしかに、昨晩"壁になった女の子"を目撃したポイントで合っていた。

しかしそこにはまっさらなコンクリートの壁があるだけで、不気味な顔なんてどこにもない。あれだけ恐ろしげに浮かび上がっていた生首の影はきれいさっぱり消え失せていた。


「そんな馬鹿な……たしかにこの辺で見たのに」

「ビビりすぎて幻覚が見えたんじゃないでちゅか? ほぅ~ら、いないいな~い……ばぁ~!」

「ごめん、俺が悪かったから三歳児扱いはもうやめて」


少し離れてみたり、角度を変えてみたり。いろんな方法で壁を眺めてみたが、結果は同じだった。どこからどう見たって、ただの壁だ。


「今日はお休みなんじゃないですか。オバケも週休二日制の時代ですよ」

「逆に言うとオバケも週五で働いてるのか。オバケにゃ学校も試験も何にもないって時代は終わったんだな、世知辛い」

「というのは冗談として。"壁になった女の子"には何か出現条件みたいなものがあるんじゃないですか? 伝説の剣が必要とか、パスワードを入力しなくちゃいけないとか」


「ゲームじゃないんだから」と笑って返したものの、なかなか真っ当な着眼点でもあった。

"壁になった女の子"はある種の出現条件を満たした時だけ現れる? だとすると昨晩は満たされていて、今は達成されていない条件とはなんだ?


「時間帯……いや、天気か?」

「雨が降っているときだけ現れるってことですか? RPGの敵キャラにもそういうのいますよねぇ」

「お。隠神、ゲームなんかするのか」

「そりゃあしますとも。この現代、ゲームは紳士熟女のたしなみですから」

「紳士淑女な。にしても意外だ」

「和泉ちゃんが私をどう思っているのか知りませんが、これでもオタク文化には精通してるんですよ。絵だって描けます」


隠神にそんな一面があったとは知らなかった。俺が「へぇ、すごいな」と素直に感嘆したところ、隠神はここぞとばかりに「そうでしょう!」と胸を張った。


「せっかくだから描いて見せてあげますよ。ラッカースプレーとかありませんか?」

「画材のチョイスよ。どこに描くつもりだ」

「この壁を私のアートで埋め尽くせば、"壁になった女の子"が浮き出る余地はなくなるじゃあないですか」

「ついでに言い訳の余地もなくなるだろうな。退学になりたくないならやめとけ」


ふと、レイバーン先生と落書き消しをしたことを思い出す。描くほうは気楽でいいが、消す側の苦労は相当なものだ。

油性ペンの落書きだって一苦労だったのに、ラッカースプレーなんかで描かれたらたまったものではない。


「あとでちゃんと消しますから、一回だけ描かせてもらえません?」

「スプレー塗料はそう簡単に消えないぞ」

「最悪、コンクリごと削り落とせばいけますって」

「下地へのダメージが深刻すぎるだろ」


そういえば。かつて無断で卒業壁画を描こうとした先輩方は、どうやってこの壁から絵を消しさったのだろう。卒業後もずっと残すつもりの絵なら、それなりに落ちにくい塗料を使ったはずなのだけれど。

そんなことを想像しているうち、ふいに「あ」と声が出た。卒業壁画。落書き消し。壁になった女の子。頭の中で、点と点が繋がっていく。そして……ここで思い出したのは、先日の"血涙のヴィーナス"の一件だった。


「消す……もしかして、卒業壁画を"消した"のが問題だったのか……?」

「……? どういうことです?」


ヴィーナス像の目に落書きをした美術部員が、それを消す過程で防水用のコーティング剤まで削り取ってしまったことが"血涙のヴィーナス"の原因だった。

昨日、落書きを消したときも似たようなことが起きていたじゃないか。消火栓の落書きを消そうとしたレイバーン先生が、勢いあまって下地のペンキまで剥がしてしまったところを俺は目撃していた。

一度描いたものを消すと、その下地にも少なからず影響が出る。それなら十数年前、描きかけの卒業壁画を消した影響もこの壁に出ていて然るべきだ。


「そうか、だとしたら"壁になった女の子"の正体は……!」


頭の中で"壁になった女の子"のメカニズムが組みあがってきた。あとは水だ。この仮説を立証するには水が必要になる。

ちょうど、体育館脇の花壇では園芸部の生徒たちが水やりをしているところだった。事情の説明もそこそこに「ごめん! ちょっとだけ貸して!」とホースを借りて、出しっぱなしの水を垂れ流しながら体育館裏へと戻る。


「和泉ちゃん、なにかわかったんですか!?」

「ああ、たぶんな。これから……"壁になった女の子"を引きずり出す!」


俺はホースの出口を親指で絞り、勢いを増した水を体育館裏の壁にぶっかけた。コンクリートにぶつかった水が、ぱしゃぱしゃと跳ね返されてきらめいている。

ホースをとられた園芸部と、体育館付近で朝練をしていた運動部の生徒たちが、なにごとかと遠目でこちらを伺っている。朝っぱらからコンクリートの壁に水やりをする生徒会長の姿は、なかなかに異様な光景だったかもしれない。

