第6話 管理人の公務員性

 そんな、刑部だったが、自分と同じような気持ちに、椎名君もなっているとは、最初は思っていなかった。

「椎名君のような、勧善懲悪な性格だったら、自分が我慢しなければいけない」

 と思うだろうと感じていた。

 しかし、実際には、刑部よりも、その根は深そうだった。

「勧善懲悪で、正義の味方だと思っている椎名君でさえ、子供に対しての怒りがひどいということは、俺が子供を鬱陶しがるというのは、至極当然のことなんだろうな」

 と刑部は思った。

 何しろ、勧善懲悪ということがどういうことなのか? そして、ガキどもがギャーギャー騒いでいるのが、どういうことなのかを考えてみた。

 そもそも、感じたこととして、

「親はどうしたんだ?」

 ということである。

 自分たちが子供の頃を思い出して、叱るに叱れないのだろうか?

 普通に考えれば、

「子供というのは、善悪という前に、自分たちが騒いでいることが当たり前だと思っているので、そこで叱られると、わけもなく、自分たちが叱られたということで、普通はおとなしくなる」

 と考えないのであろうか?

 確かに、中学生くらいになれば、体格も大人顔負けにあり、思春期というのは、心も身体も中途半端ではあるが、大人に近づいているのだ。

 だから、その時期の前に、少しでも、子供が考えるべきことを教えておく必要があるのだろうが、

「君子危うきに近寄らず」

 ということで、自分の子供であっても、

「危うき」

 と思うのか、それ以上、何もできないという状態にあることもあるだろう。

「何もしていないのに、これ以上も何もないものだ」

 と思うが、おそらく、親は見守っているだけで、役目を果たしていると思っているのだろう。

 確かに、

「親の役目は子供を見守ることだ」

 といえるかも知れないが、見守る中で、ちゃんとした方向に導くというのが一番大切なことであろう。

 そのうちに、椎名君は、

「公園までの散歩」

 をやらなくなった。

 理由を聞いてみると、

「学校の勉強が忙しくなって」

 ということであったが、その様子が披露気味だったので、

「その言葉にウソはない」

 ということで、気にしなくなっていた。

 しかし、顔色が少しよくなってきたと思っていた頃、よく玄関先で一緒になることが多くなった。どうもお互いに精神的によくなってきた時、会うことが多いようで、この間の顔色が悪い時は、

「たまたまの偶然だった」

 ということなのかも知れない。

 椎名君の大学は、マンションからは結構あるようで、

「一人暮らしをしている人では、ここまで遠い人は珍しいかも知れない」

 といっていた。

 彼の大学は結構マンモス大学といってもいいところで、全国とまではいかないまでも、下宿や一人暮らしの、マンション、アパアート暮らしが多い大学だということであった。

「大学前」

 という電車の駅も最近は、多くなってきていたが、椎名君の通っている大学は、結構昔から、大学前という駅が存在していたのだろう。

「そういえば、最近。大学前という駅が多いよね?」

 と話をすると、

「確かにそのようですね。平成あたりから、スタジアムなどで、命名権のようなものの譲渡があるという話はよく聞きますが、駅名に関してはないようですね。知らんけど」

 といっていた。

 椎名君が、言葉尻に、

「今年の流行語なるものを付け加えて話をするほどに、刑部に対して、信頼を置いているようだ」

 ということであった。

「知らんけど」

 という言い方は結構昔からあったが、それがなぜいまさらのようにノミネートされることになったのか、正直分からなかった。

 話は戻って、確かに、駅名の命名権の問題という話は聞かない。

 しかし、以前の駅名から解明して。

「〇〇大学前」

 という駅はかなり増えた。

 中には、

「他の地区に似たような名前があり、旧国名、藩名のようなものを頭につけて、差別化を図っていたのだろうが、それでも、やはりややこしいということで、若干の問題になったりもするということも理由としてはあるだろう」

 といえる。

「だったら、大学があるんだから、大学名をつければいい」

 ということだ。

 大学側とすれば、名前を冠した駅名というのはありがたいことで、

「では、鉄道会社側にメリットはあるのか?」

 ということであるが、何かしらあるのだろう。

 その証拠に、大学名が変わったり、大学が移転したりして、もうその場にない場合でも、その駅名をそのまま使っていることもある。

 大学ならまだいいのだが、遊園地や、テーマパークを駅名にそのまま使用していたところもあり、その施設が廃業してから、数年経つのに、まだ、その施設の名前が残った駅名が存在しているのだ。

「一体どういうことなのだ?」

 といってもいいだろう。

 存在しない施設の駅名だけが存在しているというのは、まるで、

「電気が通っていない冷蔵庫のようなものではないか?」

 と、いえるのではないだろうか?

