19、テケテケ
駅というのも都市伝説の生まれやすい場所のひとつだ。フォクはここを「現代の辻」と考えている。
「『妖怪テケテケ』……ですか」
「こないだ人身事故があったのですが……そのあとつられたように線路に落ちる人が出まして」
言いにくそうに駅員が答えた。妖怪テケテケは電車に轢かれた人のウワサが妖怪化したものだ。寒さのために出血が止まり苦しんで死んだと言われ、上半身のみで腕を使って動き、人を襲うという。どう襲うかというとその先はいろいろパターンがあるが、何かに轢かれて体が欠損するというところはだいたい共通しているようだ。
「運転士がうめき声を聞いたといってるんですよ」
「ああ……」
フォクはうなずいた。そういう「轢いてしまった」という気持ちも妖怪化に一役かっているのだろう。人身事故がおこるたび「テケテケ」のウワサは思い出され、ウワサが実態を持ってしまう。ウワサは「テケテケは話を聞いた人のところに現れる」と締められることもあり、人は無意識のうちに事故を恐れているのだ。
「やっかいなやつです。処分しても事故があるたびに生まれてくる。……とにかく、被害を止めなければ」
田舎としては比較的人の多いホームがにわかにざわめいた。誰かが線路に落ちたらしい。人は心配しているのか驚いているのか動けない。フォクはこれが妖怪テケテケのしわざだとわかっていた。ウワサのように人身事故を起こさせる妖怪、人に助けさせないようにする妖怪だ。もっとも、フォクは親指をなかに手を握っていたから騙されないが。やってくる電車のライトが向こうに見えた。
フォクはためらうことなく非常ボタンを叩くように押し、線路に飛び降りる。落ちたまま動けなさそうな人を抱え、転がるように線路の外へと押した。なにかに邪魔されているようにその体は動かない。それを振り払うように思いっきり、動けない人を投げ飛ばす。そのままフォクも急いで線路脇へと退避した。
そこにややスピードの落ちた電車が入って来てゆっくりと止まる。フォクたちのいたところから少し先でようやく完全に止まった。そのとき、フォクの耳になにかの舌打ちが聞こえた気がした。
「大丈夫ですか!?」
駅員が駆け寄って来て二人の無事を確認する。落ちた人は血の気のない顔で「足を引っ張られた気がする」と語った。電車の運転士は、二人のほかに何かがいるように見えたそうだ。そいつが押さえつけていたのだと。――轢かれて助けてもらえなかった妖怪、テケテケか。
「そうか、もしウワサを上書きできれば――」
フォクは人名救助をしたとして、大々的に表彰された。フォクが表彰状をもつ写真を見て、ロアはフォクの肩をからかうようにつついた。
「新聞にまで載っちゃってー」
「テレビにも映ったぞ。どうだった?」
「ハイハイ。それで?」
ロアがコーヒーを飲みながら聞いた。テケテケが出るのを知って待っていたわけだし、報道だってフォクが仕掛けたことである。マッチポンプとまでは言わないが、すなおにほめる気にはならない。
「轢かれて助からなかった妖怪なら、助けたという話で上書きしてやればいい。少なくとも、駅を使う人は『線路に落ちても助けられる』『助けてもらえる』と思うだろう。そう思えば、テケテケに線路に落とされなくなる。落とされたとしても体が動くだろう。ボタンを押すくらいはできるようになる。つまり、妖怪は弱体化したのさ」
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