しかして壁に水をかけ出してから間もなく、野次馬のそこここから悲鳴が漏れだした。体育館裏の壁に、俺が狙っていた通りの現象が起き始めていたからだ。


「……出た、"壁になった女の子"だ」


水を帯びたコンクリートの一部がじわじわと変色して、恐ろしげな女の子の顔が浮かび上がってきていた。

ざんばらに乱れたオカッパ頭。顔面に不釣り合いなほど大きな目。醜く歪んだ口から滴る血。実に不気味な生首がこちらを向いて笑っていた。それは間違いなく、昨晩目撃した"壁になった女の子"と同じものだった。

ギャラリーの興味は生徒会長の奇行から、"壁になった女の子"へと移り変わっていた。女子生徒などはきゃあきゃあと甲高く声をあげている。かくいう俺もまだ怖い。"壁になった女の子"の表情には、カラクリがわかっても怯えてしまうほどの迫力があった。


「おお。これが"壁になった女の子"ですか。怖がりだけに見える幻覚じゃなかったんですねぇ」


遠巻きに怯えている女子生徒たちを尻目に、隠神はけろりとして"壁になった女の子"を観察していた。

一見なにもない壁に不気味な形相が浮かび上がるという奇妙な光景を目の当たりにしながら、これっぽっちも怯える様子がない。さすがはうちの専属ボディーガード。頼もしい限りである。


「それで和泉ちゃん、これって結局どういう仕組みなんですか?」

「たぶん、消された卒業壁画の成れの果て。それが"壁になった女の子"の正体なんだと思う」

「消された……卒業壁画?」


ギャラリーもなんとなく俺たちの会話に耳をそばだてているようだった。ちょうどいい、みんなにも"壁になった女の子"が恐るべき現象ではないと伝えておこう。


「昔な、ここの壁に卒業壁画を描こうとした美術部員がいたらしいんだ」


こちらの様子を伺っている生徒たちにも伝わるようにと声を張って、俺はあの"卒業壁画事件"について隠神に話すことにした。

かつての椰子木高校では体育館に卒業壁画を残す文化があったこと。体育館の建て替えによってその文化が潰えてしまったこと。その決定に納得できなかった美術部員によって、新しい体育館に無断で卒業壁画が描かれてしまったこと。

順を追って説明していくうち、ギャラリーはじわじわと俺たちの周囲を取り囲むように膨らんでいった。


「……でも、その卒業壁画とやらはすぐに消してしまったんでしょう? どうしてそれが"壁になった女の子"に関係しているんですか?」


卒業壁画事件について一通りの説明を終えたところで、隠神がそう尋ねてきた。周りで聞いている生徒の多くも、まだ卒業壁画事件と"壁になった女の子"の繋がりにピンときていないようだ。

俺は「消したのが原因なんだよ」と告げ、あらためて壁を撫でてみた。近くで見てみると、コンクリートの壁は全体的にテカテカと光っている。しかしよくよく観察すると"壁になった女の子"が浮かび上がっている部分だけは光沢がほとんどない。


「普通、こういう打ちっぱなしのコンクリート壁には撥水材が塗られてるんだよ」

「はっすいざい……って水をはじく?」

「正解。コンクリートも雨水に晒され続けると劣化するから、撥水材で保護するんだ」

「このニスを塗ったような感じになってるのが撥水材ですか?」

「そう。撥水材が塗られている部分は水を弾くけど、塗られてない部分はコンクリートに水が染みるんだ」


もう一度、壁に水をかけてみた。時間経過でぼんやりと薄くなりつつあった"壁になった女の子"の顔が、再び鮮明に浮かび上がってくる。


「撥水材が塗られている部分は水を弾くけど、撥水材が剥がれている部分には水が染みて色が濃くなる。そのコントラストで模様が生じて、人の顔みたいに見えるんだ。だから"壁になった女の子"は、ここの壁が水に濡れた時だけ出現するんだよ」


昨日の放課後は記録的な大雨だった。体育館裏には軒があるから多少の雨では壁まで濡れないのだが、降水量が多いと裏山に降った雨が擁壁を通ってこちら側に排水される。それが壁に当たってコンクリートに水分を含ませ、"壁になった女の子"を描き出していたのだ。

ただしコンクリートはあっという間に乾くので、雨さえ止めばほんの数十分で"壁になった女の子"は蒸発してしまう。晴れてから探しにきても何も見つからないのはそういうわけだった。


「つまり……撥水材がたまたま人の顔っぽく見える形に削れていたってことですか?」

「いや、この形に撥水材が剥がれたのは偶然じゃない。さっきも言ったけど、原因は"卒業壁画"なんだよ。おそらく件の美術部員は、ここに女の子の絵を描こうとしたんだ。けれど途中で見つかってしまい、おそらくは顔しか描けなかった」