 実際にそんな状態の駅が、日本には、私鉄、旧国鉄と、いたるところに存在しているようい思えてならない。

 椎名君は、毎日、遠い学校に通っているのだった。

 通学時間を聞くと、

「3時間くらいかかるんじゃないですかね?」

 ということだった。

 ここから駅までも結構あり、歩いて30分弱と、まずはそれだけで疲れてしまう。

 しかも、電車に乗って一本でいければいいのだが、途中の乗り換えが、4回ほどあるというではないか。

 途中、旧国鉄、私鉄、さらには地下鉄と、

「鉄道会社、オンパレード」

 といってもいいだろう。

 このあたりは、東京、大阪、名古屋などほどの大都会ではないが、私鉄も、地下鉄も通っている。

「平成の市町村合併」

 というもので、さらに都心部が大きくなり、政令指定都市には前からなっていたのだが、

「このあたりの地域一番」

 という大都市になったのであった。

 実際には、3つの都市が一緒になったのだが、その中心部は、元々新幹線も止まる駅であり、こだましか止まらなかったものが、今では、ひかりものぞみも止まる駅になったのは、それだけ、

「地域一番」

 という看板があるからだろう。

 新幹線の駅に滑り込む前に、最終のトンネルを抜けてから、ずっと、工場が続いていた。夜景であれば、かなりキレイだということの分かるところで、石油関係の会社なので、コンビナートの様相を呈していた。

 元々、昭和の頃から、

「3つの市が合併すれば、県庁所在地をこっちに移して来れるくらいの大都市になるのにな」

 と言われていた。

 だが、そのうちの一つの市が、頑なに合併を拒否していたことで、なかなか実現には向かわなかったが、

「平成の市町村合併」

 では、その市を無視して、もう一つの市をターゲットにすると、スムーズに合併ができた。

 だが、もう一つの目的の、

「県庁所在地の移転」

 というのは、実現しなかった。

 ただ、

「副都心」

 といってもいいほどの大きなところができたのも事実で、

「県内に、百万都市規模のところが二つもあるというのは、すごいところだ」

 と言われたものだった。

 実際に人口だけでは、

「県庁所在地よりも多い」

 と言われていた。

 ただ、県庁機能を移すには、かなりの長い間の構想は必要で、その間に、

「今の県庁所在地が、さらに他を吸収する」

 ということがないとはいえない。

 ということで、

「県庁所在地の移転計画」

 というものは、ご破算になったのだ。

 それを思うと、今はどちらの市も、

「これでよかったんだ」

 と思うようになった。

 それがどういうことなのか、ピンとは来なかったが、今の3市が合併後の副都心には、「先進的なビルであったり、学校が多くできるようになり、施設の移転が、県庁所在地から、こちらに移ってくるということが多くなった」

 ということになり、

「経済効果は、想像以上にあったのではないだろうか?」

 と言われるのは有難いことだった。

 全国でも、

「新興都市」

 として、注目されるところでもあったのだ。

 そんな新興都市であったが、地下鉄もできたのだが、私鉄は結局一つしかなかった。

 本当はもう少しあってもよかったのだろうが、そもそも、この都市の中心部に存在しているところから発展した私鉄の力が強かったのだ。

 前述のように、

「殿様商売」

 となっていることもあり、私鉄沿線、または、バス沿線などの利益により、かなりの収益と、利権を持っているということだった。

 ただ、ここの会社はあまりいい話を聴くことはない。

「都心部の市を脅して、自分たちも市政に加わって、儲けに預かろうと思っている」

 と、実しやかに囁かれている。

 だからと言って、市が気の毒というわけではない。市の方だって、利用しようと思っているのだ。

 お互いに、

「どっちもどっち」

 といってもいいだろう。

 市役所の中でも、この私鉄が運営している多角経営の中での宣伝ポスターなどが、まことしやかに掲げられている。

 実態を知っている人は、

「ああ、どうせ、市が頭が上がらないだけだ」

 ということを分かっていて、

「いつものことだ」

 ということが分かっているのであった。

 最近では、その私鉄が不動産業にも手を染めるようになっていて、不動産業というと、昔から、

「少し怖いお兄ちゃんが出てくる」

 などというイメージもあったが、実際には、ニコニコした営業の人が出てきて、必要以上の笑顔を振りまいているのを感じると怖くなってきた。

 実は、今刑部たちが住んでいるマンションも、この私鉄系列の、会社が建設を請け負っているようなところで、

 一見、土建屋風の感じがしたが、実際には、普通の建設業で、そもそも、土建屋という雰囲気は、昔のドラマの見過ぎということで、反省しないといけないレベルだと思ったのだった。

 ただ、その印象が崩れてきたのは、椎名君と仲良くなってから、少ししてのことだった。

 実は、椎名君と仲良くなる少し前だっただろうか? 椎名君と刑部の部屋の間の空き室に、引っ越してきた家族があったのだ。

 年齢的には、自分よりも少し若い人っぽくて、奥さんは、まだ女子大生といってもいいほど若く見えた。

 実際には、身長が低かったこともあって、奥さんが若く見えたのは、まるで、女子大生のような、屈託のない笑顔に、思わず、

「可愛らしい」

 と感じたからだった。

 しかし、その思いが一気に冷めたのは、彼女のそばで立っている旦那と思える男が、小さな赤ん坊を抱いていたことだった、

 小さな赤ん坊といっても、

「首が座ってくるかな?」

 と思うほどの、7,8カ月くらいであろうか。さらにその横に、父親の足元にしがみついている男の子がいて、見ると、3歳か4歳、

「幼稚園生かな?」

 と思われるくらいであった。

 ということは、奥さんは、25前後くらいで、旦那が、20代後半くらいの、一般的な若夫婦といってもよかった。

 幼稚園生の方は、完全に引っ込み思案のようで、父親にしがみつきながら、こちらの方を、見上げていた。

 半分は、何がおもしろいのかというような冷めた目に見えたが、正直、

「何を考えているか分からない」

 と感じたのだった。

「本当にこいつ一体……」

 と、思わず声に出そうなのを、必死にこらえたのだ。

 可愛らしいと思った奥さんに対し、冷めてしまったことを悪いとは思わなかったのは、その後を自分で予感していたのかも知れない。

 実際に、それから、しばらくすると、やはりというか、想像通りというか、となりのガキがうるさく感じられた。

「このマンション、外見はキレイで立派そうに見えるが、声は駄々洩れだし、走り回る音も、めちゃくちゃ響くじゃないか」

 と思わせた。

 それは、椎名君も同様のようだったが、椎名君は、元々物静かで、余計なトラブルは起こしたくないという性格なので、

「ああ、この子は耐えるんだろうな」

 と感じた。

 実際に、我慢しているのが分かった。確かに、椎名君は、余計なことは言わない。それどころか、ただでさえ口数が少なかったものが、っほとんどしゃべらなくなった。見ていて、