「あぁ、なるほどです。ようはその女の子の絵を消したから……」

「そう。女の子の絵に沿って撥水材が剥がれたんだ」


もともと卒業壁画として何年も残すつもりだったなら、画材にはペンキやラッカースプレーを使用していただろう。それなら水で洗ったくらいじゃ落ちるわけもない。掃除を命じられた美術部員は、シンナーで溶かすなり、タワシで削るなり、かなり無理をして壁画を消したと考えられる。

素人が力づくで消すような真似をすれば、撥水材ごと剥がれるのも当然である。線画に沿って消した結果、線画とほぼ同じ形で撥水材が失われた。ゆえにこの壁には、消したはずの女の子の絵が浮かび上がるようになったのだ。


「不気味な笑顔に見えるけど、本来は可愛らしい女の子のデザインだったんだろうな」


昨日はあれだけ恐ろしく見えた女の子の笑顔も、そうした経緯を想像すると見え方が違ってくる。

これはいわば、壁が濡れたときだけ浮かび上がってくる卒業壁画。当時の美術部員がこれを狙ってやったのかどうかは知らないが、結果として彼らは体育館の壁に作品を残すことに成功していたのである。


「ま、そういうわけだから。もう"壁になった女の子"を恐れる必要はないよ。皆さんもこの話、周りの人に教えてあげてくださいね」


周囲にそう声をかけてみたが、野次馬の反応はまちまちだった。今の説明を信じて安堵している者もいれば、半信半疑といった様子の者もいる。数名の女子生徒が「そう言われても、やっぱ怖いよね」「なんか呪われそう……」なんて囁き合っている声も聞こえた。

百鬼椰行のなかでも"壁になった女の子"の知名度は高く、そのぶん信じている生徒も多かった。ずっと恐れられてきた怪異がデタラメだったと言われても、急には受け入れられないものらしい。形なきものへの信心を覆す難しさをまざまざと実感させられる。

怪異のメカニズムを合理的に説明するだけでは、ここに集まった全員を納得させることはできない。さて、どうしたものか。頭のなかで策をめぐらせていたところ、どごん! とにわかに大きな音が鳴った。野次馬の背筋がピンと張る。振り返ると、隠神が体育館裏の壁を蹴っていた。

"壁になった女の子"を足蹴にするように、何度も何度も。どごん! がん! ががん! コンクリートがびぃんと揺れるような音と衝撃が繰り返される。その奇行に、野次馬はすっかり引いていた。


「お前はまた急に何をやってるんだ……」

「まだ怖がってる方もいるみたいなので、恐怖心を消しておいてあげようかと」

「消えるどころか増してるが? お前への恐怖が追加されてダブルアップチャンス到来なんだが?」


本当に行動の読めないヤツである。隠神はもう四~五発ほど壁に蹴りをくれてから、野次馬のほうに向かい合った。


「これだけ入念に喧嘩を売っておけば、私はきっと祟られてしまうでしょうね。もちろん"壁になった女の子"が本物のオバケなら、ですけど。逆に言えば、私が元気なら祟りも呪いもなかったって証拠じゃあないですか」


つまり隠神は、怪異のヘイトを自分に向けたのだ。いろいろと暴力的な発想だが、たしかにこれなら"壁になった女の子"に祟りや呪いの力などないと証明できるかもしれない。少なくとも、ここにいる誰よりも祟られそうな隠神がピンピンしている限りは。


「……ぷっ、あははは! 本当にすごいな、お前。恐れを知らんというか、なんというか……」

「なにを恐れる必要があるんです。和泉ちゃんが言ったんじゃあないですか、オバケなんていないんでしょう?」

「ふふ、そうだな。オバケなんてないさ。寝ぼけた人が見間違えたんだろ、どうせ」


園芸部にホースを返却しようと振り向くと、野次馬もまばらになっていた。

"壁になった女の子"の真相に納得して帰っていったというよりは、怪談よりも隠神のほうが怖い、と再認識して逃げていった生徒のほうが多いのかもしれないが。

足元はまだまだ水浸しだが、壁は早くも乾き出している。一時限目が始まるまでには"壁になった女の子"もすっかり消えてしまうだろう。


「ねぇ、和泉ちゃん。やっぱりここに壁画を描きませんか。そしたらもう、"壁になった女の子"が人をおどかすことはなくなるでしょう?」

「先生方に働きかけてみてもいいかもしれないな。卒業壁画の文化を復活できないか、って」

「そのときは是非、モデルになってくださいよ。この壁いっぱいに和泉ちゃんのヌードを描いてあげます」

「お前に描かせるとは言ってない」


この壁が新しい卒業壁画でいっぱいに埋まるころには、"壁になった女の子"の噂も生徒の記憶から消えているだろうか。

まだ見ぬ体育館の未来の姿を想像して、なんとなく明るい気持ちになった。

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