「これは、自分の中で抱え込んでいる証拠だな」

 と思ったのだ。

 刑部にも、学生時代、同年代の友達で似たような奴がいた。

 椎名君を見た時、

「学生時代のあの友達を思い出させる」

 と感じたのだ。

 なるほど、

「俺にとって、同じように見える相手でも、付き合ってみると、少しの違いが分かるようになってきた」

 と考えたが、それは、

「自分が年を取り、わかるようになってきたからかも知れないな」

 と感じたからであったが、学生時代ではなくなって、社会人になると、

「あの時の友達はどうしているだろう?」

 と思うこともあったが、自分もそれどころではなくなってくると、どんどん昔の記憶は、忘却の彼方に消えていくのだった。

 たまに、

「中学時代くらいの方が、大学時代よりも、近い過去に思えてくるくらいだな」

 と感じることがあった、

 最近までは、

「それだけ、中学時代の自分が、その頃に似ていたからだろうか?」

 と思っていたが、どうやら、逆だということに気づき始めたのだ。

 というのも、遠くを見るのに、近くを感じられるということは、

「本当に近くのものが見えていない。あるいは、意識をしていないからだ」

 と、感じるからだった。

 近くのものを意識しないということは、まるでカメレオンのように保護色で、それで意識がない」

 と考える方が、よほど自然である。

 しかし、その自然と思えることに蓋をして、意識しないようにしているのは、そこに何かの意識があるからに違いない。

 意識しないのは、ただ、距離の遠近だけだと思っていると、大きな間違いである。間違いだということを感じるまでもなく、

「時間の感覚というのは、距離なんかじゃない」

 という意識を持っているから、余計に、

「遠い過去のことを近くに感じた時、違和感となって襲ってくるのではないだろうか?」

 と感じるようだった。

 大学時代が、かなり遠くに感じられることで、その中のピンポイントの時代を思い出すと、今度は、

「遠いと思っていることが却って近くに感じられる」

 という、二段階の感覚が襲ってくるのだ。

 しかも、それは、

「マイナスにマイナスを掛けると、プラスになる」

 という不規則な、ある意味、理不尽にも思える理屈が自分の中にあるからだ。

 それを分かっているからこそ、

「理解してしまってはいけないんだ」

 と感じるのではないだろうか。

 あれは、大学2年生の頃だっただろうか?

 刑部というのは、友達が多かったが、親友というと、周りから見て、

「変わった人」

 と呼ばれる人が多かった。

 それも、何か言われると黙ってしまい、自分の殻に閉じこもってしまう人が多かったのだ。

 実際に、高校時代までの刑部もそういうところがあった。大学に入学し、その時に知り合った一つ上の先輩を見ていると、今までの自分の性格が、いかに閉鎖的で、まわりが近寄れないだけの性格なのかということを思い知らされた。

 だが、その人と一緒にいると、まわりは、

「先輩の知り合いなんだから」

 という目で見てくれて、一目置かれるようになった。

 その時、

「どうして先輩がそれだけまわりから慕われるか?」

 ということを考えたが、正直、理解できるものではなかったのだ。

 しかし、先輩は口では何も言わないが、

「背中で語る」

 という人だったのだ。

 そのおかげで、先輩を見ていて、

「我が振り直す」

 という言葉通りに、見ることができた。

 そのおかげで、

「人の長所は、短所を補って余りある」

 ということを知ったことで、

「短所を指摘して、そこばかり治そうとするのではなく、せっかくいい長所を持っているのであれば、長所を伸ばすようなことをすれば、その人は伸びるだろう」

 ということが言えるのではないかと、思うようになったのだ。

 先輩を見ていると、決して、皮肉なことは言わない人だった。しかし、実はそれは間違いで、まわりの人には、皮肉は言わず、差しさわりない言葉でごまかしていたのだ。

 しかし、もっと内堀内にいる親友とでもいっていいような人には、言葉遣いが容赦ない。

「誰もこんなきつい言い方はしないだろうな」

 と思うようなことを平気でいう。

 しかし、そんな言葉を言われた本人が、すぐに感謝をするような成果が上がるのであった。

「人に気を遣うというのは、言わないことではなく、言ってやる、つまり、指摘をしてやることなのさ。だけど、普通にいえば、相手に嫌われたり、せっかくの助言を無視されたりして、すべてが水の泡になってしまう。だけど、そういうことが言える関係になっておけば、少々のことを言っても、相手が、助言をしてくれているということが分かるというものだ」

 というのだ。

「そうですね。やはり、土台作りというものが大切なんですね?」

 と、聞くと、

「そうさ。何事もそうさ。だから、子供の時代があって、思春期があって、徐々に成長し、今の大学時代があるのさ。それは、当たり前のことなんだけど、分かっていない人は結構いるのさ。だから、俺は当たり前のことを当たり前にしているだけだと思っているんだよ」

 という話をしていた。

 刑部も、その先輩の話を思い出し、

「俺も、先輩のようになるんだ」

 と思ったのだが、同じ人間になれるわけもなく、一人で突っ走ってしまった感じがあった。

 そのため、同じようにしても、同じになるわけがないということを意識していなかったことで、対人関係がおかしくなった。

 その相手というのが、自分の中の殻に閉じこもるタイプで、今の椎名君を彷彿させるような感じであった。

「椎名君は、その時の友達にそっくりだ」

 と感じたのだが、あえて、どんなやつだったのかを思い出そうとすると、思い出せない。

 というのも、それが最初に感じた、

「中学時代の方が、大学時代よりも、最近に感じる」

 というおかしな感覚が身についてしまったからではないだろうか?

 要するに、

「遠いものと近いものの遠近感が狂ってくると、自分の身体が不安定になり、一歩も動けなくなって、恐怖とともに、自信喪失が、激しくなるということではないだろうか?」

 ということであった。

 社会人になって忘れていた感覚だが、もし、今同じような状況になれば、

「まるで昨日のことのようだ」

 と感じるに違いない。

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